第019話:凱旋と、大賢者の残業代請求
1.キャンピングカーの甘い事後と、彼シャツの破壊力
ダンジョン最下層――かつて生態系の崩壊とメルトダウンの危機に瀕していた絶望の空間は、今や純度の高い清浄な魔力が満ちる神秘の領域へと新生していた。
第二形態へと大規模進化を遂げたパッカー車のキャビン内部は、四次元拡張によって豪華なキャンピングカーのような広大な生活空間へと変貌していた。
「ふぅ……サッパリした。やっぱり一仕事終えた後のシャワーは最高だな」
出発前、簡易シャワースペースから出てきた芝崎一郎は、備え付けのタオルでガシガシと濡れた髪を拭きながら、満足げに息を吐き出した。
若返った三十歳の肉体は過酷な労働の疲労を一切感じさせていないが、精神的にはすっかり「定時後のオッサン」のくつろぎモードである。
一方、キャンピングカーのベッドスペースでは、一郎より先にシャワーを浴びていた第一助手の特級聖女リリィが、顔を真っ赤にしてモジモジと身をよじらせていた。
彼女が身に纏っているのは、たった一枚の布地。一郎が貸し与えた「男物の大きなシャツ」だけである。
小柄なリリィが着ると、シャツの裾は彼女の太ももの半ばまでをすっぽりと覆い隠していた。だが、その下には何も穿いていない。動くたびに、白く滑らかな素肌と、微かに覗く内もものラインが危うい魅力を放っている。いわゆる『彼シャツ』という、男の理性を試す究極の破廉恥衣装であった。
「(あ、あああ……っ! 一郎様のお召し物を直に肌に纏うだなんて……! 布地から、大賢者様の逞しい匂いと、大人の男のフェロモンがプンプンと漂ってきて、頭がどうにかなってしまいそうです……っ!)」
リリィの下腹部がキュンと熱く疼き、股の奥が甘く濡れるのを感じる。
シャワーのお湯の勢いが思いのほか強く、全身を激しく打たれたせいで、彼女の身体は芯から火照りきっていた。
「よし、それじゃあ王都へ帰るぞ。相棒、エンジン始動だ」
一郎が運転席に座りアクセルを踏み込むと、パッカー車は「超油圧プレスブースト」の重低音を響かせ、地上へ向けて猛烈なスピードで駆け上がり始めた。新たに搭載された「神聖オートクルーズ(自動運転機能)」により、完璧なルート取りで悪路を走破していく。
「おっ、サイズ合わなくて悪かったな、リリィ。だが、もうすぐ王都に着く。着替えるのは到着するまで我慢してくれ。風邪ひくなよ」
一郎は、三十歳の男盛りの色気を無自覚に垂れ流しながら、極めてドライなオッサン的気遣いの声をかけた。
「ひゃんっ! ほ、本当にこのままで……? でも一郎様、今は『神聖オートクルーズ(自動運転)』でお車が進んでおりますから、四次元収納を開けてお着替えを出していただいても……」
「馬鹿野郎」
一郎の、ドスの効いた現場監督の声がキャビンに響いた。 リリィがビクッと肩を震わせる。
「自動運転だからって、ダッシュボード(四次元収納)をゴソゴソ漁って、よそ見していいわけがねぇだろ。機械を過信した時が、一番現場で重大事故(労災)が起きるんだ。どんなに便利な機能がついていようが、運転席を握っている以上は、前を向いて『安全確認』を怠らない。それがプロのドライバーってもんだ」
「は、はいぃぃっ! わ、私、このままで十分、いえ、一生このままでも……っ!」
一切の妥協を許さないプロの安全意識に論破され、シャツの裾をギュッと握りしめ、上目遣いで一郎を見つめるリリィ。湯上がりの艶っぽい匂いと、無防備すぎるその姿は、大人の男の理性を限界まで揺さぶる、恐ろしいほどの扇情力を放っていた。
「よし、そろそろ地上が見えてくるぞ。シートベルト締めとけよ」
一郎がステアリングを握り直したその時、フロントガラスの向こうに、ダンジョンの出口と王都の巨大な防壁が見えてきた。
2.王都凱旋と、定時退社を阻む野次馬
王都の門前は、異様な空気に包まれていた。
ダンジョンの底から噴出しかけていた瘴気が浄化の光に変わり、空が澄み渡ったことで、ギルド受付嬢のセリアが「特級審問官様が王都を救った!」と大演説をぶち上げたのだ。
その結果、王都中から数万もの群衆が押し寄せ、門前は完全なお祭り騒ぎとなっていた。
『ズガァァァァァンッ!!』
ダンジョンの出口から、白銀のパッカー車が姿を現す。
「おおおおおっ!! 見よ、あの神々しい鉄の御車を!」
「我らが救世主の凱旋だ! インフラの守護者様、万歳!!」
群衆が狂喜乱舞し、歓声が地響きとなって押し寄せる。王都の住民たちが、パッカー車の進行方向を完全に塞ぐようにして、ひれ伏し、花吹雪を撒き散らしていた。
だが、運転席の一郎の顔は、救世主のヒロイックな表情などでは全くなかった。
彼は、露骨に眉間へシワを寄せ、チッ、と深くて重い舌打ちを漏らした。
「……おいおい、なんだこの野次馬の山は。現場検証か? どこの世界にも、事故や工事現場に群がる野次馬ってのは湧いてきやがるな」
一郎にとって、ここは「仕事を終えて帰る道」である。
「こんなに道塞がれたら、車が通れねぇだろ。これじゃ定時に上がれねぇよ。俺は早くマイホームに帰って、デカい風呂に入りたいんだわ」
一郎はイライラした様子で、迷うことなくパッカー車のクラクションを強く叩いた。
『ピーーーッ、ピーーーッ、ピーーーッ……!』
最強の重機から放たれたのは、威嚇の警笛ではない。この世界において、邪悪を祓う神聖な鎮魂の鈴の音と勘違いされている、あの規則正しいバックブザー音だった。
「おお……! なんという厳かな響き!」
「自らの偉業を誇ることもなく、ただ『道を空けよ』と静かに告げておられる……! 一切の驕りがない、これぞ真の救世主の風格!」
一郎の「定時退社を邪魔するな」というただの不機嫌な態度は、群衆の目には「名声に全く興味を持たない、至高の大賢者の余裕」として映り、彼らの熱狂と崇拝をさらに加速させる結果となった。
3.白日の下の修羅場(キャットファイト勃発)
パッカー車が群衆をかき分け、冒険者ギルドの前でようやく停車した。
その瞬間、最前列で待ち構えていたセリアが、ギルドの制服の胸元をはち切れんばかりに揺らしながら、歓喜の涙を浮かべて駆け寄ってきた。
「一郎さまぁっ!! お帰りなさいませ! わたくし、一郎さまの『正妻』として、この王都の留守を立派にお守りいたしましたわ!」
セリアは、群衆の前で自身の立場を誇示するように、運転席のドアの前に陣取った。
ガチャリ、とドアが開き、作業服に身を包んだ一郎が軽やかに地面に降り立つ。
「おう、セリアさん。ご苦労だったな。おかげで大掛かりな修繕工事も無事に完了したぜ」
「ああ、一郎さま……! その逞しいお背中、今夜こそわたくしが、翠明閣の特別室で、朝までみっちりと癒やして差し上げますわ……!」
セリアが一郎の腕にねっとりと絡みつこうとした、まさにその時。
「い、一郎様ぁ……」
パッカー車のキャビンの奥から、甘く、そしてどこか気怠げな声が響いた。
群衆とセリアの視線が、開かれたドアの奥へと注がれる。
そこからフラフラと降りてきたのは、シャワー上がりで艶やかな濡れ髪を揺らし、一郎の大きなシャツを一枚だけ羽織った、特級聖女リリィであった。
そのシャツの裾からは、白く滑らかな太ももが惜しげもなく露わになっており、下には何も穿いていないことが誰の目にも明らかだった。さらに、彼女の全身からは、風呂上がりの石鹸の匂いと、大人の男(一郎)の匂いが混ざり合った、強烈にエロティックな香りが漂っていた。
「ふぁぁ……。一郎様……昨夜は、その……(お風呂のシャワーの水圧が)激しすぎましたぁ……。私、腰が抜けそうで、もう、立っていられません……っ」
リリィは潤んだ瞳で一郎を見つめ、わざとらしく、しかし本当に腰を砕くようにして、一郎の胸の中へとこてんと倒れ込んだ。
「「「…………!!?」」」
群衆が、息を呑む音。
神聖なる特級聖女が、救世主の男物のシャツを一枚羽織っただけの姿で、「激しすぎて腰が抜けた」と大群衆の前で告白したのだ。それが意味することは、一つしかない。
「なっ……!? ず、ズルいっ!!」
沈黙を破ったのは、セリアの絶叫だった。
「私というものがありながら、ダンジョンの底で、完全に既成事実を作ってきたというの!? し、しかも、その破廉恥な『彼シャツ』姿はなによ! 泥棒猫っ!!」
「泥棒猫はあなたです! 私は一郎様の第一助手として、ダンジョンの底で、身も心も、一郎様と『深く、激しく』交わり合ったのですからっ!」
昼下がりの王都のど真ん中、大群衆の面前で、二人の美しいヒロインによる、おっさん清掃員を巡る「正妻戦争」が堂々と勃発した。
「(ははは。お前ら、本当に仲がいいな。凱旋の出迎えの余興にしちゃ、気合が入ってるぜ)」
一郎は、女たちの壮絶なマウント合戦を「仕事仲間のじゃれ合い」だと相変わらずのズレた解釈で受け止め、暢気に頭を掻いていた。
4.ギルドのパンクと王族の平伏
「と、特級審問官様ぁぁぁっ!!」
修羅場を割って入るように、白髭のギルドマスターが、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら一郎の足元に滑り込んできた。
「よくぞ、よくぞ王都をお救いくださいました! しかし、大変申し訳ございません……!」
マスターは地に頭を擦りつけ、絶望的な声を上げた。
「先ほど、パッカー車の排出口から出たという『報酬』の査定をさせていただきましたが……あのダンジョンコアの純結晶と、数百トンの超高純度魔石……! 我々ギルドの全財産、いや、大陸中のギルドの金庫をかき集めても、あのコアの欠片一つすら買い取ることは不可能です……!」
「資源が換金できず待ち状態になる」という、リアルな経済ロジック。
普通ならば「せっかくの莫大な報酬がお預けか?」と肩を落とし、フラストレーションを感じる場面だが、一郎の痛快なビジネスはここで終わらない。
「待たれよ!! その魔石、我が国がすべて引き受けよう!!」
群衆がモーゼの十戒のように割れ、そこから王家の紋章を掲げた豪華絢爛な馬車が猛スピードで突っ込んできた。
馬車から転がり出るようにして飛び出してきたのは、豪華な王冠を被ったこの国の国王と、宰相たちだった。彼らは王の威厳などかなぐり捨て、一直線に一郎の前へと走り寄り、ギルドマスターの横で勢いよく土下座をした。
「生ける神の御使い様! 我が王都を滅びの危機から救っていただいたこと、王家を代表して深く、深く感謝申し上げる!」
国王の土下座に、群衆が「おおおっ!」とどよめく。
「そして、あの『ダンジョンコアの純結晶』! あれがあれば、我が国の結界は半永久的に維持され、諸外国に後れを取ることはない! 国庫の半分……いや、王家の個人資産をすべて差し出すゆえ、どうか、どうかその魔石を我が国に譲っていただきたい!」
5.おっさん清掃員のビジネス特権要求(究極のざまぁ)
一国の王が、ただの清掃員に平伏し、国庫の半分を差し出すと懇願する。
並の冒険者であれば、恐れ多くて気絶するか、歓喜して金貨の山に飛びつくだろう。
だが、一郎の表情は、百戦練磨の「現場監督」の冷徹なビジネススマイルへと変わっていた。
「……王様。あんたの気持ちはありがたいが、金ならもう十分あるから、現金はいらねぇよ」
一郎は、愛用の『解体用聖杖』を肩に担ぎ、王を見下ろした。
「なっ……! で、では、何を望まれるというのだ! 王女との婚姻か!? 領地か!?」
「そんなもん貰っても、面倒なだけだ。俺はただ、俺の事業所で、定時で帰ってデカい風呂に入る、スローライフが送りたいだけなんだよ。だから、現金の代わりに『ビジネスの条件』を飲んでもらう」
一郎は人差し指を立て、チート級のビジネス特権(既得権益)を突きつけた。
「第一に、俺のマイホーム周辺の広大な土地の完全な所有権と、そこを不可侵の『芝崎清掃・王都支部』として認めること。
第二に、俺の事業所が稼ぐ利益に対する、今後一切の『税金・関税の完全免除(非課税特権)』。
そして第三に……王都および周辺の『すべてのインフラ工事と廃棄物処理の独占受注権』。これからの現場仕事は、相見積もりなしで、全部うちの言い値で発注してもらうぞ」
「「「…………っ!!」」」
国王と宰相は、その恐るべき条件に息を呑んだ。
それは実質的に、王国の経済とインフラの根幹を、この男一人が完全に支配することを意味する。だが、コアのメルトダウンをたった一台の重機で防いでみせたこの男の力は、もはや国家権力を遥かに凌駕しているのだ。
「……し、承知いたしました! そのすべての特権を、永遠に『芝崎清掃』にお約束いたします!」
国王が血を吐くような覚悟で承諾した瞬間、事情をよく分かっていない群衆たちから、割れんばかりの大歓声が上がった。
「おおっ! 救世主様が、我々の街のインフラを永遠に守ってくださるぞ!」
「バンザイ! 芝崎清掃、バンザイ!!」
「(よしっ! これで税金対策もバッチリ、面倒な相見積もりもなしの完全独占企業だ! 経費ゼロの利益率100%に、非課税特権までついたら、俺の定時退社スローライフは永遠に安泰だぜ!)」
一郎は心の中でガッツポーズを決め、これこそが最高の「残業代請求」だとほくそ笑んだ。
国家の経済を人質に取り、誰も逆らえないアンタッチャブルな存在へと成り上がったおっさん清掃員。
彼の両腕には、いまだに「私が正妻です!」「いいえ、わたくしです!」とキャットファイトを続ける、彼シャツ姿のリリィと豊満なセリアが抱き着いている。
「よっしゃ、今日の業務はこれにて完全終了! 帰って、あの極上のコアの欠片で作った、マイホームのでっかい風呂に入るぞ!」
「「はいっ、一郎さま(様)!!」」
圧倒的な重機の暴力と、ブルーカラーのブレないお仕事ロジック。
最強のパッカー車による、世界を巻き込んだ痛快無比なインフラ再生ビジネスは、莫大な富と権力を手に入れ、さらなる高み(スローライフ)へと爆走を続けていくのであった。
6.幕間:王城の密談と、第二王女の影
群衆の熱狂が冷めやらぬ王都の夜。
王城の奥深く、重厚な扉に閉ざされた執務室で、昼間に一郎の前で平伏した国王と宰相が、青ざめた顔で向かい合っていた。
「……やりすぎた。あの男の要求をすべて丸呑みした結果、我が国のインフラと経済の急所を、たった一人の人間に完全に握られてしまった」
国王が、頭を抱えながら呻く。
「しかし陛下。あの場で断れば、あの男は特大魔石を他国へ売り払い、我が国は結界を維持できず滅んでいたでしょう。あの芝崎一郎という男……ただの清掃員を名乗っておりますが、その実、国家の経済を盤石の交渉術で支配する、恐るべき怪物です」
宰相は、冷や汗を拭いながらも、鋭い策士の目を光らせた。
富と権力が一人の男に集中しすぎている。このままでは、王国は「芝崎清掃」の完全な下請け機関へと成り下がってしまう。
「彼を国家の監視下に置き、手綱を握るための『大義名分』が必要です。第二王女エレノア様を、王家直属の『インフラ共同事業の特任監査役』として、あの男の元へ送り込むのです」
宰相の冷徹な提案に、国王は弾かれたように顔を上げた。
「なっ……! 愛娘にあの怪物のスパイを、あまつさえ下賤な『現場仕事』に身を投じろと言うのか!?」
「『正妻』の座をギルドの女や田舎娘に奪われる前に、王家の血を送り込むのです。エレノア様の美貌と誇りがあれば、必ずやあの男を骨抜きにし、籠絡できるはずです」
深淵の底で世界を救い、王都の経済を完全に掌握したおっさん清掃員。
彼を巡る女たちの正妻戦争は、ついに国家権力と王女を巻き込んだ、新たな波乱の幕開けを迎えようとしていた。




