8話『人工知能“アシリア”』
それは、今より随分と昔のお話。
ユトソル諸島、四島。
東西大陸の真裏側に位置する緩衝地帯で、それでいて双方の影響下にある特異的なその地にて、ある事件が発生した。
──駐留警備兵による、民間人殺害事件。
ある早朝の路地裏で、一家が見るも無惨な姿で発見された。
裕福そうな者を狙い金品を強取しようと目論んだ、ディノマ帝国の青年兵らによるものだった。
ユトソル諸島の二大覇権の一翼たるアルディス連邦王国がウラディル共和国との戦争。一方のマナスダ合衆国が周辺国との国境紛争の最中であり、その双方が一時的に警備を弱めた結果治安が悪化していたこと。
ディノマ帝国がユトソル諸島に派遣する兵員を、その戦略的薄さから雑に選任しており、十分な教育が行き届いていなかったこととが原因であると後に分析され、その事実は世界的に拡散され、大きな注目を浴びた事件だった。
──ただ、そんな事件の裏側にて。
4人家族の中で唯一死体の全体が発見されず、行方不明となっていた少女がいた。
そんな彼女は、同じくユトソル諸島。
世間から完全に隔絶され、軍すらも預かり知らぬとある地下施設にて、再びその意識を覚醒することとなる。
しかし、その姿は。
「──システム起動完了。見たところバグもないように見えるが、気分はどうだね? 意識・思考・感情。人の脳が持ちうる機能は問題なくシミュレートされていると思うが」
『──うん、問題ないかな。強いて言うなら、元の肉体よりもずっと動きやすくて違和感があるかなって感じ』
男の無感情な問いかけに対し、そう冗談めかして笑う彼女がいるのは、男の眼前にある画面の中。
──そう。彼女こそ、ホレス=ナカミトによって作られた電脳化人工知能システム、アシリア。
不遇にも殺人事件に巻き込まれた彼女は、俗世を離れた天才研究者に拾われ、人体実験の材料にされていたのだった──。
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『──というのが、結果的にこんな姿に成り果てた私の顛末ってわけ。なんてことない、映画で見たことあるようなお話よ』
研究資料を握りしめる高崎に、彼女……“アシリア”が大袈裟なジェスチャーで皮肉めいた感じで苦笑して語りかけた。
そんな彼女に対して、なんと返せばいいのか少し躊躇っているうちに、彼女が再び口を開いた。
『その後の事についても、大体あなたが想像通りだと思う。博士の栄光ある計画の成功例となった私は、数々の実験的検証に協力して……そして、その“役目”を終えた』
そう言い切った彼女の声は僅かに揺らいだように思えた。先程よりも、自嘲の感情が乗っていることが何となく感じられた。
「役目……って、そんな」
『博士はね、とんでもない飽き性だったの。一時的な熱量はすごいけど、ある程度満足したら別のことに目移りするタイプなのよ。……だから私は“飽きられた”ってわけ。ほら、あなたがここに来たとき、電源が落とされてたでしょう?』
「それは……」
単に博士が死んだからなんじゃないのか?……と聞きそうになったが、高崎はすんでのところで止めた。彼には実際のところが一切として分からない以上、余計なことを言うべきではないのではと思ったからだ。
そんな言い淀んだ高崎を一瞥して、彼女は何かを誤魔化すように再び笑い、少し安らかな表情をしてさらに言葉を続ける。
『でもね。私、別に博士の事を恨んでなんかないの。ううん、むしろ感謝してるくらい。なんたって、本当ならあのまま死ぬだけの私に、新しい“生”を与えてくれたのはあの人だから』
「…………そっか」
「うん、そうなの』
そんな短い掛け合いの後、暫くその場には沈黙が続いた。
高崎の目の前にあるデバイスの中の彼女は、“AIでありAIではなかった”。彼の目に映る少女は、どこまでも、ただ理不尽な人生を歩むこととなってしまった普通の少女であった。
そうしていると、それからまたアシリアが口を開く。
『ねぇユウヤ。あなたはこれからどうするの?』
「……まぁ、まずここから出る方法を探さないとな。今も上では同胞が敵軍と戦ってる筈なんだ。早く復帰しないと」
『……そう、やっぱりここから出ていくわよね』
彼女はそうどこか寂しげに呟くと、何か決心したように目をつぶって大きく息を吐いて、堂々とこう言ってのけた。
『──じゃあさ、あたしも連れてってよ』
「え?」
『あぁ、ようするにこのデバイスを持っていってってこと。私、あなたがここに来てくれなかったら、ここにずっと囚われたままだった。きっと、この出会いは運命なんだと思うの』
そんな彼女の淡々としているようにも思えた言葉を聞いて、高崎の中では1つの光景が浮かんだ。
それは、彼女。アシリアが暗闇でずっと1人ぼっちでいる姿。
実際のところがどのようなモノかは分からないが、そんな悲しい光景が彼の脳内に色濃く、はっきりと映し出されていた。
『勿論、ただでとは言わないわ。あなたに同行するからには、私の持てるモノを駆使してあなたの為に動いてあげる』
「まぁ、それについちゃあ願ってもない話だが……具体的にはどんなことが出来るんだ?」
『そうね。例えば、この島に博士が密かに設置した248箇所の監視カメラの利用コードとか使えるんじゃない? あ、そうそう専用の観測衛星も確かあるわよ。だいぶ時間が経ってるみたいだし寿命については保証できないけど』
「……………ん?」
『あとハッキングや電子工作は任せて。私の手にかかれば現世代のセキュリティなんか一瞬で突破してみせるわ。んー、それとお金が欲しいならそれも大丈夫。演算処理能力とビッグデータの活用から、必ず投資で資金を増やせる自信もあるから』
「…………まぁ、うん。色々言いたいことはあるんだけど、とりあえずこっちから同行を土下座してでもお願いしたい話だってことはよく分かった」
高崎がわざとらしくアシリアに頭を下げるジェスチャーをして、苦笑しながらそんな言葉を漏らすと。
彼女はそんな彼のことを「ふふん」と口に出して一瞥してから、完璧なドヤ顔を決めて言い放つのだった。
『交渉成立ね』
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『あ、そういえば確かあっちの部屋の方に、博士が開発してた武器類もあった筈よ。マナスダ軍に奪われて装備もないみたいだし、適当に持っていっちゃえば?』
そんなアシリアの言葉に釣られ、彼女に言われた場所にまで来てみれば、そこには大小様々な武器や装備品が置かれていた。さらには、ゲームや映画で見るような射撃訓練用のアレも完備されている充実ぶりである。
「こりゃまた、しっかりとした感じだな」
『まぁ博士は政府機関を含めて色んな人に命を狙われてた身の上だったしね。防衛用の品を充実させるのは当然といえば当然なんじゃないかしら。……まぁそれはそれとして、殆どのヤツは単純な趣味目的なんだろうけど』
「いや結局趣味なんじゃねーか」
雑にツッコミつつ、とりあえず適当に1つ手に取ってみる。
顔に近づけてよく見てみたが、アルディス王国軍のA2556にもよく似た、なんの変哲もないピストルのように見えた。
「アシリア、これは?」
『あぁ、それはレーザー銃ね。博士が映画を見て影響されてノリで作ってたヤツよ。まぁ性能に関しては破格なんだけど』
「じゃあこれは?」
『使用する銃弾に自動追尾を搭載した小銃ね。いわゆるスマートバレットってやつよ。博士はこれがあれば、誰でも300m先の動く的を貫けるって豪語してたわ』
「さ、300m!? これを使えば、誰でもシモ=ヘイヘになれるってことか……。じゃあこれは?」
『人が携帯出来るようにした小型レールガンね。ただし威力大の場合パードスーツでも着てないと死にかねないけど』
「……パワードスーツはないの?」
『残念ながら、スペースやら素材やらの関係もあってパワードスーツについては設計図のみね。博士は単純なモノなら脳内で実際に組み立てられるから設計しなくてもいいと思ってたし』
「待て、パワードスーツは単純なモノなのか……?」
そうしてアシリアに色々と質問をしつつ、とりあえず使いやすそうな装備を整えていく。色々と見ていくうちに改めて思ったのだが、ホレス博士、やはりロマン溢れる人物らしい。特に軍事品に関しては実用性というよりロマンを追求した一芸特化みたいな発明品が多く、高崎として困惑せざるを得なかった。
「──にしても、アシリア。さっきからどれが何で具体的にはこういうモノだ〜とか、よく分かるな」
『あぁ、それならさっきあなたがデバイスに刺してくれたカードのおかげよ。あれに博士の試作品も含めた発明品の詳細なデータが詰め込まれてるの。 因みに、中身のデータの価値的にはラ=シヴェルの総資産を超えるくらいのモノがあるから取り扱いには気をつけてね』
「いやお前んな怖い事言うなよ精神的な意味でこのデバイスの重みがとんでもねぇことになったじゃねぇか落としたらヤバいのに手がすんげぇ震えてきたんだけど???」
『まぁ安心のホレス=ナカミト製だから別に心配することなく落としまくっていいんだけどね。なんなら空爆に晒されても大丈夫なくらいじゃないかしら』
「どこのゲームボーイだよ……」
そんな感じで軽口を叩きつつデバイスを確認してみると、さっきの資料にはなかった様々なアイデアや設計図が確認できた。
その分野は多岐に渡っており、最早発明品だけに限らず経営や経済に関する新説や、法のような世界にまで及んでいた。アシリアによると、どうやら「暇つぶし」らしい。
「……というか、これ程までにやべー天才科学者の末路が地球の裏側で孤独死とはな。発明の大半も世にひた隠しのままだし、こんなの人類にとって大きな損失なんじゃないか??」
『んー、その通りだとも考えられるけど、逆にラッキーだったって捉えるべきなんじゃない? もし博士がずっと表の世界にいたら世界のパワーバランスが急激に変化して、結果的に世界が滅んでたかもしれないし』
「天才すぎて世界滅亡とか言われるの、後にも先にもホレス博士くらいなんじゃねぇのか……」
至極真面目な表情をして語るアシリアの言葉に、改めてホレス=ナカミトの異常性を感じる高崎なのだった──。
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「──よし、これがさっき言ってた地上へ移動するための転移装置ってやつか。……つーか魔術を使わない転移装置とか、もう何でもアリだなホレス博士っつーのは。 んでアシリア。もう持っていかなきゃならないモノはなさそうか?」
研究室の物色の結果、十分すぎるほどに充実した武器や装備を整え直して、例のデバイスの専用充電器やAIシステムのバックアップデータのようなアシリア関連のものなども含め、多くのものを引っ提げた高崎が彼女に問いかけた。
もともと手ぶらだったから余裕があったとはいえ、これ以上荷物を増やすのはあまり良くないのだが……。
『うん、もう大丈夫だと思う。 まぁもし何かあってもデータは持ってるからそれに基づいて作ればなんとかなるでしょ!』
「まぁそれならいいんだけどさ」
自信満々に言うアシリアの言葉に、高崎としては「アレを完璧に理解して再現することの出来るような奴はいるのか?」……というある意味当然というべき疑問が湧いたが、彼女曰く「私がいる」らしいのでそういうことにしておくことにした。
『──あ、そうそう。あともう一つお願いがあるのっ!』
「ん、今度はなんだ」
『これから私のことは、“相棒”って呼んで!!』
「…………一応聞くけど、何でだ?」
『そりゃ勿論、そっちの方がカッコいいからよ!! だってあなたアルディス軍の特殊部隊のリーダーなんでしょ!? それならこう呼んでもらわないと!!』
そう興奮して語る彼女が画面の中で示していたのは、アルディス人なら知らぬ人はそうそういないであろう、世界中でも人気を博す某有名映画シリーズのパッケージだった。
高崎もかつて語学勉強のために見たことがあったが、大陸間戦争期に秘密部隊として暗躍していたアルディス軍人二人組によるド派手なアクション映画である。
「なるほど、つまりその作品に影響されたから、と」
『ね!! いいでしょぉ!!?』
親にオモチャをねだる子供のような感じで、彼女が高崎へ懇願する。その目には、少しアニメチックに星が浮かんでいた。
そんな彼女を見て。高崎は先ほど頭の中に浮かんだ、あの光景をまた思い浮かべていた。自分以外に誰もいない電脳世界に囚われ、1人ぼっちのアシリアの悲しき背中。
きっとこれまでも、悲しい思いをしてきた筈だ。
高崎には彼女の心の中など到底理解することなど出来ないのだが、家族を突如として失い、肉体を失い、そして最後の拠り所だったのであろう博士を失った彼女が、どんな思いでいるのだろうか、と想像してみようとすることは出来る。
今も、一見平然としてるように思えるが、その電脳の心の奥底には不安や恐怖といった負の感情が眠っているのではないか。彼女が会話の中で頻繁に冗談めかして話すのも、ある種の自己防衛的対応なのではないだろうか。
(ま。俺なんかでいいんなら、付き合わさせて貰おうかな)
そんな風に思いつつ、高崎はかつて、自分も戦隊モノのヒーローに憧れてその主役になりきっていた時期があり、そんな様子を見て彩奈に呆れられてたのを思い出した。
そんな半黒歴史の思い出を振り返りつつ、照れ臭さを隠すように苦笑して。アシリアと目を合わせて、例の映画に必ず出てくる決めポーズと決め台詞をキメてやる。
「──よし。んじゃ行くとしますか、相棒」
『あいあいさー!!』
「……うん。あの映画を初めて見たときから思ってたんけど、やっぱこの掛け声普通にダサくないか?」
──こうして、高崎とアシリアの物語が始まったのだった。




