第一話:初夏の儀
「領主様。そろそろですよ。」
その一言に、今日と言う日が本当にやって来た事を実感する。
いや、ある日が終わったのなら、次の日が来るなど当然の話だが、今日はその当然に似合わない程、特に光っていた。
人類が誕生してから1万25年。その初夏の今日。
この、「新・神々の森」で、ある儀式が行われる。
その儀の名を、一般的に、「神降契約之儀」と今は言う。
当初は、そのまま読んで、「神降契約之儀」などと言っていたそう。
が、我が家はその歴史を尊重して、旧名のまま読んでいるのだが。
この儀式が持つ意味は、祓い屋の一人前を認可する事だ。
一年に一度、初夏のこの時期に、修行を終えた数多の祓い屋達から一人が選ばれ、神と契約を交わし、一人前として、自分の名を、家系の名を、祓い屋の史に刻む。
祓い屋の中で、これ程重要な儀式は右にでない。
相手の神がどうかで、人生を左右する儀式だ。
どうやって選抜しているか、なぜ神の認可を必要とするのか、年に一度の理由でさえも、人には教えられていない、謎多き儀式の一つである。
なんて事を考えている間に、車体がガタリと前へ揺れる。その数秒後、何もなかったように、揺れは鎮まる。どうやら、目的地に着いたようだ。窓の外は、同じ光景だけを写し続けていた。
「行きますよ。領主様。」
「ああ。」
一歩馬車から降りただけでも、息を呑む。
神力の結界で覆われた、その聖域の壮大な姿に。
鳥が歌い、蝶は踊り、草花が地を彩る。碧く、澄んだ湖の底には、力強く光る、水晶。周囲には、それらを護るように、神の権威と歴史を物語る社の数々。
どれも、互いを邪魔せずに、けれども遠慮して劣るようなこともなく、一つの神秘を創り出していた。
ここで、私は一人前になるのか。
八百万の神々が微笑み、護り、息づく、この地で。
――あの、我が父上の跡を、ここで継ぐのだ。
そう思った途端、その重圧に、改めて気づく。
天才と、最強と謳われた父上の次が私だ。
「父上程の、才がある訳ないだろうに。」
実力を置いて、周りの期待値は、上がる一方だろう。
天才の子供など、演るもんじゃないな。本当に。
その聖域の中心部から、少し奥へ進んだ場所に、この地での、本殿がある。
どの社より大きいそれの中で、儀を執り行うのだ。
その地点へ向かう為、その地の奥へ奥へと、進んでいく。
桜に、竹藪、紅葉と何時迄も続く四季の森を横目に。
それにしても、私が思い込んでいた以上の家来が、私の後を清く正しく並んでいるので、大名行列か何かだろうか。
確かに、レクトゥス家のその風格を、神に伝えたい気は重々理解できる為、批判はできないのだが――
流石に多過ぎないか?
返って、「レクトゥス家は、周りの評価ばかり気にして、もしや、自分の家の名を掲げるのに自信が無いのでは?」なんて言われてしまうと思うのだが。
そこそこに儀から離れた事を考えている私を、傍から見たら、まるで、この地を開拓しに来た者のように、意欲的に儀に参加するように見えるのだろうか。
偏見ったら、怖い怖い。
それから数分で、どっしりと構えた、金銀財宝で着飾った本殿が目の前に現れた。
神が目の前にいるのでもないのに、礼をしなくては済まない気分に襲われる。
靴を脱いでから、その感情に身を任せて、礼をしてから本殿に足を踏み入れれば、キイッと、床が軋む。
そんな音がしても、腐敗していそうでも、直ぐに崩れそうな気配はしない。
きっと、神力か霊力で、この床は覆われているのだ。
音の割に、足から伝わった感触は、石のように硬い。
感心しながら、本殿の奥に目をやれば、一つ、輝くモノが。
遠目からだが、奥で堂々と構えている時点で、儀に使う神具だろう。
「本当にするんだな。」
ここで、今日、私は一人前になるのだ。
父上から続いて、レクトゥス家に泥を塗るなど許されない。
「さぁ、始めましょう?
コンコルディア・レクトゥス様。」
「――ああ。」
夏風がよく抜ける本殿で、悲しい程、逆に清々しい程に、彼の人生はここで決まるのだ。




