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3 家族たち


「ねえ、ほっぺた柔らかいよ」

「ん……ほんと」

「さわんなお前ら!寝てるだろうが」


 ふんわりと柔らかな空気の中、ゆっくりと目を開けた。頭上に二人の女の子とキズキがいた。背中のふかふかな感触で、僕はベッドの上で眠っているようだとわかった。とても柔らかくて気持ちいい。


「ほらぁ、キズにいの声がデカくて起きちゃったじゃん」

「お前らがペタペタ触るからだろ!」

「ズッキーニ、静かに」

「おー、やめとけトキネ。表で喧嘩するかぁ?外真っ暗だけど」


 僕より少し年上っぽい女の子に、キズキが振り回されている。そもそも、ここはどこなのだろうか。木造づくりの天井や壁から、ログハウスのように感じるけど。


「おはよう、ミカゲ。知らない場所で不安だろうが、ここは俺達の家だ。危ない場所じゃないから安心してくれ」

「えっと、キズキ。おはよう」


 キズキから、二人の女の子たちに目を向ける。


「その、そっちの人は?」


 キズキも苦笑いをして、彼女たちに目を向けた。


「こいつらは、俺の家族。下にもう一人と、仕事中で家を出てるやつがもう一人いる。起きてすぐ知らない人がいたらびっくりさせるから、部屋で待ってろって言ったはずなんだがなぁ」

「だってどんな子か気になるじゃーん。はい!わたしはアカリ!好きな食べ物は焼いたお肉!よろしくね」


 キズキの隣の女の子が、元気に手を上げて自己紹介した。キズキが和服に対して、二人は洋服だった。


「……あっ、はい。トキネ。好きな食べ物は、ミチュカケーキ。よろしく」


 アカリの隣の女の子は、自分の番だと気づいていなかったようで、慌てて小さく手を上げて名乗った。アカリはロングボブに対して、トキネはストレートロングと性格の違いが髪型にも現れている気がする。


 ふと二人が僕を見つめていることに気づいた。そういえば、キズキ以外には自己紹介をしていなかった。僕は体を起こして、まっすぐ手を挙げた。


「はい。ミカゲです。えっと、よろしく?」


 二人はまだ何も言わず、僕を見つめている。僕、なにかしたかな?


「作られたばっかだから、まだ何も食べた記憶ないだろうよ。その、好きな食べ物で人を判断しようとするのやめろ」

「好きな食べ物……」


 食べ物の名前は知識として覚えている。でも、味や食感は何も思い出せない。意識すると、急にお腹が空いてきた。


「あーそっか!でもこれからご飯だから。ミズナさんの料理は絶品だよ!」

「今日は、熊シチュー。ズッキーニが、ミチュカ採り忘れたから、デザートはない」


 トキネは恨みがましい目で、キズキを睨んだ。キズキは、子供をあやすようにトキネの頭を撫でて宥める。でもそれより、熊のシチューってなんだ。美味しいのだろうか。


「まあほら、ちょっとミカゲ拾ったし、朝は忙しかったんだよ。明日採りに行くからごめんな?まだクミルが残ってたはずだし、許してほしい」

「クミル!うん、許す」


「あー!キズにいがまたトキネを物で釣ってる!ミズナさんに報告しとこっかなぁ?」とアカリがキズキを指さして笑った。どうやらこのやり取りは日常茶飯事のようだ。


「やめてくれ……。ほら、そろそろご飯だから下降りろ。俺もミカゲ連れて下降りるから」


 「はーい」と二人は促されて、部屋の外へ出ていった。僕はキズキからスリッパを差し出されたので、それを履いて二人のあとに続く。


「ミカゲ」


 部屋を出ようとしたところで、キズキから呼びとめられた。


「朝のこと、俺が追い返した奴のこと。トキネには言わないでくれ」


 真剣な眼差しでキズキからそうお願いされた。特に断る理由はない。


「うん!わかったよ」



***



 一階へ降りると、広いリビングに食欲をそそる香りが満ちていた。キッチンを見ると、知らない女性と目があった。髪を後ろで一つに結び、湯気の上がる料理が入ったお皿をカウンターに並べている。あの人は多分、アカリが言ってたミズナさんだろう。


「あっ、おはよう!ミカゲちゃん、だよね?一応ご飯作ったんだけど、食べれそうかな?」

「ありがとうございます!たぶん、食べれると思います」


 ちゃん……?何がどうしてそんな呼び方になったのだろうか。


「よかった!私はミズナです。敬語使わなくても大丈夫だからね」

「あっ、ありがとう」

「ううん!キズくんとアカリちゃんが運んでくれるから、トキネちゃんと食卓についてていいよ」


 食卓の方へ目を向けると、スプーンを持って料理を待ち構えているトキネがいた。でも、僕も一緒に運んだほうがいい気がするけど。


「今日は、アカリとズッキーニが当番。私とミカゲは、明日当番。だから、おいで?」


 トキネに手招きされたので、僕は大人しく横の椅子に座った。アカリは活発で明るい雰囲気だけど、トキネはちょっと不思議な雰囲気だ。突然、トキネの声が耳元で聞こえた。


「どうしてミズナが、ミカゲちゃんって、呼ぶのかわかる?」


 ひそひそ声の問いかけに、僕は首を横に振った。


「ミカゲの顔がね、幼くて可愛いから、ミズナは女の子だと、勘違いしちゃったの。ズッキーニが面白がって、訂正しないから、そのまんま」


 つまりキズキのせいで、ミズナの中での僕は女の子、ということになっているのか。


「私達もね、面白いから、そのまんま。訂正、頑張ってね。そのときは、ズッキーニが怒られる」


 ずっと無表情だったトキネの顔に、かすかな笑みが浮かんでいた。楽しそうで何よりだけど、僕としては面白くない。


「でもさ、キズキが怒られるならずっと黙ってた二人も怒られるんじゃない?」


 そう言うと、トキネは目を見開いて愕然としていた。その可能性には、考えが至らなかったようだ。


「待って。訂正、しないで。怒られたくない」と慌てて自分の言葉を撤回する。


「え〜?でも僕は男の子だよ?」

「大丈夫。そのまま、女の子になればいい」

「何にも良くないっ!」


 名案だと言わんばかりに右手の親指を立てるトキネに、思わずツッコんでしまった。おっとりとした話し方の割に、話す内容は素っ頓狂だ。


「あれ?もう打ち解けてるの?」

「トキネとまともに会話してたら疲れるぞ―」

「キズくん!そんな事言わない!トキネちゃんは人見知りなのに、ミカゲちゃんすごいね」


 最後の料理を運んできたようで、三人とも食卓についた。僕はめんどくさいことは早く終わらせたいタイプだ。つまり、言うなら早いほうがいい。


「ミズナ」

「どうしたの?なにか食べれなさそうなのあったかな?」

「僕、男です」


 食卓の空気が一瞬凍りついた気がした。紛れもなく僕のせい、いやキズキのせいか。僕は別に悪くない。


「えっと、あれ?キズくん、女の子って言ってたよね?」

「え?男って言ったのに、ミズナが勝手に勘違いしたんだろ」

「へぇ。トキネちゃん、アカリちゃん。私聞き間違えちゃったかな?」

「ううん」

「キズにいが嘘ついて遊んでただけだよ!」


 さっきまで、一緒に面白がっていたであろう二人の手のひらは一瞬で裏返った。キズキが孤立してしまう。


「キズくん?」

「......はい。洗い物全部します」


 一対一ではミズナに軍配が上がるらしく、キズキは抵抗を諦めた。大きな体が縮こまる姿は中々に情けない。


「ごめんねぇ、ミカゲちゃん。じゃあ冷める前に食べましょうか!」


 性別の認識が変わっても、呼び方は変わらないらしい。身長で考えて、大きな年の差があると思われるので、気にしないことにしよう。


 目の前にはあたたかな湯気が立つ白いシチューと薄く焦げ目がついたパンが二枚置かれていた。シチューには大きな肉がごろごろと浮いている。おそらく、これが熊の肉なのだろう。各々、一口で食べたりちょっとずつ齧ったりして美味しそうに食べている。


「あの、こんなに良くしてもらって、すみません」


 今日初めて会ったはずなのに、疎外感は感じない。むしろ居心地がいいくらいだ。ゆえに、なにもわからず出来ない自分の存在を申し訳なく感じてしまった。


「いいのよ!作られたての人形なんて、みんな右も左も分かんないらしいしね。わたしだって、キズにいが連れ出してくれてなきゃ、ここにはいないんだし」


 アカリがシチューにちぎったパンを浸しながらそう言った。天気について話すみたいに、大したことでもないような言い方だった。だからこそ、少し引っかかる。


「ん?みんなは、家族なんでしょ?」


 今のアカリの言い方だと、初めはキズキたちとは一緒にいなかったように聞こえた。


「そう。でもね、血は繋がってないの。私達は別の場所で生まれたから」

「ズッキーニのおかげで、一緒にいられる。嬉しい」

「良いこと言うんなら呼び方も直せよな」


 ミズナもトキネも表情は柔らかかった。それだけ、みんなに対する愛情があったのだろう。キズキのツッコミはトキネに軽くスルーされていたけど。


「ミカゲも、居たいだけ一緒に居てよ。そのうち、あぁ家族だなぁって思える日が来るかもだし?」

「私はまだ、信用してない。私を認めさせるのは、困難だぞ。ミカゲ」

「何のキャラだよ。トキネがこうして話してるだけでだいぶ気に入ってるみたいだから、あんま気にすんな!この世界のことについてもゆっくり教えてやるから、気兼ねなく何でも言ってくれ」

「む……。そんな、ことはない。ズッキーニの、バカ」

「こらっ、キズくん!口が悪いのがトキネちゃんに移っちゃったでしょ!」

「俺のせいじゃない、よな……?とりあえず、ほらミカゲ。美味いからさっさと食え!」


 話を逸らすキズキに苦笑しつつ、スープを一口飲む。まろやかな優しさが、口から喉を通って全身に行き届く感覚がした。みんなの笑顔が温かい。体の力がすうっと抜けていく。あぁ、良かった。


「ありが、とう……」


 僕はこの世界で初めて、泣くことができた。


 

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