8話『事態はさらなる深みへと』
「それで、本部隊の状況は?」
「……大分苦戦を強いられているみたいですね。上陸にこそ成功したものの、その後体制を立て直しつつある敵軍に進軍を阻まれている、と」
「相手は噂の魔術に秀でた精鋭部隊までどんどん投入してるとか。まぁ死にもの狂いなのはお互い様ってことよねぇ」
深いため息を吐いてレイスがそう呟く。
彼女らは現在、敵軍の支配下たるエラリア島(通称二島)潜入上陸作戦の中、地下からの脱出に成功して一息をついていた。
因みに地上にあったのは巨大な工場だった。調べてみれば、アルディス企業らの資本が投入された石油コンビナートらしい。ユトソル諸島の比較的浅い海底に埋まっている豊富な資源を利用していているのだという。
そんな工業地帯に突き立てられた煙突の1つから周辺を眺めてみると、遠くには住宅地も見えた。島といってもそれなりに広く、海は方角によっては見えない。
「──リーダー……ユウヤの奴、どうしてんだろうな」
「さぁな、まぁ今頃敵軍に捕虜としてよろしくされてんじゃねぇか。こんな“裏の戦争”の場合、捕虜は一体どんなことされるのかなんて想像もしたくないが」
アベリのそんな呟きに対して、ルヴァンがぶっきらぼうに答える。……しかしその一方で、その両の拳は強く握り締められて小刻みに震えていた。
本音を言えば、勿論助けに行きたい。
けれど、そんなのあまりにも独善的だし非現実的だ。敵の本拠地に乗り込むには戦力が足りてなさすぎるし、現在もなお同胞たちが敵軍に殺されているのだ。そしてそもそも、現在実際のところどこに連れてかれたのかも分かっていないのだから。
だから。
「今俺たちに今出来るのは、少しでも早くこの戦争を終わらせること、ってことか……」
そう吐き捨てるように、結論づけるしかなかったのだった。
──そのときだった。
ピカァァッッッッ!!!!
「うおっ、なんだっ!!?」
徐々に暗くなりつつある夕方の空が、突如として光り輝くように目を照らした。その凄まじい現象に、まるで弱めの閃光弾でも食らったかのように目が眩む。
「……い、今のは、マナスダ合衆国が開発した最新の対空レーザーね。しかも光学兵器じゃなくて魔力を利用したっていうヤツよ。確かコードネームは『神の閃光』だったかしら」
「魔力!? 魔力ですかッ!!? それって要するに、荷電粒子砲……『粒子砲弾』をぶっ放す兵器ってことですか!?」
レイスの言い放った言葉に、テラが信じられないと言わんばかりに声を荒げた。
それもその筈。いわゆる荷電粒子砲の魔術は数ある魔術の中でも凄まじい魔力消費を要するのだ。それこそ、人智を超越したレベルとも言われる魔力を有するあの風早相馬でも、一発打てば疲弊してしまうくらいには。
「そうよ。しかも解析部らの情報によれば、確か1分間に何発も打てるんじゃないかって話。でも、まさかもう実戦に導入できる位にまで至ってるとはね。こっちの上層部はまだ開発段階にあるって考えてたみたいだけど……」
レイスが訝しげにそう声を漏らす。
彼女らは知る由もないが、突如として配備されたその最新兵器はカタログスペック通りの猛威を震い、二島上空では既に多くのアルディス側の軍用機が落とされてたのだった。
「──でも、それだけの兵器をどうやって運用してるっていうんでしょうか? 荷電粒子砲を撃つのに必要な魔力は、それこそ桁違いな筈ですけど」
テラの目を擦りながらの言葉に、レイスが体を震わせ「思い出した!」と声を上げた。
「そうそう、そこがアルディス軍側も“まだ実用段階にない”と見ていた理由なの! もし現状使おうとするなら、魔力の製造工場にでもくっ付けておかないと不可能って程だって」
「──そのことついてだが、多分アレだ。あの丘上にある……“神の閃光”だったか?の隣に、デケェ魔力タンクみたいのを置いてやがる」
ルヴァンが持っていた双眼鏡を覗き込みながらそう指摘した。一応レイスも同じように確認をして見たのだが。なるほど、確かに彼の言う通りだ。
「おいおい、なんであんな場所に魔力タンクがあるんだ。まさかあそこまでアイツらが持ち運んだってのか? 魔力タンクはモバイル充電器じゃねぇんだぞ」
「さぁな。専用のパイプかなんかで拠点から引っ張ってきてんじゃねぇか? それか本国からお得意の巨大兵器の動力で丸ごと持ってきたか。まぁいずれにせよ、事実としてあれは今しっかりと機能してる」
アルディス軍上層部でさえてんてこまいな予想外の状況でも、ルヴァンはあくまで冷静に分析を行う。たとえどんな場合だとしても、手に入れられる情報は全て精査してみなければ戦えるものも戦えない。それが彼のポリシーだった。
「ま、俺たちがやるべきことはもう決まったな」
「………なるほど、確かにそうみてぇだな」
そうして少しして、ルヴァンとアベリが互いに目を合わせて意味ありげにニヤッと笑った。
それを見たテラが、これまでの経験からどこかひどく嫌な予感を覚えて背筋を震わせる。
「ちょっ、まさか爆破するって言うんじゃ……」
「いやそんなことはしねぇよ。そもそもあれだけの魔力を暴走させたら、それこそ近くの俺らまで死にかねないだろ」
「じゃあ、どうするつもりなのかしら?」
レイスの興味深そうにして発されたそんな言葉に対し、ルヴァンが軽い手振りを交えて答える。
「そんなの簡単な事ですよ。なんたって、あれはあの三大国のマナスダ合衆国の最新兵器。ここでその仕組みを知ることなくぶっ壊すのは勿体なさすぎるでしょう」
「──って兄さん、まさかそれって……」
レイスの方へと目を向けてみると、彼女は不敵な笑みを浮かべながら、ルヴァンの次の言葉を待っているようだった。
それを確認したのか、ルヴァンは遂に悪そうな顔っぽくして不敵に笑いながら言ってのけた。
「──あいつを俺たちで奪い取ってやろうじゃありませんか。それなら、このたった4人の少人数潜入部隊が挙げる戦果としちゃ上出来でしょうよ」
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一方、その頃の緑星の反対側。
アルディス連邦王国。国境線にも程近いカドナ半島北部に位置するリリア宮殿では、会談が行われていた。
幾度もの改修を経験しながら1000年近く街の象徴としても存在感を放つその宮殿は、西大陸的文化を有するアルディス連邦王国の建築様式を踏襲しつつも中雅・ウラディルの建築様式も取り入れた文化混合的な作りをしており、かねてより三国の会談などに用いられてきた。
今回においてもその例に漏れずここで会談が行われることになっていたのだが、これまで執り行われたモノとはその様相はまるで違っていた。
まずその1つの相違点としては、会談は秘密裏に行われること。また、アルディス=正国、アルディス=ウラディルなどではなく、三国の代表が一同に会するものであるということ。そして最後に、会談は三国間の利権争いについてではなく、共通に持つ議題についての会談であるということだ。
このような事態は実に、東大陸諸国が団結(を余儀なく)した大陸間戦争以来のことだと言っていいだろう。
ちなみに、そんな今回の会談の主題は言うまでもないかもしれないが、『ここ最近のマナスダ合衆国』について、であった。
「──以上が、ユトソル諸島における我らの把握している限りでのマナスダ合衆国との戦闘経緯だ」
静かに張り詰めた空気の広がるそんな会談場で、アルディス連邦王国宰相、ロデナがその言葉で締めた。
会談を行うにあたって、彼は情報の共有が必要であるということで互いの知り得ることを話すということにしたのだった。……相変わらず、いつもの女装姿で。
「なるほど、マナスダ合衆国がそこまで本気だったとは。流石に度を過ぎていると言わざるを得ませんな」
そして。
そんな彼の言葉に悩ましそうに震えた声を漏らす1人の老人。
彼はナデレーラ。新生国家である大正民国の暫定政府の長を務めている男だ。中雅南部の少数民族の出ではあるが、耀の時代は活動家として名を馳せ、大正帝国の議会でも議長を務めていた人物である。
大正民国は三代国の一員として今回の件にも既に介入をしているのだが、惚けたようにわざとらしく驚いてみせていた。
「…………なるほど」
一方、そう俯きながら呟いているのは、ウラディル共和国の新首相、カミラ=ラフィーレである。
この場においては唯一の女性代表だが、終始物怖じすることのない態度を貫き通している。なるほど、通りで以前から本国での人気も高いのだろう。
まぁこの場に入ってきたとき、ロデナのことを見てとっても微妙な顔をしてはいたのだが。
──そして。
しばしの沈黙の間の後、彼女はロデナのことをはっきりと見据えて口を開いた。
「まずはっきり言わせてもらうけど、こんなそんな泥沼戦争、今すぐにやめるようにすべき。国際法を無視した戦闘行為なんかで、これ以上無駄な消耗はすべきじゃない」
「ま、待て! 君は今回の状況を分かって言ってるのか!?」
「勿論、そんなこと分かった上で言ってるの。これが“オモテ”の戦争じゃないとか関係ない」
ロデナの補佐として出席している大臣の言葉を彼女はし歯牙にも掛けず一蹴する。
「言っておくけど、国際人道法ってのは“心優しい人権擁護思想のたまもの”……ってだけのものじゃないの。前もって最低限のルールを決める事で、お互いが人命を含めた無駄な“損失”を出さないようにしてるんじゃない。なのに、それを無視した戦争なんて馬鹿げてるって言ってるの」
鋭い目つきと共に、彼女がさらに付け加えてそう言い放つ。なるほど、彼女は限りなく本気だ。本気で考えているからこそ、その結論に至ったのだろう。
「ふむ、君の主張はよく分かった」
だからこそ、ロデナはそう頷きながら答える。
事実、彼自身もそのことについては充分把握している。文字通り世界の裏側だからルール無用で殺し合い……なんて普通に考えてイカれてるとしか言いようがない。
「──だがどうする。今回のこれに関しては明らかにあちら側の仕掛けた戦争だ。ゆえに、こちらの一存で止められるモノではないことは分かっている筈だが」
「そんなの簡単な話。世界全国連盟にこの話を持っていけばいい。“マナスダ合衆国がユトソル諸島で条約に基づかない侵略行為をしている。我々はこの暴挙に対して抗議する”ってね」
「……いや待て!! 流石にそれは看過できないぞ!!」
「そう、どうして?」
「決まっているだろう! そんなことをすれば三大国の対立が、ひいては東西の対立が明るみになる! そうなってしまえば、今度は第二次大陸間戦争になりかねん!!」
そんなアルディス側の大臣の怒号の指摘にもどこ吹く風。なにいってんだと言わんばかりに呆れたように手でジェスチャーしつつ、ため息をついた。
「何を今更。そんなの既に起き始めてるようなものじゃない」
「──なッッ!!?」
まさかの発言に言葉が詰まった彼に、彼女は隙りとばかりに続け様に言葉を浴びせる。
「ウチの国の独自筋から聞かせて貰ったんだけど、今回のユトソル諸島での戦い。なんかディノマ帝国まで関与してるそうじゃない。既にアルディスと正国vsマナスダとディノマ。こんなの三大国全ての介入した実質的な東西世界大戦でしょう!?」
遂にここまで一貫して冷静だった彼女が、わずかばかりに声を荒げてそう言い切った。力のこもった両の手で叩いた机の音が静かな会談上に響き渡る。
そして暫しの間の後。今度は打って変わって静かな落ち着いた声で、彼女は息を吐きつつこう締めた。
「こんなの、これまでの小競り合いとはまるで訳が違う。ここでこれ以上マナスダ合衆国の自分勝手な行動を許せば、それこそ取り返しのつかないことになるとは思わないの?」
「──いいだろう。君の言うことには理がある」
「さ、宰相閣下!?」
ロデナが深く息を吐いてから、彼女に応える。
首相になってからまだ間もない彼女にここまで言われれば、彼とてここでしっかり決断しない訳にはいかないだろう。
それは大正民国のナデレーラとしても同様らしく、ロデナの言葉に深く深く頷きを示していた。
「ただし、条件がある」
隣でひどく動揺している大臣を手を諌めつつ、ロデナはそれだけははっきりと言い切った。
彼女の主張には賛同する部分もあるが、それが歴史的転換ともいえる決断である以上、その定義や線決めは練りに練っておく必要がある。何故なら、その“綻び”のせいで、下手をしたら本当に“この世界が終わりかねない”からだ。
会場中の者が彼に目を向ける中、とりあえず彼は咳払いの後、こう言ってみせた。
第一に、
「あくまでこの同盟は防衛協定としてのものに限定され、国際情勢を刺激しないように務める」
第二に、
「世界全国連盟への提起は本件における当事国の兵員の撤退に限り、ユトソル諸島における過去の事例や今後の対処などの問題については棚上げとする」
第三に、
「同盟の最終的目標はマナスダ合衆国との戦争の回避であり、各国はその目標に対してそれぞれ最善を尽くすものとする」
そうして。
これらの条件をたたき台とした議論の末、
ここに、マナスダ合衆国に対抗する超巨大同盟が成立した。
──当たり前のことながら、出来ることなら戦争なんて起きない方がいいに決まってる。
が、時としてソレは。そんな尊き願いは、突如として音を立てて崩れて去る。銃弾と悲鳴の音を世界に響かせながら。
今後の動向によっては……かつてと同じく、東大陸と西大陸にはもう引き返すことのできない深い溝が生まれてしまう。
かつてはその溝が最後まで埋まることなく、人々は泥沼の道へと引き摺り込まれることとなった。
いったい果たして、今回はどうなるのか。
その結末は、まだ誰にも分からないのだった────。
【ぷち用語紹介】
・ナデレーラ
正朝内戦の結果として民主国家になることとなった大正民国の暫定政府の長を務める男。風早らの打倒耀朝の運動以前からその目標を掲げて地方で抗議活動などをしていた。
政治家としては温和に見えるものの自身のポリシーには芯があり、新国家体制樹立にあたっても世界全国連盟のPKO的介入を内政干渉であると断固として拒否している。
・カミラ=ラフィーレ
正朝内戦での敗戦によって失脚したウラディル共和国前首相の座を引き継いだウラディル共和党の新代表。
同国においては約40年ぶりの女性首相であり、野党時代からその対アルディスにおける慎重姿勢を主張していた融和派。




