第086話 『混ぜるな危険(塩素系)』
『新たなる命を宿せし妻は男に…』
歌いだすカノン。ちょっと中二病変換が酷いのだが、要約するとこうだ。
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『ある森に住む夫婦がいた。妻は孕り、となりの領地に立つ塔に生える「ラプンツェル」の葉を食べたくて仕方がなくなってしまう。
食が細り、今にも死にそうな妻が言う
「あなた…ラプンツェルを食べられなければ私、死んでしまうわ」
そう懇願された夫は、密かに塔に忍び込みラプンツェルの葉を摘むのだった。
しかしそれを塔に住む仮面の男「怪人」に見つかってしまう』
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おっと、魔女が怪人になってしまっているぞ。だが結弦はまだ笑わない、我慢だ。周りは皆真剣に聴いているのだ。
歌はまだ続く。
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『怪人は男に言う。
「事情はわかった。好きなだけ持って行くがいい。だがもし娘が生まれたらならば私に寄越すのだ」
やがて男の妻は女の子を生む。しかしその娘は4歳の誕生日を迎えたその日、怪人に連れ去られてしまう。
そして女の子は「ジュリエット」と名付けられて塔の上に閉じ込められ、怪人に『歌』を教えられる日々を送るのだった』
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まさかの『ラプンツェル』が『ジュリエット』に誤変換。しかも怪人に歌を教わったのはクリスティーヌだったはずだろ?
もはや『中二病魔変換』だ。
だが結弦は笑わない。笑えない、となりで聴いている老婆は祈る様な仕草で真剣に聴いているのだ。
ある意味『拷問』のようなカノンの歌はまだまだ続く。
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『ジュリエットが塔の上で歌い続けること十余年、その歌声にずっと惹かれ続ける男がいた。隣の領地の男・ラウル。
ラウルは怪人の主催する晩餐会で歌うジュリエットの姿を見て、その惹かれ続けた歌声の持ち主の正体を、そしてその彼女が塔に囚われているという事を知る。
ラウルは塔へ赴き、ジュリエットの髪をロープ替わりに夜な夜な彼女の部屋へ忍び込み、逢瀬を重ねた。
だがその事はすぐに怪人にバレてしまう。
「ならば塔を出て行け!」
そう言われてしまったジュリエット。だがその時、歌の師でもある怪人に恐怖しながらも心惹かれている自分がいる事に気がつく。
怪人とラウル、二人の間で心が揺れるジュリエット』
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もう王子なんだか子爵なんだかロミオなんだか何なんだか。ラウル、お前は一体誰なんだ?
思わず吹き出しそうなのを手で口を押さえて堪える結弦。
ダメだ、笑うな結弦、隣の買い物帰りの主婦はハンカチを手に涙を堪えて聴いているのだ。
結弦は俯き、必死で笑いを堪える。それを見た隣の主婦は結弦が泣いているものと勘違いし、ついつられて涙を流し始める。
そんな結弦を嘲笑うかの如く、カノンの呪詛は結弦の意思を無視して耳から脳へと侵食を続ける。
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『怪人は言う
「お前は私の娘だ。結婚したいならばするがいい。だがあいつは駄目だ!あいつは敵だ」
そうなのだ。ラウルは怪人と領地争いをしている敵方の領主の跡取り息子なのだ。
方や敵対する領主の息子、方や『親だ』と言い張る男。自分の想いが叶わぬモノと知ったジュリエット、運命を儚み塔からその身を投げてしまう。
それを知ったラウルは悲しみに暮れ、ジュリエットの元へ旅立たんと自らその命を終える。
そしてジュリエットの両親はこの事に嘆き悲しみ、失意のうちにこの世を去る』
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ちょ、キャストを死なせすぎだよカノン。
確かに『悲劇』だから『人の死』は大事な要素だけどキャストはもっと大切に扱おうよ。もうみんな死んじゃったよ。誰が生き残ってんの?
もはや話が前衛的すぎて、笑いを通り越してむしろこれをどう収めるのか気になりだしてきた。
笑いのピークを乗り越えた結弦の元に『カノン砲』とも言うべきさらなる笑撃が飛来する。
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『一方、ジュリエットの両親の元で育てられた養子の青年は、育ての親の無念を晴らさんと、狼獣人、暴漢猿、飛竜を供に連れ、仮面の男に戦いを挑む。
「ようこそ、どんな言葉も枯れ果てる世界へ!もはや引けないぞ!戯れはこれまでだ!」
怪人はそう言うと仮面を取り、真の姿を見せる。その姿は全身を深い毛に覆われた食人鬼!』
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ダメだ、笑いの第二波が襲い来る!
お前はどこから湧いた、桃太郎。その前に怪人は人前じゃ自分から仮面は取らないし、そもそも戦う理由ってないよね?
しかも仮面を取ったら食人鬼って。そしてその青年のお供、ちょっと強すぎない?
いきなり話が悲劇から英雄譚に変わって結弦の両隣りの主婦と老婆は唖然としている。だが前の方の子供たちは身を乗り出して歌に夢中だ。
演奏の方も英雄譚に相応しく勇ましい曲調になり、広場の空気は俄然盛り上がる。
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『激しい闘いを繰り広げる青年達と食人鬼。刃は折れ、牙も欠け、翼が捥がれようとも果敢に立ち向かう彼ら。
やがて食人鬼は力尽き、塔は崩壊する。思いを遂げた青年達も力を使い果たし、塔の崩壊に巻き込まれその命を散らせる。
そして満月が照らす月の夜。
崩壊した塔に佇む一人の少女の姿。それはジュリエット。
塔から身を投げたジュリエット。だが死んだわけではなかったのだ。塔に戻ったジュリエットだったが、そこにはもう誰もいなかった。
ただそこに遺された怪人の「ハープ」を手に、そして自分の中に遺された「歌」を胸に、ジュリエットは今日も世界の何処かで歌を紡ぎ、彼らに捧げ続ける』
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こうして歌と共にカノンの演奏が終わった。
次の瞬間、一斉に沸き起こる大きな拍手と歓声!
え、何で!?両隣りの主婦も老婆も感動の涙を流して拍手喝采している。え?どこに感動の要素があったの!?思わず結弦は大声で叫ぶ。
「なんでやね〜〜〜ん!」
喝采に紛れたその叫びは特に目立ったワケでもなかったのだが、それを聞いた隣の主婦がそれを新しい『喝采の言葉』とでも思ったのか、結弦と同じ様に叫び出した。
「ナン・デヤネーーーーン!」
そしてそれを皮切りに方々から飛び出す新たな『喝采の言葉』
「「ナン・デヤネーーーン!」」
「「ナンデーヤネーン!!」」
「「ナンデ・ヤネーーーーン!」」
大人も子供も老人も、女性も男性も皆口々に叫ぶ『なんでやねん』
「…なんでやねん」
結弦は静かに首を横に振り、使い慣れない関西弁でポツリと呟く。
聞きなれない言葉で喝采されながらも満面の笑みで手を振って応えるカノン。
「ありがとう、みんなありがとう。今日はこれでお終いです。また聴きに来て下さいねー!」
そしてしばらくすると夕暮れ時の広場はいつもの様子を取り戻し、カノンは結弦の方へ駆けてくる。
「ね、ね、どうだった?」
結弦は少し考えて、言葉を選んで答える。
「僕は…カレーライスも物語もあんまり混ぜてしまわない方がいいと思います」
「へ?」
そんな彼らの上を、カラスが『カァ』と鳴いて飛んでいった。
でも自由軒のカレー、美味しいですよね。




