第三章3 水着回
「水着、これはどうかな?」
照れたような声音でそう質問してきたのは速川 日和だ。彼女は水着を摘まむように持ち上げ、俺の目の前で披露する。
「あの、速川」
俺は息を呑む。なぜこのような状況になっているのかはわからない。ほんの数時間前では想像もしていなかったシチュエーションである。俺は彼女に何と言うべきか悩む。水着というたかが布切れの話ではあるが、その布切れの存在意義は恥部を隠すことだ。つまるところセンシティブな話題とも取れるものなのである。
俺の心臓はいつもとは違う調子で脈打つ。目の前に提示された水着は黄色の水着だ。無難な色とは呼べないが、これを身に着けるのは離島であり、少しくらいはっちゃけてもいいシチュエーションだ。ならば、洒落た水着を選んでもいいのかもしれない。
速川の表情は真剣そのものだ。だからこそ俺は言うべきか悩む。しかし、少なからずの期待を胸に来店した俺としては言わないというのも我慢ならなかった。
俺の目の前に提示されたのが、男の恥部を隠すための布切れであるという状況に物申さずにはいられなかった。
そう、男の恥部を隠すための布切れだ。つまるところ男性用の水着を速川は俺の目の前に持ってきたのだ。
「俺は二人が選んだ水着の感想を言うためにここに来たんじゃないのか?この店に来てまだ男性用の水着しか目にしてないんだが」
確かに俺は自分用の水着も買おうと思っていた。しかし俺がノリノリでこの店に入店したのは速川と鬼野の水着姿を見るためだ。大事なことなのでもう一度言おう。速川と鬼野が何着も試着するであろう水着姿を吟味するためだ。
「いいからさっさと決めなさいよ!どうせアンタの水着なんて誰も見ないんだから!」
ハキハキとした強い口調でそう言ってくるのは水色頭の鬼野 恋だ。彼女は腕に袋をぶら下げており、既に水着を購入済みの状況である。
「私は先週のうちに水着買ってるし、鬼野さんもお店に来て十秒で決めて一分で試着を済ませて購入しちゃったから目的は達成だよ。あとは司君の水着を決めるだけだよ」
お、おかしい。俺は今からどんな気持ちで女子二人から水着を選んでもらえばいいんだ。ちっとも魅力的は展開じゃないぞ。
「だ、だいたい、鬼野も試着したんなら速川に感想とか求めろよ」
ここで俺に感想も求めろなんて言ったら変態扱いされるため、速川を隠れ蓑にする。
「必要ないわ!私が着る水着は私が良いと思えたらそれで十分じゃない!緑頭…速川 日和の感想なんて不要よ!」
くそったれ!俺のここまでのワクワクドキドキを返せ!
「速川もなんで水着買っちゃってるんだよ。というか買うにしても先週伊吹とここに来たときでよかったじゃないか」
俺は行き場の無くなった理不尽な怒りを速川にぶつける。
「司君と一緒にいるときに水着なんて買わないよ!」
若干赤面した速川は己の体を守るようなポーズを取ってこちらを見てくる。
え、もしかして俺って速川から見たら全然ジェントルマンじゃないのか?今まで下心なんて見せずに紳士でジェントルマンな柏木 司を演じてきたというのに、その努力は無駄だったということか…?そんな、この日のために俺は自我を抑えてきたというのに!
「だいたい私たちの水着姿をそんなに見たがらないでよ。司君のえっち」
速川にそう言われてダイヤモンドのように頑丈な俺のハートに傷が入る。これまでの柏木 司のブランディングが崩れていく。
「は?アンタ私たちの水着姿が見たかったの?変態じゃん。キッショ。死ねば?」
続けて鬼野が一切容赦のない言葉を浴びせてくる。俺は泣きそうになりながら必死で反論する。
「そそそ、そんなわけないだろ!誰がお前の水着姿なんて見たいと思うかよ!俺はそんな低俗な男共とは違うんだよ!むしろお前がさっさと水着を決めてくれて助かったくらいだぜ!」
俺は血涙を流しながらそう言った。危なかった。これで紳士なジェントルマンという柏木 司のブランディングは保たれた。
「それで司君の水着はどうするの?これはお気に召さない?」
そう言って速川は先程から持っている黄色の水着を俺に差し出す。
「いや、悪くないと思うんだが少し派手な気もしてな。俺はただでさえ赤髪だから水着はシンプルな黒とかが良いと思って」
「そお?じゃあ、えーっと、これは?」
次に速川が提示したのは黒色に黄色いラインが入った水着だ。カッコいい見た目ではあるが、こいつどんだけ黄色好きなんだよ。そんなに好きなら自分の髪色も緑ではなく黄色にすればいいのに。
「まあ、これでいいか。値段も予算の範囲内だし、ウエストも問題なさそうだ。じゃあ、これを買ってくるよ」
そう言って彼女から水着を受け取ろうとするとヒュイっと腕を引っ込められた。
「え?何?それ渡してほしいんだけど」
「試着、しないの?」
「いや、ウエストは問題なさそうだし、このまま買うよ」
「試着、しようよ?」
「別に必要ないって」
「試着、しよ?」
何この子、こわい。一体どんな感情で俺に試着を強要しているのだろうか。目つきがいつになくマジになっていて得体の知れない恐怖を感じる。
「わ、わかった。試着してくる」
「ちゃんと着替えたら見せてね」
そう念押しされ俺は試着室へと向かった。着ていた服を雑に脱ぎ捨て、水着に足を通す。この姿を彼女たちに披露しないといけないらしい。どんな羞恥プレイだよ。
「着替えたぞ。どうだ?」
「アンタなんで上裸なのよ?下だけ着替えればよかったでしょ?」
「何言ってんだ。海ではこの格好なんだから、試着段階でも上裸になるべきだろ」
不快そうにこちらを見つめる鬼野に反論するが、彼女は辛辣な言葉を口にする。
「それにしても貧相な体ね」
「お前それセクハラだぞ。それに俺の体は貧相じゃない。このシックスパックが見えんのか」
そう言って俺は六つに割れた素晴らしい腹筋を見せつける。
「上裸姿を見せるほうがセクハラよ。それに薄っすらと割れてるだけで大したことないわ。千秋のほうがまだマシね」
そう言われて俺の男としての自信が揺らぐ。奈良先輩、意外に脱ぐと結構凄いのだろうか。悔しい。
てかなんでこいつは奈良先輩の腹筋を見たことあるんだよ。まさか二人はそういう関係なのか?俺はてっきり奈良先輩は鳳凰先輩にこき使われるのを喜んでいるマゾヒストだと思っていたが、鬼野にこき使われるのを喜ぶマゾヒストだったのかもしれない。
「それで速川、さっきから何も言わないでじっと見てるが、この水着は似合わないか?」
「へ?あ、ううん。似合ってる。とても良いと思う!じゃあ次はこれを試着してみて」
「え、他にもあるの?もうよくない?これで決めてしまってよくない?」
「ダメだよ!せっかく来たんだからこのお店にあるもので最善の商品を選ばなきゃ!」
謎に熱意の高い速川の言葉を拒否することもできず、数十分ほど俺は着せ替え人形と化すことになった。着替える度に速川は褒めてくれたが、鬼野は辛辣な感想を吐き続けた。そんな飴と鞭を受けながら結局は最初に試着した水着を購入することに決める。
俺がレジで商品を購入している間、店の外で速川と鬼野が話している姿が見えた。鬼野は相変わらずぶっきらぼうな表情だが、心なしか今朝よりも威圧感が弱まっているようにも見える。もしかしたら徐々に心を開いているのかもしれない。
そんな光景を見て思い浮かべるのは、狂暴犬が少しずつ心を開いていく系のテレビ番組だ。そう考えると鬼野のことが人に慣れていない狂暴な犬に見えてきた。少しは可愛げがあるじゃないか。
俺が二人のほうを見ていると鬼野と目が合う。彼女はブサイクに顔を歪ませ、こちらに中指を立ててきた。
前言撤回だ。あの水色頭に可愛げなどない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
店を出た俺はショッピングモールの中を見渡す。平日だが夏休み期間中なこともあって人は多い。特に俺たちのような高校生の姿が多く目に付く。
「この後どうしよっか?」
「少し早い時間帯だが飯でも食うか」
速川の言葉に俺はそう返事をする。時刻はもう少しで十一時三十分になるところだ。昼食には少し早いが腹は空いてきた。それに昼時を避けた方が店に並ばずに済むだろう。
「水色頭、何か食べたいものはあるか?」
「赤頭、アンタ嫌いな食べ物ってある?」
「お?なんだ。先輩が嫌いな食べ物がある店は避けようとしてくれてるのか?意外と配慮ってもんができるじゃねえか」
「違うわ!赤頭が嫌いな食べ物を選ぼうとしただけよ!」
「この水色頭…、本当にムカつくな」
「フンッ!」
俺は水色頭をガルルと唸りながら睨む。顔を背けた彼女も目線だけこちらに向けた。その目は嫌いな存在を見るときの目そのものだ。…こいつ、どうやら戦争をお求めらしい。
「ストップ!ストーップ!もう、なんですぐにいがみ合っちゃうの?」
速川は腰に手を当ててぷんすかという効果音を鳴らしながらお怒りのご様子だ。
「こいつが上から目線なのが悪いわ!」
「ハッ!それはこっちのセリフだね!」
そう言って俺たち二人は同時に顔を背ける。速川は呆れながら鬼野に声を掛けた。
「恋ちゃん、司君が上から目線なのは病気だからなの。小型犬がいっぱい吠えるのと同じなの。だから広い心で許してあげて」
「でも日和、生意気な小型犬には躾が必要だわ!むしろ日和が甘やかした結果、今の横暴な赤頭になったんじゃないの?」
二人して酷い言いようである。特に酷いのは速川だ。こいつ俺のことをそんな風に見ていたのか。俺のダイヤモンドの心はそろそろ粉々になりそうだった。
「お前ら言いたい放題にも程があるだろ。というか、いつの間に下の名前で呼び合うようになったんだ?」
二人に対して不平不満を言いつつ、それより気になったファーストネーム呼びについて言及する。
「司君がレジで会計してるときだよ。恋ちゃんが私のこと速川 日和ってフルネームで呼びづらそうにしてたから、日和呼びでいいよって。その代わり私も恋ちゃん呼びでいい?って話したの」
速川のその発言に対して明らかに鬼野の表情が変化した。赤面して若干にやけているのである。俺は驚く。まさかこの狂暴女がこんな反応をするとは。
「何見てんのよ?言っとくけど私は呼び方なんかに拘らないわ!別に喜んでるわけでもないから勘違いしないでよね!」
先程より数段キツくなった口調で鬼野はそう言った。現実世界にこんなツンデレヒロインのセリフを吐く奴がいるとは驚きだ。
「呼び方に拘らないねぇ。じゃあ俺も恋ちゃんって呼んでいいのか?」
彼女を困らせようと俺はニヤニヤしながら質問する。ここでこの提案を拒否したら「呼び方に拘らないんじゃないのか?」の追い打ちをする手筈だ。敵の弱点は攻めるに限る。
「嫌よ!アンタ気持ち悪いじゃない!私、キモい男から名前を呼ばれたくないわ!」
攻撃を仕掛けたつもりの俺は真正面からカウンターパンチを食らってノックアウトした。ダイヤモンドのハートは既に塵と化した。
「司君、今の聞き方は気持ち悪かったよ」
「ちょっ、やめて速川。お前に言われると本当に死にたくなる」
思わぬ追い打ちを受けた俺は心がポッキリと折れる。しばらくの間、余計なことを言うのはよそう。
「それでお昼どうしよっか?恋ちゃんは好きな食べ物とかある?」
「伊勢海老!」
「いきなり予算オーバーなもの回答するんじゃねえよ」
高級品がお好みの彼女に思わずツッコミを入れる。
「何よ!好きな食べ物聞かれたから答えただけじゃない!」
「そうだよね。今のは司君が悪いね。ちなみに他には何かある?」
速川はサラッと俺を非難する。その言葉に俺はまた傷付いた。これが余計な口を挟まないと決めたのにそれを守れなかった代償か。口は禍の元とはこのことだ。
「そうね、パスタとか食べたいわね」
「パスタ!いいね!じゃあパスタがあるお店にしよっか!私もお腹空いてきたや」
そう言って速川と鬼野は俺のほうを見ることなくパスタ店のほうへと歩き出した。俺は二人の後を追う。ぐぅぅぅっと腹から大きな音が鳴った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
成長期の男子高生にはパスタの量は物足りず、三分と経たずに皿の上から姿を消した。二人の女子高生はフォークで麺をクルクル巻きにして丁寧に食べている。
流石にパスタを音を立てて啜るような真似はしなかったが、目の前の二人みたいにチマチマと食べる気にはなれなかった。
「それにしてもお前綺麗に食べるなぁ。意外だ」
「意外って何よ!このくらい普通だわ!」
鬼野は慣れた手つきでパスタを巻き、食べる。時折コップの水を飲むのだが、その度に持っていたフォークとスプーンを所定の位置に戻していた。
そんな姿を意外だと伝えたところ、いつもの調子で強めの反論が返ってくる。
「あ、それ私も思ってた。なんか一つ一つの所作が丁寧なのにスムーズな感じなんだよね」
「そ、そう?アンタたちが食べるの下手すぎるんじゃない?」
速川に対しても彼女は反論するが、その言葉には俺に向けているような圧を感じられない。こいつ、相手によって態度を変えてやがる。
「マナー講座でも受けてたのか?」
俺は鬼野に質問するが、彼女は渋い顔になって答えた。
「あの人たちそういうのに厳しいのよ。ご飯もゆっくり食べられない小学生時代だったわ」
あの人たちというのは両親のことだろう。先程の打ち合わせで奈良先輩も言っていた通り、鬼野の実家は格式高い旅館を営んでいるようだ。富裕層の娘として作法を叩き込まれたのかもしれない。
「でもその結果、今みたいに綺麗に食べれるなら羨ましいかも。私なんて小さい頃はよく口元にケチャップとか付けてたんだから」
速川が感心したように言うが、そんな彼女を見て俺と鬼野は目を合わせた。
「日和、口元にミートソース付いてるわよ。まったく、だらしないわね」
鬼野がそう教えてあげるのに合わせて、俺はインカメラにしたスマホを彼女の顔の前に突き出す。
「へ!?ほんとうだ!は、恥ずかしいぃ…」
そう言って速川は赤面しながら口元のソースを拭う。
「手で拭うんじゃなくて、ちゃんとティッシュを使いなさい」
「は、はい」
ティッシュを手に持った鬼野が速川の口元をゴシゴシと拭う。これではどちらが先輩かわからない。
そんなやり取りをしつつ昼食を終えた俺たちは雑貨屋に向かった。速川が寄りたいと言ったのだ。
「雑貨屋って買ってもいいかなって思う物はたくさんあるけど、実際に買う物はないよな」
「そうね」
珍しく、と言うより初めて俺の意見に鬼野が賛同した。気に食わない相手でも共感を得られるのは嬉しいように思えた。しかし、共感できなかった速川から反対意見を言われる。
「そ、そうかな。私はどんどん欲しくなって止まらなくなっちゃうんだけど」
そう言った彼女の手には買い物かごがぶら下がっており、既に空きスペースなくかごは満たされていた。
「速川、お前それを全部買うのか…?」
「げ、厳選しようとしたんだけど自分じゃ決められなくて。どれ買えばいいかな?」
困り眉を浮かべた彼女に意見を求められたため、俺は思ったままに答えることにする。
「これとこれとこの辺のやつ全部いらないだろ」
「そんなぁ!」
「これとこれもいらないわ。戻してきなさい」
「えぇ…、こんなに可愛いのに…」
俺だけでなく鬼野も加わり、買い物かごに入った商品の九割が不要と判断される。速川は猫の耳が付いたようなデザインのマグカップを握りしめ、手放すのを渋っている。
「ま、まあ、日和の買い物だし欲しいなら勝手に買えばいいと思うけど」
速川の悲しそうな顔に屈したらしく、鬼野は自分の意見を覆した。速川は嬉しそうな顔を浮かべるが、今度は俺が口出しする。
「先週もマグカップ買ってたじゃねえか。そんなにあっても使わねえだろ。戻してきなさい」
「え?そうなのね。ならいらないじゃない!戻してきなさい」
俺が口出ししたことで鬼野もこちら側につく。それでも速川はマグカップに視線を落としながら反論した。
「こ、これはその、そうだ、部室に置こうと思って。二学期からはマグカップにお茶でもいれて皆で団欒しようよ!」
彼女は今思いついた名案を自信満々に話す。まあ、彼女の提案は別に構わないのだが、お助けクラブって部室で団欒する部活じゃないんだけどな。もっと言うと同好会の立ち位置なので部活でもない。
「そ、そういうことなら私も買っておこうかしら」
速川の意見になぜかそんな返答をしたのは鬼野だ。若干照れたような顔をしているが、俺は思わずツッコんでしまう。
「いや、なんでお前が買うんだよ。うちの部員じゃないだろ」
俺はこれが失言だったと遅れて気付く。鬼野の表情はカァァッと赤くなり、強い口調で返事をした。
「ま、間違えたわ!そ、その、家のやつと間違えたわ!マグカップなんていらないわ!」
照れ隠しするように叫ぶ鬼野の横で、速川が俺を責めるような目で見ている。
「そんなこと言わずに恋ちゃんも買おうよ!うちの部活にはいつでも遊びに来ていいから!それとも部員になる?」
「な、ならないわ!私はアンタらと馴れ合う気はないの!調子に乗らないでくれる!」
速川が即座にフォローへと回るが時既に遅く、心を開きかけていた鬼野は力いっぱいバタンッと心の扉を閉めた。
再び速川から非難の視線を向けられる。まあ、今回に関しては俺が悪かった。
しかし逆に考えよう。別に俺は二学期も鬼野と遭遇したいとは思っていない。なら彼女がお助けクラブに近づかないのは好都合なのではないだろうか。
そこまで考えてもう一度速川の視線と向き合うが、俺はその視線に敗北してしまう。流石に罪悪感が勝ったのだ。今回の失言はどこかで取り返すとしよう。
「じゃあ、私これ買ってくるね」
速川はいくつかの商品を棚に戻し、レジへと向かっていく。俺は鬼野に何かしら声を掛けようと会話のパターンを思考するが何一つ出てこない。
「お前って奈良先輩と付き合ってるの?」
しまった。最悪の質問をしてしまった。それしか思い浮かばなかったのだ。友人が五人しかいない俺のコミュニケーション能力が露になる。
いや、五人も友人がいるのは多すぎるくらいか。そう考えると逆説的に俺はコミュニケーション能力に優れているということになり、この質問も最適な気がしてきた。
「は?そんなんじゃないわよ。恋愛脳の男が一番キモくてムカつくわ!」
どうやら俺はコミュニケーションの取り方を間違えたらしい。後輩女子に軽蔑の視線を向けられて泣きそうだ。
「あの、司君がまた何か言った?」
会計を済ませた速川が俺たちの様子を見てそう質問した。さすが速川である。すぐに俺がやらかしたと見抜くとは。
「別に、初めて会ったときから変わらずキモくてウザイだけよ!」
冷たい鬼野の声が返ってきた。俺の心にグサグサと刺さる。復旧作業が完了しかけていたダイアモンドのハートがまた粉々に砕かれる。
その後は鬼野と親睦を深めようとする速川の後ろで静かに過ごしていた。三十分程でやることもなくなり、本日は解散となる。
「じゃあ、また来週!バイトも遊びも全力で楽しもうね!恋ちゃんも絶対一緒に遊ぼうね!」
速川がいつもの如く陽のオーラを発しながら鬼野に話しかける。
「まあ、アンタらが仕事の役に立てば考えてやらなくもないわ!」
「ほんと?やった!おかげでますます気合いが入ったよ!」
うちの部長、光属性すぎるだろ。後輩の生意気な物言いに返す言葉として満点を上げたい。俺なら絶対に余計なことを言う自信がある。
「それじゃあ、またね!」
「ええ、また…。赤頭、遅刻してきたらぶっ飛ばすわよ!」
鬼野は速川の挨拶に答えてから俺のほうを見て、キツめの口調で警告してきた。
「わかってるよ。そっちこそ遅刻するなよ」
俺は答える。余計な一言を付けてしまうのは呪いの類いだと思うので寛容な心で許してほしい。
「フン!するわけないじゃない!」
そう言って鬼野はショッピングモールから去って行った。その水色の頭は遠ざかった後も目立っていた。
「俺、今回はついてこないほうがよかったんじゃないか?」
「うっ、そんなことないよって言いたいけど否定できない」
そんなことないよと言って欲しかった俺は速川の反応に傷付く。まあ、自業自得なのだが。
「でも、必要な時間だったと思う」
速川がこちらを見上げて答えた。大きくて綺麗な瞳だ。
「少しずつ仲良くなっていこう。司君ならできるよ」
彼女の声音からその言葉に偽りがないとわかる。なんだか見透かされているようで居心地が悪い。
「まあ、気分が向けば仲良くしてやらんでもない」
そう答えた俺に速川は「素直じゃないんだから」と言葉を返した。
外に出ると変わらず夏景色が広がっていた。湿度と暑さでアスファルトの輪郭が歪む。
空はより青みを強くし、綺麗な水色が出来上がっていた。
檻ケ島での活動が終わるまでは水色の空を見る度、あの女のことを思い出しそうだ。




