39.生まれ故郷
~*~
色々あったが、私たちは無事オースト領にあるとある町≪ティアニ≫に到着した。
ルッコラ商会の商会長さんが、自身が持つ支店よりも先に冒険者ギルドに行くというのでそこまで付き合うことに。
そもそもで撃退した盗賊たちを捕らえてあるから突き出しに行かねば。ちなみにだが、その盗賊たちは気絶させて、呪術師のあの人の時のようにアースが持っている。
諸々の説明と処理を終えて、私は先に外で待っていることにした。中にいると、なんだか居心地が悪いのだ。
まぁ、外でもあまり変わらなかったけど。道行く人の視線が刺さってくるから。
理由はきっと、私の髪色。
「リルフィ様。ここでお別れなんて寂しいです」
「“様”は止めてと言ったと思うけれど」
「そうはいきません。火の精霊様の主たるお方なのですから」
なんか… この数日の道中で彼女、メニーの恋愛感情が信仰に進化した気がする。理想の男性のハードルが上がったようだが、私には関係ない。商会長の胃に穴が開かないことだけは祈るけれど。
落ち着く所に落ち着いてよかったと思う。精霊たちの脅しが効いたか。なんにしても決して悪い縁ではない。
彼らは年中、町から町へと飛び回っているらしいのでまた会えるかは分からないけど、会ったらまぁお茶くらいはしようか。
「なんか、嵐のような娘だったね」
「良い商人になると思うよ」
ラティと歩きながら町並みを見るが、思い出すことは何もなかった。思い入れどころか見覚えすらない。生まれ故郷、ではあるけども。
なんともいえない気持ちで眺めていると、プツッと音がして髪紐が切れた。ただ髪をまとめ上げる為に買ったものだが、長く使用していただけに愛着もあったのでちょっと残念だ。
「ラティ、お店寄っていい?」
「よかったらこれ、使ってよ」
「…え?」
「ちょっとじっとしてて」
そう言うとラティは私の髪に触れた。
言われた通りにじっとしている。というか何故か緊張で動けない。少ししてカチッと何かがはまった音がして髪がまとめられた。
何を… と思いながらそれに手を伸ばす。
触れた感触からもそれが髪留めであることは分かったけど、どうしたのだろう。いつ買ったの?
「あ、りがとう…」
まぁどうしたとかいつとか、そんなことは些末なことだ。貰ったという事実にはお礼を言いたい。
そう思って言葉を口にしたのに、少し声が上擦ってしまった。
ラティはクスクスと笑いながらどういたしましてと言う。やっと渡せたと言うように、満足そうに。
「うん、似合ってるね」
『あらほんと。ラティやっぱりセンスいいわね』
『あの時買ってたのこれか!』
『フィーラ、余計なこと言っちゃダメだよぉ~』
『もう半分言ってんじゃねーか』
「? あの時…?」
「まぁ、ルドの町でちょっとね」
なんだろう、ちょっと気になるけど…
どこで買ってようがラティからならきっと嬉しいのだけど、やっぱりあの町は私にとって特別というか。
もう一度触れる。見ることはできないが、良い細工が施してあるのはわかる。
嬉しさとか、幸せな気持ちとかで思わず笑みがこぼれるのは何度目だろう。精霊たちがいてくれたからか、ラティがいるからか。
「……………リルフィ、行こうか」
どうしたのだろう。ラティが一瞬だけ険しい顔をした。
周囲に何かあったのか、精霊たちを見るけど彼らに変わった様子は見られない。私の気のせいなのか。
少し疑問に思ったけど、聞かない方がいい気がしたので聞かないことにした。
「え… い、今のって…」
「公爵様…!? でもあの方は亡くなってるはずじゃ…」
「あの映像と同じ顔だったぞ。シルヴィア様、か…?」
最初は小さな波紋だった。
けれどもそれは次第に広がり、ざわざわと大きくなっていく。
自分たちが慕っていて、戻ってきてくれたらと何度願ったことだろうかと。
小さくなっていく背中を見つめながら、1人の少女の呟きがぽつりと流れて喧騒に混じってすぐ消えた。
「おねえ、さま…?」
~*~
目の前に建つ一軒のお屋敷。
懐かしいような、分からないような。
心が思い出したくないと言っているような気もしなくもないが、身体には染み付いているのか覚えがあるような気がしている。
屋敷の前に立つ門番の人と、ラティが話しているのをぽやっと眺めていた。ラティは何を話したのか、門番の人は驚いた顔で私の方を見てきた。
その人の事も、知っているような、知らないような。
なんせ10年も前のこと。そんな細かく覚えている訳がない。
「おまたせしました、ロトレイ様。応接室までご案内します」
「分かりました。……リルフィは、どうする? リルフィは話聞いてなくてもいいし、気になる所があるなら行ってきてもいい。不安が残るなら話が終わるまで待っててもらうことになるけど…」
「うん…… …ちょっと、1人で見てきてもいいかな? 話の内容、私が聞くべきことがあったら後で聞く」
「まぁ何かあるとは思わないけど、一応気をつけてね」
『私とルーチェはラティといるわ。アナタたち、そっちは頼むわね』
私のことも事前に伝わっていたのか、どうするかはスッと決まったし、会話が聞こえていたであろうここの人たちの反対も特になかった。
反対、どころかすれ違う人のほとんどが、私を見た瞬間驚くのだ。
皆私を覚えているというのか。それともそんなに驚くほど母様に似ているのか。
ラティと離れて1人で歩いていてもそれは続いた。むしろ酷くなった気がする。
それでも話しかけてはこない。
ここの人たち、しかも母様や私を覚えている人からしたら亡霊でも見ている気分だろう。
そんな嫌な視線にさらされながら、とある部屋の前に辿り着いた。
「あの」
「はいっ…! な、なんでしょうか…!?」
たまたま近くを通りかかった使用人の女の子に声をかける。若い、きっと私よりも下だろう。初々しさが残っているので新人さんか。少なくとも私がいた頃より後に入った娘だろう。
痣が、ない。シルヴィアの事には関与していないと思われる。
一応は、信用できる。
「ここは、何の部屋か分かりますか?」
「えっと… そこは… 前公爵様の寝室… ファルフォネ様が療養されていた部屋、だったと思います」
「……まだ、残ってたんだ…」
「掃除などの手は入ってますが、基本的にはそのままかと」
「同じように変わってない部屋はあります?」
「ファルフォネ様が使用されていた部屋の大体はそのままです。後は… シルヴィア様のお部屋もそのままだったはず…」
私の部屋が、そのまま…? 片付けられたか、サリーに荒らされたと思っていたのに。
大事なものは魔法袋に入れていたので大したものは残っていないだろうけど、後でちょっと覗いてみようか…
「シルヴィア様」
昔の名を呼ばれ、思わずびくりと肩が揺れる。声の主は使用人服のベテランそうな女性だった。
見覚えがある。私がいた頃にもいたはずだ。メイド長、とかじゃなかっただろうか。
大して良い記憶がないここで、彼女は私にまだ優しくしてくれた方だと思う。
露骨な嫌味や陰口は聞いたことがなかった。与えられた仕事を淡々とこなす、そんな人だったけど、当時はそれだけで大分マシに見えたのだ。
「ミア、仕事に戻りなさい」
「は、はい!」
「………」
ミアと呼ばれた少女が、私に軽く頭を下げて早足で去っていった。
なんかぱたぱたと忙しない子のようだけど、悪い子ではなさそうだ。真面目な子なんだと思う。
もっと話してみたかったが仕方がない。彼女も仕事中だ。去り際に少しだけでも言葉を交わせるだろうか。
「お戻りをお待ちしておりました。当主様から、お嬢様へとお預かりしている物がございます」
預かっている物…? 当主様って母様の事、だよね。
母様が亡くなる前にこの人に預けものをしていたってこと?
元々、成人してから次代に渡される物だったとその人は言った。何に使うか、どう使うかは手にすれば分かるとも言っていたらしい。
丁寧に包まれた布から出てきたのは、1本の鍵だった。
「何処の鍵ですか?」
「渡せば分かる、としか… ともかく、これをお渡しすることが仰せつかった最後の仕事でしたので。無事に貴女様に渡せて、よかったです」
何を言えばいいのか分からなかった。
この人に嫌なことはされていない。痣もない。妖精たちに大丈夫と判断された人。
でも、何もなかった。助けてはくれなかった。
母様に忠誠を誓っていたようだけど、ただそれだけ。渡してくれてありがとうとかそういう気持ちはない。
………いや、母様からのものならば、ありがとうという気持ちはある。ほんとに、ほんの少しだが。
鍵を受け取り、それを見つめる。
手にすれば分かると言われても、公爵家についてまだ教わってなかったからか手にしても分からないのだけど。
私が鍵を受け取ったのを確認した後、その人は仕事に戻っていった。
どうすればいい。
何をすればいい。
母様は、何を伝えたかった?
「………みんなは、分かる?」
『うーん… ファルフォネの考えそうなことだよねぇ…』
『ファルフォネのっていうより、ゼノンとノワールじゃねーか?』
『それはありえるかも!』
『とりあえず部屋に入ってみましょう。ゼノン様の記憶ならボクが引き継いでますから。何か分かるかも』
フォンセの言う通りだ。分からないなら見てみるしかない。
母様の寝室なら入ったことは何度もあるが、大きくなった今なら気づくことがあるかもしれない。
私は鍵を握りしめながら目の前の扉に手をかけた。




