とりあえず共同戦線 1
「・・・・・・・・あんた熱でもあったの?」
無表情固定標準装備の友人が、珍しく眼を見開く様に六花は苦笑した
「ないない・・・そんなに変?」
「変」
キッパリ言い切ったパティはぐるっと私とは逆方向を睨みつけた
・・・・・・さっきからこっそこっそこっそこっそコッチ見てた連中が途端に黙りこむ
わかりやすすぎるわ、ホント
というか聞かれたくないなら余所で言えばいいのに、アホらしい
無視してそのまま、外に通じる廊下に出る
人通りが少ない方を選んだから、さっきみたいにぶしつけに見られることはなかった・・・まぁ、さっきに比べれば
「まぁ、それは自分でも思うわ。らしくないって」
「らしくなさすぎる。あんた今まで大抵の嫌味は流してたじゃない。特に久我関連のことは、くだらないし取るに足らないって
それがいきなり勝負。どういう風の吹きまわし?」
「どういうっていうか・・・・・まぁ勝負に関しては8割、いや9割はシェイドが勝手に決めたのよ
で、ちょっとその時調子がおかしくて、挑発にのって私も勝負することになっちゃったってわけ」
途端にパティの眉が跳ね上がり、一段低い声で呟く
「シェイド?・・・・・・・あんたいつからあの空気読めない朴念仁男名前呼びするようになったの」
「いや、ツッコミ入れるのそこ?」
「そこ以外にどこに注目するってーのよ!」
背中に強い衝撃。見なくてもわかるけど、一応振り返ると予想通り
・・・・・・・・どっから聞きつけて来たのか、ニタリと笑うゆずりが背中に貼りついていた
子泣きジジイじゃあるまいし
「・・・・六花、あんたこんな若くてピチピチの乙女捕まえてジジイとはなによ~ジジイとは!」
罰として呼び捨てになった過程を余すことなく詳細に吐け!
うん、無茶苦茶理論もいいところだよねゆずり!
「というか乙女は吐けなんて言わないと思うよゆずり」
「そもそも乙女じゃないでしょう、アンタは」
六花とパティの言い分を右から左に聞き流し、立ち往生していた廊下から脇の植え込みに2人を引っ張り込む。いわゆる『不良座り』で顔つき合わせて座り込み。
基礎教養部(14歳までの一般教養を受ける機関)の行儀教官が見れば、眉をしかめ雷を落としかねない
が、そんなもの気にするような可愛げのある彼女達ではないことは、皆の知るところという奴だ
「さーて、ここなら耳をダンボにしてたデバガメ達にも聞こえないしvさぁ!」
なにがさぁ!よ、何が
・・・・・・・って、言ってもどうせ無駄なんだろうなー
一応パティに視線をやって助けを求めてみたけど、予想通りスルー
うん、あんたってそういう奴よね
「別に、苗字嫌いだから名前の方がいいっていわれただけ」
「だけ?」
「だけ」
「えー・・・・・・・・つまんない」
いやつまんないって言われたって、それだけなものはそれだけだし
「こう、もうちょっとさぁ・・・・ネタになるようななんかないの!?ピンクい空気流れるようなアレとかソレとか!!!」
「ない。ゆずりは恋愛に夢見過ぎ」
なんで名前一つでそこまで妄想できるのよ・・・・恐るべし、(自称)乙女回路
「というかピンクい空気ってなに、ピンクって!私とあの超朴念仁の間にんな甘ったるい空気は似合わないわ」
私とシェイドがピンクい空気・・・・・・・・想像・・・・・・・したらなんかムズムズしてきた!
なにこのえも言われぬムズムズ感!つーか寒い!寒すぎる!
・・・っていうか何想像してんの私!想像するまでもないでしょんなもん!
でもゆずりは『枯れてる!あんたの乙女としての回路はどっかいかれてんじゃないの!?』なんて言うし
パティは無視・・・・・・・・アンタほんっとに要領いいわよね
っていうか誰か私の味方はいないのか!
と思ってたら、頭上から賛同が降ってきた・・・・・かーなり無意識嫌味入ってたけどね
「それは俺も同感だな」
ここまでで止められない、間の悪い男の知り合いは一人しかいない
「コイツが誰かとそんな雰囲気になっている様なんて気色が悪くて想像できない」
肩越しに見上げると3日間嫌というほど見続けた仏頂面が立っていた
・・・・・・・・・っていうか
「想像できる相手がいたことの方が驚きだがな」
やっぱり
・・・・・・この超朴念仁、槍玉に上がってるのが自分だってまったく気づいてないわ
それともまさか自分が、とか思ってるのだろうか。こいつの情操教育どうなってたのよ
「むしろ私は、あんたが話の内容キッチリ掴めてたことの方が驚きだわ」
見下ろすシェイドがムッとしたように眉を寄せる
「どういう意味だ」
「そのまま。甘ったるい、とかピンクとかいう言葉で意味がわかるとは思わなかったのよ
あんたって信じられないくらいに空気読めないから」
「誰が」
「あんたってさっきから言ってるでしょ?絶望的なくらいに読めないじゃないあんた!
でなきゃ回避できた面倒事もあったのに!あんたのせいでここ三日トラブル率がうなぎ登りなのよ!?」
「それは普段の行いが悪いからだろ。俺のせいじゃない。責任転嫁なんかされても迷惑だ」
「それはこっちのセリフよ!アンタが余計なことさえ言わなきゃぁ、あの我侭伯爵令嬢に突っかかられることが・・・・・まぁ3割は減った!!!」
「あんまりかわらないだろそれ!?それくらい」
「それくらい!?あの我侭ぶりっ子に関して3割は致命的なのよ!ち・め・い・て・き!!!
あんな歩く公害女しかも話を聞かない我侭権力もちミックスとの関わり要素なんて、0.1リンク(=%)でだって減らしたいのよ!」
流石に否定できなかったからかノンストップの応酬が一瞬止まり、その間隙をするどく突いたものが一人
「はいはいお二人さんそこまで。痴話喧嘩「「じゃない!」」は後でゆっくりねっとりやってもらうとして
ちょーっとゆずりさんの話聞いてくれるかなー?」
珍しくも苦笑を交えてゆずりは二人を制し、それから表情をガラリと――いつものいたずらなものに変えて
「シェイドくんはーこの乙女の密談になんの御用かしら?」
乙女の密談ってなによ、乙女のって
茂みで不良座りで顔つき合わせる乙女の密談てどんなよ!
というかあからさまにこっち見てんじゃないわよ、ゆずり!
「おとめ?」
眉をよせて首を傾け疑問顔・・・・・・・・ってちょっと待て、あんた何を
「どこに乙女がいる」
三方向から一斉に雑草投げつけた
だれかー石持ってきて石!
このボケは一回殴らないと治らないわ
「ゆずりー、あんたまだこの男がピンクい空気出せると思ってる?」
「前言撤回、無理だわぁ。っていうかここまで朴念仁で空気読めないのは致命的!
顔はAランクだけど性格はCに格下げねー。総合評価変えるべき?残念」
「はっ」
鼻で笑わせりゃシェイドより様になってるわよ、パティ
「・・・な、なんだお前ら。俺が何した」
「女の子に対して言っちゃいけないこと言ったのよ」
「おんなのこ・・・・・・・」
「・・・・・・・・・あんたこの期に及んで次は何言うつもり?」
六花の声と
「規格外だろ」
シェイドの失言がピッタリ重なった
ただ女の子三人組にはバッチリ聞こえていたが
「でさぁ、話戻すけど何の用なわけー?」
剣士科のロングコートをバタバタはたいていたシェイドが「あ」と顔を上げる
ついでに上げた拍子に頭に乗った草と土がこぼれた
「お前、もう講義は」
「終わったけど、剣士科はまだあと一つあるでしょ?」
「剣技論だ、俺は免除されている。最後の段取りを確認しようと思ってな」
「あーそういうこと、了解。ごめん、デザートはまた今度ね」
立ち上がると長いスカートをはたいて、気まずいのかさっさと背を向けたシェイドを追う
ひらりと手を振る六花に、ゆずりは笑って、パティはいつものように手を振り
「・・・・・・・・・・・・・・・・前言撤回、真面目なところに+10点!」
「・・・・・リ バドス」
「どーゆー意味?」
「古語で『あのボケ』」
「・・・・・・・・・・あんたをそこまで怒らせたシェイドくんに、幸あれと願うことにするわ」
肩をすくめて、ゆずりは神王への祈りの型を切った―――形だけ
マルーン学園生徒会室は、理事長室の次にいい場所にある
美術館を巨大化させたような校舎の最上階のうち、二番目に日当たりのいい場所がそうだ
「顔がいつもの三割増しで凶悪になってるわよ、紅」
―――ついでに眺めも良好だ
長身の紅の二倍はあるガラス窓にもたれる彼は、声の主に眉間を更に深めてみせた
表面上は女神の如く微笑み、ゆるく結わえて肩に流した真紅の髪を耳にかけ直す
自然に紅が紫を抱き寄せた―――背後の桜と篁は無視で
「止めないのか、相手はあのローシェンナの弟だ。俺が出ればすぐだろう」
「貴方が止めようとしたら、あのカーディナルお坊ちゃまが死ぬでしょうね」
当然だといわんばかりに腰の剣を叩いた
「兄弟そろってお前と六花に手を出したんだ、覚悟の上だろう
出来ていなくても殺してやるが」
くっと口角を上げる様は冷酷無慈悲な男そのものだ
そんなもの気にするくらいなら、睦言など囁きはしないが
鼻先が触れるほど、吐息が混じるほど近くで
「あの二人だけじゃないでしょう?殺気はなかったけれど、不機嫌そうに見ていたじゃない
――――シェイド・ラ・ティエンラン君を」
「・・・・・・・・・・・・・・・アイツは、盲点だった。険悪だったくせにこの三日で名前呼びになっていたぞ」
「あら、それは上々。私の計画が上手くいったということでしょう?」
「はっ」
不機嫌そうに口をへの字に曲げる紅に、紫は笑みを深めた
「でも貴方にしては多目に見ている方じゃない?今までならすぐに虫退治してたのに」
双眸が陰った
ただならぬ気配を感じ、紫も柳眉を上げる
「ティエンランには・・・・・・・・色々ある」
「・・・・・・それは、彼が抱える厄介なもののこと?」
紅はふっと表情を緩めて頭を振った
「いや、直接はない。ただ気になっていただけだ」
そのまま顔を近づけた紅は・・・・・・結局、思う通りにはやれなかった
目を丸く見開いた紫が、笑いだしたからだ
笑みをこぼしたわけではなく、愉快そうな、吹き出しそうな顔で
「は、はははは!まさか貴方が男に興味を持つ日が来るなんて!家族とお気に入り以外無視だったのに!」
体を離して、腰を折る勢いだ
珍しすぎる生徒会長の大笑いに、見て見ぬふり中だった桜と篁までが驚いた様に視線をやる
「な、な、なかなかいい傾向じゃない?貴方が自分から『お気に入り』候補を見つけるなんて」
「・・・・・・・・・だからって、なんでそこまで大笑いするっ!」
これまた珍しく、声を荒げる紅にまだ腹部を抑えながらも何とか答えた
「嬉しさが笑いになって表れたのよ。気を悪くしたなら謝るわ」
「・・・・・・俺は言葉は信じない。行動がすべてだ」
口角をあげ、今度こそ紅は紫に唇を寄せた
―――ちなみにすでに桜と篁は見て見ぬふり体制に入っていた
「・・・・・・・・・・・・うざい、うざいわ視線がうざい!」
「否定はしない」
言いつつも歩みは止めずに、二人はまっすぐに剣士科の群れ(六花曰く)を突き抜ける
まーまだ魔女科みたく陰口叩かれないだけましだけどね
女の園の嫌がらせは男の3倍は陰険だし
軽く流し見て、六花は左隣――三日も一緒にいたせいか自然にこの位置になった――のシェイドをちらりと見上げた
・・・・・・もう、大丈夫、かな
昨日の、無機質な目を思い出して思わず拳を握る
―――それから強く握られた手の感触を思い出して、顔が熱くなる
い、いやあれには別に深い意味とかないし!
っていうか今はんなこと考えてる場合じゃないし!
とか考えてる間に、もう演習場は目の前
・・・・・・・・・・まー気が早いことに、十分前に来たのに敵さんは取り巻き込みで全員集合
ぶっ飛ばしたいくらいニヤついた笑みで――お決まりの
「よく逃げ出さなかったな、それだけは褒めたやる」
セリフはきそーとか思ったらほんとに言ったわコイツ
「あほか」っていうシェイドのセリフは多分私にしか聞こえなかっただろうけど
「ご託はいらん、さっさと始めろ。すぐにケリをつける」
「早く終わらせてよね、私読みたい本があるから」
―――三日間で磨かれたのは、はたして皮肉のタイミングだけか
それとも?
おちこぼれと天才の反撃編、開始です