第039話:インフラ守護の神と、パッカー車の帰還
1.地下の制圧と、相棒の緊急調整
王都の地下大下水道。
マニュアルを過信したエリート魔法騎士団が引き起こした有毒ガスの大爆発と氷の壁を、芝崎一郎は愛用の神器「解体用聖杖」の一閃で見事に粉砕・開通させた。
「よし、水路は確保した! だが……」
一郎は眉をひそめ、アイドリングする白銀のパッカー車を見上げた。
車体上部の「有毒瘴気吸引フィルター」が、警告音を鳴らして赤く明滅している。猛吹雪と台風が混ざり合った地上の「複合魔力嵐」の影響が地下にまで及び、さらに高濃度のメタン瘴気を一気に吸い込みすぎたため、フィルターの処理能力が一時的に飽和してしまったのだ。
「旦那ァッ!」
通信魔導具から、ドワーフの親方の切羽詰まった声が響く。
「地上がエラいことになってるぜ! 嵐の威力が上がって、王都中で倒木と家屋の倒壊が起きてやがる! だが、パッカー車のフィルターは一度パージ(冷却)して、嵐の魔力に耐えられるように緊急のアップデートをしねぇと、バキュームのモーターが焼き切れるぞ!」
「チッ、重機が使えねぇ最悪のタイミングか」
一郎は舌打ちしたが、その瞳に迷いはなかった。
「親方、パッカー車は一旦事業所に戻す! アップデートを頼む!それと二号機も持ってこい! リリィ、セリア、エレノア! お前らは親方のサポートだ! 終わったらすぐに地上へ持ってこい!」
「「「はいっ!! 一郎様!!」」」
「俺はバール一本で地上に向かう。こんな時こそ、俺たち『インフラ業者』の出番だからな!」
一郎はパッカー車を三人に託すと、単身、暴風雨と吹雪が吹き荒れる地獄の地上へと駆け上がっていった。
2.インフラ業者の誇りと、バール無双
地上は、まさに世界の終わりを思わせる惨状だった。
暴風雨が家屋の屋根を吹き飛ばし、同時に吹き付ける猛吹雪が路面を凍結させている。
悲鳴と混乱が渦巻く中、王都の主要大通りでは、倒壊した巨大な街路樹の下敷きになりかけている馬車があった。
「助けてくれぇっ!」
「ダメだ、木が重すぎて動かせない!」
周囲の市民が絶望する中、突風を切り裂いて一人の男が躍り出た。
「退いてろ!!」
蒼い作業服に防水の合羽を羽織った一郎だ。彼は躊躇うことなく倒木に駆け寄り、バールのフックを太い枝の隙間にねじ込んだ。
「レオ! ワイヤーだ!」
「はいっ! 現場監督殿!!」
猛特訓で資格を取得した孤児のレオをはじめとする「仕分け・玉掛け部隊」の子供たちが、一郎の指示で瞬時に牽引ワイヤーを倒木に巻き付ける。
「重心ヨシ! 固定ヨシ!!」
「いくぞ、オラァッ!!」
一郎がバールを支点にし、三十歳の男盛りに若返った最強の膂力でテコの原理を発動させる。さらにレオたちがワイヤーを引っ張ることで、数トンの巨木がメキメキと持ち上がり、馬車から見事に引き剥がされた。
「おおおおっ!! 助かった……!!」
「休んでる暇はねぇぞ! レオ、第一班は西区の倒壊家屋の救助! 第二班は排水溝の詰まり(ゴミ)を取り除け! 水が溢れたら二次災害だ!」
「了解しました! 安全第一でいきます!」
重機(パッカー車)の力がなくても、確かな「お仕事ロジック」とプロの指揮能力、そして鍛え上げられた部下たちの完璧な連携が、崩壊寸前の王都のインフラを物理的に支えていた。
3.マニュアルの限界と、時計塔の崩落
一方、王都の中心部広場。
そこには、全身を立派な鎧で固めた「王立エリート魔法騎士団」の本隊数百名が陣取っていた。地下でヘマをした分隊の上司にあたる、エリート中のエリートたちだ。
しかし、彼らは嵐の中で完全に立ち尽くしていた。
「だ、団長! マニュアルのどの項目にも『台風と猛吹雪が同時に来た場合の対処法』が載っておりません!!」
「風魔法で相殺しようにも、雪が混ざっていて魔力軌道が読めないのだ! 迂闊に高火力の魔法を放てば、街を破壊してしまう!」
マニュアルにない未知のイレギュラー(複合魔力嵐)。机上の空論しか知らない彼らは、この大災害を前にして「何も行動しない」という最悪の選択をしていたのだ。
「ええい! 王族と貴族の避難だけを優先しろ! 平民の家など放っておけ!」
騎士団長が冷酷な命令を下した、その時だった。
メリメリメリッ……!!
広場の象徴であり、王都で最も高い建造物である「大時計塔」が、暴風雪の直撃を受け、根元から不気味な音を立てて傾き始めたのだ。
「なっ……!? 時計塔が崩れるぞ!!」
数万トンの巨大な石の塊が、避難し遅れた数千人の市民が逃げ惑う広場へと倒れ込んでくる。
「だ、だめだ! 防ぎきれない! 総員、退避ィィィッ!!」
エリート騎士団長は、市民を守るための魔法の盾すら展開することを諦め、無様に逃げ出そうとした。
「……マニュアルにないからって、市民を見捨てて逃げるのがエリートの仕事かよ」
地を這うような低い声が響いた。
倒れゆく大時計塔と、逃げ惑う人々の間に、バールを肩に担いだ一郎が立ちはだかったのだ。
「お前らみたいな、責任から逃げるインテリ野郎が一番タチが悪いんだ。インフラってのはな、最後に泥を被る覚悟がある奴だけが名乗っていいんだよ!」
4.最強の相棒の帰還
「し、芝崎清掃……!? 馬鹿な、あんな巨塔の崩落を、生身の人間がどうにかできるわけがない!」
エリート騎士団長が嘲笑する。
一郎はバールを構え、天に向かって叫んだ。
「ギリギリまで引っ張りやがって! 遅刻したら減給だぞ、親方!!」
――ドゴォォォォォォォンッ!!!!!
一郎の叫びに呼応するように、王都の空気を震わせる凄まじい神聖魔力エンジンの咆哮が響き渡った。
猛吹雪と暴風雨の壁を物理的にぶち破り、地鳴りと共に広場に突っ込んできたのは、二台の規格外の重機だった。
「間に合いましたわっ! 一郎さまぁっ!」
「お待たせいたしました! パッカー車、緊急アップデート完了ですっ!」
先陣を切るのは、セリアとリリィ、そしてエレノアを乗せた白銀のパッカー車。
そしてその後ろから、ドワーフの親方が操縦する、超大型ダンプ兼クレーン車『二号機』が地響きを立てて続く。
「遅えぞ! 相棒、一気に吸い尽くせ!」
一郎の号令と共に、パッカー車のアップデートされた「極大・有毒瘴気吸引フィルター(複合嵐対応モード)」がフル稼働した。
シュゴォォォォォォッ!!
王都を包み込んでいた暴風と猛吹雪、その原因である荒れ狂う魔力エネルギーのすべてが、まるで巨大な掃除機に吸い込まれるように、パッカー車の上部へと渦を巻いて吸引されていく。
「な、なんだと!? 王都規模の嵐の魔力を、たった一台の鉄の箱が吸い込んでいるだと!?」
騎士団長が腰を抜かして絶叫する。
「親方! 塔の重心を下から支えろ!」
「任せとけ旦那ァッ!」
二号機の極太のクレーンアームが限界まで伸び、倒れかけていた数万トンの大時計塔の側面をガッチリと受け止める。
ギギギギギッ! という金属の軋み音と共に、二号機の圧倒的な油圧が塔の崩落を完全に食い止めた。
嵐のエネルギーを吸い尽くし、パッカー車の排気口から「プシャァァァァッ!」と清涼なミントの風が吹き出す。
空を覆っていた分厚い暗雲が晴れ、一筋の朝日が、白銀のパッカー車と一郎の姿を神々しく照らし出した。
5.莫大な残業代請求と、不可抗力の密着
「あ、あり得ない……。マニュアルにもない大災害を、重機とやらの力業だけで制圧してしまうなんて……」
エリート騎士団長は、泥水の中にへたり込み、完全に戦意を喪失していた。
一郎はバールを肩に担ぎ、彼の前にバインダーから破り取った用紙を叩きつけた。
「そ、それは……?」
「今回の『王都インフラ緊急防衛費用』と、お前らが放棄した『市民の救助代行費用』、そして『うちの従業員全員の危険手当(残業代)』だ。しめて、お前らの騎士団の年間予算の10倍ってところだな。キッチリ払ってもらうぞ」
「じゅ、じゅうばいぃぃぃっ!?」
泡を吹いて白目を剥く騎士団長。
法外な、しかし王都を壊滅から救った正当な対価。
「お前らみたいな、マニュアルしか見ねぇで安全を疎かにする同業者は、業界から退場しな」
その痛快な宣告に、広場の市民たちから割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「一郎様ぁっ!!」
「一郎さまっ! ご無事で何よりですわ!」
「わたくしたちの完璧なサポートのおかげですわね!」
パッカー車から飛び出してきたリリィ、セリア、エレノアの三人が、一斉に一郎に抱き着く。
合羽を羽織っていたものの、嵐の中で作業していた彼女たちのツナギはびしょ濡れで、肌にピタリと張り付いている。透け透けになった極上の素肌と、冷えた身体を温めようと擦り寄ってくる豊かな胸の感触が、三十歳の男盛りの一郎にダイレクトに伝わってきた。
「お、おい! 濡れた体で引っ付くぞ! 風邪引くだろ!」
「一郎様の熱いお体で、芯まで温めてくださいませぇっ!」
「このままスーパー銭湯に直行して、混浴で温め合いましょう!」
「バカ野郎! まだ後片付け(瓦礫撤去)が残ってんだろ! 定時までキッチリ働くぞ!」
大災害を乗り越え、エリートたちの傲慢を完璧に粉砕したおっさん清掃員。
インフラ守護の神としての圧倒的な名声と、莫大な富(請求書)を手に入れた彼の痛快なスローライフは、悪天候すらも味方につけたヒロインたちの熱烈なスキンシップと共に、今日も定時退社へと向かって爆走していくのであった。




