29.戦う理由
川沿いを歩き、上流の方を目指すこと数10分。元々少なかった生き物の気配がさらになくなっていった。
正確に言えば、いても正気を保っていることはほぼないだろうか。
やっぱりほとんどの生き物がハルーシュプラントの幻覚の作用にやられていて、かろうじて無事な個体はこの場から離れているようだ。
それにしても。そういう幻覚にやられてしまった生き物たちを目にする度に、自分には本当に効かないんだと現実味が増していく。なんかちょっと微妙な気持ちだが、今回は助かっているのでよしとしておこう。
「ハーモラットたちはハルーシュプラントの“姿”は見たの?」
『全体ではなく一部ではありますが、見た者はいます。巨大だったと』
『でもアンタたちが小さいからね。巨大ってどのくらい巨大なのか分からないわよ。そもそもでそれが本体なのかどうかも…』
『そ、そうですよね… えーっと、他にいい例えは…』
ハーモラットたちとフィーラが仲良くなっている。
元々言いたいことはズバッと言うフィーラだけれど、それがこのハーモラットたちと相性が良かったみたい。
討伐に行こうとする私に、この変異個体のハーモラットを始めとした数匹が一緒に行くと名乗りを上げた。
彼らなりにハルーシュプラントに対して思うところがあるようで、私はある程度の戦闘と自衛ができるのならと条件付きで許可をした。
それによって数を厳選され、3匹の同行が決まる。
『でもきっと貴重な戦力よ』
「彼らの戦い方を知らないからなんとも言えないんだけど」
『あの素早さを生かしたゴリ押しね』
すごいシンプルにまとめられたけど、それでいいの? ハーモラットたちが気にしていないなら別にいいけども。
戦いを好まないだけで戦う力があるのは珍しくはない。
だけど今回、ハーモラットたちは“戦う意思”を見せた。やる時はやる。そんな感じだ。
『…ねぇ、アンタを何て呼んだらいいの? ハーモラットって長いから短くしたい』
『どう呼んでいただいてもいいですが、そうですねぇ… 我々も精霊様方と同じく、元々は名前があるという考えがないので…』
精霊は格上という考えがあるからなのか、フィーラに対して敬語だった。最初は威厳を出そうとしたのか、上からな感じだった気がするけど。
そもそもで、魔物だろうと普通は喋らないんだけどね!
『…………あ』
「どうしたの?」
『では、私のことはラメルとお呼びください』
名前の概念がないと言っていたのに。呼んでほしいと言ってきた名前は人間味がある名前だった。
適当とするには違和感があった。その名前自体に思い入れがあるように思える。
自分で思いついたというより、誰かに貰った感じ。
「…!」
『下っ!』
何かが急速に接近してくるのを感じた。
相手が魔物でも一応植物だから、植物の探知はアースが早い。余計な言葉は一切なく、分かりやすい一言を叫ぶ。
端的に放たれた言葉はすぐにみんなに届き、直後に地面を突き破って現れたものを全員が避けた。すぐに体勢を整え、天高く伸びたソレを見上げる。
何本も、何本も反り立つように伸びるソレは木の根のような、触手のような。
質感は明らかに木なのに異様に長く太く、大きい。
『ねぇ、コレ… 本体はもっと大きいんじゃ…』
『あるいは、逆かも~』
「逆?」
『本体はもっとずっと小さいってことだよぉ』
もしかしたら程度の可能性だがないとは言い切れない。大きければ討伐は割と簡単だろうけど、小さい場合は…
考えている間も攻撃はされるので、考えながら対応していくしかない。どうしてこうなったかは後でもいい。
「アース、本体の探知をお願い」
『まかせて~』
根の本数が多い。本体を叩けば動きも止まるはずだけれど、その本体の姿がどこにも見当たらなかった。
なら、探して見つけて叩くのみ。
『我らもバラけて攪乱するぞ!』
「「ぽきゅー!!」」
ハーモラットたちは避けては叩きを繰り返し、ハルーシュプラントの根を引きつけてくれている。
正直、あの可愛い顔からあんな破壊力抜群の攻撃が繰り出されているのを見ると引き気味になる。頼もしいけどね。
実際に彼らのおかげでだいぶ楽だ。だけどやっぱり本体を叩かないことにはどうにもならないので現状維持ではある。
そんなこんなで対応していたが、ふとハーモラットたちは大丈夫なのかと思った。だが、ハーモラットの体毛の魔法耐性はなんと幻覚も防いでしまうらしい。
精霊たちは言わずもがななので、私たちは全員、幻覚が効かない。よってかなり余裕のある現状維持なのだ。
アースの探知が終わればすぐ動ける状態。
『これ以上被害は大きくさせない! 少年には手を出させない!』
ラメルがそう叫びながら懸命に拳を振るっている。
気分が昂っているからもあるんだろうけど、やはりラメルたちには戦う理由があったんだ。
あの川沿いに住んでいて、人と関わることがあるならば、それはあの町にいる誰かなのだろう。
そしてラメルは少年と言った。
きっと、そういうことなんだろうと妙に納得してしまった。
『…! 見つけたぁ~』
アースが“本体”を見つけた。
同時に感覚が共有され、私も本体の場所を認知する。
……予想していたよりだいぶ小さい。ラメルと同じくらい、いや、若干小さい…か?
1メートルはきっとない。大きさとしてはまぁまぁなのだけど、あの根の大きさと比べるとやはり小さいと感じる。
そしてそれは地中にあった。それほど深い場所にはないが、悠長に掘り起こしている余裕はない。だから一気に引っ張り出すか、もしくは地中で討伐するか。
周辺に影響を出さないようにするのならば、掘り起こさずに地中で燃やして討伐するんだけど。でも私は討伐ついでにハルーシュプラントの“ある物”が欲しいので、ぜひとも引っ張り出して討伐したい。
「………よし、地面割るか」
『何て!?』
「だって燃やすのはもったいない! せっかくハルーシュプラントの“アレ”が手に入るチャンスかもしれないのに!」
『あぁ、アレね。それなら確かに視認できなきゃ難しいわね』
ネールが瞬時に何を欲しているか理解してくれた。
サーラとフィーラは少し呆れた様子だけど、欲しいものは欲しいんだからそんな反応しないでよ。
地面を割ってその衝撃で本体を引っ張り出す。半分以上、姿が見えないと引っ張り出せないけど… まぁその辺はぶっつけ本番で。
『ならば! 私におまかせを!』
「え?」
確かに現状に大きな問題はなく、悠長にしていられないと思っていた。素早く地中にいる本体の真上にまで行って地面を叩き割る方がいい。
私よりもラメルの方が小回りが利くだろうし、予定地点に到達するのは早いだろう。地面を叩き割る為のパワーも十分にある。
まかせてみてもいいかもしれない。
あと単純にハーモラットのパワーを見てみたいという興味もある。
「私たちが道と隙を作る。合図したら地面に思いっきり叩き込んで」
『分かりました!』
私たちは一斉に動き出す。
私たちの動きに合わせて、ハルーシュプラントの根も私たちそれぞれに襲いかかる。各々が対処するのは変わらないがラメルだけ攻撃を無視して突っ込んでいく。
ラメルに向けられた攻撃は私たちが防ぐ。私たちのサポートを受け、ラメルはどんどん進んでいく。
あと少し。もう少し…
「ラメル! そこ!」
私の合図を聞いて、ラメルは高く跳躍した。そしてそのまま落下の勢いと合わせるつもりのようだ。
ん? でも… なんか、構えっていうか、ポーズとってない?
『一・点・集・中! ≪豪傑拳≫!!』
技名とかだろうか。叫びと共に拳が地面に叩き込まれた。
激しい破壊音と爆発音。その凄まじい威力に呆気にとられて言葉が出ない。
…いやまぁ、呆気にとられている理由は他にもあるのだけど。
…………えぇ、何それ…
誰が考えたの? 自分で?
「「ぽきゅー!!」」
『リルフィ殿!』
名前を呼ばれて我に返った。いけない、まだ終わってないんだから集中しないと。
2匹のハーモラットが、本体が見えた瞬間に太い根をそれぞれ掴んで思いっきり引っ張り、本体が何の障害もない空中へ。
私もそれに合わせて本体の元まで飛び上がり、短剣で皮を削ぐように素早く削っていく。削るたびにハルーシュプラントはもがき、根が暴れるがそれらをみんなが止めてくれていた。
そしてちらりと中心部のソレが見えた瞬間にとろうと手を伸ばす。
掴み、少し無理矢理だったが引き抜いた。すると機能を失ったかのように、ハルーシュプラントは動かなくなった。
どずん、と鈍い音を立てて根が地に落ちる。
私は共に空中にいたハーモラットたちを回収し、地上に降りた。
『終わったー!!』
『見た目ほど脅威じゃなかったわね』
確かに見た目ほど脅威じゃなかったが、予想以上にすぐに終わったと感じた。それはやっぱりハーモラットたちがいたおかげもある。
一部の地形以外はほぼ被害はないと言っていいだろう。川に流れ出てしまった幻覚の成分だけはなんとかしなきゃいけないだろうが、とりあえずは一件落着だ。
魔石という、思わぬ収穫物もあったしね。
「ラメル、ありがとう。こんなに綺麗な状態の魔石を採れたのはラメルたちがいたからだよ」
『魔石… あのハルーシュプラントのですか…』
「これで造ってみたかったものがあるんだ~」
『楽しそうですね』
「あ、やっぱり魔物としてはいい気しないかな?」
『そんなことはありませんよ。本当にあるんだな~くらいの感覚です。それが自分にもあるかもしれないだなんて実感ないですけどね』
魔石というものは、魔物からしか採取できないが、全ての魔物から採れるわけではない。
“特別な個体”の体内でのみ、魔石は生成される。何が特別で何がそうでないのかはハッキリとしていないけど、もしかしたらと思って採りに行って正解だった…!
けれど、今回は討伐すると決めたハルーシュプラントだったからそうしただけであって、目の前の変異個体であるラメルを討伐してまで確認しようとも思わないし、欲しいとも思わない。
そもそもでもう情が湧いたから討伐なんて無理だ。
『リルフィ殿、後始末もお手伝いします。危険はもうないので皆も呼びましょう』
「あ、うん…」
気のせいだろうか。ラメルがちょっと悲しげだ。
困っていたことが解決したというのに、喜んだり安心したりしているわけではないみたい。
どうしたのかな… 聞いてみてもいいことかな。
ここで会ったのも何かの縁だし、魔物でも優しい子だ。何とかしてあげたかった。




