プロローグ
姉が攫われた。
フロースと言う名の、姉が。
街一番の美少女と謳われた、姉が。
私と幾つか歳が離れた、たった一人の姉が、魔族に攫われた――
そんな話を幼少期から、母上から聞かされていた。
母上は、好んでその話をした。何回も、何回も。どんな時間帯でも。
真剣な顔で。今にでもスッと消えてしまいそうな、辛い顔で。決して、忘れたくないという執念が見えた顔で。
幼い私に、何度も。隙があれば、姉の面影を見つけたら、年が明けたら――
何か些細な出来事でもあった度に、おまけが付いてくるように。母はその話をした。
母上曰く、蒼い月が綺麗だった夜に、ある部屋の方向から、叫び声が聞こえて。耳をつくように高く、恐怖に襲われながらも、かろうじて出せたようなか弱い叫び声が。
駆けて行ったら、クルオールなどと名乗る長身のヴァンパイアに、姉が攫われたと言う。
姉を人質に取られているのと、咄嗟の事であってか、誰も手を打てなかったらしい。
空彼方へ、連れて行かれる少女を、見続ける事しかできなかったとか。その悔しさ、無力感、喪失感、絶望――
それら全てが体を包むように、結末を分からせるように、感情を染めていったと言う。
それから、14もの歳月がたった今も、姉の安否は分からない。
皆、我が姉のことを、死んだか、嫁にされたとして、姉の存在を諦めたようだ。
だが、私の中で、そんな記憶は、どうも持ち合わせてはいない。
そりゃそうだ。私は、当時1歳半。物心よりも、記憶力が定着してもない年だ。きっと、認識はできていたんだろうが、「覚える」と言う機能を使いこなせていなかったんだろう。
姉の顔も、声も、香りも、私は知らない。名前だって、聞かされるまで、知らなかった。存在自体、知らなかったのかもしれない。
だが、忘れているだけだ、としておこう。
姉は、何処かで、幸せに生きていて、いつか会える、ということにしておこう。
希望は残すべきものだ。現実を知っているなら、夢を見たって損はない。そうやって、父上が遺した文書に書いてあったんだから。
祓い屋の歴史に名を刻んだとされた、父上が言ったんだから。
――懐かしい思い出と、高価な馬車に揺られながら、コンコルディア・レクトゥスは、招かれたあの土地へ向かっていた。
自分の家系の名を抱えて。
悠々と、無情にも、流れていく窓の外の景色を見つめながら。
「目的地まで、後どれくらいかかるのか?」
「距離にして、100km前後。
そろそろ宵ですので、寝泊まりがあるでしょう。
それを考慮して、時間にすると――1日は確実に。」
「――長いな。」
「領主様って、比較的、馬車を好まないでしょう?
だから、ご存知でないだけで、これが『普通』で御座います。」
「私が知らないだけで、それが普通、か。」
「ええ。普通で御座います。」
そんな些細な会話も置いて行くように、時は、一人孤独で進んでいく。
その誰もが乗っている、時の揺り籠に体を委ね、運命に流されていた。
初投稿です。
この小説を通して、成長していけるよう、頑張ります。




