1 プロローグ
ひんやりと湿った自分のまぶたが開いた。気づくと、暗い圧迫感が満ちている空間に僕はいた。目を開ける以外の体の動かし方を忘れてしまったかのようで、身動ぎ一つできそうにない。
「最下位……」
圧迫感を放っているのは、眼の前に立っている知らない男の人だ。顔立ちは整っているが、ただひたすらに怖い。自分の体の熱をじんわりと奪っていくような恐怖が、絶えず湧いてくる。
多分、彼の目が僕にそう思わせる原因だ。どこまでも深く、重たい漆黒。見ている人ごと呑み込んでしまいそうな闇が瞳の中を満たしていた。僕は今息をしているのだろうか。しているのかも、していいのかもわからない。
「――次だ。時間がない……」
「この人形はどういたしましょうか?」
後ろから別の人の声が聞こえた。姿を見ようとしても、恐怖で首の動かし方が思い出せない。金縛りにあったかのようだ。
「最下位などどうでもいい……早く捨てて次を用意しろ」
「……承知しました」
深い闇をまとった冷淡な男の声に対して、その人の声は機械のごとく無機質だった。いきなり首元を掴まれ、今まで向いていた方向と逆に向けて運ばれる。彼はもう僕のことを見ていなかった。
運ばれて初めて気づいたが、僕がいた部屋はとても不気味だった。なにもなく、広い円形の暗い部屋。大広間と言ったほうがいいかもしれないが、それにしても殺風景だった。何をする場所なんだろう。
重厚な扉が開かれると、黒系統の色で統一された豪奢な廊下に出た。ようやく体が動かせるようになってきたけど、僕を掴む力が強すぎて逃げ出すなんてできそうにない。僕を運ぶ男は、やはり一言も喋らずに歩き続けた。
***
建物を出た瞬間鬱蒼とした森に入り、後ろから建物が消え失せた。振り返っても木々が無造作に立っているだけだ。僕はもしかしたら夢を見ているのかもしれない。夢で場面が切り替わるのって、こんな感じだったはずだ。
そろそろ首が痛くなってきたなぁ。そう感じたとき、唐突に地面に放り出された。痛みはなかったけど、驚いて僕を投げた本人を見つめた。真っ黒なローブに身をすっぽりと包み、唯一あらわになっている顔は感情などないかのような無表情で、傀儡みたいだ。
その人は、ゆっくりと僕の方へ手を伸ばしたかと思うと、柔らかく髪を撫でていた。不思議と嫌な気持ちはせず、随分久しぶりに、かすかな安堵感を覚えた気がする。しばらく経つと、その手は止まってしまった。
「どうか――」
かすかな声が耳に届く。とても小さな呟きだったから全然聞き取れなかったけど、低い男の人の声だった。彼が立ち上がり踵を返す。「待って」と止める間もなく、その姿は森の中へ溶け消えていった。最後に一瞬だけ見えた彼の無機質な瞳は、深い悲哀の光を灯していたような気がした。
***
辺りを見渡しても、暗い森ばかりで生き物一匹目に入らない。うーん、不気味だ。
「誰かぁ……」
発した自分の声が、思ったよりもか細くてびっくりした。当たり前のごとく返事は返ってこず、木々のざわめきすら聞こえてこない。不安でなんだかそわそわとしてしまう。
目が覚めて以来初の孤独。しばらくの間、することもなく座り込んだままぼーっとしていると、恐怖と困惑に沈み込んでいた違和感が突如浮上してきた。おそらく今まで生きてきた僕は、こんなセリフを言うことになるなんて思いもしていなかっただろう。覚えてないからわからないけども。
「ここはどこ。僕は誰?」
あぁ、なんてテンプレだ。口に出せば夢が覚めるかと思ったけど、そんなことはなく薄暗い森が僕を見下ろしているだけだった。
だいぶ行き当たりばったりなので、適宜修正が入っていくかも……。目に留まっていただけたら嬉しいです。




