32.2つの告白
~*~
とあるカフェの、店の中の一角で。
私は無言で注文した紅茶を一口飲んだ。セットになってたのでケーキも付いてきたが、どうも食べる気にならない。
おかしいな、私は院の子供たちと町を歩いてたはずなんだけどな。
「急にすみません。姿を見かけて、どうしてもお話ししたくて…」
そう言って目の前のその人は申し訳なさそうにしながらも、また口を閉じてしまった。
謝るくらいなら黙らずにちゃんと話してくれないだろうかと思うが、彼に関しては私が何か言えるアレでもない。
内心、溜息を吐きながら十数分前の自分を恨みたくなった。
~*~
いつも通りに起きて、支度を済ませて、軽く索敵をして異常ナシと分かったところで子供たちが数人、仮拠点に来た。
子供たちは軽い雑用を手伝ってくれていたみたいで、今回来ていた騎士様全員と仲良くなっていた。コミュニケーション能力の高さに驚きと感心を抱きつつも、子供たちなりに逞しく日々を過ごしているようなので安心した。
「リルフィねぇちゃん! あのねあのね!」
「あ、ずるい! 僕もリルフィねぇちゃんと話したい!」
「私も!」
一緒に育ったからもあるが、子供自体は嫌いじゃない。うん、まぁ… 例外はあるけど基本的には素直で可愛いものである。
いつものことなのに、いつもではなくなるのはやはり寂しい。子供たちもそう思ってくれているのか、ちょっと圧が強めだ。
これは… いつもより甘やかしてしまいそう。後、子供たちとシスターに、何か贈り物でもしたいな。
そう思って私は行きたがった子供たちを連れて町へと来た。かなりの大所帯だが、ここにいた頃はこれが普通で、いつものことなのだ。
町の人たちの視線も温かいものだ。
でもそこは、いつもどおりとはほんのちょっとだけ違った。すれちがう人たち、話しかけてきてくれる人たちの顔がどこか寂しそうだった。
私が、もう今まで通りにできないことを、大人も子供も分かっているのだとこの数日の間にリジィが教えてくれた。自分が思っているよりも愛される存在だというのを、自覚しろと言われたけどよく分からなかった。
だって、愛されるって何だろうって思うから。
そういう場面はいくつも見てきた。ルドの町の知り合いの結婚式の時や、出産の時。その他何気ない日常の中にも「好き」や「愛してる」の言葉は意外とあって、平民だったからもあるけど聞いてきた方だろう。
私自身は、言ったことも言われたこともないけど。
色んな人に大切にされているというのは分かるが、どうも何かが足りない気がしたんだ。
「リルフィさん?」
「…! 貴方、は…」
「お久しぶりです。…そちらの髪色も、素敵ですね」
仕事中なのか、その帰りなのか。話しかけてきた人はブラウンさんだった。
彼がここにいると露ほども思っていなかった私は、相手にも分かるくらい動揺してしまった。顔見知りだったからどうしたらいいか分からないというのもある。
ブラウンさんも、そんな私の様子を察したようで、何を言ったらいいか迷っていた。
いつもならここでネールたちのヤジが飛んでくるのだけど、今一緒にいるのはツェリだけで他のみんなはいないのである。ラティについていったみたいだが、全員だなんて珍しいこともあるものだと思っていた。
ツェリはツェリで姿を隠し、ブラウンさんのことを誰だというような目でじろじろと見ている。引きこもってたって言ってたし、興味津々なんだろうなぁ。
…っと、そんなことを考えてる場合ではない。話し出さない時が長くなればなるほどきまずくなっていく。何を言うにしろ、長引かせない方がいいに決まってるのに。
「リルフィさん、お茶しませんか?」
~*~
彼のその言葉に頷くほかなかった。
一緒に来ていた子供たちは新たな目的を作り、それぞれバラけていった。行動力ありすぎじゃないだろうか…?
そして無言は続く。紅茶は飲めたがケーキは食べられない。
何なんだろう、この緊張は。
でも緊張は私だけではないらしく、ちらりとブラウンさんを見れば、彼もガチガチに緊張していた。カップを持つ手が少し震えている。
彼から直接、彼の気持ちを聞いたわけじゃないから私からは何も聞けなかった。どう切り出しても失礼になってしまう気がしたから。
「あはは… おかしいですね。どうしてこんなに、緊張するんだろう…」
「ブラウンさん、私は…」
「…僕も、見てましたよ、あの中継。すごく、驚きました」
「…………」
「同時に後悔の念を抱きました。呆然自失、とでも言いましょうか。僕は貴女の何を見てきたのだろうかと思いましてね。あの場で唯一、貴女に寄り添った騎士の彼がものすごく羨ましかった。何故僕は、貴女の隣にいられないのだろうと」
一言一言紡がれるその言葉には、自分がそうでありたかったと言っているように聞こえた。彼が、自分で言うように後悔しているんだろう。
少し、思い返してみる。
ブラウンさんは最初から優しかった。初対面で私が派手にやらかしたのだけど、自分たちに非があると逆に謝られたのでよく覚えている。
そのある意味最悪な初対面から、会ったら話すぐらいの関係ではあったが交流は続いた。好意を向けられていることにはわりとすぐに気づいた。
でも、知らぬふりをした。これ以上、深くならないようにと私から線を引いていたのかもしれない。
もしかしたら、ブラウンさんが何も言わなかったのは、私のそういう思いを勘づいていたからなのではないか。憶測でしかないけど、もしそうなら私のせいでもあるじゃないか。
私が、言わせなかった。自分に向けられるそういう好意を否定し、無いものとしてしまっていた。
とても最低で、とても失礼なこと。
「……貴女が気に病む必要はありませんよ」
「どうしてですか… だって、私が…!」
「リルフィさんが本当のことを言わなかったのは、自分の為でもあるんでしょうけれど、大きくは周囲の人の為だったのだと僕は思っています。でもそれとは別で、僕が貴女の隣にいられないのは、僕自身が現状に甘え、行動しなかったから。要は自業自得です。僕の結果は、他でもない僕自身が何もしなかったことが原因なのです。リルフィさんのせいではありません」
そう言ってくれるが、私が納得することができなかった。
…いや、私が納得できようができまいがブラウンさんの考えは変わらないのだろう。そこでそれは違うと言ってしまったら、今よりもっと彼を否定することになってしまう。
納得できないが、しなければならない。
自分がしてしまった間違いを、忘れずにきちんと持ち続けていくことがやるべき事ではないか。
自己満足と言われても仕方がないけど、せめてそうしようと思った。
「…でも、諦めていたことがあるんですが、そうしなくても良さそうです」
「…? 何が、ですか?」
「リルフィさん。聞いていただきたいことがあります」
真剣な表情と声。
喉の奥がクッとなって私は何も言えなかった。
「…僕は、貴女のことが好きなんです」
まるで時が止まったかのように私の周りが静かになり、その言葉はしっかりと私に届いた。
恥ずかしい、というよりは照れるといった感じだろうが、その気持ちの中にも嬉しさがある。他人からのそういう好意を、落ち着いた気持ちで受け入れられているのはやはり“今”だからなのかもしれない。
「初めて会った時は、子供たちを大切に思う優しい人なんだと思いました。孤児院で共に過ごす絆もあったからだと思いますが、その時に感じたリルフィさんの人となりと生き方にすごく惹かれた。目の前で起きていることに対して、一歩下がって俯瞰で見ているのかと思ったら、こうすべきと思ったことはしっかりと口にする。芯の強さを感じました。行動力があって、実行力もある。町を歩けばたくさんの人に好かれている。気づいたら、好きになっていました。他にもリルフィさんを好きだという男の人はいたでしょうが、そういう人たちに負けたくないと思うくらいには、貴女のことをずっと考えていた。……他の男より一歩出ている位置にいると胡坐をかいていましたが、僕もどうやら負け側に立ってしまったようです」
以前の私なら、なんだかんだとはぐらかしていただろう。自分に向けられる好意を怖いと思っていた時もあるからだ。
でも今の私がやることは、きちんと伝えてくれた気持ちに向き合い、返すことである。
たとえそれが、彼をふる言葉だとしても。
「ブラウンさん、貴方の気持ちはとても嬉しいです。でも、ごめんなさい。その気持ちには応えられません」
「…やはり、彼ですか?」
彼、というのはラティのことだと言わなくても分かる。
過ごした時間、交わした言葉でいえば、あの時点でラティはブラウンさんやルドの町の人々よりも少ないと言えるだろう。
交わした言葉は少なかったけれど、その少ない言葉の中にラティの意思と、強さと、見ている未来を感じた。私にはきっとそれがささったのだ。
まだ伝えていないし、伝えられていない。それでもブラウンさんに応えられないのは、もっとずっと単純なものだ。
“好き”になった人が、その人だっただけだ。
「はい。私は、ラーティ様が好きです」
すごく簡単で、単純な言葉だった。
でも表すのも伝えるのも難しい言葉。だからその二文字に想いがこもるし、色んな意味を持たすこともできる。
言葉にしたら一気に“好き”が大きくなった。早く本人に伝えたいとすら思えた。
私の返事にブラウンさんは悲しそうに、でも満足そうに目を閉じて頷いた。
返事の内容は分かっていたけど、直接聞けてやっとモヤモヤが晴れたといったところだろうか。
私も、聞けてよかったと思った。大切なことに気づけたから。
幸せになってくださいね、とブラウンさんは言った。
やっと口にすることができたケーキは甘かった。少ししょっぱく、でも甘かった。
~*~
『あら、みんないるのね』
ブラウンさんが先に帰り、少し後に店を出たらツェリがそんなことを呟いた。
俯かせていた顔を上げたら、店先で待つラティや精霊たちの姿があった。
みんな、少し険しい顔で。でも私の姿を確認したとたんに破顔した。
「リルフィ」
ラティが私の名を呼んだ。焦っているような、安堵したような、嬉しそうな。
その瞬間、私はみんなも見ていた、あるいは聞いていたのだと悟った。
……ん? 聞いていたのだとしたら、アレも!?
恥ずかしくて顔が見れなくて、ばっとそらしたら後ろから抱きしめられた。
こんな場所で、と思ったけど幸い人通りはなかった。偶然にも人通りがなくなる瞬間だったみたいだ。
「リルフィ、後でもう1回、聞かせて…?」
確定。はい確定。アレを聞かれていた。
顔から火が出るかと思うほど恥ずかしかったが、とりあえずは頷いておいた。だって、言いたいのは本当だし。
でも、私もラティの言葉を聞きたい。そう思って、振り返ってそういう意味を込めたジト目でラティを見た。
そしたらラティは微笑みを返してきた。
………
……あれ?
なんだろう。なんか負けた気分だ。
ちょっと悔しいな…




