1話『夢のバカンス?』
「ハァ……ハァ……ハァッ……クソッッッ!!!」
激しく息を切らしながら、特任部隊リーダーの高崎は、一心不乱に街の裏通りを駆けていた。
空を見れば日は既に沈みかけ、徐々にその街全体は暗闇へと包まれていた。この裏通りに至っては奥の方は視認することは出来ず、足元に突然現れる“何か”に危うく躓きそうになる。
──いや、待て。
裏通りに横渡っていたその“何か”は、死体……だ。
そして、それだけではない。その中には、僅かばかりに呼吸をしている者や、ほとんど本能的にどこかへ這おうとしている者も散見される。最早ここは地獄だった。
しかし、高崎はそんな目の前の悲劇に傍目を振ることはない。彼はひたすら奥へと駆け進んでいく。奥へと進めば進むほど暗がりは増し、既に灯がなければ躓いていまいそうな程だった。
ただし、決してこの街に電気が灯ることは、ない。
──というのも、この街に、“住人は”いないのだ。
いや、正しく正確に表現するならば、この街はとても“住人が住むことは出来ないような街”なのだ。
「……ここまで、来りゃ大丈夫か……? はぁ、はぁ……!」
そんな裏路地の裏の裏にまで辿り着いた高崎は、走ってきた今までの道を振り返りながら、壁に寄りかかってゆっくりと息を吐いて息を整える。路地裏は陰鬱で決して心地いい空気ではなかったが、それでも肺に入ってる酸素は体中を確かに巡り、大分楽な心地になった。
しかし、だからといって余裕は一切ない。壁に寄りかかったままそのままズルズルと滑り落ち、お尻から地面へと座り込む。
「ちくしょう! 完全に仲間とははぐれちまった……!! アイツら、大丈夫なのか……ッ?」
高崎は、先ほどの奇襲を食らう前に同行していた仲間達のことを思い返す。彼らもあの猛攻から逃げられたのだろうか?
ただ奴らから必死に逃げることしか出来なかったちっぽけな存在の高崎には、仲間達に気を使う余裕など無かったのだ。
薄ら嫌な予感がしつつも、彼は腰にかけた無線を手に取った。
「おいエレナッ! ……テラッ!! ……ルヴァンッッ!! 誰でもいいから応答してくれっ!!」
しかし、応答はない。
無線が壊れているのか、それとも“この先”で本当に何かがあったのか。それは分からないが、確実にヤバイ状況なのは変わらずに確かだった。
「クソッッ!!! ……なら、本部はどうだ……ッ!?」
彼は無線のダイヤルを捻り、前線付近より後方に控える本部への連絡を試みる。流石に、彼らは無事だろう。敵の攻勢の報告と、支援を要請する事くらいなら自分でも出来るはずだ。
「こちらリィーネンス方面第三前線、特任部隊隊長タカサキだ! 奴らが攻勢に出たッ!! 空爆支援を要請するッ!!」
彼が無線機に向かってそう怒鳴るように叫んだ。
…………が。
『……ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ』
「まさか、電波ジャミングかっっ!? こっちの狙いはバレバレってことかよ……っ!!」
高崎が力任せに無線機を叩きつけた。仲間にも本部にも連絡のつかない無線機など、ただのお荷物だ。
いや、それでもこれで現状は完全に把握出来た。無論、それはさらに絶望へと彼を追い込む者ではあったが。
──しかし。
高崎の目は決して下を向いていなかった。その視線の先は、先ほど走ってきた道。耳をすませば、その奥から僅かばかりに声が聞こえてくるのが分かった。……おそらく『奴ら』だ。追ってきたのか、それともたまたまなのか。どういう理由かは分からないし、何人規模の舞台なのかも不明だ。
だが何であれ、奴らが向かって来ているのは間違いない。
「しょうがねぇ。ここまで来たからには、最後の最後まで、俺の出来る限りをやってやろうじゃねぇか……ッ!!」
そう少し控えめな声で決意を示し、彼は腰にホルスターに刺していた持ち前の銃を抜き、その手に取る。
肩にかけていた自動小銃は、先程の逃亡の時に捨ててしまっている。……こんなモノで戦うなど、かなり心許ないが、過ぎてしまったことは言ってもどうしようも無い。
──そして。
高崎は先ほど来た道へと、ゆっくり引き返すのだった。
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「──はああぁ……、今回は負けかぁ……」
大きく息を吐きながら、高崎はかけていた“グラス”を外した。
周りには同じように、それを付けていた者たちが、ルヴァンが、テラが、エレナ達がいるのが分かった。
そう、先程までのは所謂『VRゲーム』である。
そして、その内容はチーム対抗のバトルロイヤル。アルディス連邦軍で正式に採用された、訓練用のゲームなのだ。
この世界における最新鋭のVRは五感をもデータ化し、ほぼ完璧に現実世界レベルの演算を可能にした超ハイスペックな性能を持っている。だから、仮想空間において実践と全く遜色ない戦闘を経験できるという意味では、軍の訓練としてはとても素晴らしいものなのだろう。
そして現在。彼ら特任部隊は、軍がアルディス王国の超大企業『ラ=シヴェル』と共同開発した、そんなVRゲームの新システムの試験を兼ねて、他の部隊との対戦を行なっているのだ。
無論、そんな半分人体実験のようなもの、普通だったら正直参加したくもないのだが……、実はこの一種の大会のようなモノにおける優勝部隊にはなんと報酬が出るらしく、皆やる気マンマンという訳である。
「ま、今回の戦闘はどうしようもなかったな。それよりお前。最後にあんな啖呵切っておいて、あっさり死んじゃうのかよ」
高崎の横でからかうように話す、赤みがかかった髪の男は、やっぱりルヴァン。恐らく、先に離脱した彼はその後の高崎の様子を中継的な何かでしっかりと見ていたのだろう。
「うっせ!! そもそもお前らだってなす術なくやられてたじゃねぇか。あの襲撃を生き延びただけマシだろうが」
そんなルヴァンの煽りに、高崎が軽く悪態をつくように返す。
──まぁ確かにあの後、彼は最後まで抗うどころか、情けなく1人も倒せずにあっさりと殺されたのだが……。
「あーもう!! なんでそんなことで喧嘩してるのっ!? 確かに反省は必要なことだけど、もっと丁寧な言葉で冷静に話したらどうなの!?」
そんな感じで、エレナがぷりぷりと頬を膨らせて割り込んできた。どうやら口喧嘩をしてると思ったらしい。
いや、恐らく彼ら的にはただの軽口の言い合いなのだが……、まぁ確かにこんなことをぐちぐち言っていてもしょうがない。
「そうですね。それに今回のゲームの大敗は魔術要素がなかったり時代設定古かったりで僕たちの戦い方に合ってなかっただけですよ。次はしっかりとボコボコにしてやりましょう」
テラも横から笑顔でそんなことを言ってくる。
最近、テラはどうも言葉遣いに関してお下品になってるような気がしてならない。いや、元から魔術に熱中してる時はあんな感じだったか。
「──そうだな、3勝にリーチかけてるのはこっちなんだ。次のはテラの言う通り、本人の素質能力に依存した魔術が使える。守りに行かずに、魔術使って最初のときみたいに攻めていけばアイツらなんて余裕だろ」
さっさと気持ちを切り替えたのであろうルヴァンが、本当に心の底から余裕そうな表情でそんなことをのたまう。
そしてそんな彼の言葉に、周りにいる他の特任部隊のメンバーも同意している。無論、高崎としても同じ気持ちだ。ここの部隊の奴らはアホばっかだが……それでも優秀なのだ。
「よし、じゃあ次の試合までは10分ある。それまでにマップの確認と、それを踏まえた作戦の詳細を考えるぞ!!」
高崎が(一応)リーダーとして、そのような提案をする。
当然ながら作戦立案など得意分野ではないが、この1年ほどを通して、彼ら部隊のメンバーの意見をまとめる役には慣れてきたというものだ。
さらに、彼としても。
この対戦には全力で挑むべき理由があった。
──そう。
みんなで、優勝の記念品である商品券と、『南国の島々への旅行』を勝ち取るんだ……ッ!!!
──話によれば、その報酬とやら。
名目的には、なんと軍の命令ということになる。
つまり、その間は旅行に行くことが業務であり、その分だけ普段のクソみたいな仕事はお休みできるという事であるッ!!
なんという素晴らしい話なのか。これを聞いてやる気にならない奴などそうそういないだろう。
だからこそ、高崎は。
目を瞑ってゆっくりと息を吐いた後、部隊の仲間の方へと振り返り、こう高らかに宣言するのだった。
「次の試合、絶対勝つぞおおおおおおおおッッ!!!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」」」
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ざざぁぁぁぁ……。
「──ここ、どこですかね?」
高崎が途方に暮れた顔で、まるで溢れてしまったかのように小さな声を口から吐き出した。
そんな彼の目の前に広がるは、見渡す限りの海と山。寄せては返し、心地よいさざめく音を鳴らす海岸の波。そして砂浜を照りつける太陽。
──そう、なんとここは南国だ。彼らはあの大会で無事に優勝し、『南国旅行権』を無事手にしたのだった。
……だというのに、彼の表情は非常に暗かった。空に燦然と輝き、肌を焼くように明るい太陽とはひどく対照的である。
いや、確かに高崎にとって夢は叶ったはず……だったのだ。
長い空と海の旅を経て、目の前に現れたその地自体は、確かに南国そのものであり、これは任務ということになっている。
“しかし”。
あくまでそれは、“その地自体は”……である。
全体的に見れば、それは彼の考えていた理想よりかなり、いや、とんでもねぇくらいに違ったのだ。
……と、いうのも──。
「──おお!ようやく来たか!! 君たちのことは本部からよく聞いているぞ? 現在、戦況は拮抗している。想像していたより少し頼りなさそうだが、今は増援ならなんでも大歓迎だよハッハッハッ!!!」
船を降りた彼らを待っていたのは、そんなことを言って豪快に笑う、軍服に身を包んだ恰幅の良い初老のアルディス人だ。その胸にはいくつもの勲章が光っていて、その地位の凄まじさは容易に想像できる。
彼は、高崎達についてこいと言うと、さっさと歩き出した。
……立場上、彼に素直に付いていくしかないのだが、非常に嫌な予感しかしない。
そして、だ。
──空では、最新鋭の戦闘機が鼓膜を壊しかねないほどに爆音を立てて過ぎ去り。
──海では、向こうの方へ艦砲射撃を放つ艦隊や、上陸用に使われるボートが、島の周りを埋め尽くすように点在し。
──目の前の陸上には、島々の中で敵の支配する島を奪わんとするために動員された多くの兵士が駐留し、上陸戦のために用意されたのであろう水陸両用車が、敵方の攻撃で破壊されたのであろうボコボコの道路を横切っていた。
そのどれもが目の前の現実のことだというのに、この前のゲームの世界より、ずっと他人事で、非現実的に映っていた。
「──ユソトル諸島。緑星において、アルディス本島の丁度反対側あたりに位置する島々。
あまりの広さと荒れ海で、近代に至るまで横断は不可能とされていた地獄海の真ん中に孤立した島々で、世界大戦後に全国同盟会の決議で世界の共同管理にされたが……その結果逆に、戦略的に超重要なこの地の覇権を巡って争いが頻発することになってしまった、領土問題の温床地だな。
………まぁ、確かに気候的には南国、にも近いが……」
ルヴァンがデバイスを手に広げて目をくれながら、そんなことを解説する。その目からは一切の感情も感じられない。怒っているのか、呆れているのか、それとも燃えているのか。……どれも当てはまらなさそうな“無”の境地だった。
──まぁつまり、彼の話から察するに。
今回は『南国旅行』なんて名目で、高崎達特任部隊は、戦場の最前線にまで連行された……という訳だ。
「………ち、ちくしょおおおおおおおおおお!!!! また騙されたのかよおおおおおおおおおおッッッッ!!!!?」
そんな高崎の悲鳴が、ユトソル諸島を囲む大海原に響き渡るのだった──。
【プチ用語紹介】
・ラ=シヴェル
アルディス連邦王国が誇る世界的大企業。
IT分野などを中心にして世界でNo. 1のシェアを誇る製品を多く製造しており、インターネットの面においては裏から世界を支配してるとまでも言われるほど。
また、アルディス王国との連携も強く、政府や軍のセキュリティやシステム、軍需品や兵器に至るまで様々な製品の製造にも関わっている。




