32.良いこと
~*~
とある日の昼下がり。
精霊たちとお茶していたら、使用人さんからクロム様が呼んでいると伝えられた。
何だろうか。火急の用件とかかな。
周囲の探知は欠かしていないので、正直呼ばれる理由に心当たりはない。
まぁ、私が積極的に関与しようとしていない貴族としてのなんちゃらが理由の場合もあるかもしれない。
切羽詰まっているようなことではなさそうだから、私は軽い気持ちでクロム様の執務室へと向かっていた。
『ふんふんふふーん♪』
そういや最近、フィーラの機嫌が良い。すこぶる良い。
機嫌が良いのはフィーラだけというわけではなく、ネールやサーラ、アース。ツェリもフォンセもルーチェも機嫌が良い。
精霊の機嫌が良いということは、周囲に幸福の魔力がもたらされる。つまりはラッキーなことが周りの人にも起こりうるということだが、それは精霊たちの機嫌が良いと何時までも続く。
良いこと、なんだけど。ありすぎるのもなぁ。
みんなの機嫌が良いことの理由も心当たりもなかった。
「クロム様、リルフィです」
「入ってくれ」
扉をノックし、入室許可を得てから入る。
書類が山積みされている机の前に座り、仕事に打ち込むクロム様。なんだかちょっと疲れているようにも見える。
以前していた会話で書類仕事は苦手と言っていたなぁ…
だけど土地を預かる者として避けては通れないことだ。後で疲労回復効果のあるハーブティーを差し入れしよう。
「お呼びとのことでしたが…」
「あぁ、リルフィと… ラティの婚約式についてのことなんだが」
……ん? 婚約、式…?
一瞬何を言われているのか分からなかった。あれ、誰と誰の… あっ… ラティと私のか。
頭の中は軽くパニックだ。
ごっちゃになっている思考を正そうと頭を軽く振る。クロム様は小さく笑いながら、少し待ってから聞いてくれた。
「リルフィ? 大丈夫かい?」
「はっ…! だ、大丈夫です」
「…気負うことはないよ。式っていう名目ではあるけれど、近しい親族と招待した友人しか参加はしない。ちょっとしたホームパーティーのようなものだと思ってくれれば」
…それは無理がありませんか?
そう思ったが口にはしなかった。しても意味ないと分かっていたので、言うだけ無駄というやつだ。
貴族的にそういうのがあるのは分かるし、理解もできる。実感がないだけだ。
その当日に何をするのかとか全く分からないので、決まったこと、決められていることに従おうと思う。
「リルフィが何かするということは特にないんだけれど、一つだけ了承を得たいことがある」
「…何でしょうか」
「私に、リルフィの後見人をやらせてほしい」
後見人… それは、今の私の身分がどうあっても平民だからだろう。
本人たちがいいと言ってくれていても、やはり世間体というのは気にしなければならない。それは分かるし気に病んでもいないけど、クロム様がそう言い出すことには少しばかり驚いている。
籍だけでもということで、どこか親戚の養子にとかになるのではと思っていた。
まぁ、養子と後見人とでは色々と違うだろうけど。
「…本当はね、妻子がいない私の元にリルフィが養子に来る話があったんだ」
「そういう話があるのだろうなとは思っていましたから、不思議には思いませんが…」
「でもその話は一旦保留になった。本人に一度話をしてからというのと、爵位を持つ私の子供になるということは、貴族令嬢の立場を得るということ。ラティといずれ結婚するなら、貴族の立場は遅かれ早かれかもしれない。けれど、自由に過ごしてほしいというのがラティを始めとするロトレイ家の総意だ。だけど後見人はいた方がいい。……ということで私がなると手を上げたんだよ」
…優遇されている。
養子になるかもって話も、この人たちなら問題ある人は選ばないだろうから安心してたし。
そっかぁ… やっぱりそういう話はあったのか。
嫌だと思っていないと言えば嘘になるけれど、それもこれもそういう関係になる相手による。
でも、もしも。そういう未来が実際にあったならと想像してみる。
「……ふふっ…」
「どうしたんだい?」
「…いえ、クロム様を“お義父様”と呼ぶ未来もあったのかなぁと」
「………………グッ…!」
ん? あれ? クロム様がなんかダメージを受けている。
胸元を押さえて机に突っ伏して書類が舞う。「ヤバい… いい…」ってぼそぼそと呟いている。
少しして落ち着きを取り戻すように数回深呼吸していた。
「リルフィが本当にいいと言ってくれるのなら後見人と養子、両方の手続きをしようと思うんだが、どうだろうか?」
「クロム様なら安心ですし、かまいません。……みんなは、どう思う?」
『いいと思うわ。リルフィが大丈夫だと思ったのなら』
『ちゃんと考えてくれてるって分かるしね~』
『ま、何かあった時はあった時だ』
私も変わったのだろうけど、みんなも前と比べたらずいぶん変わった。ずっとずっと前になるが、とげとげしかったのを覚えている。
戦争のような戦いに参加していたこともある精霊もいるって、ほんとかな…?
それはさておき。みんなが安心して過ごせる場所というのも、私にとってはとても重要だ。
だからみんなにも聞いて、好感触だったことに嬉しいし安心する。
「その件はこちらで手続きをやっておこう。完了したら改めて伝えるね」
「分かりました」
「他に何か聞きたいことはあるかい?」
「特には…」
『私からいいかしら? 当日、どういう段取りか後で教えてほしいわ』
「分かりました。一つ一つ決まり次第、お伝えさせていただきます」
…ん? ネール…?
妙にわくわくにこにこしている気がするけど、珍しいを通り越して逆に怪しく見えてきた。
~*~
「何かあるの?」
『ん? 何もないわよ』
部屋に戻ってゆったりしている時にネールに聞いてみた。…まぁ、はぐらかされたけど。
みんなだって、本気で隠す時は隠す。話してくれないことに怒ることはないけど、ああ、またかと呆れながらも“待ち”の姿勢をとる。
ベッドに座り、まだ眠っているレーダスの頭をそっと撫でる。
もう少しで起きてくれると思うんだけど。眠っている表情は穏やかだから、まぁいっか。
セトは、元気だろうか。彼が今とても大変なのは言うまでもないだろうが、体調にも気をつけて無茶だけはしないでほしい。
そんなことを考えていたちょうどいいタイミングで、セトからの文鳥が来た。
近況報告のような内容で、文鳥で送られてくるにしては長文だったけど、前のような緊迫した様子ではなかった。
挨拶から始まり、森の奥へと薬になるオルムの実を採取しに行った道中でのことなど。
大変な道のりであるはずなのに、全然大変そうじゃない。むしろ楽しそうだ。
……所々に、同行者がいるような文面がある。
側近の人ならばそう名前を書くはず。
けれど誰、とも書いていない。曖昧な表現。誰といたんだろうか。
「…!」
『あら、どうしたの?』
「今すぐじゃないけど、セトが即位するって…」
『あらあら…』
『…ま、あの王サマの身体が良くなっても、以前のようにってのは無理なんだろうな』
まだ早い段階だったから命は助かった。
でもすでに身体に定着してしまっている後遺症というものは、どんな薬だろうと治癒魔法だろうとすぐには治せない。時間をかければあるいは、といった感じだけど、年単位の時を必要とする場合がほとんどだ。
ものすごく腕の良い薬師と治癒魔法の使い手がいれば、早くて5年程か。
完璧に治して王でい続けるよりも、次世代に渡して自分はサポート側に回ることを選んだのだろう。細かいことはこれから決めていくようだが、あまり喜ばしいことではないな。
何か… 彼らにとって喜ばしいこと… 希望が持てるようなことがあればいいのに。
「あ… オルムの実、見つけたんだ」
『じゃあもう毒の心配はないわね』
毒の心配がなくなることは本当によかったと思う。効能がとても優秀な実だから薬の方も大丈夫だろう。
それはよかったのだが、このちょくちょく出てくる同行者を表す文面がすごく気になる。
『何か気になることでもありましたか?』
「うん… オルムの実を採りに行った時、同行者がいたみたいなんだけど…」
『側近の人じゃないの~?』
「違うみたい。……“つり目で、無愛想で、口調も荒い。不良みたいだけど、優しい”って書いてある。あと全体的に黄色いって」
特徴も書かれていたので、書かれていたそのままを読み上げた。そんな人いるか? と思ったけれど、ふとサーラを見た瞬間に思った。
黄色っぽい以外は、サーラと似ている…?
『まさか~… 彼かなぁ?』
『まぁ、特徴的にそうでしょうねぇ』
『何やってんだアイツ…』
『やっぱサーラと似てるじゃない。なんだかんだ言いながらも世話焼きなトコロ』
『似てねぇよ! アイツなんかとは絶っっっっ対、似てねぇ!!』
どうやらみんなには心当たりがあるらしい。そうか、似てるなんて言っちゃ駄目なのか…
でもそんな全力で否定しなくても…
苦笑しながらみんなを眺めていると、服の裾がくんってなる感覚があった。なんだろうと思って見てみると、水色の瞳と視線がぶつかった。
『あるじ…』
とてもか細い声だった。
でも、もう大丈夫だと安心するには十分だった。
「気分はどう? もう苦しくない?」
『だいじょうぶ…』
「もう少し休んでようね」
レーダスが目を覚ましたことに気づいたみんなはすぐ静かになった。そしてレーダスの周りに集まった。
頑張ったね、もう大丈夫だから。無言なんだけど、そう言っているように感じた。
そう思ったのは、レーダスを包むみんなの魔力がとても優しかったからだ。
そうだ、セトにレーダスが起きたことを伝えよう。
とても気にしていた彼のことだから、これでいくらか安心するだろう。
セトの周りに落ち着きが見えたら、レーダスと一緒に会いに行こうかな。




