狙い 5
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翌朝、ニコラスの指示についてヒュームを捕まえて相談すると、彼は少し考え、二日後に支持された港町ハーストへ向かってはどうかと言った。
ギフトの町からハーストまで、馬車で四時間ほどかかるのだという。
調査を行うのならしばらく宿泊することになるだろうし、ホテルの手配が必要だ。
ホテルについてはマクローリン辺境伯が手配してくれるそうなので、その準備もあって二日後の出発が妥当なところだという。
もちろん、ベアトリスに異論はなかった。
ベンジャミンともまだ合流していないのだ。彼は二、三日のうちにマクローリン辺境伯館の使用人に紛れて接触してくると言っていたので、あと二日あればベンジャミンと合流できるだろう。
せっかく荷物を部屋のクローゼットに片づけたが、ハーストの町に向かうためにベアトリスは荷造りを開始した。メイドが手伝ってくれるので非常に楽だ。
移動のための準備を整えていたベアトリスとエドワードのもとに、ベンジャミンが接触してきたのは、出発の前日のことだった。
寝支度をしていると、コンコンと客室の扉が叩かれた。
エドワードが扉を開けると、廊下には使用人の服に身を包んだ黒髪の青年が立っていた。
「お夜食をお持ちしました」
「夜食?」
夜食なんて頼んでいないとエドワードが断る前に、使用人はワゴンを押して部屋の中に入ってきた。
「おい」
エドワードが咎めようと肩をつかむと、顔を上げた使用人がきゅっと口端を持ち上げる。
ベアトリスはハッとした。
「ベン?」
小声で問いかけると、彼はヘーゼル色の瞳を細めて笑った。
廊下にほかに人がいないかどうかを確認した後で、エドワードが部屋の扉を閉める。
ベンジャミンは少し楽しそうだ。
「前回モラン公爵夫人にすぐに気づかれたので、今回は気づかれないように念入りに変装してみたのですが、いかがです?」
黒く染めた前髪をいじりながらベンジャミンが言う。
何に張り合っているのかしらと、ベアトリスはあきれた。
「よくできた変装だと思うけれど、心臓に悪いわ」
「まったくだ。剣を抜こうかと思った」
「なるほど、いきなり切りつけられるのは困りますね。次はもう少しわかりやすくしましょうか」
ベンジャミンはそう言って、ワゴンに乗せた夜食をローテーブルの上に並べはじめた。
今から夜食を食べるつもりはないベアトリスとエドワードが困惑していると、ベンジャミンはサンドイッチの乗った皿とスープを前にソファに座る。
そして、さも当然のように食べはじめた。
「……ベン、君はなかなか図々しいな」
「夕食を食べていないんですよ。使用人用のダイニングには人が多いですからね。ほかの使用人とはほどほどの距離を保って、記憶に残らないようにしておいたほうがいいんです。いつでも逃げられるように」
「そういうことなの。でもベン、わたしたち、明日からハーストの町に行くことになったの。せっかく潜りこんでもらったんだけど……」
「ええ、使用人たちが話しているのを聞きましたよ。ですのでもうしばらく別行動を取りましょう。せっかく潜り込んだのですから、私はもう少しここで情報収集に努めます」
「まさか、マクローリン辺境伯を疑っているの?」
ベンジャミンはサンドイッチを頬張って、無言で首を横に振った。
「マクローリン辺境伯について私は詳しく存じませんが、あなたが疑っていないのならばそれほど警戒はしなくていいでしょう。ただし、使用人は違います」
「どういうこと?」
「私なら、敵の中枢に近いところに味方を潜り込ませますよ」
「プリチェット公爵が、マクローリン辺境伯館に手のものを潜り込ませているというの?」
「可能性は十分かと。該当する人物を見つけ、彼らがマクローリン辺境伯の何を探っているのかを知っておいても損はないと思いませんか? それに、私がいきなりあなた方に同行したいと言えば怪しまれますし、変装を解いて突然使用人が現れても同じでしょう?」
ベンジャミンの言うとおりだ。
ならばこのまま別行動を続けたほうがいいのかもしれない。
「ハーストの町での調べものが終わったら、何か適当な理由をつけてマクローリン辺境伯館に戻ってください。王都に向かう前の別れの挨拶をするとでも言えばいいでしょう。その時に私のほうからあなた方に接触します」
「わかったわ」
どちらにせよ、王都に向かうなら汽車を使う。
このギフトの町から駅のあるブルートンの町へ向かうのだ、道中立ち寄るのは不自然ではない。
そのあと、ベアトリスはニコラスからの依頼の内容の詳細をベンジャミンに伝えた。
ベンジャミンも、プリチェット公爵の派閥貴族であるベッカム侯爵が養女を迎えてすぐにニコラスの婚約者候補に打診したというのが気にかかるようだった。
「まるで王太子の婚約者に据えるために養女にしたように見えますね。自分の娘は派閥貴族の令嬢ではなく、わざわざ養女をあてがおうとしているのならば、その女性には何か裏があるのかもしれません」
「裏?」
「ええ。それが何かはわかりませんが、何の思惑もなく……というのは考えにくいです」
「そうね。理由もなく動く人ではないわ。少なくとも、プリチェット公爵は」
「例えば、アーヴリルでしたか? 彼女を王太子の妻にする真の狙いは、ここぞというタイミングで王太子を暗殺するため、とは考えられませんか」
その可能性も、充分に考えられるだろう。
未来の王妃の外戚として実権を握るのではなく、絶好のタイミングでニコラスを亡き者にする。
アーヴリルに子ができたタイミングが、可能性としては一番高いだろうか。
国王と王太子の双方を亡き者にすれば、次の王はアーヴリルが生んだ子だ。ベアトリスは他国に嫁いだ後なのだから、ニコラスに子がいればベアトリスが担ぎ出されることはない。
幼い子供が王になるなら、必ず摂政を置く。
プチチェット公爵がその立場について、実質的な王になる。
そう考えれば、筋書きは通る。
だけど……と、ベアトリスは顎に手を当てた。
「しっくりこない顔だな」
エドワードがベアトリスの表情を見て苦笑する。
「ええ。筋書きとしては通るんだけど、しっくりは来ないのよね。もしこの方法を狙うなら、もっと早く動いてもよかった。どうして今になって、こんな回りくどいことをはじめたのかしら」
「ほかの方法がうまくいかなかったからとは考えられないか?」
「もちろん、それも考えられるわ。でも、ほかの方法って何かしら? プリチェット公爵はいろいろ暗躍はしていたみたいだけど、具体的な策を講じてきたことがあったかしらね?」
ベアトリスは暗殺しかかったことがあるし、兄も毒を盛られかけたことがある。そして実際、今回も毒殺の危険があった。
けれど、ベアトリスはそのどれも、プリチェット公爵の本気を感じなかった。
うまく死んでくれればいいが、そうでなくても構わない。そんな軽い雰囲気で、そう、まるでこちらの反応をうかがう、戯れのような手の出し方だった。
それよりも、城の中で派閥を増やそうとしていた動きのほうが、よほど本気度が感じられた。
王女や王太子の命を狙うことよりも派閥の影響力を増すほうが本気度が高いというのは、いささか不自然だ。
王女や王太子の暗殺は、それこそ、ばれれば即絞首台行きになる。実行する側にとって命を懸けた計画である。
いくらプリチェット公爵が、自分まで類が及ばないように計画していたとしても、絶対ではない。
自分までたどり着かれない自信はあったのだろうが、それにしては――本気になる方向性が少々おかしい。
「国王派閥の貴族が気づかなかっただけで、何か計画を立てていて、それがうまくいかなかったんではないですか?」
「それもまあ、考えられないことではないわね。いいわ、これについて議論していてもはじまらないし、アーヴリルという女性について調べていたら何かわかるかもしれないわ」
どちらにせよ、ニコラスにアーヴリルと結婚する意志はない。
どんな手を使ってでも阻止するだろうから、結婚後の暗殺の心配は今のところしなくていいだろう。
ベンジャミンは自分が持ってきた夜食をぺろりと食べ終えると、「それでは、気を付けて行ってきてくださいね」と告げてワゴンを押して去っていく。
エドワードが、部屋の中に残るサンドイッチとスープの匂いに、やれやれと肩をすくめた。
「ベンは、どこにいても飄々と生きていきそうだな」
「ええ……」
潜入中だというのに、のびのびとやっているようだ。
それは、彼がこれまで苦労して生きてきて、そんな経験を積み重ねた結果のことだろうとはわかっているが、たくましいなと苦笑せざるを得なかった。
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