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4話『地下通路の攻防』





「くそっ、やっぱいるじゃねぇか敵兵。こんな薄汚ねぇ下水道にまで監視の目を付けるなんて、ずいぶん余裕あんじゃねぇか、ほんとご苦労なこった」


吐き捨てるようにルヴァンが小声で言った。

丁字型になった地下通路の角からひょいと目を向ければ、そこには小銃を担いだ一般兵らしき男が立っている。

中央を流れる水流はなかなかに酷い匂いを発し、足元には虫の湧いた鼠の死体が落ちている 。


そう。高崎たちは現在、既に極秘基地への侵入に成功し、そこから繋がる地下通路を行軍しているのだった。



「にしても、何で兵がこんな場所に? しかも平時ならともかく、絶賛攻勢をくらってる最中だってのに」


「まぁマナスダ軍司令部が異常なほどに心配性……という可能性はあり得なくもないですが、普通に考えれば、奴らの“心臓部分”にだいぶ近づいてきたということでしょうね」


「なるほどな。敵兵だろうが迷い込んだ一般市民だろうが関係なく拠点内部に近づけさせないようにしてるって訳か」


10kgはくだらないだろうランチャーを軽そうに担ぎながら、2mの巨体を揺らしてアベリが納得の声を上げる。

……にしても、いくら彼にとってはそれが一般人にとっての小銃レベルに過ぎない代物だとはいえ、そんなモノを持ってくる必要はあったのだろうか。



「──ま、何であろうと俺らの道を塞ぐってんならやる事は1つしかねぇんだがな」


そうルヴァンは言ってのけると、地面を蹴り飛ばすようにして前に足を踏み出す。そしてそのまま、例の敵兵のもとへと一直線に向かっていった。


「───な」


その猛烈な殺意に満ちた攻勢に、奴が振り向こうとしたときには既に時遅し。

ルヴァンはその首根っこを掴み取るように襲い掛かると、そのままその頚椎を完全に折らんと思い切り捻り回した。

そして、あまり聞きたくないような鈍い音が鳴り、それで終わり。その男はそのまま助けの声をまともに上げることさえ叶う事なく絶命した。


「………うわぁお」


「腕っぷしで頚椎を捻り切るように折って、その中を通る神経である頸髄をがっつりぶち切る頸髄離断で即死。流石ね」


思わず変な声を出すしかなかった高崎の横で、レイスがその速殺術の理屈を冷静に分析していた。

といっても、それは彼女が言うように、単純な力業である。飛び抜けた身体能力と、それを更に異次元へと押し上げる魔術あってこそのゴリ押し法なのだった。



「ま、こうすりゃ問題な……ってこれは……?」


死体をぽいっと投げ捨てたルヴァンが、そのときに地面に音を立てて落ちたアサルトライフルに目を向けた。その目はまるで、UMAも見つけてしまったかのような驚きの目だった。


「兄さん、その銃がどうかしたんですか?」


「あぁ、これ。よく見たらマナスダ軍の制式銃である『MN─36』じゃねぇ。確かに形状は似てはいるが、これは……」


そう言いながら、彼はその銃を手に取って見定めるようにじろじろと見つめる。そして、最後にはその弾倉を抜き取って銃弾を掴み取ると──。



「この形、大きさ。あぁ間違いねぇ。やっぱりこの銃、ディノマ帝国陸軍のモノだぞ!」


ルヴァンがその手にとった銃弾をはじきつつ、そう言ってのけた。銃弾が地面で跳ねる音が、地下通路に響く。



「何ですって!? それは本当なの!?」


「えぇ、こいつに使われてる銃弾は間違いなくディノマ帝国製のやつです。以前実物も見たことあるので自信もあります」


ルヴァンは何度も言うが、なかなかの軍事マニアだ。その中でも、西大陸ということもあり独自性に富み、特に何でも巨大にしたりとロマン兵器ばっか作りがちなマナスダ合衆国軍にはたいそう関心があるらしく、それを学ぶために言語すらも学んでいた程だ。そんなルヴァンが言うのだから、信憑性は十分に高いといっていい。

だが、それが真実だとすると……。



「ってことは、マナスダ合衆国だけでなく、あのディノマ帝国もこの“隠された戦争”に関与しているってことなのか!?」


「いや、それはまだ分からん。ただ武器を供与してるだけって可能性もあるからな」


やや興奮したように叫ぶアベリとは対照的に、ルヴァンが冷静に分析をする。普段や戦闘時とは違って、こういうときはやけに冷静になれるのが、彼のある意味良いところなのだろう。




「ただ、1つだけ言えるのは」


今度は、冷静さの中にどこか動揺も見える声色でそう言って、言葉を一度止める。


そして、少しだけ苦々しい表情で、口を開いた。



「──この戦争、事の次第によっては、ガチのマジで『()()()()()()()()』に繋がるかもしんねぇぞ」




そんな、あまりにも規模の凄まじく途方もない可能性に、高崎の額に汗が一筋、流れた。









────────────────────────────







これは、そんな話よりいくらか前のこと。


マナスダ合衆国の実質的な首都であるマナスディア(旧名:ナンゴサシティ)の中心部に並び立つビル群の中でも、ひときわ大きな高層タワーのてっぺんにて、2人の男がいた。



まず1人はディノマ帝国、ヒュリー首相。帝国にて絶対的権限を持つ皇帝の命を受け、政治を執り行う言わば皇帝の手足だ。


そして、もう1人は……グラン=ドゥク。

マナスダ合衆国建国の道のりにおいて、ナンゴサ王に統一を求める直談判をするなど、大きな役割を果たしたクレビオ=ドゥクの正式な子孫である。

国内で最も難関とされているナンゴサ大学の魔学部出身であり、そのネームバリューもあって圧倒的な国民の支持を得ている大統領だ。


そんな彼らは、マナスディアを一望できるガラス張りの壁際のテーブルにつき、秘密裏の会談を行なっているのだった。




「──そろそろ、本題に入ってもらっても宜しいかね?」


ヒュリーが両肘をつけて手を組みながらそう切り出した。トレードマークと言える長い白髭を揺らす。


「あぁそうだな。勿論私とてあなたをただ世間話をするために呼んだ訳ではない」


そう少し不敵な笑いを見せると、彼はヒュリーの目をまっすぐと見据えて口を開いた。



「──単刀直入に聞く、ヒュリー首相。あなたの国の皇帝陛下は、東大陸と全面戦争をする気はあるか?」


「な……!! ぜ、全面……戦争だとッッ!!?」


ヒュリーは、その思いもよらなかった言葉に声を荒げ、思わず立ち上がった。勢いよく手をついたテーブルは大きく音を立て、グラスから水が僅かに溢れた。


「それは、これまでの“計画”とは訳が違うッ!! おぬし、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」


「あぁ勿論、我らが神は、“()()()()()()()()”、魔術聖典の封印を解くことを望まれている。それ故に、それが必要なのだ」


とてつもない動揺を隠せないヒュリーをなんともないような顔で一瞥しつつ、彼は平然と話を続ける。



「魔術聖典の封印を解くには、“()()()()()()()()()()()”ことが不可欠だ。だがそれは今、忌まわしくもそのいくつかが東大陸の奴ら共の手中にある」


グランはそう言い終えると、右拳を握りしめた。

それは……凄まじい憎悪。そして殺意。ヒュリーとて、その立場故に数々の修羅場を潜り抜けてきた自負はあったが、これ程までに強い悪感情はそうそう見たことがない。



「しかしそれを奪うには、首相も知っているように“殺す”しかない。だから戦争が必要な訳だ」


先ほどとは打って変わって静かな声調で、しかしどこか狂った瞳で彼はそう平然と言ってのける。



「その為に旧教国家。特にロムラナ帝国の後継を自負するディノマ帝国には協力してもらいたいのだよ。……いや、“協力してもらう”。何故ならこれは我らの“神”の命だからさ」


そう言って、彼はただじっくりと見定めるようにヒュリーの目を見つめた。その2つの黒色の瞳は、まるで無限の闇のようにさえ感じられた。


「もし首相の権限ではどうにもならないと言うのなら、皇帝との会談を取り計らってもらおう。それなら問題はない。“あれ”を見せれば、彼とて同意するに違いない」


未だ動揺を隠しきれていないヒュリーへ、彼は何ともないといったようにそう告げる。

ヒュリーとしては、そんな思いつきで会談が出来るほど皇帝陛下は気軽な存在ではないぞ、と怒鳴りつけてやりたい気持ちではあるが……実際のところ、恐らく陛下はその打診を快諾するだろう。陛下は、この男をたいそう気に入っておられるのだ。


だが、だからといってそんなフザけた提案を聡明な陛下が受けるとはとても思えないのだが……、何故かこの男はそれをやってのけてしまうのではないかという気さえしていた。



「──あぁそうだ。奴ら東大陸の連中を潰す為には…まずはユトソル諸島の制圧だ。あそこなら非公式のままに占領も可能だ。それに、“本番”でも大いに役立つことだろうさ」


彼は、そんなトンデモない立案を楽しそうな声で、こちらから目を一切逸らすことなく呟き続ける。



……ヒュリーは、これで長い間帝国の政治家、特に外交に携わってきたと言う自負がある。

それ故に、彼はこの男。グランの若き頃を見たことがあったし、その姿はとてもよく印象に残っていた。

あの有名なドゥク家の生まれながら、そこに甘んじることなく努力を怠らず、豊富な知識と大物にも負けない話術と度胸を持ったマナスダ期待の新星政治家。彼を初めて見たときはそんな感じだった。


その頃の彼といえば、若さと自信と期待に裏打ちされた、美しいとも感じた真っ直ぐな瞳をしていたことを今でも覚えている





──だが。



今の彼に、かつてのそんな純粋な瞳は。



どこにもなかった。








────────────────────────────







「クソッ!! あぁクソクソッッ!! あいつら、こんな場所に集まりすぎなんじゃねぇのかッッ!!?」


ルヴァンがそう叫びながらフルオートで弾丸をぶっ放す。

だが敵兵は怯むことなく、遮蔽物に身を隠しながら、此方を殺さんと応戦を続けていた。当然気づかれまいとしてはいたのだが、想定以上に警戒が強かったらしい。


このままではジリ貧だ。いや、あの程度の数ならどうとでもなるかもしれないがどうしても状況的に時間はかかってしまう。なれば、その間に増援が駆けつけ、まるで無限の如く湧いてくること間違いなしだ。


故にあのクソ野郎どもと戦っている場合ではなく、さっさとぶっ殺しておきたいのだが……。



「──あれだけの数、そんなちゃっちい“玩具”では無理があるだろう。ここはオレに任せろ」


そんな現状に悩まされていると、後ろからアベリが自信満々にそう告げてきた。軽々と担いでいた例のブツを構える。


それは……そう、いわゆるグレネードランチャー。

リボルビング式で連射可能の火力モリモリな怪物兵器だった。

そんな、大量のゾンビとでも戦うのかと思わされるようなオーバーキル装備を、彼は躊躇いもなくぶっ放した。

勿論敵兵とて、その破壊力の恐ろしさは理解しているだろう。だが、ここが屋内だ。ロクな逃げ場などない。


故に……一瞬でここは地獄と化した。


大爆発と共に、様々なものが飛び散る。敵の装備などは勿論の事、血液、臓物、そして両手両足。

そこには、もし見慣れてなければ間違いなく嘔吐モノといってもいい光景が広がっていた。



「よし、これにて解決だ」


「いやお前はバカか!! そんなモン使って、もし地下通路が崩壊したらどうするつもりだったんだ!?」


「まぁそのときはそのときよ。それに、映画やドラマじゃねぇんだからそんな簡単に施設が壊れるかよ」


いや、それは流石にどうだろうか…と思わされる理屈だったが、現に通路は壊れることなく依然として存在していたので少なくとも結果的には正解なのだった☆



「──まぁ、よしっ! とにかく、これで一旦奴らの攻勢は止まった。さっさと行くぞ!!」


そういう訳でさっさと切り替えたルヴァンがそう決断をする。現在、本来のリーダーはレイス=ウェスタリアなのだが、彼女としても異存はないのか頷いていた。


まぁここは敵の本拠地ど真ん中。たとえどれだけ殺しても敵が湧いてくるのは想像に難くないので、懸命な判断だろう。



そんな事を考えながら、彼らに着いていくようにして既に“人”ではなくなった敵兵の残骸を跨いで進んでいく。


「……あぁ恐ろしい。何が恐ろしいって、この光景に慣れきっちまった自分が一番恐ろしい」


そんな足元へと目を向けながら、高崎ら自虐のようにそんなことを呟くきながら足を早めるのだった──。








しばらくすると、彼らは広い間にでた。


そこは昔中学生くらいの頃にテレビで見たことのあった、某首都圏にある地下の貯水地のような場所だった。そしてその奥の壁際には、折り返し型の上へと繋がる階段があるのが分かる。


「多分、あそこから外に出られるんじゃないんですか!?」


「普通に考えればそうだろうな。……まぁその先には敵兵がわんさか……って可能性は否めないが──」


『いたぞッ! 逃すなッッ!!』



「──クソッッ!! もう追手かよっっ!!?」


背後から聞こえた怒声に、ルヴァンがその足をさらに早める。向かうは例の階段。彼のいう通りその先に何が待ち受けているかは分からないが、もうそっちの方へと行くしかない。


それに懸命に着いていくようにして全力で駆け抜けながら、後ろを確認する。既に追手である敵兵の姿が見えた、……がそれでも距離はそれなりに離れている。



しかし。


「──がはッッ!!?」


高崎は、運悪く奴らの弾丸の1つを体にマトモに受け取っていた。命中箇所には焼けるような痛みが走り、肩はまるで感覚を失ったようにぷらんと垂れた。

そう、端的に言えば右肩を撃ち抜かれれていた。



「おいユウヤ!? 大丈夫かッッ!!?」


「気にするな! 今は奴らを撒くのが最優先だろ……っ!」


そう心配してくれるルヴァンに、彼はそう返し、傷口を軽く抑えつつ足を止めずに駆け抜ける。

……別に強がりという訳でもない。いわゆるアドレナリンのせいなのか、まともに撃ち抜かれたというのに、痛みはするものの悶絶する程の感覚はしていなかった。足を止めることなく走り続けることもできる。



──しかし。

だからといって全くの無問題という訳にもいかなかった。


右肩を思い切り撃ち抜かれたことによって、もはや力が入らず右腕は使い物にならない。そして、当然のことながら、人は走るときに腕を振るのが重要だ。


そう、故に彼はうまく全力で走ることが出来ず、他の者と少し差が開いていた。



だが、それでもなんとか階段へと辿り着き、そのまま一心夢中に登っており、既に全体の真ん中近くまで上がっていた。

また、階段には網付きのフェンスが備え付けられており、銃弾ももうそうそう当たることはないだろう。



──これなら、逃げ切れるッッ!!!




そう確信した瞬間、高崎の目にはとんでもないモノが映った。


そう、彼の目に映ったのは。



「──ロケットランチャー!!?」


そんな頭の悪いバカ火力兵器を屋内に持ってくる奴など、アベリくらいだと思っていたのだが、流石はマナスダ合衆国と言うべきなのか、そうでもないらしい。


7mm程度の銃弾ならともかく、あれだけのモノがここにぶち込まれたら、流石にマズイ。



ドガガアアアアアアッッ!!!!!


そんな凄まじい爆音と、爆風が高崎を襲った。


だが、着弾点は少し離れた場所だった。強い爆風で手すりに捕まって耐えるのが精一杯といった感じではあるが…、裏を返せばそれだけで済んだ。


しばしの間の後、目をうっすらと開けてみれば、上方の着弾点は手すりこそぶっ壊れているものの、それだけだった。

いくらロケットランチャーといえど、流石に一発で階段が崩れ落ちるということにはならなかったらしい。


それを確認した高崎は、出血の止まらない右肩を抑えながら再び階段を駆け上がる。未だ銃撃の雨が横殴りに襲いかかり、金属に跳弾して甲高い音を立てて火花を散らしている。



「──ユウヤ!! 早く上がってこいッッ!! 流石に“アレ”はまずいッッ!!」


そのときだった。


上から、ルヴァンのそんな張り詰めた叫び声が聞こえてきた。

それに対し、高崎は反射的に登りながら下へと目を向ける。


そこに広がっていたのは、銃をもった兵士の後ろに、何人かの手ぶらの兵士が立っているという光景。一見、なんてことない様子なのだが、この世界の場合はそうともとれない。彼らはこちらをじっと見据えて右手を掲げていたのだ。



あれは…………。


高崎をある嫌な予感が襲ったその瞬間。


彼らの腕先から、目を潰すくらいに強い熱線が射出された。

── 粒子砲弾(ドシヴェ・ムナディ)


前に風早が使っているのを見たことがあったが、あの風早が一発で魔力を消耗する程の大火力魔術だ。きっと火力は抑えめにされているのだろうが、それでもその威力は凄まじい。


光線は一曲線に階段へと襲いかかり、その暴力的な高熱によって一瞬で溶かされていく。それだけではない。階段が、その弾の命中した部分から、断裂するようにして崩れていった。



──すなわち。


高崎のいる階段部分は切り離され、そのまま崩れていった。




「──ユウヤッッ!!!?」


そんな声が聞こえてきた。目を向ければ、上方にはなんとか崩れ落ちるのを免れた上部分の階段にギリギリで間に合ったらしいルヴァン達がいるのが見えた。


どうやら、自分以外は間に合ったらしい。


──それは良かった。


高崎はどうしてだか、まるで他人事のようにそう思えた。



階段が崩れ落ちたのは、軽く10m以上はある所だろうか。

その距離を落下していく中、まるで走馬灯でも見てるかのように世界がゆっくりと感じられた。





「───がはッッ!!?」



そうして、そのまま地面へと問答無用で身体が叩きつけられる。本能的にやらかした右肩を庇うようにしていたのか、左肩の方に思い切り衝撃を受けた。あまりの衝撃と痛みに顔が歪み、左肩も同様に“逝った”ことを直観的に感じ取る。


唯一、不幸中の幸いと言えるのは、高崎と一緒に崩れ落ちた階段の残骸の中で殺傷能力抜群の尖りきった破片などの上に落ちなかったことだろう。


地面に落ちてから、実に約10秒後。ようやく衝撃で全て肺の外へ吐き出された酸素を求めて、止まってしまっていた呼吸をする事ができた。口の中は、ひどい血の味がする。どうやら、落ちた際に衝撃のままに口の中を噛み切ってしまったらしい。




薄らぐ意識の中、周りから残骸となった金属の上を歩く音が聞こえてくるのが僅かに認識できた。その音で、朦朧としていた脳が覚める。ここは敵の本拠地ど真ん中。立ち止まっている場合ではない。


まずいッッ!!


そう直観的に思ったが、身体は思うように動かない。……だがそういう訳にはいかない。たとえ身体が悲鳴を上げようとも、無理矢理にでも動かせッッ!!



と、起き上がろうとした彼の目の前にあったのは。


彼を囲むようにして立つ軍服を着た兵士たちと、こちらへとしっかりと向けられた銃口だった。


彼らが何を言っているのかは分からなかったが、少なくとも歓迎されている訳でないというのは確かだろう。




「──は、はは。こりゃ、どうしようもない……な」


頭はやけに冷静になり、こんな状況だというのに何故だか逆に笑えてきた。今更というようにもはや身体中に立つことも出来ないレベルの痛みが襲ってくるのにも気がつく。

両肩が既にダメになっているので、「降参です」と手を上げることすらままならない。





言葉通り、どうにもならない“詰み(チェックメイト)”、だった───。










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