第1章『コクト・パイロット・サヤ視点』-11
再びシミュレータールームの前に移動。待ちに待った二人きりの時間だ。
「なんだか緊張しますね」
「できるだけリラックスしてくれ。戦場で身体が強ばると指先も足も動かなくなる。毎回誰かが助けてくれる保証はないからな。常に自分自身がもっとも信用できる存在でなければならない。そのための訓練だ」
シミュレータールームにはいくつもの個室が並びウィッシュの操縦席が完全に模造されている。本来ならウィッシュは一人用の単座型なのだが、このように指導目的の場合に備えてシミュレーターは二人で座れるように横長のソファ・シートになっている。
「まずは一回、お手並み拝見といこう。前回の戦闘よりは良い結果を期待してるぞ」
「そんなあ、急に操縦なんてうまくなりませんよー」
個室のドアを閉めてしまうと、さきほどまでハンガーから響いていた整備中の騒音や声がすべてかき消える。部屋の防音機能によって、この空間は機体の内部となんら変わりない。いつもと違うのは……。
「あの、なんだか近いですね」
すぐ隣に隊長がいるということ。
「気にするな。一応、二人が座れるスペースはあるんだが……。ちょっと狭いのは我慢してくれ」
もっと近くてもオッケーなんですけど……。なんて言えるはずがない。
「最初は一対一の状況で開始しよう。こちらの武器は使い慣れてる七式でいいか?」
手元にあるキーボードを操作して戦闘データを入力していく隊長。……ぐはっ、肩とか膝が軽く触れてるう……。もういっそ抱きついていーですかっ?
「ん? 一対一じゃ簡単すぎるか、サヤが不満なら別の状況でもいいんだが」
「い、いえ。こ、これで行きます!」
まったく、私は何を考えているんだっ。この状況でいきなり抱きつくなんて、それじゃ怪しい変態さんではないか。落ち着けー、落ち着くんだサヤ。これは訓練だ……。戦闘に集中するんだっ。
……でもでも。片想い大爆発な人と身体がちょこっと触れていると……いくら私だっていらん妄想しちゃうじゃないかーっ。
「気のせいか震えてないか? そんなに緊張する必要はないぞ」
「は、はひっ」
返事したのはいいけど、握り締めた二本の操作レバーが汗でベトベトです。
それでもなんとか平静を装ってフットペダルに右足、左足と順番に足を乗せる。
どーしても気になって視線を少し動かせば、すぐ傍にはモニタースクリーンを見つめるコユキ隊長の凛々しい横顔。柔らかそうな蒼い髪が揺れて視線がこちらに動く。
結果、あたり前なんだけど……自然に私と目があった。
「俺の顔を見ていてもブリーズは倒せないんだが……」
「す、すみませんっ……」
くーっ、情けなさ百パーセント。恥ずかしさ千パーセント! いきなり精神的にピンチだあああーっ。
「レーダーを見てくれ、来るぞ」
実戦と同様に、索敵レーダーにブリーズの機影が不意に飛び込んでくる。レバーを操作してツナミ七式を構え、ターゲットを合わせようとするけど。
「ありゃ、ロックできません!」
「落ち着け。七式の弾丸だって無限に飛んで行くわけじゃない。射程距離ってものが設定されている。焦って撃つ必要はない。あいつらは意外と慎重でな、遠距離から無理に発砲してこない。さらに単身で突撃するようなマネもしない」
「ちゃんとクセとかパターンがあるんですねー」
「そういうことだ。いくらブリーズが進化するバケモノと恐れられていても、人間ほどの操縦技術はないし、俺たちが使っていない兵器や機体は絶対にコピーしてこない」




