幕間②『上陸作戦と2人の少女』
──対してその頃。
ユトソル諸島、二島の地下で高崎達が潜入任務を進めている中。その地上においては、アルディス軍主力隊による大規模上陸奪還作戦が決行されていた。
まずは手始めに、鉄の嵐ともいえる艦砲射撃の雨が海岸線に襲いかかり、防衛にあたる敵兵や砲台をトーチカや塹壕ごと叩きのめされていく。
そして、その凄まじい被害に対する回復を待つことなく、大量のアルディス軍兵士が上陸用舟艇から一気に上陸&強襲をかけるという黄金パターン。
まさに、アルディス王国軍がマナスダ軍に対して2週間前の“やり返し”をする形となっていた。
しかも、今回に関してはそれだけに留まらない。
ユトソル諸島上空における激しい航空戦の結果多くの地域で制空権を得るに至ったアルディス連邦王国軍は、それを駆使して空からの爆撃、および制圧射撃・偵察任務も行っていた。
その甲斐もあってか現在、多くの上陸決行地域においてアルディス軍は快勝を掴んでいた。場所によっては殆ど敵兵の抵抗を受けることなく、あっさりと敵の拠点を制圧し橋頭堡を築いていた所もあった。
──だが、かといってマナスダ合衆国とて世界三大国の1つであり、人口領土経済規模にてアルディス王国を上回る超大国。それに足る相応しい実力を有しているのも間違いなかった。
例えば、既に制圧されてしまった地域に関しても、それ以上の進出を阻むべく次の防衛拠点に兵力が集められており、今後は快勝の勢いままに進軍、という訳にもいかなくなっていた。
また、上陸後には無闇に艦砲射撃をぶっ放す訳にもいかないだろうし、敵も奇襲からじきに体制を立て直し、主力部隊の再編成を整えてくるだろう。
そして、アルディス軍として最も警戒しているのは、西大陸国家ゆえに素晴らしく充実している敵軍の“魔術部隊”だった。
マナスダ軍とのこれ程までの真っ向の戦闘は、それこそ大陸間戦争にまで遡る筈なのだが、そのときの記録でも「我が国では天才的といえる魔術の腕前の者が某国にはうじゃうじゃといた」といった類の記録が多く残されている。
旧教の主流地域である西大陸諸国は、周知の通り技術面では東側が圧倒出来ている一方で、魔術に関する実力では逆に圧倒されているのが現在に至ってもなお現状なのだ。
そういう意味では、奇襲の勢いそのままに敵の体制修復を待たぬ進軍が阻止されつつある現状のままでは、予測通り二島の攻略および全土支配には時間がかかってしまうのではないかというのが現実的な今後のビジョンだった。
まぁだからこそ、“特別任務”に就いている者達がいるのだが。
……話が少し逸れたので戻そう。
確かに今後の戦況については不安要素が残るのが現実だとしても、今のところは全体的に快勝ムードなのは事実。
しかし、それでも“そうでない”地域が一部あった。
つまり、最初から苦戦を強いられている戦場。
艦砲射撃の雨をどうにか凌ぎ、その準備が整ったままにアルディス軍の上陸部隊が迎え撃たれてしまった、そんな戦場。
そう、具体的には───。
「はぁはぁ……。もうダメだ。ここから……ここから僕がどうすればいいっていうのさ!!」
海岸線の遮蔽物と砲撃で空いた穴を使い体を縮こませるようにして身を隠しながら、少年が身体を震わせながらそう呟いた。
特任部隊の新人、コルタス=ノエラスは、運悪く…というべきか。現在、そんな最悪ともいえる場所での戦闘に従事していたのだった。
例の高崎たち特任部隊のメンバーが就いている特別任務は極めて少人数で行われるということもあり、一部のメンバー以外の特任部隊メンバーは通常の任務に就いていたのだ。
しかし、待ち受けていたのはあまりにも酷い世界だった。
機関銃、砲撃、魔術攻撃、そして地雷。敵兵士を殺すためだけに用意され使われたモノらの暴風が、次々と、そしてあっさりと大量の人の命を奪っていく。
コルタスが乗っていた上陸用舟艇に同じく乗っていた仲間たちも、既にその多くが命を失っていた。銃弾に倒れ、砲撃に手足を弾かれ、魔術にその身を焼かれ、溶かされ、抉られて。
それは、特任部隊の仲間とて例外ではない。
例えば、コルタスに近年のロムラナ製映画の良さを熱弁していたスネラさんが、魔臓の病でかつて天才とも称された魔術が使えなくなったというヘリアさんが、私は特任部隊初の女性兵なんだと自慢げに語っていたウィレスさんが、大量の血を流して砂浜に横たわっていた。
そして、ふと振り返ってみれば。
そこにあった海は、もはや血で赤く染まっていた。
──地獄だ。
こんなの、地獄以外のなにものでもない。
意味がわからなかった。どうして、こんなことになってしまったのか。どうして、こんな争いをしなくてはならないのか。
勿論コルタスとて、戦争の恐ろしさは理解していた筈だった。第四次アルウラ戦争に従事していたという祖父の話を聞いたこともあったし、そんなのはこの軍に入ってからも散々言われた事だ。自分が死ぬかもしれないという事だって覚悟しているつもりだった。
だが、それは彼の想像を遥かに超えていた。
なんで……なんで、こんな世界の裏側のちっさい島なんかを巡って、何も罪のない人々がこれほどの血を流さなくてはならないのか!?
いったい自分たちが何をしたというのか!?
2度の激しい上陸作戦の結果、島は荒れに荒れている。建物や道路は無惨にも砕かれ崩れ落ち、豊かな自然もその土壌ごと吹き飛ばされ燃やされめちゃくちゃだ。何の理由があって、こんな暴挙が許されるのか。
突如、すぐ近くに砲弾が着弾した。飛び散る砂、身体中を襲う爆風。そして兵士の悲鳴。
今もなお、コルタスの命は風前の灯といってもいい状況下に置かれている。
──運が悪かった。
そう、運が悪かった。たまたま敵兵が生き延びた場所にみすみすと上陸してしまうなんて。
だから、もうこれはしょうがない。
……いや、違う。
これまで生き抜いてきた人生の終幕を、そんな「運が悪かった」なんてモノで閉めたくない。
確かに、目の前に待ち受けているソレは余りにも理不尽だ。こんなの、理不尽以外の何物でもない。
──だけど、それでも。
怖いと震えている者に、“勝利”は訪れない。
たとえ足が震えようとも、目が霞もうとも、前に進む者にしか奇跡は起きないのだ。
それは、かつて厳しかった叔父に教わった事だった。当時はその言葉の意味を理解できていなかったが、今なら分かる。
それに、散っていった仲間のことを想えば、これ以上こんな場所で無意味に震え続けている訳にもいかなかった。
「──くそっ、そんなこと最初から分かってんだよ、やるしかないってことくらい……!!」
これまで、めったに使ってこなかった崩した言葉を自分に言い聞かせるようにして呟きながら。
彼は、戦場の真ん中へと再び足を踏み出すのだった───。
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そして、再び場所は変わって。
今度はアルディス連邦王国、ヴァナラダ。
国内でも2番目の大都市で、現存する世界最古の大学も存在している教育特区があることでも有名な世界有数の街だ。
また、軍の問題児たちの集まりである特別任務遂行部隊。いわゆる特任部隊の本拠地である。
『ウラディル共和国、正国内戦後の混乱明け、新首相正式に決まる。共和党のカミラ=ラフィーレ。同国では約40年ぶりの女性首相で、初のイラベ民族系の首相となる──』
ビルに設置された巨大スクリーンには、そんなニュースが流れていた。彼女は融和外交派として有名で、アルディス国内でもそれなりに知られている人物だ。
そして、そんな街の中心部に位置する繁華街を、1人の少女が歩いていた。軍服を独自にかわいくアレンジしたものを見に纏い、見た者を振り返らせる程に綺麗な金髪を靡かせている。
「はぁ、今頃ユウヤたちどうしてるんだろうなぁ」
そんな彼女は、独り言を僅かばかりに呟きながら、人がごった返す大通りを歩きにそうにしていた。
そう、彼女はエレナ=カスティリアだ。
現在彼女は、特任部隊の駐留している事務所にてたった1人でお留守番をしていた。
特任部隊の殆どのメンバーがバカンス()で南の島に行っているというのに、彼女だけはどうしてか、両親のこれまでに見たことがない程に強い反対を受けて着いていくことが出来なかったのである。
まぁ実際のところは周知の通り、彼女が行けなかった理由は当たり前といえば当たり前なのだが。
まぁそういう訳で、彼女は(数少ない)得意分野である電子関係の仕事などをちまちま請け負いながら、多くの日を寂しい1人での勤務に費やしていた。
本日は休日なのだが、お腹が空いたのでもうお昼時は過ぎていたが外食先を探しているのだった。
「いらっしゃいませー、ご注文は何でしょうか」
「あ、はい。えっとこの───」
適当に歩き回って見繕ったレストランに入り、さっさと注文を済ませようと思っていたエレナのふと見上げた顔の先に、“予想だにしてなかった光景”が待ち受けていた。思わず、外向けでは貴族のご令嬢らしく気品ある立ち振る舞いを心がけている表情も崩れる。
「──あ、あなた。もしかして……ユウヤの幼馴染だとかいう、確か……サナッッ!?」
「…………へ?」
彼女のそんな指摘に、ウェイトレスが目を丸くして口をぽかんとさせて立ち尽くした。
まさに超絶偶然ともいえる、再会なのだった。
──その後。2人は彩奈の勤務時間があとわずかだったということもあって、現在相対して席に座っていた。
当然エレナとしてはご飯を食べたらさっさと帰るつもりだったが、彼女には個人的に強い関心があったのだ。
「──あなた、こんな場所で働いてたのね」
「あ、はい。見た感じ条件が良かったので……。それに働かないと生きていけませんしねぇ」
彩奈が、少し目を逸らしながらそう答える。
本当の働いてる根本的理由は、前に高崎にこれを機に一回社会に出れみろと言われたからなのだが、流石にそんなことを素直に白状する必要もないだろうしするべきでもない筈だ。
「いや、そんなかしこまって気を遣わなくていいからね。そもそも、多分あなたの方が歳上でしょう?」
「……まぁそういうことなら、そうさせてもらうけど……」
エレナが笑みを見せながらそう言うと、彩奈は僅かに目を逸らしながらそう返す。まだちょっと躊躇いがある感じだった。
まぁ彼女も既に高崎からエレナの身分については話を聞いているのだろうから、しょうがないといえばしょうがないのだが。
「──で、あなたユウヤとは実際のとこどういう関係なの?」
「……えっ、佑也と?」
これ以上気まずい空気なのもアレなので、さっさと本題に入ることにした。彩奈がそんな質問を反芻し、どういう意味だと問いかけるようにこちらを見つめた。
「……あなたも佑也から聞いたことあるんでしょ?昔隣の家に住んでた幼馴染って感じだよ」
彼女……エレナがどういう意図でそんな質問をしたのかはまだいまいち掴みきれなかったので、彩奈はとりあえずそんな答えを返すことにした。
彼女と佑也がどんな会話をこれまでしてきたかなど知る由もないが、佑也のあの性格的に、多分2人で同棲してる……なんてことは言っていないと思うので、とりあえずそれは隠しておくのが吉だろう。
「いや、それはそうなんだろうけど……」
そんな彩奈の答えに対して、エレナはなんともいえない表情で言い淀んだ感じだった。もしかしなくとも、それは彼女の聞きたかった返答とは違ったということだろう。
なれば、彼女の聞きたかったこの質問における真意とは……。
「──あぁ、ようするに私が佑也のことどう思ってるのか知りたいってこと? とくに恋愛感情的な意味で」
「ぶふっ!! い、いやいや!!私が聞こうと思ってたのは別にそう言うことじゃなくて、単にその元の世界での2人の関係とか諸々について気になったというか──」
「好きだよ」
思いっきり動揺を表出されていたエレナに対し、彩奈があっさりと、それでいてはっきりとそう言い切った。エレナは、思わず反射的にその彼女の顔を見た。
「うん、私は佑也のことが好き。ずっと前から」
エレナがそのまさに目を丸くして驚きを隠しきれてない中、彼女は平然とした表情とのままに言葉を続ける。
「だからね、私は出来ることならあいつを支えられるようになりたいの。家事全般はできるように頑張ったし、勉強だって苦手なりに頑張ってたつもり、同じ学校に行きたかったしね」
そう彼女は言い切って、優しく微笑んだ。
……なんでだろう。それは、予想していた返答だった筈なのに、想定内の答えだった筈なのに。
──聞いてしまったら、胸が何だかとても苦しかった。
「──それなら、そういうエレナさんはどうなの?」
「……え。……わ、わたしぃっ!?」
そんな何故だか分からない自分を襲う感情に心中動揺していれば、まさかの彩奈によるカウンターが襲いかかってきていた。
自分からこんなことを聞き、そしてその全てを聞いてしまったからには、自分だけ言わなかったり、はぐらかしたりする訳には……いかないだろう。
なら、私はユウヤのことをどう思っているのだろう?
わたしは、ユウヤのことを……。
「──私は……それは、分からない」
エレナは、どうしようもないという感じで俯きながら、そう吐き出すように答えを出した。
「好きか嫌いでなら、好ましく思ってるのは間違いないんだけど……、それが“好き”なのかは分からないの。人を好きになったことなんてないから」
それが彼女の心からの気持ちだった。
恋愛もののお話はよく見るけれど、それはいつも他人事で、自分にはまるで関係のないどこか遠くの世界のように常に思っていた。人を好きになるということの感覚が分からなかったからなのかもしれない。
──そこでふと、彼のことを思い返す。
1年前、誘拐されそうになった私を危険を犯してまで助けてに来てくれたその姿。
3ヶ月前、怪我を負った私の前で、強敵に対して啖呵を切って見せたその背中。
そんなかつての彼の姿を思い出していたら、気がつけば心が何故だかとてもあったかく、安からな気持ちになっていた。
やはり、これは“好き”ということなのだろうか。
これが、“好き”という気持ちなのだろうか??
「──そっか」
そんなエレナを見て、彩奈は短くそうとだけ返した。
彼女がその一言を呟く中、心の中で一体何を思っているのかは、エレナにはまるで掴めなかった。
「──そういえばあなた、魔術の才能ってどうなの? やっぱりユウヤと同じでダメな感じ?」
しばらくして、エレナはそんな疑問を彩奈に投げかけた。別に深い意図はない純粋な興味に駆られたからだった。
「……分かんない。使ってみたことなんてないし」
そんなエレナの問いかけに、彼女はどこか他人事のようにそう返す。彼女にとって、魔術というものはあくまで空想上の産物。それに高崎と違ってそういう類への興味もなかったので、この世界に“そういうモノ”があるというのを知っても、別に「そうなんだ」で終わっていたというのが本音だった。
「じゃあ今から試してみましょうよ、魔術!!」
「え、いや別に興味ないんだけど……」
「いやいや、あなたがどう考えてるのかは分からないけど、この世界で生きてくなら魔術は大切な生活の術なのよ!! 魔術の腕によって就職に影響が出ることもあれば、家事に魔術を使う主婦だっているんだから」
心の底から興味ありませんといった表情と声調な彩奈に、エレナが至極真面目にそう告げる。彩奈にとってはそれは半ば冗談のようにさえ感じられる内容だったが、それは事実だ。
実際、この世界では魔術の才というものが社会において未だにその立場を左右させるモノになっている節がある。
それは、高崎がかつてこの世界に迷い込んだときに、魔術が使えないことを理由にバカにされたりクビになって路頭に迷いかけていたことからも分かるだろう(まぁ彼の場合は言語がロクに扱えてなかったというのが最たる原因なのだが)。
「それに、ユウヤを支えてあげたいっていうなら魔術が使えるようにしとくべきよ!!」
もはや極限……と言わんばかりにまで目の前に顔を近づけて、彼女がドヤ顔みたいな表情のまま、そう言い放つ。
再会した最初からなんとなく察していたが、エレナという人は、コミュニケーションが得意……というよりパーソナルスペースがあまりにも狭いのではないか。
「ま、まぁそういうことなら、いいけど……」
そんなエレナの凄まじい勢いに押され、彩奈が了承する。
別に彼女は押しに弱いという訳ではないのだが、彼女のそのつぶらで純粋な瞳で見つめられては、あまり邪険にするのもどうかという気持ちにさせられていたのだった。
──だがこの後。
そんな彩奈に、とてつもない“ある才能”があったことが判明するのは、まだ少し先のことである────。




