追いかけて来た夫 1
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それから三日ほどの汽車の旅に、特出するような出来事はなかった。
ベアトリスは食事以外の時間を極力コンパートメント内で過ごした。
もちろん、食堂車で見た乗客や乗務員について、ノートにメモを取っていくことも忘れてはいなかった。
けれども、現時点で不審な動きをするものは誰もおらず、ベアトリスはこの旅路が平穏なまま終わると信じて疑わなかった。
汽車が、緊急停車するまでは。
汽車が緊急停車をしたのは、三日目の朝のことだった。
落石によりトンネルの入り口が封鎖されて立ち往生となったのだ。
乗務員のベンジャミンが恐縮した様子で報告に来て、すぐに緊急信号を上げたと報告があった。
昨日の夜に通過した駅からすぐに返答の信号が空高く打ちあがったので、待っていれば救援がやって来るとのことである。
その後、トンネルを塞ぐ落石の除去作業をし、安全が確保できたのちに汽車は再び出発する予定だそうだ。
落石の除去作業には、少なく見積もっても二、三日は要するだろうとのことなので、しばらくはトンネルの前で待つしかあるまい。
幸いにして燃料も食糧も、ひとつ前の駅で補充をかけたばかりだった。
不慮の事故を想定していつも大目に燃料と食糧を搭載しているそうで、あと七日間は何の心配もなくすごせるだろうとのことである。
ベアトリスはこの落石事故の背景にプリチェット公爵がいるかもしれないと警戒した。だがすぐに、それは杞憂だろうと思いなおす。
まだヘンウッド国内に入っていないだ。いくらプリチェット公爵でも、他国で好き勝手出来るはずがない。
停車した汽車の中、ベアトリスは白く曇った窓を手のひらでこすってぼんやりと外を見やる。
窓の外はどんよりと重たく、今にも雪が降りだしそうだった。
何もせずにぼんやりしていたら、やはり思い出すのはエドワードのことだった。
自分でも未練たらしいと思ったが、あまりに急な別れで、いまだに気持ちの整理が追いついていない。
「ごめんなさい……」
モロニー・ロイヤル・エクスプレスに乗り込んでから、何度繰り返したかわからない謝罪の言葉を口に乗せる。
泣く資格なんてないのに、エドワードと結婚して三年、すっかりもろくなった感情は、涙を押さえる術を忘れてしまった。
泣く資格なんてないのはわかってはいるけれど、こらえきれずに、テーブルの上のティッシュに向かって手が彷徨ったときだった。
バタン、と大きな音を立ててコンパートメントの扉が開いた。
乗務員がこのような扉の開け方をするはずがない。
自分の身に危険が迫ったのだと思い、身を強張らせて扉を振り返ったベアトリスは、しかし――そのまま、目を見開いて硬直した。
そこには、男がいた。
息を切らせた一人の男が。
いつも綺麗に整えている黒髪は乱れ、記憶の中では優しく細められていた同色の目は、今は血走ったように爛々とした光を宿している。
男はベアトリスを見、それから、まるで水が瞬間的に沸騰したかのように、その顔の恐ろしいほどの激情を乗せた。
「見つけた……」
呻くように、男が言う。
動けないベアトリスに大股で近づいてきた彼は、そのまま大きな腕で彼女を抱きしめると、押し殺した声で言った。
「俺から逃げるなんて、許さない――」
ベアトリスは男――夫エドワードの腕の中で、何度も目を瞬く。
睫毛の先に残っていた涙がパッと散ったとき、彼の熱い唇がベアトリスのそれを奪っていた。
目を見開いたまま固まり、その後、こら得きれずに腕を伸ばしてエドワードの背中にしがみつく。
なんで。
どうして。
そんな疑問なんてどこかへ飛んで行った。
何も考えられなくて、これは夢ではないのかと疑いながら、目の前の夫にしがみついた。
「君は、馬鹿だ」
キスの合間に押し殺したような声で、夫は囁いた――
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