33.シスターの秘密
~*~
≪0の刻、孤児院裏の月光の泉に、ロトレイ様と一緒に来てちょうだい≫
冒険者ギルドに行って、ニーコちゃんの所に行って、その帰り道のことだった。一通の文鳥が私の元に届いたのだ。
小さい、カナリアのような文鳥。魔力の感じからも誰からなのかはすぐに分かった。
「僕も一緒にって… 誰から?」
「……シスターだと思う。月光の泉って場所を指定してきているから間違いない」
『月光の泉かぁ… そういえば今日は満月だね!』
『あー… だからかぁ… じゃあ今夜やっちゃう~? アレ』
『そうね、シスターもいるからちょうどいいわね。フィーラ、連絡お願い』
『りょーかい!』
アレって何なんだろう。フィーラが前と同じように他の精霊たちに“お知らせ”してたことから重要だとは思うけど。
そういえば、と不思議に思うことが1つあった。孤児院で暮らし始めてからたまに思っていた。
シスターって、何者だろうって。
ネールたち精霊も最初から警戒していなかった気がする。
そんなシスターが、私とラティに何の話があるのだろうか…
~*~
そして、夜。
みんな寝静まっているからこっそり移動する。一応、防音魔法をかけているけど、それは念の為だ。
孤児院に着いて子供たちの気配を探ると、どうやらみんな寝ているようだ。起きている子はいないが、シスターの気配も建物の中にはなかった。
たぶん、もう約束の場所にいる。
月光の泉は孤児院裏の茂みを行った先にある。
でも、普段は何もない、開けた空き地のような場所だった。唯一、満月の日の晴れの夜だけ姿を現すという、これまた不思議な場所なのだ。
泉の姿を見たことがある人は少ない。子供たちの中でも1人か2人くらいだったはず。
私が見たことあるのは言わずもがな、精霊たちがいるからである。
今日は星空が広がり、月もよく見える快晴。泉は現れている。
「シスター、来たよ」
「あぁ… 来たのね、いらっしゃい」
振り返ってふわりと微笑むシスター。そんなシスターの顔を見てラティは少し驚いたような反応を見せた。
知った顔なのだろうか…? こっちに来てからちゃんと会わせるのは今が初めてだけど、それにしたってと言いたくなるような反応な気もする。
シスターもシスターで、ラティを見て目を細めた。あれは懐かしんでいる顔だ。
そういやシスターは、何日間か孤児院を空ける日がたまにあった。何をしに行っていたのかは知らないけれど、しっかりしている子たちが多かったから、子供だけでも何とかなってた記憶がある。
本当に何かあるようだったのならみんなが動いていただろう。…まぁ、大分昔のことだけど。
「ラーティ・ロトレイ様、ね。私のことは覚えているかしら?」
「………いや、そんなはず… でもご本人、ですか? だとすれば外見があまりにも変わらなさすぎでは…」
「ふふっ… 一応褒め言葉として受け取るわ。でもまぁ、それは種族が関係してくるから気にしたら負けよ」
やっぱり顔見知りか?
外見が変わらないとか、種族がとか知らない情報があって軽く混乱しているんだけど。
置いてけぼり感があるのは否めないが、こういう時は何も言葉を発しない方が私的には吉である。これは経験談だから間違いではない。
だから黙って2人のやりとりを聞いていた。少しすれば2人の方からちゃんと気づいてくれるからいいのだ。
「あ、ごめんね。まさかリルフィがいつも言ってたシスターが彼女だとは…」
「知ってる人だったんだ」
「一応… 会ったのは子供の頃の一度きりだったけど、外見が全く変わってないから気づけただけで… というより、本職の方はどうしてるんですか」
「あら、シスターであることも一応、仕事なのですよ。私の確認が必要な重要書類は送られてくるし、二月に数日間は本邸の方に帰って仕事を片付けていますし… 婚姻も、私にとってはまだ早いですから」
「貴女にとってはそうでも、周りの人にとっては焦れったいだけでしょうね…」
会話の内容から、シスターの“種族”とやらが何なのか、大体予想ついてきた。
そういった他の種族の存在はみんなから教えられていたから知っていたけど、実際に会うのは初めてである。シスターはずっと“人間”だと思ってたわけだし。
……今の今まで、シスターが被り物を取った所を見たことがない。加えて髪も長いからその部分は隠れている。
こういう機会をずっと窺っていたのか、シスターは「やっと伝えられるわ」と呟きながら頭の被り物に手をかけた。
取ったその下から見えたのは綺麗な真っ白の髪。さらりと揺れる髪の間から特徴的な長い耳が姿を見せた。
それを見て、やっぱりと1つの種族の名前が浮かぶ。
「私はね、種族はエルフなの。知っている人は限られているけれどね。それと、伯爵でもあるわ」
「え、伯爵? それってもしかしてここの…」
「えぇ、ルドの町を含むここら一帯を領地としているサルトゥス伯爵家の現当主、プリローダ・サルトゥスよ」
シスターの本名を初めて聞いた。そんな名前だったんだ…
そして、サルトゥス伯爵家。一応、知識として頭には入っているけど、いろんな噂があったりでどれが本当のことなのか…
よく聞くのは、めぼしい特産品は無く、田舎も田舎を領地として、当主も社交には全くと言っていいほど出てこない。出られないほど困窮している。
…と、いうのは表向きの印象だった。
本当は薬草と香辛料の産地で、薬師の人にも料理人にも密かに重宝されている所。何故かあまり知られていないらしいが。
でも、シスターが当主なのならわざと広まらないようにしているのかもしれない。やりかねないってだけのことだ。
…もちろん、驚いてはいる。けれどわりとすんなり受け入れているから、やっぱり私って図太かったんだなと思った。
「どうして言ってくれたの?」
「どうしてって?」
「だって… 伯爵であることはともかく、エルフであることはあまり知られるのはマズいんじゃないかと思って」
隠し通そうと思えばそうできたはずだ。言いふらすつもりは毛頭ないが、知られるのは本人的にあまり好ましくないと思うのだけど。
そうというのもエルフやドワーフ、魔族という種族はこの国でも忌避されがちであるからだ。
そうでない人もいるにはいるが、そういう人は長い時を経て人々と関わり、信頼関係を築いている。その3種族は寿命は長いので。
「種族」ではなく「個人」が認められている為、まだ何のつながりもない人にとっては知られるのは恐ろしいと思う事柄だろう。その点、シスターなら大丈夫と思わないでもないが、どうなるかはその時になってみないと分からない。
「…貴女の為なら、怖くもなんともないわ」
「私の為って…」
「エルフという種族はね、他よりも妖精や精霊に近しい種族なの。生まれ持った魔力の高さから魔法にも精通しているし、殆どの者が子供の頃から妖精たちの姿を見ることができる。祖が精霊だという話もある。本当かどうかは分からないけれどね」
『その辺りは私たちも分からないわよね。まぁ交流があるのは事実だけれど』
『この国に存在するエルフはプリローダを含めても二桁も存在しない。ちゃんと数えればもう少しいるんだろうが、言うほどの交流があるわけでもねぇし』
「私みたいに俗世に出てきているエルフは珍しいでしょう。……まぁ、リルフィが心配するとおりですから」
少し間があった。シスターも色々とあったようだ。
交流がある、と言ったところでそれが何年前、何人という話になる。お互いに時間の感覚が、人間と違っておかしいというのは分かっているようだ。
精霊側が一方的にその人の事を知っている場合もあるらしい。シスターのことを名前で呼んだし、シスターの場合はそれに当てはまる。
「もしかして、シスターがいるからここに連れてきたの?」
『その通りだよぉ~ あの時ボクらが一番信用できた場所だったしねぇ』
『プリローダならって、私たちの意見が一致したのよね!』
追い出されたあの時。そして馬車から逃げ出した時も、私はみんなの指示に従ってここまで来た。当時はそこまで考えていなかったけど、みんななりに安全な場所を考えてくれていたのかも。
つまり私はみんなと、そしてシスターに守られていたということだろうか。
でもみんなに言われたからといって、シスターに私を助ける理由はあったのか。シスター、何考えてるか全く読めないからなぁ…
「細かいことはさておき、今夜アレをやってしまうのよね?」
「それ、私たち知らないんだよなぁ。ネールたちが言ってるだけで」
「あら、言ってないのですか?」
『まぁ、まだプリローダのことは知らない時だったし』
『ここに来てからの説明でいいかなぁって思って~』
相変わらず、雑というかなんというか。
みんなは昔からこんなんだから、呆れもするがさすがにもう慣れた。いちいち気にしてたらきりがないからだ。
翻弄されて疲れるよりかは、流れに身を任せてしまった方が楽だし早い。
アースが、泉の真ん中辺りにスッと移動した。
それを見てツェリがこの前と同じような空間を展開する。何か、周りに影響が出ないようにとの配慮だろうか。
みんなが何かを拘束するように魔力を広げる。随分と手をかけるなぁと思ったけれど、その理由はすぐに分かった。
アースが、あの人を取り出したからだ。
『ねぇ、起きてよ~。キミの為に舞台を用意したんだからさ~』
捕らえていた呪術師の人。こうして姿を見るのはあの時以来だ。
まだ気を失っている状態のようで動く気配はなかった。でもアースの呼びかけと、チクチクと魔力を刺すという行為によってその瞳はゆっくりと開いた。
地味な攻撃だなぁ。アースらしいけど、色んな意味のある念が込められてそうでちょっと怖い。
怖い、といえば。私はその人がほんの少しだけ怖かった。話したいと思ったけども、その人が母様にしたこと、私にしようとしたことをどうしても考えてしまう。
みんながいる。シスターがいる。…ラティがいる、大丈夫。
「…土の、精霊……?」
『キミに聞きたいことはたくさんあるから、ちゃんと喋ってね~?』
『嘘はつかない方がいいわよ。まぁ、それ以前に私たちはアナタに対して怒っているのだから』
ネールが私たちと言った瞬間、元々魔力で満ちていた空間でさらに魔力が膨らんだ。
1つ、また1つと存在が増えていった。
「私たち」の言葉は偽りではない。ネールが言ったのは「十二精霊は」って意味なのだろうから。
『さぁ、始めようか~』




