第019話 『酒宴の夜』
可愛らしい獣人の店員が持ってきた料理は、揚げ物のようなムニエルのような料理になった例の魚だった。
これが祐樹の舌を唸らせた。
本当に美味いモノを食べると言葉が出ない、というのを祐樹は実感する。
そして酒もビールのようでビールではない、フルーティな泡酒でこれがまた魚によく合う。
3人は美味い肴に舌鼓を打ちながらどんどん酒を呑んだ。
久々の居酒屋のような酒宴に祐樹も満悦だ。
ほろ酔いで雑談にも花が咲く。
「そういやぁエイ姐さん、20年くれぇ前なんだが、俺と会った事ねぇか?」
少し酔いが回ったのか、エイをナンパ?するギム。それを
「うむ、人違いじゃな。儂は一度会うた者の顔は絶対に忘れん。じゃが儂がおぬしと会うたのは2日前が初めてじゃ。間違いない」
さっくり斬り落とすエイ。相変わらずの斬れ味だ。
「そうか。同じ目をしたヤツだったんだがなぁ。カブールへ帰るって言ってただろ。知り合いか?あの番人は」
それを聞いたエイは嬉しそうに笑う。
「あっはっはっ!そうかそうか!ギム、おぬしらは到達したんじゃな『魔王の迷宮』の最深部に。どうじゃった?あの男は元気にしておったか?」
どうやらナンパではなかったようだ。祐樹には何の話をしているのかわからないが、そんな話も酒の肴だと酒に口をつけ耳を傾ける。
「元気も何もねぇぜ。おっかねえ番人がいるとは聞いてたけどよ、ありゃ反則だろ。しかもよ『我が主人の眠りを妨げる者達よ、早々に立ち去れ』なんて言われちまってよ。こっちぁフルメンバーでベストコンディション、その上先手を取ったのに一瞬で一蹴だ」
お手上げポーズのギム。
「はっはっは!彼奴らしいの!」
「まああそこは『死なない迷宮』だからな。俺達も苦労の末、10回目の挑戦でようやく最深部まで到達したってのにあの有様だ。周りからは『最強無敵のパーティ』なんておだて上げられてよ。負けた事なんて久しくなかった俺達だったからな。あの負けは衝撃的だったぜ」
「『死なない迷宮』?死なないのか?」
祐樹の口からポロっと出てしまった一言。
「なんでぇユーキ、お前ぇさんカブールのもんだろ?『魔王の迷宮』の事、知らねぇのか?」
「幼い頃に出てきたからな。カブールの事、実はあまり知らないんだ」
祐樹はとっさに誤魔化す。
「あの迷宮はの、死んだり制限時間を超えたりすると迷宮の入り口の裏手に転送されるようになっとるんじゃよ。無傷でな」
「しかもよ、転送された先に『またのご来場お待ちしております』なんて書かれた看板が立ってやがんだ。あれを作った『魔王』って野郎はいい性格してやがるぜ」
エイの説明によると、『魔王の迷宮』への挑戦は特に規制も料金も何もなく、誰でも挑戦できるという。しかも死なない。なので順番待ちが激しく、その為にある程度の生活基盤をカブール近郊に構える必要があるという。
「俺たちも10回挑戦するのに4年かかっちまったからな」
「まあそのおかげであの街も潤っとるようじゃぞ。魔獣の類も減っておるしな」
2人の話をまとめると、冒険者達は『魔王の迷宮』に挑戦する為にカブールを訪れ、その順番を待つ為に街や近郊にに滞在する。
無論、滞在費用も必要なので付近の魔獣を狩ったり教会の仕事を受けて金を稼ぐのだろう。
そしていざ順番が回ってきたら迷宮に挑戦する。
失敗しても生きて戻される為、また順番待ちをして迷宮に挑む。
そうしている間にも新たな冒険者が増え、また同じくらい諦める冒険者達も現れる。
その中には街に住民として残る者もいたり、ギム達のように故郷に帰る者もいるだろう。
この循環でカブールは常に潤っているようだ。
「じゃからあの街では『魔王』の事を悪く言う者もあまりおらぬよな」
「てか『教会』だけじゃねぇのか?『魔王』を敵視してんの。俺なんざ挑戦しといて何だが、ヤツがなんで魔王なんて呼ばれてんのかすら知らねぇぜ」
ガッハッハと笑うギム。祐樹は自身の中の魔王像と現実での在り方に少し拍子抜けする。むしろ『魔王』と冠するより『テーマパーク総支配人』と呼んだほうがいいのじゃないのか?
「ギム。今日もご機嫌だな」
とそこへドワーフの男が合流する。
「おう、ガイル。もう厨房はいいのか?」
「若いのに任せた。問題ない。その2人が言ってた旅人だな。俺はガイル、この店の店主だ」
髭面にエプロンを着けたその姿は、フライパンを奮って料理を作るよりフライパンそのものを作る方が似合いそうな出で立ちだ。
しかしそんな出で立ちとは裏腹に彼の生み出す料理の味は繊細で、祐樹の舌を何度も唸らせたものだった。
「祐樹だ。こっちがエイ。あんたの味最高だ。どれも至高の逸品だった。また寄らせて貰うよ」
祐樹の賛辞にガイルは素直に感謝を表す。そして視線をエイに移したところでガイルは『はっ!?』っと青ざめた顔になり、後ずさる。
「あー、ガイル、違う違う。気持ちはわかるがこの姐さんはあの男じゃねぇ。似てるが別人だ」
その言葉はガイルも『最強無敵のパーティ』の一員であった事を物語っている。
「エイじゃ。我が同胞が世話になったようじゃの。よろしくな」
「あ、いや、すまない。エイさんだな、失礼した」
と言うガイルの目にはまだ怯えの色が残っている。彼は魔王の迷宮最深部でいかな目に遭ったのだろうか。
「すまんな。ヤツは少々加減の知らぬ男でな」
「ガイル、お前ぇももう呑めるんだろ?乾杯しようぜ」
あらためて乾杯する4人。
傍目には3人の中年に誰かの息子が加わったような絵面だが、ギムとガイルからは祐樹を歳下の子供と見下ろすような雰囲気や口調は感じられない。
程良く気さくに、程良く無礼に、そして程良く線引きをして呑むその姿は皆、大人だった。
「ところでユーキよ、この街はいつ出るんだ?」
「一応は次の月出の日に出立する予定なんだけど…どうしたんだ?」
ギムは少し考える様子を見せる。
「実はな、俺達の昔のパーティメンバーの1人が行商人をやってんだが、今この街に来てんだ。ほら前に一度言っただろ?ホーン・ラビットの角(白)の買取依頼が入ってるって。その依頼主だ」
そういえば初めてギムの店を訪れた時にそんな話もしていたな、と祐樹は思い出す。
「そいつが護衛を4人連れて来てんだが、そのうち2人はここまでの契約で、帰りはまた2人探さなきゃならねぇんだ」
そこまで言われると、さすがの祐樹もピンと来た。
「なるほど。その護衛の話を受けないか、って話だな」
「ああ。護衛つっても魔獣除けみてぇなもんだし、ユーキ達ならもし本当に魔獣が出ても敵じゃねぇだろ?ヤツと一緒ならメシには困らねえし寝床もタダ、報酬も出るし馬車移動だ。悪い話じゃねぇだろ?」
正直いい話すぎて逆に警戒してしまうような話だ。
素直に受けてもいいと思う祐樹だが、その時ある事を思い出す。
「あ、ルークもいるぞ。彼は護衛には出来ないし同行出来るのか?」
「ああそれは大丈夫だ。ルークとも旧知の仲だ」
そうだ、その行商人はギムのパーティメンバーなのだ。ルークとも面識があって当然だ。祐樹は目線をエイに向ける。
「儂は2人守るのも10人守るのもそう大差ない。メシに馬車に寝床付き、さらには報酬も出るのじゃ、受けてよいのではないのか?」
「決まりだな。ギム。俺達で良かったら護衛をやらせてくれ」
「おう、そうか。ありがとよ。ヤツには最強の護衛が見つかったって言っとくぜ」
受けておいてから何だが、祐樹は肝心な事を確認していない事に気付く。
「あ、そうだ。護衛って何処までなんだ?」
「たしか『カンド』までって話だぜ」
祐樹は前にエイから聞いていた、船に乗る港街がカンドだった。
「馬車だと6〜7日くらいってとこか」
「ああ、たしか7日だったんじゃねぇか。また詳しく聞いておくが、なんなら明日またこの店に来るか?明日あたりヤツもこの店に来るはずだ」
明日の夕食は鶏料理に決定した。
そんな時だった。テーブルの会話に新たな人物が加わる。
「なんだい、野郎ばっかでテーブル囲んじゃって。っておっと、女性もいたね。ごめんごめん」
犬耳の中年女性だ。
見覚えのあるその姿に祐樹は頭を捻る。どこで見ただろうか?
「なんでぃエイダ、この魚売ったのお前ぇだろ?なんで売った本人が食べに来てんだ?」
「いやそこの兄さんがさ、ガイルの店で料理してもらうって言ってたんだもん。あたしも食べたくてつい来ちゃったんだよ。それにこんなに大きな魚、2人じゃ食べきれないだろ?」
思い出した、食料品店の女将だ。
と同時にギムによく似た思考パターンに祐樹は思わず苦笑する。
「エイダ、お前ぇそれわかっててユーキに売ったのか?ひでぇ奴だな」
「大丈夫さ。余った分は食材として買い取ってくれんだよね、ガイル?」
「ああ。だがギムが持ち込んだ時点でこの展開は想定済みだ。エイダも含めてな」
「さっすがーガイル。料理も上手だしやっぱガイルと結婚しとくべきだったんだよね〜」
とガイルにしなを作るエイダ。
そんな矢先、また新たな料理と酒が運ばれてきた。
湯気をもうもうと上げるその料理は、見た目もさることながら美味そうな匂いを周囲に漂わせ、祐樹は思わず生唾を飲んで皿を凝視する。
「なんでぇガイル、お前がいなくても料理出来てんじゃねぇか。しかも凄ぇ美味そうだぞ!」
「ああ、腕のいい若いのがいる。もう教える事も殆ど無い」
「え、ガイルじゃなくてもこの味出せるの?だったらやっぱ男は若い方が、い・い・わ・よ・ねぇ〜。うふふ」
と言ってエイダは祐樹にわざとらしく色目を使う。
中年女性の程良くデリカシーのない冗談も場末のスナックみたいで祐樹は居心地が良かった。皆、笑っている。
祐樹とエイも軽く自己紹介し、話の輪に加わる。
「そういやエイダ、エイ姐さんを見て何も感じねえか?」
「ん、魔王の番人かい?たしかに同じ目してるけど全然違うじゃない。どうしてさ?」
「いや、ガイルがビビっちまってよ」
「ビビってなんかは…」
その会話から察するにエイダもパーティメンバーだったようだ。せっかくの酒の席だ、そんな冒険譚も面白そうだ。と祐樹はその辺りをギムに聞いてみた。
「まあそんな人に語るほどの昔話でもねぇけどな。俺とガイルとエイダ、あとは例の行商人のスタンと妻のミラ。その5人でパーティを組んで『魔王の迷宮』に挑んでたんだ」
とギムが語ってくれたのは…
街の悪ガキ集団だった5人がパーティを組んだ話。
カブールまでの珍道中。
魔王の迷宮の攻略に費やした日々。
カブールでの日常。
迷宮最深部での敗北。そして帰郷を決め、パーティを解散した話。
彼らが魔王の迷宮で敗北してこの街に戻る事を決めた時、スタンとミラは結婚して行商人になる事を3人に告げてパーティを離れた。
街に戻った3人は微妙な三角関係だったのだが、程なくしてギムの妹が流行病で病死、ギムは妹の忘れ形見・ルークを引き取り、妹がやっていた店と子育てに奔走。
ガイルは旅の経験を生かしてオープンした料理店を軌道に乗せるのに尽力。
エイダはそんな2人の邪魔をせず、この友人関係を一生続けられればと第3の男性と結婚。
だがその男性とも子供を設ける事なく死別し、1人で店を切り盛りしている。
そして今に至る。
言葉にしてしまえばシンプルな人生だが、その間には小さな一コマが語り尽くせぬほどあったのだろう。
本当に彼らは一所懸命に生きた、輝いた目をしている。
祐樹は思う。自分もそんな風に生きられたのだろうか?
そして、そんな目をして死ねたのだろうか?
そう考え事をしている祐樹だが、その思考が口から漏れている事に気付く。
酔いが回っている、もう潮時のようだった。
「ガイル、魚料理美味しかったよ。ありがとう。ごちそうさま。ちょっと飲み過ぎちゃったみたいだ。俺たちはそろそろ宿へ帰るよ」
と、祐樹は立ち上がろうとして派手にコケた。
「ユーキ、おぬし大丈夫か?」
「あ、エイ。ごめん、無理、もうダメ、ぽ」
「ぽ?」
祐樹はそれだけ言うと倒れ、寝てしまった。
「仕方がないのお」
エイが祐樹を背負う。
「ねえエイ。あたし不思議に思ってたんだけど、あなた達ってどういう関係なの?」
エイは祐樹に意識がないのを確認して言う
「ユーキは旅の道連れにして、大切な友じゃ」
「そう。いいわね!そういうの。あたしあなた大好きよ!またこの街に来たらあたしのところにも寄ってね。見た目だけなら同世代っぽいじゃない」
「おいおい、お前ぇも飲み過ぎだエイダ。失礼にも程があんぜ」
「バッカねぇギム。だからあんたはいつまでた〜ってもギムなんだよ。こういう人達はねぇ、あたし達なんかよりずーっとずーっとずーーーっと歳上なんだよ。ねっ、エイ」
にしししし、と笑いだすエイダ。
「すまねぇな、エイ姐さん。こいつ呑むといつもこんな感じなんだ。勘弁してやってくれ」
「いや、構わぬ。むしろ感謝しておるぞ。久々に美味い酒と美味い肴、楽しい時を過ごせた。ユーキも羽目を外すほどにの。エイダ、儂はまだ幾日かこの街におる。じゃが1人では行動出来んのでユーキを伴ってまた店にでも寄らせてもらおう」
「へいへい、お熱いことで。あたしも若いツバメ欲しいなぁ」
「エイダっ!てめぇもう帰れ!」
「エイダ。ギムもガイルも独り身じゃろ?好きな方を持ち帰れ」
「エイ姐さん…そりゃねぇぜ」
「あたしもこんなおっさん御免だよ!」
「俺…厨房を片付けなきゃ」
「ガイルも真に受けんじゃないわよ!あんたこの店に彼女いるんでしょ。私、知ってるわよ」
『バラしてやった』と言わんばかりにニヤリと笑うエイダ。
「何っ!店の女の子ってあの娘しかいねぇよな!?あの娘歳いくつだ!?てかてめぇ自分の歳わかってんのか!?無口キャラのくせにやることやってんじゃねぇ!」
ますますの盛り上がりを見せる彼らだが、そんな中、祐樹はエイの背で絶賛爆睡中だ。
「盛り上がってるところすまぬがユーキがこんな状態じゃ、中座させてもらうぞ」
「うん。じゃ、まったね〜エイ」
店の中ではまだまだ喧騒が続いている。
通りに出ると、そんな店が他にもちらほら。
こうして月出の夜は更けていく。
魔王の番人をしている男、以前エイが言っていた『双子のような存在』です。性質も能力もほぼエイと同じですが、性格は少々違うようです。