ふたたび、伝説の木の下で
その後のことは、正直よく覚えていない。
灰色の髪の男をブリッツの剣が圧倒し、キルシェの指揮で建物に踏み込んだ兵士たちが爆発魔宝石を発見して。
流れるようにいろんな物事が進んでいって、気づけば隣国からの謝罪や賠償金、大臣の失脚でけりがついていた。
この間、私は何もしていない。
国家規模の事件って、こういうものか。
今回の事件で功績があった者へは報償があった。
騎士や兵士、宰相室の文官はもちろん、私たち学生にも。
現場で実績のあったブリッツたちや、立案で大きな役割を果たしたシェリルにヴィシたち、作戦に欠かせない魔法を短時間で生み出したルカ。
彼らは当然だが、なんと私にまでお褒めの言葉と、今後何かあった場合は王宮が便宜を図ってくれるというお約束を賜った。情報提供者という位置付けらしい。
さすがに夢云々は公式の記録には残さず、街で不審な人物を見かけたことと爆発魔宝石の動きに気がついたということになってはいたが。
学生生活はあと少し。
ついに心配事が何もなくなり、私は残りの日々をのんびり満喫した。
その前に、しっかりキルシェたちからのお説教はあったけどね。
*
三月の末。今日は私たちの卒業式である。
「セラさん、絶対手紙書くからね。私のこと忘れないでね!」
「まさか、シェリルさんを忘れるわけありません。楽しみにしてますわ。わたくしもこちらの話を書いて送りますから」
私たちは恥も外聞もなく涙の別れを演じていた。
まあ、今日の学園ではあちらこちらでこんな光景が繰り広げられていたから、全然目立たなかっただろうけど。
見回せば、すっかりなじみになった顔があちらこちらにある。
ヴァルナーとヴィシは、半年ほど準備期間を設けて結婚式を挙げるそうだ。私も招待されていた。
ブリッツは見事剣の腕が認められ、騎士団への入団を決めていた。
同じくキルシェも春からは、女性しかなれない女性王族のための近衛騎士の見習いだという。
二人の関係はどうなのか、それとなく探りを入れてみたら、キルシェ曰く、
「あいつ、父上にはだいぶ気に入られてるから、そういう話は出ると思うけどね。あたしとしては、これからの仕事ぶり次第かな」
と、まんざらでもなさそうな顔だった。
ルカも宮廷魔術師団へ入団した。爆発魔宝石探知の一件で、先輩方とはもう顔見知りらしく、早くもかわいがられているそうだ。
というのを、本人からではなくリジーから又聞きした。
「ルカは確かに優秀な人材だけど、先に公爵家がつばを付けておいたのよ。王宮なんかにかっさらわれてたまるもんですか」
などと言っていたのだが、ここはどうなるのだろうか。
あまり高位貴族の社交などできそうにないルカだが、こちらもこれから名声が高まっていけば、もしかして……の可能性もあるかもしれないし。
それを言えば、シェリルだ。
彼女はなんと、クレイ王子からのプロポーズを断ったという。……頼み込まれて、保留にしたらしいけど。
「私は平民だし、殿下は今回の功績で立太子もあるかもしれないでしょ。ちょっと無理がある」
確かにその通りではある。ここはゲームシステムで動く世界ではないから、ご都合主義のエンディングとはならなかった。
「だけど、殿下の力になれるように、留学してもっと勉強を重ねようと思うの」
と、けなげなことを言うので、今日は涙の別れとなったわけである。
しかしこの留学、宰相閣下の後援あってのことだというし、公爵家も後ろ盾になってもよさそうにちらちら視線を送っている。
すぐには無理でも、もしかしたらもしかするのではないか。
私はシェリルの統率力あらため、ヒロイン力に大いに期待している。
*
卒業式が終わり、私はシェリルたちに別れを告げて、久しぶりに裏庭に向かった。
原作では主人公が選んだ相手と誓いを立てる大樹がある、あの場所だ。
現実にはあんな感じになったけど、何度もデバッグで見たあの景色を、最後に確認しておこうと思ったのだ。
……そういえば、アルトはどうするのか聞かなかったな。
ゲームでは、シェリルが彼を攻略すれば王子アイテールとして相手役になり、そうでなければアルトとしてクレイ王子の側近になる。
状況から順当に考えると、シェリルを待つクレイ王子の側近として王宮勤めだろうか?
そんなことを考えて裏庭を歩く。この垣根の向こうが伝説の木だ。
視界が開けて、私は目を見張った。
「どうして……?」
花を咲かせ始めた桜の木の下には、私が今まさに思い浮かべていた相手、アルト……アイテールが立っていた。
「──卒業おめでとう」
彼はこちらに微笑みかけると、驚いて足を止めてしまった私のもとまでやってきて、手を取った。
そのまま、木の下まで導かれる。
「アルトさんも。おめでとうございます」
「ありがとう」
お祝いを返しながら、ああ、そうだったのか……と頭の中でピースがはまっていくような気がした。
シェリルを生徒会に紹介したこと。
リジーとお近づきになったこと。
アルトのアシストがなければ、あんなにすんなり行かなかった。
薬物取り締まりの結果も教えてくれた。
それから、私が何かを知っていそうだというだけで、王宮側で体制を整えるようにしてくれたのもそうだと思う。
宰相室で状況を打開したあの一言。
現場にあの男がいることを知っていたから言えた。
スチルを見ていたからだ。
──この人も、ゲームの記憶がある転生者だ。
「どうしてここへ?」
ゲームの知識があるなら、誰かと誓いを立てるつもりだったのだろうか。
私はその邪魔をしていないだろうかと、少し不安になって聞いた。
すると彼は、しょんぼりした顔になった。
「……?」
「──アイテールルートを解放した、とは思わないんですか?」
「えっ」
アイテールルートって言った。やっぱり!
となると正体は、開発陣の誰かだろうか。
えっと、ルートの条件ってなんだったっけ。……統率力、知力、体力、魔力のパラメーターを一定まで上げて、選択肢が……?
「……誰が?」
シェリルかな? でも彼女は留学に行くし……と疑問に思って聞き返すと、彼は拗ねたような声を出した。
「あなた以外に、誰が?」
「……はい?」
なんでここで私?
理解できずに固まっていると、彼は目を細めて笑う。
「……なんてね。冗談です。僕は、昔からあなたのファンだったんですよ」
……え?
「前にも言ったでしょう? 学園新聞であなたの文章を見たとき、すぐにわかった。文章の癖で、あなただって」
彼はつないだままの手を、ダンスの形にした。
あの日を思い出させるように。
「本当にファンなんです、このゲームだけでも、何十周したかわかりません」
どういうこと……?
開発者仲間では、なく……?
いやそもそも、プレイヤーが、いたの……?
「だって、このゲームは全然売れなくて……雑誌の評価も底辺で……」
「商業的に成功した作品ではなかったかもしれません。でも、一プレイヤーには刺さったんですよ。僕という」
その瞬間。
その言葉を聞いて、走馬燈のように開発の日々がよみがえった。
一人でにらんでいたエディタの画面。
上がってくるキャラたちのビジュアル。
喧々囂々でシステムを詰めて。
楽しんでもらえるように、愛されますようにって送り出したゲームが、あったんだ。
「そっかあ……」
涙がにじんだ。
「はい。そうですよ」
「届いてたんだ……」
「届きました」
私はしばらく、彼の手の温かさに甘えていた。
*
で。
開き始めた桜のつぼみを眺めながら、私はだんだん我に返ってきた。
「……それを言うために、ここにいたんですか?」
私が卒業式後、伝説の木の下に現れると思って。まんまと現れてしまったわけだが。
「…………」
「なんですか」
「いや……あなたっておもしろいですよね。そういうところも好きなんですが」
!?
なんか今、会話の段をいくつかすっ飛ばされた気がする。
だが彼は気にした様子もなく、言葉を続けている。
「大好きな世界に転生したこと自体もすごく幸せでしたが。新聞であなたを見つけて、そのあとずっと目で追っていて、本当に嬉しかったんです。ずっとファンでいた相手が、実際にはこういう人だったんだなって思って」
「……どういう人だったんですか」
「頑張り屋で、努力家で、目的に向かってまっすぐ。我慢強くて弱音を吐かない」
「……いや、かなり美化されてません?」
弱音を吐かなかったのは、同レベルの視点で話せる相手がいなかったからだし……。
「それ。たまに斜に構えた本音が出るところもピリ辛でいいですよね。基本はご令嬢の顔もできるのに」
「そりゃ、自分で書いたキャラなんだから再現くらいは……」
そう言うと彼は相好を崩した。
「ふふふ。じゃあ、僕の再現度はどうでした? これでも、一番遊んだのはアイテールルートだったんですよ」
「……まあ、よかったんじゃないですか。全然わかりませんでしたし……」
再現度とは別のところで違和感はあったけど。
とは言わずに秘めておいたのだが、彼は鋭かった。
「……それだけ? 何かありましたよね?」
なので、渋々続けた。
「……セラへの距離が、なんか近かったなーと……今にして思えば」
「…………!」
彼は一瞬にして真っ赤になった。
「……っ、それ、は、下心があったので……申し訳ありません」
たぶん、再現じゃなくて見えてた僕の素のところですね、と囁かれてこちらも落ち着かなくなった。
そして彼は、自称私のファンは、目ざとくそれを見逃さなかったのである。
「……これからのお話を、してもいいですか」
「これから……? はい」
赤く染まった頬のままで告げられる。
「僕と一緒にいてくれませんか。僕は前世で読んだたくさんのテキストも、こちらでみんなを救おうと走り回ってた『セラさん』も、ぜんぶひっくるめてあなたにベタ惚れなんです」
「……!!」
「うなずいてくれたら、ずっと大切にすると誓います」
卒業式の日。伝説の木の下。
私は自分が書いたシナリオの通りに、でもシナリオになかった私だけのための言葉で、誓いを捧げられた。
「ずるい……こんなの、はいって言うしかないじゃないですか……」
「……ありがとう!!」
彼は私を抱き上げて、その場でくるくる回った。目が回らないのだろうか。
私の方は、展開がめまぐるしすぎてとっくに目を回していた……。
というわけで、卒業後は家業の手伝いをしながら、のんびり創作のリハビリをするつもりだった私の予定は、見事に塗り替えられてしまった。
まあ、創作活動については絶対邪魔されない、というかむしろ一番喜んでくれそうな旦那様なんだけど。
ああ、でもこれだけは聞いておかないとか。
「そういえば、このあとどうされるんですか? 男爵家のアルト? それとも……」
「どちらでも構いませんよ。アルトとアイテール、あなたがお好きな方で。……突然王子妃は窮屈でしょうし」
ふむ。
まあ、アイテールルートが好きって言ってた気もするしな。
「……大変そうですけど、アイテールの奥さんなら、シェリルが帰ってきたら義理の姉妹になれるんじゃないですか?」
「! それじゃあ……」
こうして私は、無事シナリオを回収して守った国を、その後も王子妃として見守ることになったのである。
その後もいろいろと事件や冒険があったけど、ここでは詳しくは語らない。
ただ一つ言っておかなくてはならないのは、ちゃんと『適材適所』を守って、人を頼るようになったということだ。
そうしないと、おっかない近衛騎士と旦那様に叱られてしまうので……。
おしまい




