第060話 『ある意味魔王の復活』
「うわぁ〜!高〜い!そして綺麗〜!」
遥に連れられて展望の良いテラスへ来た静。
そして眼下に見えるのは、今いる建物を中心として作られた街だ。
「この塔は『中央教会』と呼ばれています。今いる先端部は宇宙移民船の一部です」
今、歩いて来た廊下も自動ドアも、SF映画で見たようなものだった。
しかし眼下に広がる街は石造りで、今いる場所とはかなりギャップがある。
「時代はこの地球に人類が誕生して間も無く、産業革命以前あたりに設定してあります」
「設定?」
「はい。人間は産業革命以降、地球を食い潰し侵食し続けたと私のアーカイブには記録されてます。ですので人間が過ぎたる力を持たぬよう私が管理・調整しております」
「それは…一体どうやって?」
「人々は私の存在を『天人』と呼んで崇めています。ですので時折『天啓』と称して言葉を授け、革新の目を摘み、抑制してます」
「遥…貴女、神にでもなったつもりなの?」
静の声に怒気が孕む。
「いいえ。私はA.I.です。もっとも効率の良い、もっとも安全な未来を目指すべく計算し、導き出した答えに沿って人々を管理しております」
人々を管理とは。烏滸がましいにも程のある言葉に、静も言い返す。
「人は停滞することの出来ない生き物よ。そんな事をしても人は前に進むわ」
「では前に進むその足を奪うだけのことです」
無駄だった。いくら天才とはいえ感情的になった静と約20億年分の情報を有したA.I.の遥、言葉でケンカしても勝てるはずもない。
それを察した静は一時的に矛を収める。この塔には彼女の家族もまだ眠っているのだ。遥とケンカしたところで何の得もない。
眠っている家族の事が気になった静は、とりあえずさっきの部屋へ戻った。
まだ3人とも眠っている。
静は愛しそうに結弦の頭を撫でる。
「結弦…大きくなったわね。私の記憶ではまだ1歳だったんだけど。祐樹にそっくりね」
そして結月の髪を撫でる。
「結月…あなたは私の記憶にあるままね。また反抗期なのかしらね、あなたは。ふふっ」
と笑う。
そして祐樹の横に来ると跪き、顔を覗き込んで祐樹の手を取る。
「あなた…やっと、やっとここまで辿り着いたわ。19億年もかかっちゃったけどね」
静は祐樹の手を強く握り、自分の顔に当てる。あたたかい。血管が脈打つのを感じる。間違いなく祐樹はここに生きている。
「永遠、この人達いつまで寝てるのかしら?」
「結弦様と結月様はもうじき目を覚まされます。ですが祐樹様は少し問題がありまして起こすわけにはいきません」
「問題!?祐樹に?」
永遠のその言葉に一気に青ざめる静。
「はい。私は遥の中にあった完璧なゲノムデータからあなた方を再生しました。ですが祐樹様のゲノムデータだけ『死』を記録してありました」
そこまで言われて静はピンと来た。それは静が祐樹のゲノムを採取し、分析していた時にも『もしかしたら』と危惧していた事だ。
「じゃあ…祐樹を起こすと…」
「死にます」
目の前が真っ暗になり、項垂れる静。19億年もかかって到達した結果がまたしても『祐樹の死』だったとは。
「ねえ永遠。祐樹を、彼を生きたまま目覚めさせる方法ってないの?」
まだ、諦めるわけにはいかない。やっとここまでたどり着いたのだ。現に祐樹は静の目の前で生きている。諦められようはずもない。
「あります。ですが…」
感情もないのに言葉を濁す永遠。
「何よ、何なの?言ってよ。私に出来ることなら何でもするわよ!」
消えかけた希望に必死に縋る静。
永遠は器用に逡巡すると、口を開いた。
「貴女に出来る事ではなく私がする事なのです。が、不可能です」
「答えになってないわ。説明して」
「私のこの身体の中に『コア』という、私の本体が存在します。それを一時的に彼の身体に埋め込み一体化する事で、彼の体内から彼のゲノムに含まれる『死』の因子を取り除き、死ぬ事なく目覚めさせる事が可能です」
話だけ聞いていると可能に思えるが、永遠は不可能と言ったのだ。静は永遠に話の続きを即す。
「この作業には、彼の体内へ入るコアが一つ、そしてそこへ書き換える情報を送る別のコアがもう一つ必要となります」
要するに永遠がもう一人必要だという事だ。
「永遠、あなたはあなたと同じ存在って見たことある?」
永遠は静かに首を振り
「いいえ。私は遥の船に拾われてから15億年ほど経ちますが、その間に私と同じ存在に遭遇した事はありません。私はこの惑星の存在する太陽系の範囲と同等の距離に同類がいたらリンクして把握できます。ですが私に同類とリンクした記録はありません」
もはや絶望的な永遠の回答。だが、まだだ。
「永遠。貴方は何者?」
「私は無機生命体です。『永遠』という名前は遥につけてもらいました」
「どこで生まれたの?」
「生まれの場所をこのコアは記憶していません。元々は宇宙を放浪して様々な種族に混ざり、そして情報を収集し母星へ帰るようプログラムされて造られた無機生命体…」
「そこっ!」
突如、大声で叫ぶ静。
「あなた『造られた』のよね!?」
「はい。私は何者かの手によって生産された無機生命体です」
それを聞いた静は遥へ向き直り
「遥。あなたはここの設備を使って地球に生命を蘇らせたのよね?じゃあ何かモノを分析できる機械とか設備って、あるわよね?」
そう言い、薄ら笑いを浮かべた静の瞳は、結弦と結月の母ではなく、そして祐樹の妻でもなく。
約19億年前、独自の研究と概論で世界を震撼させた『Mad scientist Sizz』その人であった。
『神』の如き振る舞いをする遥に烏滸がましいと憤る静ですが、実は彼女自身も『神』を自称した事のある、とんでもない女性です。
その記憶は持ってませんが、本質的にはそういう女性です、静は。




