41.忠誠心の高い魔導人形 《ラーティ視点》
魔導人形と読んでください。
ラーティ視点になります。
~*~
「……お伝えすることは以上になります。何か不明な点、又は異議があれば私が代わりに伺いますが」
「いえ、ありません。承知いたしました」
イルから預かった言付けを伝え終え、内心一息ついた。手紙でいいのではと思わないでもなかったが、万が一を危惧していたのだろう。
イルが王太子であることに不満を持つ貴族は、表立っていないだけで存在しないわけではない。第2、第3王子を王太子にと推す動きも昔はあったようだけど、いつのまにか無くなっていた。
イルが思いの外優秀だったのに加え、婚約者となったルピナス嬢の補佐力の高さも、周囲を黙らせる力となった。…まぁ、他の王子たちの内面の異質さが理由で勝手に鎮静化していったと言えなくもないけれど。
今となっては、王家の中でイルにだけ例の痣が出なかったことも大きいだろう。
イルはあんなだけど人望はある。…あんなだけど。
…いや、むしろあんなだからこその人望の厚さだったりするのかも。
「…あの、ロトレイ様」
「なんでしょうか」
「本当に希望する者をそちらに連れていかれるんですか?」
「全て説明を受けた上で、理解と納得をして希望するのならこちらとしては受け入れますよ」
元々、そういうつもりだったし。
色んな所から人材を集めようとしている最中だ。これから僕が持つことになる屋敷の使用人や領地の一部、街… やること、考えることはたくさんある。
オースト公爵家の屋敷だったから、ここにいる使用人を引き抜きたいとかいう理由ではない。
むしろリルフィにとって悪影響が出るのならば、ここの使用人の引き抜きは一番にあり得ないと考えるべきなんだけど。
…まぁ、そういう選別は既に済んでいるから心配はいらなかったりする。
けれどここにいる全ての人がオースト家に、リルフィに何かする気があった人ばかりではない。ずっと“オースト家”に仕えてきた忠誠心の高い者だっていた。王宮から代官が来るまで、ずっと当主の仕事を代理で行っていた目の前のこの男もその1人。
だが、やはり身分が彼らの関係を邪魔してしまっていた。
だからファルフォネ様亡き後、助けたくとも助けられなかったという人がいたのだろう。
そういう人たちは、きっと想像よりも多くいた。
移住希望者が思ったよりもいたのが何よりの証拠だろう。
シルヴィア様は、使用人たちに大切に思われていたのか…?
「うあぁぁぁあぁ…!」
それが聞こえたのは、突然だった。
今までに聞いたことのないリルフィの泣き叫ぶ声。どこから… 上…?
こんな泣き方をするような、何があったというのか。ネールも分からないと言うように、困惑した表情を浮かべている。
「…! 失礼します!」
とりあえず向かわなければ。そう思って一言だけ言って声のする方へ。
この屋敷に来るにあたって、リルフィと対面して不安があると思われた人は調べ、事前に対策を講じておいた。幸いというか、厄介な人はいなかったから対策自体は簡単で楽なものだった。
でも不測の事態というものは何したって起こる。現に、リルフィが泣き叫ぶほどの何かがあったのだ。
「ラーティ・ロトレイ様」
二階に続く階段を上がろうとした所で呼び止められた。僕を呼び止めたのは、使用人服のベテランそうな女性。
この屋敷にいる者全てが調査対象だったから当然、彼女のことも調べた。…が、特別気になるようなことは出てこなかったから気にしてはいなかったんだけど…
でも、なんだろうか。こうして対面してみてその人に少し異質さを感じた。
生気が感じられないというか。無表情で、淡々としていて、人間らしさがないような。
「貴方様に、お渡しする物が」
「僕に…? リル……彼女にではなく?」
「お嬢様にお渡ししたものとは、また別になります。当主様は貴方様だからと用意していたのです」
ファルフォネ様、が…?
リルフィにだけではなく、どうして僕にもなのだろう。シルヴィア様が連れてきた人、というわけではなさそうだし…
僕個人に用意する理由があるならば、心当たりは1つだけ。
でも婚約は正式なものではなかった。僕がここに来る保証はどこにもなかったのに。
手紙で交流していた父にでもない。ファルフォネ様は、何か未来を予知する能力でもあったのだろうか。
その人が差し出してきたのは一通の手紙と片手に収まる程度の大きさの小箱だった。どちらも軽い。まぁ、手紙に軽いも何もないけども。
直接会ったことはない人だが、どういう人だったのかは父から聞いていた。
短い言葉でまとめ上げるなら、外見も内面も完璧な人、だそうだ。頭の回転も速く、次期公爵という立場を鼻にかけることもなく、貴族とか平民とか関係なく平等に接し、多くの人に慕われていたそう。
そんなファルフォネ様にも“敵”はいたらしいけど… 今はそんなことさておき。
ファルフォネ様はオースト公爵家の正統な後継者らしく、魔力値が高く魔法も得意だったと聞く。特に、錬金術が得意だったとか。
小さい物から大きな物まで幅広く。学生時代は色々作りまくっていたらしいけど、そういう所はリルフィも受け継いでいるのかもしれない。
「っ…! あれ…?」
受け取って10秒もたってないはずだ。でも僕の目の前にその人はいなかった。
いなくなるにしては早すぎじゃないか…? 魔法を使ったわけでもなく、気配の揺らぎもみられなかった。そんなこと、可能なのか。
まるで、渡すことだけが使命だったとでもいうかのようだ。
何だろう、この幻に包まれたような感覚は。
でも自分の手の中には、渡された手紙と小箱がちゃんとある。何を考える間もなく、僕の手は小箱を開けていた。
入っていたのは六芒星モチーフのネックレス、だろうか。知った魔力を感じる気がするけれど。
『これ…』
「ネール、知ってるの?」
『ファルフォネが作ったアミュレット…だったかしら。頼まれて魔力を付与した覚えがあるわ』
「あ、ネールの魔力だったのか。どおりで知ってる気がしたんだ」
『正確には四大精霊全員の魔力が付与されているわよ。後は、光と闇の精霊の魔力も付与したがってたけど…』
そ、それは… 古代のアーティファクトを超える価値になるんだけど?
持つのが恐れ多い気もしたが、アミュレットということは魔除けの意味を持つ。真意はどうあれ、ファルフォネ様は僕の為にこれを作ったのだと思うと、受け取らないわけにはいかないと思った。
それに返そうとしたとしても本人はもういないし。渡してきたあの人もいないし、リルフィに渡すと過剰防衛にもなる気がしてそれもあまりよろしくない。
『ルーチェ、アナタの魔力を付与してくれる?』
『はい、分かりました』
『フォンセには後でやってもらいましょ』
なんだかんだで四大精霊たちはこの母娘には甘い。出来る限りの希望は叶えてあげたいのだと思っているだろう。
でもちゃんと2人を尊重した形でやりすぎないようにしている。たまのやらかしもあるようだけど、そこは大したことではないらしい。
手紙の方は、と思って封を開けた。
中にあったのはたった1枚。…に書かれているたった一行。
《娘を、頼みます》
一瞬だけ、時が止まった気がした。
ファルフォネ様は、一体どこまでのことが見えていたのか。
または女の勘というやつだろうか。女の勘は凄いと父が口癖のように言っていたけど、父のそれは誰のことを言っていたのか。
でもそれは女の勘というより…
「………母の強さだろう…」
『ラティ?』
「ううん、なんでもないよ。リルフィの所に急ごうか」
僕の呟きをネールが拾っていたけど、それとなくはぐらかしておいた。ネールも追及しようとしたりせず、でもどこか僕の言葉を噛みしめるように小さく何度も頷いていた。
たぶん、ネールたちの方が分かっているんだろう。ファルフォネ様が、どうしたかったのか。
『それにしても、ファルフォネったらあんなもの作ってたなんて…』
「ん? どういうこと?」
『ラティも違和感ぐらいは気づいてたと思うけど、あの使用人はね…』
ネールのその言葉で、僕の中に驚きがさらに追加されることとなった。
本当に、どれ程優秀な人を亡くしてしまったんだろうと心の底から思う。国力の低下にもつながっている一件かもしれない。
それこそリルフィまでもが国を出ていなくなるようなことになったら、本当にそうなってしまうんだろうと思わずにいられなかった。
カツカツと廊下を歩く音がする。
でもその足音も次第に小さくなっていった。「リーゼさん」と声をかけられ、立ち止まり、振り向く。
「……あら、セルマ様、ですか?」
「もうあまり見えていないのですね」
「当主様の、魔力が、切れてきていますから、ね。じきに、口も、動かなく、なるでしょう」
「…貴女が最後の方でしたね。長く共にしたので、とても寂しいですよ」
使用人服の、ベテランそうな女性に愚痴に近い言葉をこぼす。
男は、この家でずっと当主の代理で仕事をしてきた人物だった。
本当ならもう、引退していてもおかしくない歳だ。でも先代の頃から恩義のある家を、当主がいなくなったからといって見捨てることはできなかった。
先代当主のお孫様の代までに自身の後継者を育て上げ、お孫様が当主になった時に変わらず支え続けられるようにするつもりだったのに。
どうして、こうなってしまったのか。
答えが返ってこない問いかけだが、そう嘆かずにはいられなかった。
歴史あるオースト公爵家が無くなる。
その重すぎる事実は、貴族のみならずこの領地に暮らす平民にも広がった。先代様が生きていたなら、あの男が婿に来なければ、あの女がこの領地内にいなかったのなら。そんなたらればが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。
絶望の淵に立たされたと言っても過言ではなかった。
でも、1つの光の道が。お孫様が、生きておられた。
誰もがどれほど嬉しく思ったか。どれほど泣きたくなったか。
戻ってきてほしいとは、何故かこの屋敷の者が思うことはなかったが。
「ファルフォネ様の最後の願いが、リーゼさんのおかげで果たされましたね」
「私は、ただ、そう指令を、受けていただけ、です」
「それでも貴女がいたおかげですよ。後任も何人かちゃんと育ちましたし。ミアなんて、貴女をどれほど慕っているか」
私も、と言いかけて男は言うのを止めた。最後に言いたいことはそんなことではないからだ。
“リーゼ”の身体がボロボロと崩れ始める。
「長い間、お疲れ様でした。私個人としても、リーゼさんのことは“人として”好きでしたよ」
ゆっくりと、最後の力を振り絞ってリーゼは男の方に顔を向ける。
口を動かすことも、表情を作ることさえもリーゼにはもうできなかった。だが、男の言葉に応えるように視線はずっと外さない。
当主様の魔力が切れ“リーゼ”は消えた。
消える直前、男の目にはリーゼの口元が微かに笑ったように見えた。




