表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵は事件を引き寄せる  作者: 霜雪雨多
5.死の分水嶺
22/22

立つ鳥跡を濁さず

 そそくさと日元は去っていった。おれは茂みから姿を現し、ボキンちゃんへ歩んで行く。どこか緊張した顔をしている。

 よう。このペリカン便箋の手紙の差出人はあんたか?


「そうだよ。やー、最後になってごめんね。呼び出したのはこっちなのに」


 ボキンちゃんは申し訳なさそうに頭を掻いた。


 それで何の用だよ。校舎裏なんかに呼び出してさ。おれは鈍感主人公を装った。

 おれには全てが見えていた。おれの順番前に希ちゃんと日元がいたのは、彼女が告白の決意を固めるためだ。希ちゃんは全校生徒から尊敬の念を集める手本となる名探偵だ。恋の悩みに関する依頼をされ、相談に乗っていたに違いない。日元はよくわからん。ボキンちゃんの男友達だったんじゃね?日元が赤羽に向けている感情が、ただの友達だったとは限らないがナ。まあそうして気持ちを固めて本命のおれが満を持して登場したってわけさ。


「実はジョーを取材させてもらいたくて」


 取材?なるほど。ボキンちゃんは建前を述べた。


「この短期間に清澄高校では2件も殺人事件が起こってる。しかも片方の犯人は捕まってない。これってものすごく怖いことだと思うの。また殺人事件が起こってもおかしくないわ。そこであたしは思い立ったの。自衛のためにもみんなに先例を知ってもらおうって。それで新聞を作ろうと思って、事件の関係者に取材をさせてもらってるの」


 ボキンちゃんはあくまでその路線で通すつもりのようだ。照れ屋だな。

 そゆことね。だから希ちゃんや日元と話してたんだな。ところで天使(あまつか)には取材したのか?


「していないわ。彼に取材したら自慢話を延々と聞かされそうだし、探偵の視点は希から聞けたからもう必要ないかなって。入学式の事件を取材するにしても天使(あまつか)よりはジョーの方がマシかと思ったの」


 同意だ。ちょっと油断するとゴールデンウィーク中に灰禅村で起こった事件について延々聞かされる羽目になるからな。好きなことになると舌が回りだすとか早口オタクかよ。

 とまあ総括すれば学校の平穏のためか。そういうことなら喜んで協力させてもらうよ。


「ありがとう。それじゃあ取材するね。録音させてもらうよ」


 ボキンちゃんはスマホを取り出した。


 そしてボキンちゃんはおれのことを知ろうと矢継ぎ早に質問をぶつけてきた。天使(あまつか)との出会いと殺人事件。ブージャムの悪辣さ、そして希ちゃんとの関係。おれは事実をありありとダイナミックに答えていく。ちなみに記憶というものは実に不確かなものだ。記憶する努力をしなければ、時間がたつほど記憶の正確さは失われていく。事実をボキンちゃんに伝えるにあたって、多少おれの主観で空白を補ったとしても責められるいわれはないはずである。


 やがてボキンちゃんは録音を停止したようだ。


「……うん。これで聞きたいことは全部聞けたかな。時間取らせてごめんね。本当にありがとう。じゃあね」


 おいおいおいおい。それで何の用だよ。校舎裏に呼び出してさ。おれは鈍感主人公を装った。


「いや、これであたしの用事は終わりだけど」


 おれはずいとボキンちゃんににじり寄った。用事が終わりだなんてそんなことはないはずだ。もっとあるだろほらなんていうか……胸の内に秘めた熱いパッションがさ。まさか土壇場になって怖気づいたのかい?誠心誠意接すれば、想いは必ず相手に伝わるんだ。当たって砕けろだ。怖がることはない。さあ君の想いを、おれにめいいっぱいぶつけてみろよ。


「あたしが新聞に懸ける想いはもうぶつけたけれど」


 新聞ねえなるほど。それで、おれへの想いはどこ行った?


「えっ、もしかして恋愛的な意味で?それなら特にないけわよ」


 特にない?自分の気持ちに嘘をつくのはよくない。取材のためにおれを呼び出したなんて建前はもう捨てていいんだぜ。


「本音だし事実なんだけど。あたしはこれまでの事件について正確な情報をまとめて、新聞にしたいだけ。それ以上でもそれ以下でもないわ。唯一の新聞部だもの。根も葉もないうわさばかりが広まってる現状には耐え切れないの」


 ボキンちゃんは学校の現状を嘆いた。変なうわさが広まっているのには気がつかなかったな。……いや。おれは“一介の文芸部で菓子業者の紳士”のはずなのに、日元に“助手で菓子業者で女好き”とか云われたじゃないか。繋がったな。ボキンちゃんはモテない男の僻みによって流布されたおれの悪評を鎮めようと尽力してくれているのだ。まったく、素直じゃないんだから。

 しかし新聞部なんてこの学校にはなかったはずだが。嘘はよくないよ嘘は。嘘というより見栄かもしれないけど。


「それは体験入部期間の話よ。新聞部はあたしが立ち上げたの。校長先生を説得するのは骨が折れたわ。新聞部といっても現状は同好会だけど、ちゃんと顧問もいるのよ」


 おれは海馬にアクセスし【清澄高校―隼赤羽―部活動】の更新日時を確認した。最終更新日は4月。おれにメガネ属性がなかったため更新を怠っていたようだ。断食をしての猛反省を行わねばなるまい。

 オーケー。赤羽ちゃんは高校一年生6月時点ではおれに対して好意を抱いていないと。そういうことにしておこう。

 一目惚れとはいかなかった。つまり長い時間をかけて攻略する必要があるということだ。


「引っかかるところはあるけど、やっとわかってもらえたみたいで嬉しいわ。今月中に新聞になるから。楽しみにしていてね」


 楽しみにさせてもらうよ。ところでこの後ヒマかな。よければCafeで世間話でもしないか?今度はおれが君のことを知る番だ。おれたちは人生を共に歩んでいくような関係になる予感がするんだ。


「新聞作らなきゃいけないからあたし忙しいのよね。ごめん、また今度ね!」


 おぅわかったぜ。それじゃあいつなら空いてるかな?

 ボキンちゃんはCafeについて一切言及せず、微笑を浮かべながらおれに別れを告げた。

清澄市内にCafeと呼ぶにふさわしい喫茶店が存在するかは怪しいところ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ