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異界古書店『お伽堂』の異常な日常  作者: ながる
6章 旅は道連れ世は情け

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第42話 分かれ道

 ツッコミを入れる前にオマエは歩き出し、そのまま闇に溶けてしまった。

 ビールを飲まずに帰るなんて、他に美味しいものを食べる予定でもあったのだろうか。発泡酒はやっぱりイマイチなのかもしれない。

 ひとりで家に帰り、ひとりの夜を過ごす。本社に戻るのをなぜか迷ってた気もするけど、なんでだろう?

 ()()()()()()()に疑問を挟む余地はなく、いつもの朝を迎えた俺は、課長に異動を承諾する旨を伝えた。


 *


 ゴールデンウィーク明けからの新生活に向けて、バタバタと家の片付けを始める。

 それほど物が多いわけではないけれど、一年も経てばこまごましたものが増えているものだ。

 捨てるものと、リサイクルショップに持って行くものの目星をつけて、大家さんにも話を通す。ここは会社の借り上げだから、すんなりと話は進んでいった。


「そうかい。戻れることになってよかったなぁ。『お伽堂』さんはまたバイトを探さないとだな」


 お伽堂の入り口には、俺がバイト中も募集の張り紙は貼ってあった。俺のいるときに来た人はいなかったけれど。

 ふと、そうだ。バイトをしてたよな、と()()()()()。お伽堂の方へも挨拶に行かないと。


「大家さんは俺のバイト、どこで知ったんです? 毎日行っていたわけでもないし……」

「ああ。あそこの店主とは幼馴染というか。仲が良かったわけでもないんだが、昔から知ってるんだ。うちで部屋貸してるってわかって、ちょっと世間話をしたから。顔には出さないかもだが、寂しがるだろうな。急な転勤で忙しいだろうが、挨拶していってやってくれ」

「……はい」


 雑誌や古本をダンボールに突っ込んで、暇を見て持って行くことにする。

 神社には世話になったし、最後もきちんと挨拶しないとな。寺は……うん。まあ、いいか。

 莉音ちゃんの連絡先を消すべきか迷って、それも本人に確認しようと頭の中でチェックをつけた。

 何気なくスクロールした一覧の中に仲の良かった同期の名前を見つけて、帰れそうだとメッセージを入れる。その時は「飲もうぜ!」という話で終わったのだけれど、夜になってまた通知が入った。


『小耳に挟んだんだけどさ、お前の受け持ち引き継いだヤツ、辞めたらしい』

『報連相がいいかげんで、口先だけ調子いいやつだな~とは思ってたんだけど、ダブルブッキングや連絡不備が相次いで……終いには会社にも来なくなったとか』

『お前、上司の電話に誰か出たって言ってたよな?』

『呼び戻されるってことは……って、ちょっと思っちゃうな』


 同じ部署に戻るわけではないし、真相はわからないけれど。なんとなくの想像はついて、今回の話も納得はいく。

 「今度は体調管理も気をつけるよ」そう返して、なんとなく右手の小指の付け根に視線を落とした。


 あれから、オマエは家に来ていない。街中で姿を見ることもなくなっていた。

 いや。もしかしたら、見てはいるのかも。

 俺が()()()()()()()()だけで……


 会社でも家でも慌ただしく過ごし、一息つくのに冷蔵庫を開ける。ビールの在庫が切れていてコンビニに向かった。

 四缶カゴに入れて、あれ? と思う。一人分には少し多い。しばし考えて、オマエがよく来てたんだったと気づく。

 そう。毎日のように来てたじゃないか……と。


 *


 連休に入ってから神社に行った。

 莉音ちゃんは巫女姿で境内を掃き掃除していた。こちらに気付くと、一瞬誰かの姿を探してから近づいてくる。


「お一人ですか? 珍しいですね」

「珍しい? うん……実は転勤になって」

「え!?」

「休み明けたら本社に戻るんだ」

「え~。おめでたいんでしょうけど、オマエさんにますます会えなくなるじゃないですかぁ!」


 ああ。そうだった。莉音ちゃんはオマエのファンだった。


「意外とあちこちフラフラしてるから、見かけたら声かけるといいよ」

「……オマエさんひとりだと、なんだか近づき難いんですよね~。そうか~。都会の新しい流行りものとか、教えてくださいね」

「……連絡先、そのままでいいの?」

「え? いいですよ。卒業旅行でそっちに行くときに色々教えてもらいますから! クマちゃんはどうするんです?」


 テディなぁ……

 少し、思考の外に追い出していたから、答えに詰まる。

 言われればそうだと思い出せる。でも、遠い子供の頃の思い出のように不鮮明だ。

 時間と共にとても大事なことを忘れかけている気がして、このままではいけないのではないかと、自分にも言い聞かせるように言葉にした。


「どうしようかな。これから『お伽堂』にも挨拶に行くから、その時考えるよ。まだ祈祷が必要なら、置いていかないとだし」

「そうかぁ。体に気をつけて、頑張ってくださいね!」

「うん。ありがとう。莉音ちゃんも受験頑張って」

「う。そぉですね。がんばります……」


 家業があるから、それほど困りはしないのだろうけど、ここ以外の場所も見れるなら見た方がいいだろう。

 拝殿にきちんと手を合わせてから、莉音ちゃんに笑って手を振った。




 一度家に戻ってから、ダンボール箱を抱えて『お伽堂』へと向かう。

 ここに来てもオマエの姿はなくて、あの夜オマエが何を食べたのか、気づいていたのに目を逸らしていたことを自覚した。

 あなたに執着はありません、と突きつけられるのが嫌だったのだ。


 テディはすっかり普通のぬいぐるみの顔をしてカウンターの上に座っている。

 店主が鼻眼鏡の奥から上目遣いでこちらを見て、ふっと笑った。


「買い取りかい?」

「はい。値段はつかなくてもいいんですけど。あと、挨拶が遅れてしまってすみません」


 どこからか聞き及んでいるだろうとそう言うと、店主はひとつ頷いた。


「構わねぇよ。挨拶に来るとも思ってなかった」


 カウンターの上に置いたダンボールを開け、ひとつひとつ本を取り出して吟味する。


「餞別も含めて千円ってとこかな」

「ありがとうございます。あの……」


 もう一度上目遣いでこちらを見る店主の目に少しだけ怯む。千円を受け取ってそのまま店を出ようか。そうした方がいいんじゃないかと何かが囁く。

 それでも、『「別れましょう」と言われて、引き止めもしない』そう言ったオマエの声を思い出せた。これは、そういう話ではないけれど、根は同じだろう。


「オマエ、いませんか」


 気持ちとは裏腹に、だいぶ掠れた声になった。

 店主は答えぬまま、しばし俺を睨みつけるように見ていた。


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