第020話 『レジャーの王様です』
翌朝。
目覚めると、昨日ほど重くないもののまたしても二日酔いの祐樹。
軽く自己嫌悪しながら今夜は酒を控えようと朝から心に決める祐樹だった。
その昨夜、祐樹はガイルの店でギムと呑んでいたのだが、その時に聞きそびれていた事があったのを思い出した祐樹は、とりあえずギムの店へ向かう事にする。
道中、祐樹達は両手に大荷物を抱えた犬耳の中年女性とすれちがう。
「あらエイ、おはよう」
「はやいな。エイダ。えらい荷物じゃの、仕入れか?」
「そうなのよ〜。あ、ちょうどいいとこで会ったわ、ユーキ。ちょっとコレ持ってよ」
祐樹は強引に袋を渡された。
なんで俺が…と抗議の目線を向ける祐樹に
「なによあなた、エイに持たせる気?」
結局、祐樹は全部持たされた。仕方がないのでエイダの店へ向かう事に。
「あ〜こういう時、男手があると助かるわね〜」
「ギムがおるじゃろ。彼奴にやらせれば良いのではないか?」
「まぁあいつにはあいつの店があるからねぇ」
苦笑まじりに首をコキコキならすエイダ。
「そういう意味ではない。エイダ、おぬし随分と前に亭主と死別したんじゃろ?ルークも儂らと旅立つ。彼奴と一緒になるのに何も問題あるまい」
エイダは一瞬キョトンとし、少し笑いながら
「あはは。朝からする話じゃないわね。それにそんなの今更よ、今更」
祐樹は素直に驚いた。エイには人に寄り付かない、人を寄せ付けない雰囲気があったからだ。意外だった。
「そういやユーキ、今日はどこ行く予定だったの?」
「ちょっとギムに聞きたいことがあって店へ行くつもりだったんだけど」
だが別に聞くのはエイダでもいい、祐樹はエイダに聞いてみる事にした。
「なあエイダ。この街に『釣り道具』って売ってる店、ある?」
「『吊り道具』?何を吊るの?」
「魚を釣ろうかと思ってさ」
「魚を吊るの?どこに?」
なんだか会話の噛み合っていない祐樹とエイダ。
ともあれ3人はエイダの店に到着した。
「あ、その荷物その辺に置いといて。お茶入れるからちょっと待っててね〜」
エイダの店の品揃えは主に食料品、目につくのは乾物と燻製だ。
昨日は生魚を買った祐樹だったが、生肉とかは置いていないのだろうか?と店内を物色する祐樹。
「は〜い。お待ちどうさま」
お茶に口を付ける祐樹。いい香りだ。
「なあエイダ。昨日の魚、あれって誰が獲ったんだ?」
「ん〜、さすがにそこまでは知らないわよ。仕入れたのはスタンからだけどね。多分カンドの漁師が獲ったんじゃないかしら?」
察するに漁師はいるようだ。
「漁師はどうやって魚を獲ってるんだ?」
「そりゃあんた網で獲ってんだろさ。なかには潜って槍で刺すヤツもいるんでしょうけど。昨日のは綺麗な魚だったでしょ?網じゃないかしら」
「『魚を釣る』って聞いてどう思う?」
「どこに吊るの?って思うわね」
少なくともエイダのなかには『魚釣り』という言葉が存在しない事を確認した祐樹は、あとでギムにも聞いてみる事にする。
「しかしこの店は乾物や燻製が多いんだな。生魚や生肉は置かないのか?」
「生魚は滅多に入らないけど生肉はあるわよ。ほらそこの室に」
エイダの指差す先に石を組んだ室があった。
祐樹が中を覗き込むと、あった。
「生肉、売れないのか?」
「そんな事ないわよ。でも加工したほうが手間が掛かってる分、高く売れるじゃない。痛みにくいし。だから表に出してるのよ」
そういうものなのか?祐樹にはピンと来ない話だった。
室の中に手を入れてみる祐樹。結構冷えている。どうやって冷やしてるんだろうか。
「凍結の魔法で冷やしてあるの。だいたい食料品を扱う店主は皆そうしてるわよ」
なるほど。魔法が便利だから文明が中世止まりなのか?と少し斜め上の思考をする祐樹に
「ユーキ、あなた旅人よね?あなたがいつ何処から来て何処へ何しに向かうのかは知らないけど、もう少しこの世界の当たり前の事をエイに聞いて学んでおきなさい。そのままじゃあまりにも怪しいわよ」
と言ってエイを見るエイダ。肩を竦めるエイ。
エイダは祐樹の言動に異質感を感じているようだが、特に何かを問うような気配もない。
「気にならないのか?俺たちの素性」
「まあ旅人なんてみんな何かしら何かを抱えているものよ。話せない事もあるんでしょ?ユーキ達が話せるようになって話したくなったら、またこの街を訪れた時にでも聞かせてね」
こういう、近いところまで来るのに深くまで突っ込んでこないところがエイとも相性がいいのだろうか、エイダは。
何にせよエイダの大人な対応に感謝する祐樹。
「お茶ありがとう。そろそろギムのとこに行ってくるよ」
「そうじゃの。おいとまするぞ、エイダ。茶、ご馳走になった。ギムとの仲人なら引き受けるぞ。いつでも言うてくれ」
「なによそれ。冗談じゃないわよ」
笑いながら祐樹達は店を出た。
---
「ようユーキ。今日も早ぇな。どっか行くのか?」
ギムの店に来た祐樹達。
「いや、ちょっと聞きたいことがあって寄らせてもらったんだ。ギム、『魚釣り』ってわかるか?」
「魚吊り?なんだそりゃ。まじないか何かか?」
世界中を冒険したギムが知らない、と言うことはこの世界には魚を釣るという習慣はない、ということのようだ。
「糸の先に魚のエサをつけて、水の中にいる魚を釣り上げる漁の方法なんだけど、知らないか?」
「う〜ん、聞いたことねぇなぁ。だがそれじゃ漁にしちゃあ効率悪くねぇか?網を打つか雷撃を打ち込むとかしたほうが多く獲れるし早ぇだろ」
そうなのだ。釣りはあくまでもレジャーだ。漁にするにしてはあまりに非効率的すぎる。
祐樹のいた元の世界なら、数を釣る為であったり狙った高価な魚や本命のターゲットをピンポイントで釣る為にも道具が進化していた。
だがこちらでは道具もなく、あくまで食べられる魚が獲れれば何でもいいのだ。 であれば網のほうが絶対的に効率が良い。
だから釣りなんて非効率的な事をする人がいない。ましてや遊びでする人なんていないのだろう。
「なんだ?何か面白ぇ事でも思いついたのか?」
「ああ、ちょっと考えてる事がある」
と祐樹は店の中を物色する。が、目ぼしいモノは見つからない。
「ギム。細くて丈夫な糸とか売ってそうな店ってどこかない?」
「糸?売ってる場所は知らねぇがエイダが肉を縛るのに硬くて細い糸を使ってるぜ?」
それを聞いた祐樹は、暫しの雑談の後ギムに別れを告げ、またエイダの店へ逆戻りする。
---
祐樹はエイダの店へ行き、事情を話すとタコ糸を10mくらい快く分けてくれた。
一旦宿へ戻り、今度は釣り針の事を考える祐樹。
と、エイが口を開く。
「なんじゃ?曲がった針が必要なのか?」
そう言うとテーブルにあったフルーツナイフを手に取るエイ。
するとそのナイフは溶けて銀色の水玉になった。
「大きさは…これくらいでどうじゃ?」
と言ってその玉を千切ると小指の先ほどの大きさの釣り針が出来た。ご丁寧に環付きだ。
残った水玉はエイに溶けていった。
さすがの祐樹もその光景にポカンだ。
「ん?儂は無機物を操作できると言わんかったか?」
「いや知ってたけど。そんな事も出来るんだな」
もはや何でもありのエイ。
「儂からすれば多種多様の有機物を取り込んで身体の一部へ変換するユーキ達のほうが不思議でならんのじゃがな」
そう言われると確かにそうだが。
ともあれ釣り針も手に入れた祐樹。
竿は、森を歩いている時に祐樹は竹のような植物を見た覚えがあった。それで大丈夫だろう。
道具がそろってしまった。
しかもまだお昼前だ。
そうなるとすぐにでも釣りに行きたくなるのは彼がこの人生を楽しんでいる証拠だろうか。
祐樹は心の中で詫びる。
ごめん、静。俺なんだか楽しいよ。君がいないのに。
ちなみにタコを釣るのに使う糸の中には、海中に不法投棄された自転車を釣り上げられるくらい強い物もあります。
ちょっと昔には考えられないくらい、細いのに強力なPEラインという物もあり、釣りの世界も日進月歩に進化しています。




