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Musica Elaborate  作者: 柊
本編~学園編~
40/59

魔女名 3




状況を整理しよう


私はテスト結果を盗み、自作ラブレターをあたかも私が書いたように公開しやがった犯人を探していた

→件のラブレターの匂いから犯人が魔女科のロッカールームにいることが発覚

→そのロッカールームでは第一容疑者が2年の魔女、ほとんど全員に囲まれていた

→リーダーとパティが輪を乱してるけど、この多勢に無勢


=1対大勢の環状リンチ状態つまりはイジメ!



さて、私のとれる行動は3つ


選択①見なかったことにして扉を閉める

選択②他人の都合より自分、問答無用で容疑者を拉致る

選択③とりあえずボケてみる


「・・・・・・・・・臨時魔女集会(サバト)でも新手の遊びでも何でも邪魔する気はないから、5分その子貸してくれない?」


気持ち的には①を選びたいけど、②を選ぶしかないこの状況っこんなのばっかねホント!


容疑者の腕をひっつかんでさっさと片つけて、何にもなかった事にしてさっさと返す!これしかない

ちなみに③は初めから論外!


でも私の計画がうまく言ったのは容疑者に近づくまで

いきなりの乱入者に9割9分の魔女たちはぽかんとしてただけだけど、残り1分のうち一人、クローヴァーさんは流石無駄に、余計なことに、冷静だった


すっと私と彼女の間に割って入る

っていっても本人は邪魔をしているつもりはなく、単に私の前に出てきただけなんだろうけど・・・

――――まぁなんにしたって邪魔だけどね!


「そういうわけにはいかない。君個人の事情より、私たち魔女科の事情を優先させてもらう」

「・・・・・・・・・・・・それはまた一体どういう事情で?」


相変わらず魔女科命・・・ここまで一貫してると逆に清々しいけど、根本にあるのが紫ちゃん万歳精神だと思うと清いっていって良いものか・・・


そんな私の複雑な胸中など露知らず、クローヴァーさんはすっと双眸をすがめて容疑者を見下ろし


「決まっている・・・・・・このルディ・フェン・コルク嬢が他人のロッカーを漁り、あまつさえ神聖な≪月輪の調≫を盗むなど、魔女の恥だ」


えーちなみにこのちょっと、いやかなり恥ずかしいお名前のブツは魔女のトップ、月輪委員会からの文書のことです

大抵処分の勧告とか、レベル試験の結果報告とかで送られてくる・・・


・・・・・・・・・ってことはちょっと待って、もしやクローヴァーさんの持ってらっしゃりやがるその手紙って!



「・・・・・・たとえ内容が取るに足らないものでも、な」


やっぱり!しかも一番結果知られたくなかった人から決定的な一言もらうって!

ここまで悪いか私の人生!


「め、めまいがしてきた」

「しっかり六花~傷は浅いぞ~」


ゆずりに支えられてなんとか体勢を立て直したものの、精神的ダメージは計り知れない

やばい、やばいわ。ここ3日は本読めないくらいぐさっときた、ぐさっと


「・・・・・・というかクローヴァーさんはどうしてロッカー漁られたこと知ってるの?」


私言ってないし、パティが進んで言うはずは・・・


「羅針盤使ってたら見つかった」


ないけど、付きまとわれたら面倒くさくなって言っちゃうよね、パティは!

うんでも悪くない、パティは悪くないよ。憎むべきは元凶だからね!


「なんか笑顔が黒いし怖いわよ、六花」


黒くもなるわよコンチクショー!


えーちなみに羅針盤っていうのは大昔方向を示すのに使ってた道具で、パティの一族はそれを改造して探し物専用に使ってるらしいです

なんか最近すっかり解説役になっちゃったな・・・えぇ現実逃避ですよ。現実逃避してなにか悪いですか!?



でも御優秀な魔女科の首席さんは、私の現実逃避を許さなかった


「・・・まぁ、試験前のあなたの態度を見ればこの結果も納得だが」


いつも通り、つまり非好意的な目と声で一気に現実に戻してきたかと思えば、さらに冷淡な目で容疑者ことルディ・フェン・コルクを見下ろし


「その白峰さんに負けた挙句、魔女科学生とも思えない方法で復讐するあなたはもっと無様だな」


睨まれた方はびくりと肩を震わせ、俯いたまま声もだせないようだ

まぁこの多勢に無勢状態で虚勢を張れる根性があるなら、こんなせこい手で私に復讐なんかしないだろうけどね


・・・・・・それよりも


私って手紙を盗まれて、くそ寒い偽造恋文公開されて、試験結果をばらされるっていう360度どこからみても被害者なはずなんだけど



「まぁ、あの人に負けたらやけになる気持ちもわかるけど」


とか


「また試験に落ちたりしなきゃ、手紙なんて盗まれることはなかったのに」


どう好意的に解釈しても、被害者への発言じゃないわよね。これは

いやまぁ、今さらこの人たちに同情されても気持ち悪いだけだけど


でも、やっぱり・・・きついなぁ


ちょっとだけ、期待してたから


今回は大丈夫なんじゃないかって

夢に近付けるんじゃないかって



『その分他の奴らの何倍も努力してるだろ!!!』


あいつが言ってくれたように


『それにお前が身につけた知識は才能でもなんでもない、お前自身が努力で勝ち取ったものだ!お前はそれを誇っていい!それだけの価値があるものだ!』



今までの私の全部、意味があったんだって、無駄じゃなかったんだって――――胸を張って、言えると思ったのになぁ


あぁ、どうしよう。こんなの慣れてるはずなのに、今はちょっときついかも



「六花」


右手がひかれた。もう行こう、ってゆずりが目で言っている

口に出しては何も言わなかったけど、足は勝手に外に向かう


止める人はいない。それはそうだ、この場に私は必要ない


必要なのは彼女が魔女の名を汚したという事実の殻、中身の私は、私の事情は必要ない



――――ダッテ 皆   ソンナコト ドウデモイインダカラ



視界がぼやけた。それを知られたくなくて咄嗟に俯く

これ以上なにも聞きたくなくて、無意識のうちに手を耳に回す




これがいけなかった




ドゴッ


「ぎゃっ」

「あ」


ちなみに本来ならドコッの前に「え!?」というゆずりの声が入ってたんだけど、私の耳には届かなかった

聞こえていたら今、必死でこらえた涙を、ドアに頭ぶつけて決壊なんてむなしいことにはなってなかっただろう


いやそれよりも、なにより前に!



「あんた何してんのよ!?」

「ドアを開けたんだが・・・お前うちどころが悪くて記憶障害に「なってないわよ!」


登場早々寒いボケかます奴なんて、私の知り合いでは一人しかいない


「だいたい女子のロッカールームに平然と入って来てんじゃないわよ!」

「え、剣士が魔女科にいることはスル~なわけ?」

「こいつがんなこと気にすると思う?ゆずり」


ないわね

でしょ?


「・・・なんだか馬鹿にされてないか、俺」


珍しく雰囲気を察してシェイドが眉をひそめる。と、同時にちゃっかり外にいた(いたんだ)灰くんが噴きだした


「あはは、散々だねぇシェイド」


せっかく届け物しに来たのに


「?・・・届け物って「剣士が魔女科になんの用だ」


・・・・・・あぁ、そういえば背後で集団イジメの真っ最中だったんだっけ


敵意むき出しのクローヴァーさんに、シェイドはいつもの妙に偉そうな態度で


「別にお前達に用などない。用があるのはコイツだけ・・・おい」


ああ、あんたそんな言い方したらまたあの人に目ぇつけられ、って、ちょっと

すっと、温かいものが頬に触れた


「あれ」

「お」

「・・・・・・(怒)」


両の頬に手が回され、ぐっと上を向かされる

私と手の主―――シェイドの身長差だとほぼ完全に上を向かなきゃいけないから、首がちょっと痛い・・・って


「ちょ、シェイド!」


近いんだけど!?


「六花」


無視か!いや、それよりあんたホント近いって!

ゆずりも灰くんも!意味ありげに背中向けてないでコイツ止めて!それとパティ、この場で呪いはまずいから!?


私も巻き添えくらうでしょ!?(←そこか)


きゃーと背後の魔女達が色めき立ったけど、そんな展開じゃないことは百も承知だ

だってその証拠に、私を見るシェイドは海に近い碧色の目を不満そうに眇めている


「・・・・・・お前、またか」


だからなんだってーのよ!

頬に回った掌を掴んで引きはがそうと力を込める、でも手が離れるよりもシェイドが口を開く方が早かった


「お前な、何があったか知らんがまたらしくないことになってるぞ」


思わず力が緩む、しょうがないなと言わんばかりにシェイドがため息を漏らしたすきに、また冷たい声が飛ぶ


「あなた達、用があるなら余所でやれ。それとも剣士科にはその程度の気づいかいも「俺たちが場所を譲るほどの用事か?これが」


でも相手を馬鹿にすることにかけては、シェイドも負けてない(コイツの場合、天然だけど)

非難気な魔女達の視線も気にせず、軽く鼻で笑って


「俺は今この場でコイツに話す必要があるんだ。部外者は黙っていろ

それとも魔女はそろいもそろって、他人の話に首を突っ込みたがるほど野次馬根性旺盛なのか?」


うっわ、きっつー


とかいいつつ顔は笑ってるよ、ゆずり

でも笑ってるのは他に灰くんくらいで、言われた魔女達からはそれはもう背を向けててもわかる殺気がビシバシ飛んでくる


もちろんこの空気読まない男はそんなもの歯牙にもかけず、また私に視線を合わせて


「何があったかは知らんが、また連中がうだうだ言ってくるならいつもの勢いで畳んでやれ」


あんたねぇ、そんな簡単に言うけど女社会は色々面倒くさいし



「せっかく三日月レベルになったんだ、ちょっとは自分を認めてやれ」


ながーく恨まれると疲れ



「え?」


待って、今、あんた


「もっかい言って」

「?ちょっとは自分を「その前!」


幻聴?今のって幻聴なの?シェイドがボケた?


それとも


「せっかく三日月レベルになったんだから・・・?ってお前まさか知らなかったのか?」


―――――そんな現実、知らなかったわよ!


「え、え、でも、結果」

「あ、そうそう。僕らそれを届けに来たんだ

リィーアンから聞いたんだけど結果盗まれたんだって?ゴミ捨て場に捨ててあったよ」


一応確認で中身みちゃったんだ、ごめんね


ってほんと申し訳なさそうに灰くんが謝ってくれたけど、そんなの正直どうでもいい、っていうか全然気にならなくて


正直信じられない


でもこの二人は絶対、そんな嘘はつかない。ってことは、これは紛れもない現実で



「・・・・・・・・うわぁ、泣きそうかも」

「すでに泣いてただろ」


目がうるんでたぞ


あぁそれを確かめるために私は首が痛い思いをしたわけね。他にやりようもあるでしょうに!

・・・うん、でも今日だけは特別に許してあげよう


知らず顔がゆるむ

それを見てシェイドが何故か満足げに頷いて手を外し


「お「ではこの手紙はなんだ!」


・・・あぁここにもいたよ。空気読まない人が


苛立たしげにクローヴァーさんが封筒を振る

封が開いているそれにははっきりと宛名として私の名前が記載されている


奥の方から嫌な予感が首をもたげさせたけど、それを場違いに明るい声が打ち消してくれた



「なにもそれも、んなの中身入れ替えたら済む事じゃないのよー」


小馬鹿にしたようなゆずりの口調にクローヴァーさんが眉をひそめたが、ゆずりは気にせず振り返り


「んでシェイド君達が見つけたって手紙は、灰くんが確認したなら間違いないでしょ?」

「もちろん。魔女の皆さんには及ばないけど、僕の“鼻”に間違いはないよ」


獣人だからね


軽い口調で片目をつぶって見せた。あれ、灰くんそんなキャラだっけ?

後で聞いたら道化みたいなフリした方が嫌味っぽいかららしい


「それに、しっかり名前も書いてるしね


ああ流石腹黒!そっちを先に言えばいいのに、あえて後でいうところが灰くんらしい


「・・・・・・ならば間違いはないようだな。こちらは偽造か」

「魔女なら偽物つくるなって朝飯前でしょ~

それにほら、こっちは月輪委員会特注便せんって証拠にすかしで月の柄が入ってるし」


はっとしたクローヴァーさんは混乱をほぼ隠した冷静な動きで便せんを取り出し・・・らしくもなくあからさまに顔を歪めた


「・・・・・・なるほど。確かにこちらは偽物のようだ

なぜ獣士科のあなたが月輪委員会の便せんをよく知っているのかは気になるが」


ゆずりはあからさまに視線をそらし、下手くそな口笛まで吹き出す

明らかにふざけた態度だけど、クローヴァーさんは余所の無礼より身内の失態の方を重く見たらしい



「盗難だけでなく偽造とは。君の品性もとことん地に落ちたようだな、コルク嬢」


余所の科に見破られたことも苛立たしいんだろう

さっきよりも低い声を件の容疑者に向け、それからいつもの冷静面を私に向けて


「あなたに偽りの事実を述べてしまったようだ。申し訳なかったな、白峰さん

それからようやくとはいえ、私たちと肩を並べることができたようで、私もひと安心だ


これからは皆と同じ三日月レベルとして、魔女科の名に恥じぬよう努めてくれ」


少しだけ、唇の端が上がっている。あぁ一応笑っているんだろう

それを見て周囲の空気が変わる


さっきまで責めていただけに、バツが悪いのか視線を彷徨わせるのが2割

悔しそうに唇を噛みしめるのが1割の半分


無関心なのが同じくらい

それから恨めしそうな視線を向けてくるのが1人


うってかわって歓迎ムードでおめでとう、と笑みを浮かべるのが7割


私を受け入れようという空気は、ずっと欲しかったものだった

一目おかれたいなんて望んでいない、ただ同じところに行きたかったとずっと思っていた


思って、努力して、叶わなくて、落ち込んで、迷って



やっと叶って


手に入れた、この空気は












はっきりいって気色悪いわ



「は」


あーアホらしい

確かに今さら好意的にされてもな―とは思ってたけど、これは予想以上に気色悪い


それ以上に、可笑しい


笑みを浮かべる私に7割の魔女達は首を傾げ、1人は目を見張り

比較的マシな(・・・・・・)残り3割は唖然とし


それから私の友人たちはやっぱりな、と肩をすくめた


「“らしい”顔になって来たぞ」

「・・・朴念仁のあんたも、よくわかって来たじゃない」


私のこと



打算的な私はやめておけ、と叫ぶ

でも理性と本能はやってしまえ、と共に沸いた



「同じ三日月レベル、確かにね。でも



―――――人間的にアンタ達と同レベルに見られるのってものすごく嫌だから、その肩を並べる発言取り消してくれない?」


笑ってやれ。これ以上ない顔で、笑ってやれ。笑ってやった


7割の笑顔が凍ったけど、そんなこと気にしない

でも相手は気にしちゃうんだよね、やっぱり


「・・・・・・やっと同じレベルにあがったからといって、あまり調子にのるべきではないと思うが」


特に発言者、クローヴァーさんは

でも、クローヴァーさん相手だからなんだーってのよ



「調子になんかのってないわよ。むしろそれは貴方の方でしょ?」


目を眇める様は、前は委縮の対象だった。でも割りきっちゃった今なら平気

だってこの人は


「いくらあなたが私よりレベルが上だからって、人の手紙を勝手に盗み見ていいことにはならないでしょ?」


そういう人だ


「あなたはさっき私の手紙を『とるに足らない内容』だって言った。つまり中身を見たのよね

封筒に宛名が書いてあるんだから、中身を見なくても私宛だってわかったはずでしょ?」


それを当然だと思う。そんな奴に、おびえる必要はない

クローヴァーさんが何事か口にしようとしたのを、手で制す


「たとえ他の人が開けたんだとしても、あなたが見たことには変わりない

それに偶然見ちゃっただけだとしても、謝罪もせずに当然のようにその内容を語るのは、品性があることなわけ?」


それから


「さっきからずーっと気になってたんだけど、なんであなた達がこの・・・コルクさんだっけ?を責めるの?」


雰囲気に流されちゃったけど、やっぱりこれおかしいよね?


「勘違いしないで」


悔しいけど、またシェイドに助けられちゃったな

・・・本人は気付いてないんだろうけど


何も言わない、動かない、後ろの皆が―――――私の領分を守ってくれる皆が、私には最大最強の援軍だ


「これは私とこの人の喧嘩なのよ。だってこの人が嫌いなのは私で、被害を受けたのも私だけなんだから

だから・・・



人の喧嘩に勝手に首突っ込んできてんじゃないわよ!

集団じゃなきゃ喧嘩もできない臆病者はひっこんでなさい!」


あー言っちゃった。うわ、7割の皆様歓迎ムードから一転眉間にしわ寄せてるよ

まぁ想像つくけどね、どうせ


「せっかく歓迎してあげてるのに、あの言い草はなによ・・・とか、思ってる?」


だろうねー首振ったって無駄。顔に書いてある


「でも残念、せっかくのお誘いだけど・・・・・・私、あんた達の“歓迎”って性に合わないのよね」


だから要らない

あぁこれでやっと


「じゃぁ、そういうわけだからコルクさんには手を出さないでね」


諦められる――――ほんの少し、夢見た“光景”を


無理だと思いつつも、やっぱりちょっと受け入れられる未来って言うのを想像してたから

ちょっとだけ、偽りでもその輪に入ってみたいっていう思いはあった


でもその未練もこれで終わり


後悔するかなーなんて思ってたけど、気持ちは思いのほかすっきりしてる

ああやっぱり、どのみち私には向いてなかったんだろうな


それでいい、だってそれが私、白峰六花だ



三日月レベルになったからって、それは変えちゃいけない、変わらない

だからこれでいい、ううん


これがいい




不満をためて黙りこむ級友たちに背を向ける

と、座り込んでいたコルクさんがそりゃーもう殺気全開の声で


「・・・・・・そんなことで、私が感謝するとでも?」


ってあー、そうかそっちに思考行く人ね

肩越しに振り返り


「誤解しないで」


半分故意に、半分無意識に冷たい声をつくる


「私はあんたを助けたんじゃない。ただあんたに借りを返すのに、他の連中に騙されたくなかっただけよ」


覚えてなさい

口角を上げて



「私、親戚のお姉さんに似て執念深いから、この借りは10倍にしてきっちり返してやるわ

・・・そっちの人たちと違って、公的に、だけどね」


とりあえず先生か学頭あたりに言えば執行部経由で正当な罰があるだろう

個人的なお礼参りは・・・ま、その後気が納まらなかったらでいっか


今日はそんな気分じゃないし


今度こそ私は踵を返して、彼女たちに背を向け

代わりに追いついた



「お待たせ」


ずっと待っててくれた、友人たちに










背を向ける白峰六花は、私たちと決別したというのに嫌に足取りが軽かった

・・・理解できない


「なんなのよアレ!」

「三日月レベルになれたからって調子にのって!落ちこぼれのくせに!」


周囲で不満が爆発したが、ウイスタリア・フィクローヴァーは肯定する気も否定する気も起らなかった

否、余裕が無かった


彼女は理解できなかった

白峰六花は、確かにずっとこちら側に来たがっていたはずなのだ


だってそうでなければおかしい

いつだって上手く魔術を使う自分達を羨ましげに見ていたではないか


新月から三日月、半月、そして満月へ


皆が誇り高い魔女になるべく、日々努力を積み重ねている

それが魔女科で、彼女はやっとそのレベルに追いついたのに


彼女はこちら側へ来るどころか、自分達を否定して背を向けた


理解できない

ウイスタリアは眉をひそめ、同時に腹立たしさに舌打ちした


否定したのはこの際いい。しかし同じレベルになりたくないとは何事か

今回はレベルが上がったとはいえ、まだ彼女が遅れていることには変わりないのに!


密やかではない声が上がったのは、彼女が憤慨するのとほぼ同時だった


「いうわねぇ、白峰さんも」


非難するというより、むしろ感心するようなものいいに反射的に眉が上がった

声の主はそれを見ておかしげに笑いながら


「ごめんごめん、でも見事な啖呵だったからさぁ。感心しちゃって」


悪びれもしない彼女、そして控え目ではあるがそれに賛同をみせる彼女の仲間

その様子に、ウイスタリアは白峰六花に対する評価を修正する必要があった


白峰六花は魔女科の9割以上を敵に回した

その代り、1割の半分以下の評価を上げたのだ



その事実に苛立ち、ウイスタリアは笑うその魔女達から目をそらした










「いっやー見た?あの魔女達の顔、傑作だったわね!」

「自分たちの好意を、白峰さんが受け入れないわけが無いって信じ切ってたみたいだからね」


あはは、どうしたらそこまで思いあがれるんだか


「うーん、さっき散々暴言吐いた私がいうのもなんだけど、容赦ないね。灰くん」


言うと笑顔で、


「赤の他人以下に容赦なんて必要?」


とおっしゃいました。確かにね!


目的地はなかったけど、とりあえずと魔女科を出たあたりでふっとシェイドが足を止めた

そして何を思ったのかいきなり私の方を振り返り


「おめでとう」


いきなりだったから、その意味を理解するのに何秒かかかってしまった

そして理解してからは、その意味が運んだ色々な感情に言葉が詰まった


ありがとう、って言えばいいんだろうけど、こいつにはそれだけじゃ足りない気がする

でもそれ以上の言葉が思いつかなくて、結局声になったのはたった一言


「ありがとう」


声にするまでに、幾夜も必要とした一言

でも口に出してしまえば一瞬で、でも実感した喜びはそれだけじゃ終わらなくて


「あ、シェイドくんぬけがけ!」


珍しくゆずりが(顔は)イイ男に怒って見せて、私の首に後ろから思いきりしがみついた


「2番手になっちゃったけど、おっめでとー六花!今日は特別に、ゆずりさんがあんたの好きなお菓子奢ったげるわ!」

「・・・・・・・・・よかったわね、六花」

「ぼろぼろになりながら特訓した甲斐があったね(笑)」


浴びせられる言葉に、自然と笑みが浮かんだ

半分泣いてる気もするけど、でも確かにこれは笑顔で


「じゃあゆずりの言葉に甘えて、食堂いこっか!」

「ああそういえば・・・今日のゼリーは桃だったはず」

「シェイドは好きだね。桃」

「あら、なにその情報初耳!さっそくマル秘帳に書いとかないと!」

「・・・あほくさ」


だからもう一度、望んでいた言葉をくれた皆に、紫ちゃんに、くぅ兄に、カナリア先生に、


私を待っててくれたみんなに、もう一度言うよ





「ありがとう」












おめでとう、と口にすると六花ちゃんは少し顔を赤くして、ありがとうと笑った

こんなに明るく笑うこの子をみるのはいつぶりだろうか


昔は、こんな風に良く笑う子だった

入学してからは暗い表情を見ることが多かったから、余計に今の笑顔が眩しい


つい今しがた、三日月レベルへ進む儀式を終えたばかりだから、余計に眩しく見えるのかしら



紅蓮の森の奥深く、私たちの秘密の隠れ家にいるのは、今は私と六花ちゃんだけ

儀式を終えた後、秘密の話があるといわれて咄嗟に浮かんだのがここだった


もちろん私の力を使えばどこでだって“完璧な”内緒話は出来るだろうけど、子供のころ、紅も入れて3人でよく内緒の遊びをしていたからかしらね


今でも“秘密”と聞くと浮かぶのはいつもここ


「それで、話ってなあに?」


使い魔のことではないわよね

それは真っ先に、明日にでも選びにうちの実家に来るって約束したから


話しにくいことなのか、六花ちゃんはすこし視線を彷徨わせて

でもすぐに、前よりも真っ直ぐになった赤紫の瞳を私に向けて



「紫ちゃんにつけて欲しいの」


なにを、なんて聞かなくてもわかってる

でも言って欲しかった。他の誰でもない、この子の声で言って欲しかった


らしくもなく心臓が暴れた

でもまさか、言ってくれるなんて思わなかったから


「・・・・・・私の、魔女名」

「いいの?」


咄嗟に聞き返したのは、迷っていたから


もちろんほかならぬ六花ちゃんの魔女名なら、私が考えたい

でも魔女名を考えると言うことは、その魔女の後見人になるということ


秘密ならいい。でもそれが明らかになれば、この子はきっとまたつらい思いをする



ただでさえ、私の家の事で言われもない中傷を受けているのに


あの噂が出た時は、情報源を本気で土に埋めてやろうかと思ったわ

半分実行したけど。もちろんこの子には秘密で


でも私の迷いを打ち消すほど、迷いない、声で、目で、この子は


「もちろん」


頷いた


「・・・ほんとはね、ちょっと迷ったんだけど。でも、やっぱり紫ちゃんしか考えられなくて」


だからお願い


闇夜でも浮かび上がる、この子の心と同じ真っ白な杖が姿を現した

月明かりで銀の装飾が微かに光を散らす


それを支えに、六花ちゃんが迷いない動きで膝をつく


「私にあなたの夜の恩恵をいただけますか?」


それは≪力ある名≫を望む言葉

闇夜を照らす月の―――月を尊ぶ魔女の恩恵を望む言葉


声にも、目にも、迷いはない



ならば私にも迷う理由はない


すっと闇夜に手を伸ばし、名前と同じ紫の結晶をはめ込んだ杖を出現させる

杖の先を肩に2回、そして六花ちゃんの杖と頭を合わせて


「≪黎明(アリエス)≫の名において、汝――――」


雲間から月が白銀の光を放つ


この子に与えるなら、この名をと思っていた

でもこの子は受け入れてくれるだろうか


迷う


思いだす


この子の目を、声を



大丈夫



この子なら、六花ちゃんなら



――――――この≪運命≫に、屈しない


だから、貴方にこの≪名≫を与えよう




汝――――≪ルティナ≫に我が白銀の恩恵を授けよう」


六花ちゃんの肩が一瞬揺れた

でも私を見つめる顔に、後悔はなかった



「・・・・・・・・・よかったの?」


確かめてしまうのは、私の弱さ


「うん」


そして肯定するのは、この子の強さ



「いいの、だって」



六花ちゃんが外を見つめる

視線を追うと、いつの間にか雲は晴れて


月が在った


何物にも邪魔されることなく、ただ夜を照らしていた





≪ルティナ≫


古語においては“月”を意味する言葉

そしてかつては、200年以上前は別の名で呼ばれていた



≪ルナウス≫


それは魔女の象徴にして、葬り去られた禁忌の名







六花の色々は今回でとりあえずひと段落です

次回は”黒い人”が増えます

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