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俺の理想(白ギャル)になった幼馴染を、俺の傲慢が汚していく。  作者: ラズベリーパイ大好きおじさん


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4/10

好きじゃない、好きなんだ

飛鳥の指が、凛の頬に触れていた。


 その光景を見た瞬間、俺の中で何かが弾けた。


「なぁ」


 二人が振り返る。


 凛は怯えたように目を開き、飛鳥はすぐに凛の前へ出た。


「あんた、聞いてたの?」


「聞いてた」


「最低」


「知ってる」


 飛鳥の顔が歪む。


「じゃあ帰って。今、凛に近づかないで」


「話がある」


「今じゃなきゃダメ?」


「今じゃなきゃ、俺はまた逃げる」


 飛鳥が何か言おうとした。


 けれど俺は、その前に凛を見た。


 ミルクティー色の髪。

 完璧なメイク。

 でも目だけが、昔みたいに不安そうだった。


「凛」


「……うん」


 凛は小さく頷いた。


 俺は息を吸った。


 何度も考えた。

 街を歩いて、ダーツを投げて、負けて、情けなくなって、ようやく分かった。


 俺は、凛をちゃんと見ていなかった。


「俺は本当は誰が好きなのか考えた」


 凛の指先が震えた。


「答えは出た」


 俺は言った。


「凛、お前じゃない」


 凛の表情が止まった。


 胸が痛んだ。


 でも、もう曖昧にはできなかった。


「俺は、お前に恋してたんじゃない。俺を好きでいてくれるお前に甘えてただけだ。俺の理想を押しつけて、勝手に失望して、勝手に傷ついた顔をしてた」


「貴之くん……」


「だから、正式に振る」


 声が震えそうになった。


 それでも言った。


「俺は原宿凛とは付き合えない。これからも、恋人としては選べない。ごめん」


 凛は笑おうとした。


 いつもの、国民的アイドルの笑顔で。


 でも失敗した。


 唇が歪んで、目が濡れて、顔から色が消えていく。


「そっか」


 たった三文字だった。


 その声が、今まで聞いたどんな泣き声より痛かった。


 次の瞬間、飛鳥が俺に詰め寄った。


「何それ」


 低い声だった。


「今それ言う? このタイミングで? 凛がどんな気持ちで立ってるか分かってんの?」


「分かってるつもりだ」


「分かってない!」


 飛鳥が叫んだ。


「あんたのその態度が傷つけてるんだよ! 正直に言えば許されると思ってる? 綺麗に終わらせた気になってる? あんた、人の気持ちがないの?」


 俺は飛鳥を見た。


 怒っている。

 泣きそうになっている。

 凛を守るために、俺を本気で憎んでいる。


 その顔を見て、どうしようもなく思った。


 ああ。


 やっぱり俺は。


「あるから来た」


「は?」


「人の気持ちが分からないなりに、考えた。逃げずに言いに来た」


「凛を振るために?」


「それだけじゃない」


 飛鳥の眉が寄った。


 凛も、こちらを見た。


 俺は飛鳥へ向き直った。


「告白しに来た」


 飛鳥が固まった。


「誰に」


 俺は言った。


「考えたんだよ、俺なりに。」


 そこで一度、言葉を切った。


目の前の女を見る。

 悪友みたいに。

 幼なじみみたいに。

 凛の隣にいる、口の悪い女みたいに。

そうやって関わってきた、目の前の女を。



「なぁ、飛鳥」


 飛鳥の目が揺れた。


「お前がどういう気持ちで俺とつるんでくれてたか、聞いて思ったんだ。お前が凛をどれだけ好きだったかも、俺をどれだけ見てたかも」


「やめて」


「俺が好きなのは、お前なんだよ」


 夜が、静かになった。


 凛の顔が曇った。


 さっきまで必死に保っていた何かが、音もなく崩れていく。


「……飛鳥?」


 凛は、飛鳥を見た。


 飛鳥は答えられなかった。


 それが答えみたいに見えたのかもしれない。


 凛は一歩下がった。


「ごめん」


 誰に謝ったのか、分からなかった。


「私、帰る」


「凛!」


 飛鳥が手を伸ばした。


 けれど凛はその手を取らなかった。


 マンションのエントランスへ走り、オートロックの向こうへ消えていく。


 ガラス扉が閉まる音がした。


 その直後。


 乾いた音が、夜に鳴った。


 頬が熱くなった。


 飛鳥にビンタされたのだと、少し遅れて理解した。


「それは冗談にならない」


 飛鳥の声は震えていた。


「どこまで凛を傷つけるつもりだよ」


「冗談じゃない」


「だったらもっと悪い!」


 飛鳥は俺の胸ぐらを掴んだ。


「私は凛が好きだって言ったよね? 凛の前で、なんでそんなこと言えるの? あんた本当に、何も分かってない」


「分かってないかもしれない」


「最低」


「そうだな」


「そこで認めればいいと思ってんのも最低」


 飛鳥の手が離れた。


 俺の頬はじんじん痛んでいた。


 でも、それより胸の方が痛かった。


     ◇


 俺は凛を好きだと思っていた。


 小さい頃から俺の後ろをついてくる女の子。

 俺だけを見ている女の子。

 俺の言葉で変わろうとする女の子。


 それは甘かった。


 自分が特別になった気がした。


 でも、好きだったのは凛じゃない。


 凛に好きでいてもらえる俺だった。


 それに気づいた時、俺は自分が空っぽだと分かった。


 サッカーもそうだった。

 アニメも漫画もそうだった。

 好きだと言いながら、俺はいつも少し離れた場所にいた。


 本気で負けるのが怖かった。

 本気で傷つくのが怖かった。


 だから、俺を絶対に傷つけない凛の好意に甘えていた。


 でも飛鳥は違った。


 飛鳥は俺を甘やかさなかった。


 小学生の頃から、俺が調子に乗るたびに「最低」と言った。

 中学で俺が都合のいい理想を語れば「うわ」と本気で引いた。

 高校で試合に負けて不機嫌になっていると、「負けたくらいで世界終わった顔すんな」とスポドリを投げてきた。


 いつも隣にいた。


 俺の後ろじゃない。

 俺の前でもない。


 隣で、俺を見て、怒って、笑って、呆れていた。


 飛鳥が凛を好きだと聞いた時、俺は最初、凛を取られたと思った。


 でも違った。


 本当に苦しかったのは、飛鳥の中に俺の知らない熱があったことだ。


 飛鳥が誰かをあそこまで好きになれること。

 俺ではない誰かのために、嘘をついて、計画して、壊れていくこと。


 それが羨ましかった。


 悔しかった。


 そして、たまらなく目が離せなかった。


 さっき、飛鳥が凛の頬に触れた時。


 俺が奪われたと思ったのは、凛じゃなかった。


 飛鳥のその顔だった。


 誰かを守ろうとして、誰かに触れようとして、泣きそうになっている飛鳥。


 その手を、自分の方に向けてほしいと思った。


 気づいたら、もう抑えられなかった。


 最低なタイミングだと分かっていた。

 凛をさらに傷つけると分かっていた。

 飛鳥が怒ることも分かっていた。


 それでも言ってしまった。


 俺はたぶん、そういう男だ。


 好きだと気づいた瞬間に、黙っていられない。


 相手の都合も、場の空気も、正しさも、全部後回しにしてしまう。


 だから俺は最低だ。


 でも、初めてだった。


 誰かに選ばれたいからじゃなく。


 誰かを自分のものにしたいからでもなく。


 ただ、その人に見てほしいと思ったのは。


     ◇


「なんで私なの」


 飛鳥が言った。


「凛じゃなくて、なんで私」


「分からない」


「は?」


「分からないけど、そうなんだ」


「ふざけんな」


「ふざけてない」


「私は凛が好きなの」


「知ってる」


「女の子が好きなの」


「知ってる」


「私はあんたを利用した。凛をあんたから離すために。レオンとも組んだ。最低なことをした」


「知ってる」


「じゃあなんで!」


 飛鳥の声が割れた。


「そんな私を好きだなんて言えるの!」


 俺は答えた。


「最低なところも見えたから」


 飛鳥が息を呑む。


「お前は綺麗なだけじゃなかった。優しいだけでもなかった。凛を守りたいって言いながら、自分の欲も混ざってた。嘘もついた。人を利用した」


「……」


「でも、それでも、お前は凛のことで泣ける。怒れる。自分が汚いって分かって、それでも止まれないくらい誰かを好きになれる」


 俺は拳を握った。


「俺にはそれがなかった」


「そんなの、恋じゃない。憧れか依存でしょ」


「そうかもしれない」


「認めるな!」


「でも、好きなんだ」


 飛鳥は顔を歪めた。


「今、それを言われて喜ぶと思った?」


「思ってない」


「じゃあ何で言ったの」


「逃げたくなかった」


「それ、あんたの都合じゃん」


「そうだ」


 飛鳥はもう一度、俺を叩きそうな顔をした。


 でも叩かなかった。


 代わりに、エントランスのインターホンへ向かった。


 凛の部屋番号を押す。


 返事はない。


 もう一度押す。


 やっぱり返事はなかった。


「凛……」


 飛鳥が小さく呟く。


 その背中が、今にも折れそうだった。


 俺は何も言えなかった。


 言えばまた傷つける気がした。


 飛鳥はしばらく扉の前に立っていた。


 そして、振り返らないまま言った。


「考えさせて」


「飛鳥」


「今、返事なんかできるわけない。凛が中にいる。私は凛が好き。あんたのことなんか、嫌いなはずなのに……」


 そこで飛鳥は言葉を止めた。


 続きは言わなかった。


「考えさせて」


 もう一度そう言って、飛鳥は逃げるように歩き出した。


 追いかけなかった。


 追いかける資格がないと思った。


 夜の住宅街に、一人残された。


 頬が痛い。

 胸が痛い。


 俺は告白した。


 でも誰も救っていない。


 凛も。

 飛鳥も。

 俺自身も。


     ◇


 凛は部屋に駆け込むと、鍵を閉めた。


 キャップを床に落とした。

 マスクも外した。


 鏡に映る自分は、いつもの原宿凛だった。


 白ギャル。

 国民的アイドル。

 貴之くんの好きな女の子。


 だったはずのもの。


「凛、お前じゃない」


 耳の奥で、貴之の声が何度も響く。


「俺が好きなのは、お前なんだよ」


 その相手は、飛鳥だった。


 凛は笑った。


 笑おうとして、失敗した。


「何それ」


 声が漏れた。


「私、何だったの」


 貴之の好きな女の子になろうとした。


 なれなかった。


 レオンに逃げた。


 それも分からなくなった。


 最後に残っていた飛鳥は、自分の味方だと思っていた。


 でもその飛鳥に、貴之は告白した。


 世界がぐにゃりと歪む。


 凛はスマホを握った。


 飛鳥に電話しようとして、指が止まる。


 無理だ。


 今、飛鳥の声を聞いたら、何を言うか分からない。


 貴之にはもうかけられない。


 かける理由も、資格も、何もない。


 連絡先をスクロールする。


 そこで、一つの名前が止まった。


 桐生レオン。


 優しい人。

 逃げ場所。

 本当に自分を好きなのか分からない人。


 でも今、一人でいたくなかった。


 凛は震える指で、通話ボタンを押した。


 数コール。


 そして、低く優しい声が耳元に届いた。


『凛?』


 凛は唇を噛んだ。


「レオンくん」


『どうしたの』


「今から、会える?」


 一拍の沈黙。


 それからレオンは、静かに言った。


『もちろん。迎えに行くよ』


 凛は目を閉じた。


 もうどこへ落ちていくのか、自分でも分からなかった。

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