第087話 『安全な謎の地下迷宮?』
「え、何がダメだったの?みんな楽しそうに聴いてたよ」
その夜の食後、コーヒーを飲みながらの『反省会』
予備知識なくあの歌を聞いたら納得できる話になっているのだろうか?いやいや、あれは無茶だ、『んなアホな』だ。
もうただアレはカノンの歌唱力と演奏力のみで周囲を魅了したようなものだ。もしかするとそういう『魅了の魔法』のようなものを無自覚に発動させてしまう家系なのかもしれない。
「そうですね、皆さん楽しんでました。それが一番かもしれませんね」
結弦がそう言うとカノンはニコっと笑い、コーヒーに口をつけて顔をしかめる。
「うっ…やっぱりこの味には慣れないや」
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翌日。月陰の日。
あんなに賑やかだった表の通りも市場にも誰もいない。カノンが演奏をしたあの広場も無人だ。まさしくゴーストタウンという言葉が相応しい。
母は出立前に言っていた、『4日に1日は人が誰も出てこない日があるわよ、あの月のせいでね』と。
結弦も初めてこの景色を見たときは戦慄したものだったが、それも4度目ともなるともう慣れた。
かと言ってあまり堂々と表を歩くわけにもいかず、苦肉の策としてローブの様なモノを羽織って顔を隠し、少し背を曲げてコソコソ教会へ向かう。
そしていつも通り、眠る父に面会。
「父さん、昨日は久々に笑ったよ。いや、笑っちゃダメだったんだけどね」
少しこの日常に退屈していた結弦にとって『カノン』の来訪はいい刺激になったようで、父への報告の内容も長く楽しげなものになっていた。
「父さん、僕ちょっとやりたい事を見つけちゃった。上手くいくかどうかはわからないけどやってみるよ」
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翌日。月出の日。
「おっはよー、ユヅル」
「おはようございます、カノン」
と、そこで気付く。カノンと朝の挨拶するの初めてだ。結弦の手元には今まさに淹れようとするコーヒーの用意が。ただし一人分。
「コーヒー、飲みますか?」
一昨日も顔をしかめて飲んでいたコーヒーだ、もう要らないかとも思ったのだが
「え、あ〜…うん、貰ってもいいかな?」
追加のお湯を沸かし、その間にもう一人分のコーヒー豆を砕く。そしてあたりに漂う香ばしいコーヒーの香り。朝ごはんは無発酵のパンに鶏肉の塩焼きと青菜を挟んだ、まあサンドイッチだ。
「ああ、匂いだけは相変わらずイイ香りだねぇ」
じゃあ飲まなきゃいいのに、なんて無粋な事は言わず、結弦はコーヒーもサンドイッチも2人分用意する。
「ではいただきましょうか」
と言って手を合わせる結弦。
「うん、いただきます。ってあれ?ボクはユヅルに対しての『いただきます』だけど、ユヅルは誰に対して『いただく』の?」
ん、食材に対しての『いただく』という感謝の概念はないのか?コーヒーに口をつけながら結弦は説明をする。
「その鶏肉も私たちに食べられる為にその命を散らせてます。青菜も。そしてパンに使われている小麦だって次世代に繋ぐ『種』を粉にしていただいてます。それに対する『感謝』ですよ」
とカノンは突然、二階の自分の部屋へ駆け上がるとノートとペンを取って戻り、再びテーブルにつくとペンを走らせ何やら書き綴る。
「…これはね…ボクが…人の『言葉』を聞いて…心動かされた時に…それを忘れない様に…書いているんだ…よ、っと」
曰く、自分の心が動かされた『言葉』ならば少なからず人の心も動かすだろう、とのことだ。
「『大地に感謝を』ってトコかな?ユヅルのその考え方、いいね。素敵だ」
そう言うとカノンはコーヒーに口をつけて『うげっ』とまたもや顔をしかめ、黒糖を入れてティースプーンでグルグル混ぜる。
「僕の考え方というワケではありませんよ。母にそう言われて育ってきました」
食事前に手を合わせて『いただきます』と言わなければ絶対に食べさせてもらえないし、食後にも手を合わせて『ごちそうさまでした』と言わなければ絶対に席を立つ事は許されない。真島家はそんな家庭だった。
「ふ〜ん。ご両親は旅に出てるんだっけ?」
カノンならば話しても別に問題ないだろう、そう判断した結弦は遥や永遠の事は伏せ、父が教会の保護のもと眠りについている事、そしてその父を目覚めさせる為に母と姉が旅に出た話をカノンに話した。
「へー!それだけでもう『物語』みたいだね!ってゴメン、勝手に盛り上がっちゃったけどユヅルのお父さん、ちゃんと目を覚ますんだよね?」
「大丈夫ですよ。母に不可能はありません」
その結弦の自信満々な表情と言葉にカノンもニコリと笑う。
こうして始まる今日という1日。結弦はいつも通り教会の父の元へ、カノンはあちこちで雑談しながら物語を集めたり、午後からは広場で歌ったり。
だがその日、イミグラの街は新しいニュースで話題が持ちきりだった。結弦がそれを知ったのは父の元を後にして市場で買い物をしている時だった。
「らっしゃい、ぼっちゃん!そういやぼっちゃん『教会』の方へは行きなさったかい?」
行ったも何も教会の帰りだ。だが商店主から話を振られた理由がわからない。
「今しがたまで教会にはいましたが…何かあったのでしょうか?」
すると商店主はニンマリと笑い
「じゃあ仕事斡旋の貼り出しは見てらっしゃらないようだね。この街から北へ馬車で1日ほど行ったとこに廃墟になった街があんですが、そこで広大な地下迷宮が発見されたようで挑戦者を募集しているみたいですぜ」
こんなファンタジーな世界に相応しい『謎の地下迷宮』ちょっと興味の湧いた結弦はまたしても商店主へ『また後で来ますね』と言って教会へ戻る。今度はいつもの裏口とは違い正面入り口から教会へ入り、建物中程にある『仕事斡旋』の掲示板へ。
『挑戦者求ム!カブールにて発見された謎の地下迷宮。制限内で踏破した者には賞金100万d』
詳細欄には『魔獣の出ない安全な謎の地下迷宮。入場無料、制限時間は日の出から日没まで。友達同士、家族連れもOK』と書かれてある。
「安全な…謎の地下迷宮?」
なんだそりゃ?家族連れもアリって事は子供が参加してもいいって事だ。そんなのってあるのだろうか?なんだか『無料サンプル配付中』と銘打つ健康食品販売業者くらい、人寄せっぽい胡散臭さを感じる。
だが街の話はそれで持ちきりのようで、気の早い人達は朝一番にこれを見るや否や準備して、もう出発したらしい。
買い物を済ませて広場へ行くと、いつも通りカノンが歌っていた。歌はあの例の魔曲ではない、普通の歌だ。元J-popのカノン・アレンジだが。
「皆さん、ありがとう。今日はお終いです」
カノンがそう言って終わりを告げ、しばらくもすると広場はいつもの様子を取り戻す。
「やあユヅル。またちょっと散歩しない?」
そう言うカノン、少しいつもより元気がない。だが結弦には心当たりがあった。
「そうですね。夕食の準備にはまだ早いですし」
そして二人は前にも行った小高い丘の公園へ赴く。
まあ言わずもがなですが、その迷宮は静と永遠が作ったカブールの迷宮です。




