第030話:社歌とラジオ体操の朝、そして新たなる「標的」
1.巨大化する事業所と、多様すぎる従業員たち
王都の貴族街の一角にそびえ立つ、かつての「呪われた館」は、今や広大な敷地を誇るマイホーム兼・巨大スーパー銭湯「芝崎湯」として、王都経済の中心地となっていた。
そしてその敷地内には、インフラ完全掌握企業「有限会社 芝崎清掃」の巨大な事業所が併設されている。
朝の清々しい空気が漂う中、事業所の広場には、異様な光景が広がっていた。
「おい、そこの魔族! 魔石のパレットの積み方が甘いぞ! 崩れたら危ないだろ!」
「ははっ、申し訳ございません、レオ先輩! 直ちに修正いたします!」
指示を飛ばしているのは、元奴隷の孤児であり、今や「現場監督見習い」として堂々たる体躯と威厳を備え始めた少年、レオだ。
彼に怒られて頭を下げているのは、なんと頭にねじれた角を生やし、コウモリの羽を持つ高位の魔族だった。先日の魔王領への出張で絶望のヘドロ沼を浄化した後、魔王から「インターンとして学ばせたい」と出向させられてきた者たちである。
さらに、トリプル賃金と週休二日制に惹かれて集まった腕利きのドワーフ建築団や、ギルドから派遣されてきた冒険者上がりの仕分けスタッフたち。
人間、エルフ、ドワーフ、魔族、そして元奴隷の子供たち。
種族も身分もバラバラな数百名の大所帯が、この敷地内で同じ「芝崎清掃の蒼いツナギ」を着て働いている。
普通であれば暴動が起きてもおかしくないカオスな集団だが、この現場においてヒエラルキーの頂点に立つのは、「安全に、効率よく仕事ができるか」という究極のお仕事スキルのみであった。
――ピーーッ!
広場に、鋭い笛の音が響き渡った。
「おしゃべりはそこまでだ! 全員、朝礼の隊形に並べ!」
メガホンを持った現場監督・芝崎一郎の声が響くと、カオスだった広場が、まるで軍隊のように一糸乱れぬ動きで整列した。
使い慣れた蒼い作業服に、首に巻いたタオル。三十歳の男盛りに若返った完璧な肉体から放たれる、百戦練磨の現場監督の圧倒的な覇気。
「おはようさん! 今日も良い天気だな!」
「「「おはようございます、現場監督殿!!」」」
地鳴りのような挨拶が王都の空に響き渡る。
2.神聖なる儀式「ラジオ体操第一」と、有能すぎるマウント合戦
「事業所がデカくなって、色んな奴らが集まるのはいいことだが、人数が増えれば増えるほど、気が緩んで『労災』が起きやすくなる」
一郎はメガホンを下ろし、集まった従業員たちを鋭い眼光で見渡した。
「どんなに稼ごうが、どんなにスゴい魔法が使えようが、健康な身体がなきゃ定時に帰って美味い飯は食えねぇ。だから今日から、毎朝の業務前に『ラジオ体操』を義務化する!」
「ら、らじお……たいそう……?」
魔族やドワーフたちが顔を見合わせる中、朝礼台の一等地に陣取っていた三人の極上美女――特級聖女リリィ、ギルド副マスターのセリア、そして第二王女(特任監査役)のエレノアが、目を輝かせた。
「よし、俺が手本を見せるから、お前らも真似しろ。いくぞ」
「まずは、腕を前から上に上げて、大きく背伸びの運動~! はーい、いっち、にーい、さーん、しっ!」
一郎の掛け声に合わせて、魔族たちも、ドワーフたちも、孤児たちも、全員が真顔で身体をねじる。はたから見れば、異世界のファンタジー住人たちが、揃いも揃ってツナギ姿で真剣にラジオ体操をしているという、極めてシュールでカオスな光景である。
だが、このラジオ体操の最中、一郎の「正妻の座」を狙うヒロインたちの熾烈なアピール(キャットファイト)は、これまでの「色仕掛け」から、完全に「有能さのマウント合戦」へと進化(?)を遂げていた。
「はーい、胸を大きく反らす運動~!」
「一郎さまっ! ご覧ください、この無駄のない完璧な反りを!」
セリアが体操のフォームをアピールしながら、ドヤ顔で叫ぶ。
「わたくし、ギルドの物流網を完全に掌握し、王都の魔石納入ルートを芝崎清掃の独占下請けとして構築いたしましたわ! これで我が社の利益はさらに倍増です!」
「泥棒猫っ! ラジオ体操の神聖な空気を汚さないでください!」
リリィが純白の法衣を翻しながら、負けじと胸を反らす。
「一郎様! 私の体も、昨日よりずっとしなやかになっておりますっ。それに私、ダンジョンコアの全自動排出フローをさらに最適化し、仕分けの労働時間を20%も削減することに成功しました! 一郎様の第一助手(正妻)として、完璧なサポートをお約束します!」
「あなたたち、特任監査役であるわたくしを差し置いて……っ!」
エレノアもツナギ姿で優雅なポーズを決めながら声を張り上げる。
「わたくしは王家の権限と予算をフル活用し、パッカー車が走りやすいように主要街道をすべて最高級の石畳で舗装し直しておきましたのよ! 一郎様のためのお仕事(インフラ整備)、わたくしが一番貢献しておりますわ!」
極上の美女三人による、ラジオ体操を装った「圧倒的な業務実績のプレゼン合戦」。
組織の中間管理職としてあまりにも有能すぎる彼女たちのアピールに、普通なら「みんなよくやってくれた!」と手放しで褒め称えるところだが、一郎の「ブルーカラーの美学」は一歩たりともブレない。
「おい!! そこの三人!!」
一郎のメガホンから、ドスの効いた怒号が飛んだ。
「ビクッ!?」
「お前らが優秀な管理職に育ってくれてるのは嬉しいが、今はラジオ体操の時間だ! 胸を反らす時はお互いを睨み合わず、肩甲骨をしっかり寄せて大胸筋を伸ばすんだ! 集中しねぇと筋が違って労災の元になるだろうが! 指の先までピシッと伸ばせ!」
「は、はいぃぃぃっ!!」
業務実績のアピールを完全に「体操のフォームの乱れ」としてすれ違い処理され、強烈なダメ出しを食らった三人は、涙目になりながら指の先までピシッと伸ばして真面目に体操を再開した。
(あ、ああ……! 私たちの権力や実績に驕ることなく、ただ純粋に健康の最適化を求めてくださる……! なんてストイックなお方なの……っ!)
(一郎さまのあの厳しい現場指導、たまりませんわ……っ!)
結果として、一郎のカリスマ性は彼女たちの中でさらに限界突破し、三人の忠誠心をますます燃え上がらせてしまうのだった。
3.安全確認(指差し呼称)と、新たなる設備投資
「深呼吸~! すってー、はいてー……よし、体操終わり!」
一郎が号令をかけると、数百人の従業員たちが一斉に息を吐き出した。たった三分間の運動だが、真剣に行ったことで全身の血流が巡り、彼らの顔には清々しい活力が満ちていた。
「仕事ってのは、一人じゃできねぇ。仲間を信頼し、互いの安全を確認し合うことが一番大事だ。今日も一日、誰も怪我をせずに定時で帰るぞ! いくぞ、安全確認(指差し呼称)!」
一郎が右手を前方に突き出した。
「足元ヨシ!」
「「「足元ヨシ!!」」」
数百人が一斉に足元を指差す。
「機材ヨシ!」
「「「機材ヨシ!!」」」
「体調ヨシ!」
「「「体調ヨシ!!」」」
「よし! 今日も一日、ゼロ災害でいこう! ご安全に!!」
「「「ご安全に!!!!」」」
王都の空気を震わせるほどの大合唱が響き渡る。
「よっしゃ、解散! 各自の持ち場につけ!」
従業員たちが活気にあふれた足取りで作業エリアへと散っていく中、一郎はドワーフの親方を手招きし、マイホームの裏庭(資材置き場)へと向かった。
そこには、昨日の出張で魔王領から牽引してお持ち帰りした、全長五十メートルにも及ぶ超巨大な「古代魔導兵器」が、洗車されてピカピカの状態で鎮座していた。
「旦那(現場監督)。こいつぁ、とんでもなく立派な骨組み(シャーシ)だぜ。で、これをどうするんで?」
「親方。俺たち芝崎清掃は、これからただのゴミ拾いだけじゃなく、巨大建造物の解体と物流っていう新規事業にも手を広げようと思うんだ。だから、こいつをベースにして、魔導駆動の『超大型ダンプ兼・クレーン車』に魔改造してくれ」
「な、なんだとォォッ!?」
ドワーフの親方の目が、歓喜と興奮でギラギラと燃え上がった。
「神代の兵器のシャーシを使って、重機を造れってか!? クゥゥッ! さすがは最高の現場監督だ、俺たちドワーフの職人魂がウズウズしてやがるぜ! 納期はいつだ!?」
「急がねぇけどよ。俺も楽しみなんだわ。安全第一で、速やかに最高の相棒(二号機)を組み上げてくれ」
4.新たなる標的(ブラック同業者)の影
古代兵器の魔改造というロマンあふれる設備投資に胸を躍らせていた一郎のもとへ、血相を変えたセリアが駆け寄ってきた。
「い、一郎さまっ! 緊急事態ですわ!」
「どうしたセリアさん。そんなに慌てて。資材の納入トラブルか?」
「いえ、違います! わたくしがギルドの権限で芝崎清掃の独占受注として進めていた、隣領の『超巨大魔城の解体・清掃案件』が……突如現れた同業者に、不当な横取り(ダンピング)をされましたの!」
「同業者?」
一郎の眉がピクリと動いた。
「はい! 隣国のエリート貴族たちで構成された『清掃魔法騎士団』と名乗る連中です! 彼ら、最新の魔法理論だけを掲げて、わたくしたちのパッカー車や手作業を『時代遅れの野蛮な土方仕事』だと嘲笑い……あまつさえ、通常の十分の一というあり得ない破格の予算で、案件を強引に奪い取っていきましたわ!」
「……十分の一の予算、だと?」
一郎の目が、スゥッと氷のように冷たく、鋭く細められた。
自分たちの仕事(重機)をバカにされたことに対して怒っているのではない。
「おい、セリアさん。いくら魔法が便利だからって、そんな破格の予算で巨大魔城の解体なんて、安全対策費すら出ねぇはずだぞ」
「ええ……! 聞くところによれば、彼らは『魔法の盾があるから防護服は不要』『労働者の休憩時間もコストの無駄』と称して、安全装備を完全にカットしているそうです!」
その報告を聞いた瞬間、一郎の背中から立ち上る「本気の覇気」に、周囲の空気がピーンと凍りついた。
「……なるほどな。最新の魔法理論だか何だか知らねぇが、安全基準を削って部下や市民の命を危険に晒すとはな」
一郎は、腰のベルトから愛用の神器「解体用聖杖」を静かに引き抜いた。
「現場の安全を舐めきった、最悪のブラック企業(同業者)じゃねぇか。そういうマナーの悪い連中が幅を利かせると、業界全体のモラルが崩れるんだよ」
一郎はバールを肩に担ぎ、冷酷な宣告を下した。
「ダンジョンの不適切な処理は、瘴気やアンデッドのアウトブレイクを引き起こす。エリート騎士団の手抜き工事のせいで、大規模な崩落や有毒ガスが起きれば、隣領の話じゃ済まされねぇ。風に乗って王都に瘴気が流れ込んでくれば、うちの可愛い部下の命や、せっかく建てた『芝崎湯』まで被害を受ける。……俺の定時後の風呂を脅かす奴は、絶対に許さねぇ」
「よし、お前ら。ちょっと隣領まで出張(現場視察)に行くぞ。インテリ気取りのブラック企業に、プロの現場の『安全指導』を叩き込んでやる」
最強のおっさん清掃員と白銀のパッカー車による、新たなる「分別処理」の標的がロックオンされた。インフラを軽視するエリートたちを絶望の底へと叩き落とす第七章の幕が、今、痛快なエンジン音と共に上がり始めた!




