室田邸の戦い
門番を静かに無力化した美香たちは、闇に紛れて室田邸の敷地へ足を踏み入れた。
夜の空気は重く、吐く息さえ白く漂う。
少し離れた路地裏に停めた黒いワゴンの中、浩一郎はヘッドセット越しに全員の映像と位置情報を確認していた。
手元のモニターには赤外線カメラが邸宅の全景を映し出し、敵影を白く浮かび上がらせている。
「――全員、聞こえるな」
低く抑えた声が耳元の通信機から響く。
『ここからは俺の指示に従え。報告は短く、声は潜めろ』
玄関に向かう途中、左右の庭木の影がざわめき、四つの人影が現れる。
分厚い盾を構えた鷲尾剛士、その後ろに刀を握る早乙女綾女、無骨な拳を握りしめる御子柴修平、欄干の上から短剣を弄ぶ鳴海隼人。
第一部隊――室田邸の防衛の要だ。
浩一郎の声がすぐに飛んだ。
『敵、四。盾一、刀一、格闘一、高所短剣一。第一部隊と見て間違いない』
盾が突き出され、烈火が反射的に横へ飛び退く。
『烈火、正面は避けろ! 京介、右から回り込め! 美香、上を警戒しろ!』
美香が見上げた瞬間、鳴海の短剣が夜空を裂いて降り注ぐ。
「くっ…!」美香は地面を転がって回避し、木陰に身を潜める。
『綾女が左に回った、鬼蔵、そっちを抑えろ! 御子柴は迅じゃない、烈火、お前だ!』
通信機から響く浩一郎の指示は短く的確で、戦況を瞬時に切り裂いていく。
ワゴンの中で、浩一郎の視線はモニターから一瞬も離れない。
全員の鼓動まで聞こえてきそうな緊張の中、彼の指揮だけが冷たく鋭く響き続けた。
美香は木陰から素早く身を乗り出し、鳴海の短剣の軌道を目で追った。
その隙を突いて、彼女は左手に握る小型の煙玉を地面に叩きつける。
白い煙が瞬時に広がり、鳴海の視界を遮った。
「今だ!」
烈火の声が通信越しに響く。
彼は盾の鷲尾に向かって右側から回り込み、剣を構える綾女に正面から圧力をかける。
美香は煙の中を駆け抜け、欄干に手をかけて鳴海の背後を狙う。
短剣が彼女の肩をかすめるも、すぐに素早く体を翻し、鳴海のバランスを崩させた。
『京介、御子柴を抑えろ! 烈火、美香と連携して上を制圧だ!』
浩一郎の声は冷静そのものだが、隊員たちの動きに鋭く指示を刻み込む。
京介が御子柴の拳を受け止め、反撃の隙を作る。
烈火と美香が同時に攻め、盾を持つ鷲尾を前後から挟み込む。
防戦一方だった第一部隊に、徐々に焦りの色が浮かび始めた。
しかし、高所から鳴海の短剣が再び襲いかかる。
美香は片手で枝を掴み身を翻し、間一髪で回避。
「――くそっ、上も油断できない!」
ワゴンの中、浩一郎は冷ややかに視線をモニターに注ぐ。
『あと数秒、烈火、美香、集中して。突破口を作る』
闇と煙の中、隊員たちの足音、剣戟、短い息遣いだけが邸宅の静寂を引き裂く。
美香は心の中で、次の一手を決める――この戦いを制し、邸宅奥へ進むための策を。
煙が徐々に晴れ、第一部隊の足取りが乱れた瞬間、美香は深く息を吸い込み、次の行動を決める。
「今だ…!」
烈火が鷲尾を押さえ込み、京介が御子柴の動きを封じる。
美香はその隙に鳴海に向かって跳びかかり、彼の短剣を地面に弾き飛ばす。
鳴海は不意を突かれ、欄干から崩れ落ちそうになるが、必死に体勢を立て直した。
『全員、突破口確保! 奥へ進め!』
浩一郎の指示が通信越しに届く。
第一部隊の残党は後退を余儀なくされ、美香たちは庭から邸宅の玄関へと滑り込む。
内部は外の闇と違い、薄暗い照明が僅かに廊下を照らしている。
床の軋む音が一層緊張感を増す中、美香は慎重に足を運ぶ。
「静かに…、焦らずに…」
廊下の角を曲がると、奥から物音が聞こえた。
『敵か…?』
美香は小声で問いかけ、無線越しに状況を報告する。
『奥に複数、数はまだ不明。慎重に進め』
その時、窓の影から別動隊――第二部隊が現れた。
小型のライトに照らされた姿は三人。
冷静な表情の佐藤が先頭に立ち、後ろに狙撃手の松尾、通信兼支援担当の高橋が続く。
『こちら第二部隊、接触確認。合流して内部制圧を開始』
浩一郎の声が低く響き、隊員たちの動きが一層引き締まる。
美香は深呼吸し、仲間たちと視線を合わせた。
「よし、ここからが本番だ――」
廊下の奥、暗闇の先に何が待ち受けているのか。
緊迫の邸宅制圧作戦は、まだ始まったばかりだった。