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4話『開催前夜①』





そして、7月19日。


ついに魔術博覧会の前日となった。


前日ともなれば、教育特区の中は慌ただしくなるのは当然か。

昼間には、小学校から大学までの数十万の生徒達が、広大な敷地内の装飾や改造を行っていた。


教育特区の敷地は、隣接するアルディス連邦王国2番目の都市『デルカット』よりも広く、中には学校だけでなく、寮や商店街、さらにはスポーツ施設や娯楽施設までが揃っている。


そして暗くなる頃には、その広大な敷地が1つの遊園地や博覧会場のようになっていた。

広い中央道に、その脇を彩る花や並木。近年開発されたこの地域は、それに相応しい美しい都市開発が成されていたのだが、それも今日はさらに彩られている。



何せ明日は、研究者だけでなく、世界中から多くの人がやって来ることが予想されている。

ならば世界随一の大国アルディスは、その国威の見せつける為に壮大な準備を行うのが当然だろう。


よって開催期間である約2週間の間に、数百万人は軽く捌けるようになっている訳だ。




まぁそんなこんなで。


「………おーおー、かわいらしい装飾なこと」


「先輩、目が死んでますよ……」



高崎達は、暗い夜の敷地内を歩いていた。

理由は勿論、警備である。


教育特区に住んでいるのは当然大半は寮生活の子供。

よって夜の教育特区は、寮周辺や歓楽街などの施設以外の場所は、かなりの暗闇となる。さらに近年はエネルギー問題とかが叫ばれる中、よりその傾向を強めているらしい。



片手にライトを持ちながら、高崎はデカイため息を吐いた。


「……はぁ、俺らが警備するのはまだ分かる。……でもさ、ちょっと人数が少なくないか? この広さを本気で見回るってんなら数百人は必要だろ普通」


現在警備に当たっている者は、高崎達と通常時からの警備員、そして臨時の警察達である。

その数はだいたい100ほどか、……なんにせよこの敷地をカバーできるほどのモノではないことは確かだ。



「まぁ、“見張りなんて古い時代の産物、センサーとカメラで十分”……っていうのが最近の世間の風潮ですからねぇ。警備員の雇用数も、ここ数十年で6割近く減ってるらしいですし」


そんなことをテラが呟く。

まぁ確かに分かる。護衛とかでもない限り、機械による警備の方が安上がりで手間がかからない。しかし、納得いかないことがある。



「なら俺ら要らないだろ!! もしそんなにAIどもが信用出来るってんなら、勝手にご自慢の設備とやらに安心して頼ってりゃいーじゃねぇか!!」


高崎がなんか喚いているが、結局状況は変わらないのだ!!

テラも苦笑いしながら、言葉を返す。



「それにどうも、技術大国としての意地もあるみたいですよ」

「──はぁ、意地?」


高崎が呆れたような顔で吐き捨てる。


「はい、アルディス王国はその技術力による製品は勿論、こういった最新鋭の警備システムも他国に輸出してる国です。

もし人力に頼ってることが伝われば、製品の信用性も落ちるモノです。……つまり輸出の売上にも影響が及ぶ危険性があるとかなんとか。今回は各国から多くのマスコミも来る訳ですし」


「意地ねぇ、それで国が守れるってんならいいんだけどな」


彼は適当にライトをストラップを指にかけてグルグルと回しながら、そんな風に話題を締めくくった。




──と、高崎がふと横を見ると、ルヴァンが立ち止まって真面目な表情をしていた。


「……ルヴァン? さっきから何を俯いて考えてるんだ?」



その呼びかけでようやく意識が外に向かったのであろうルヴァンが、少しびくっとしつつ答える。



「いやな、引っかかることがあってな。単純な話ではあるんだが。……なんで、今俺らはここにいるんだ?」」


「………? そりゃ、クソ野郎をとっ捕まえるためだろ?」


高崎が何を行っとるんじゃと言わんばかりに答える。

テラも彼の言わんとする事が分からず、首を傾げていた。



しかしルヴァンの方といえば、満足げに頷いていた。


「そうだ、それなんだよ。俺らそのために行動してる筈なんだ。だったらこんなとこに居ても仕方ねぇんじゃないのか?」


「………と、言うと?」


「そのままの意味だ。いるかもしれないテロリストやらは、少なくとも今のこのことこんな場所ほっつき歩いてる訳がないって話だ。そりゃそうだろ、見張りに機械の警備体制。警戒しない訳がない」


高崎があっ、と小さく声をあげた。

そりゃそうだ、常時より多い警備の今入り込むのはいくらかのリスクがあるのは間違いない。



「だから、あえて“あっちの側”に立って考えてみるんだ。

……もしお前が“あっち側”だとするなら、どうすればここに安全に爆薬とかを持ち込めると思う??」


「──敵の立場になって……か。警備体制は危険がある。でも“開催時期”は警備が盛んになる……、ってことは……!」


高崎が思い当たったことがあるかのように語尾を上げた。


「もう既に奴らはとっくのとうに潜伏している可能性がかなり高いってことですね。」


今まで静観を決めていたテラも、声をあげた。



「ま、そういうことになる。開催期間や準備期間に侵入するのはかなり難しいに決まってんだ。大量の人が入って来るとはいえ、それでも厳しいチェックが待ち受けているんだからな」


ルヴァンがライトを振りながら口を動かし続ける。


「そんな中、必要な量の爆薬とか重火器を持ってこようとでもしてみろ。一瞬でバレて拘束されるだろ」


そりゃそうだ。当日正規に入ろうとすれば、金属検査なりカバンチェックなり、そういったモノが行われるのは間違いない。

かといって、その代わりに侵入するのも人が多く訪れている中行うのは無理ゲーのようなモノだ。奴らもプロなら、そんな間抜けなマネはするまい。



だから───。



「なるほど、だから前もって用意しておくと」


高崎のその結論に、ルヴァンがそうだという風に頷いた。

高崎も納得したように頷く……が。


「でも、この世界には持ち込むことなく破壊を尽くせる“最悪の方法”があるじゃねーか」


「──魔術、ですね」


テラがその婉曲した言い方を紐解く。

そうだ。魔術は魔力がある限り、どこでも使えてしまうのだ。



ルヴァンもそれには反論しようがない。


「──あぁそうだな、確かに魔術には危険物なんて持っていく必要はない。それにかなりの威力を出せる」


“しかし”だ、とルヴァンが付け加える。


「そういうのに爆発魔術なんてピッタリなモノは、その操りが無茶苦茶難しくて、アルディス軍の魔術連隊でもある程度まともに扱えるのは上位数%くらいの奴らだけだ」


ルヴァンが両手を上げてわざとらしいポーズをした。



──“爆発魔術”、それは禁忌の技だ。

古くから存在はしてはいたものの、その技故に繊細な魔力操作を必要とし、失敗すれば爆発に巻き込まれるどころか、その負担に自身の脳まで破壊される事にさえなってしまう事もある。


大陸間戦争の頃には、魔術に特化する西大陸側がこれを使った自爆戦術を行ったとも聞くが、それはつまり、“大抵の者は自爆でしか爆発魔術は使えない”ことを意味しているのだ。

──まぁ近年の魔力仕様の効率化と解明によって、ようやく戦略的価値が認めらるレベルにはなったようだが。


つまり何が言いたいかというと、魔術による犯行はどこでもできるが、今回に限ってはその可能性も高くはないということ。


そう考えてくると、やはりこの世界の治安が悪いのは確実に魔術のせいがあるだろうなと思う高崎なのだった。



「──でも、その為にあらかじめ潜入して調べんたんじゃねーのか?……で、異常は見つからなかったって」


高崎が首を傾げながらそう言った。

今までも潜入を通して、任務をやってきたはずなのだ。


「いや違う。そんなの、生徒や教師みたいな内側の関係者に、裏の内通者がいないか確認しただけに過ぎない。

──つまり、外からの可能性までは見極めきれていない」


「なるほどな……ってことは」


高崎が必死に頭を働かせる。ここまでの話を総括すると、予め潜入し易そうな環境を探せば良いということだ。



つまり───。


「人が滅多に訪れないような安全な場所だ。……さらに、色々持ってくのにも不便しない……」



そんな場所が人口密度と著しく高いこの教育特区にあるのか?

こんな都市に誰にも見つからない環境なんて──。


……いや待て、“誰にも見つからない”……か。




「なぁルヴァン、ここらへんに使わなくなった部屋とか場所はないか?……それこそ閉鎖状態みたいな」


ルヴァンがその言葉とともに、デバイスを弄る。


「──ビンゴだ、ここらへん周辺の下は地下通路がある。昔はそこに大きな商店街があったらしい。しかし6年前、教育特区の拡大政策と老朽化による危険性といった諸々の理由で閉鎖されてるヤツが、な」



「いいぞ、ってことはそれを虱潰しにすればいいって訳だ」


「ですね。なら早速そこらを探しに行くために、専用の鍵でも貰いに行きましょうか」



ようやく話がまとまった彼らは、再びその足を動かす。


……しかし今度は少なくとも当てもない監視ではないが。








────────────────────────────









そして、それからさらに3時間が経った。

現在は夜中の2時、自分らの足音の他に鳴るものはない。


もう既に、残る地下通路にある部屋は数室だろうか。しかし何処にも手がかりは見つかっていなかった。


というか後の話にはなるが、もう数日前には既に捜索はされていたらしい。……まぁそりゃそうか。



「───ここは旧倉庫か……」


高崎が比較的広めなその部屋を一瞥する。

そこは以前、周辺の地下店舗の在庫を置いておく場所だったらしく、一昔前の品々が並んでいた。


しかし、分かるのはそれだけだ。

とくに、それらしき手がかりはここにもない──。



「いや、ここだ。……ほら見ろ」


ルヴァンがそう言って床を指した。 高崎が言われた通りその先を見るが、何もそこにはないように見えた。


「………何だ?」


「“足跡”だ、薄っすらしてるから分かりづらいが、確かに埃が積もってるお陰で残ってる」


確かによく見ると、薄っすらと靴の跡が確認出来た。

長らく人が立ち入ってなかった為か、埃が積もってるのだ。



「……足跡? そんなの、さっきから警備員のが混ざってるであろうモノが沢山見つかってるじゃないですか」


テラが少し呆れたように言う。


「いや……だがよく見ろ、向きがおかしいだろ?

 どう考えても、これはこの壁に向かっている訳だ」


その言葉に従って考えると、高崎は確かに違和感を覚えた。

その足跡は壁に向かって一直線に向かっているのだ。


「そして、この出っ張り……不自然じゃないか?」


そう言いながらルヴァンがそれに手をかけた。

すると、ゆっくりとしかし確実に。……その突起物は動いた。



「その動き方、カモフラージュされたドアノブ、か? ……ってことは、その先には隠し部屋が待ってる、と」


「ま、かもしれねぇって話だがな」



そう言いながらも、ルヴァンはどこか確信を持ったような表情で再びそれに手をかける。


「お前ら銃を抜いとけ、突入だ。──321で行くぞ……」


その小さな掛け声に対してハンドサインで了解を出す。



「3……、2……、1……、ゴッ!!」


バンッ!!

3人で銃を構えながら突入する。


しかし、その先待っていたのは変哲も無い部屋だ。

……まさか結局ヤマが外れたのか??



「いや違うッッッ!!! あそこだッッッ!!!」


急にルヴァンが叫ぶ。その声に釣られ先を見ると、そこには簡易的な梯子が上に向かってかけられていた。

──そしてその天井付近ギリギリに、それを素早く登っていく“何者”かの姿が確認できる。



「なるほど、秘密の非常出入り口ってことかッ!!」


そこからの動きには迷いがなかった。

ルヴァンが全速力でその梯子を登り始める。


登りきった先に待っていたのは、小さな物置の内装と、そこからドアを乱雑には開けて立ち去ろうとする“何か”であった。

また、彼に続いて高崎とテラも登ってくる。



「完全に“当たり”だッッ!!! 追うぞッッッ!!!」


再び乱雑に閉められたドアを蹴り飛ばすように開ける。

視界には案の定“何者”かが走っている様子が映っていた。


ルヴァンはそのまま動きは止めることなく、しばしの黙考の後、後ろに怒鳴って指示を出す。


「いや、やっぱりテラは待っててくれ。そこの部屋にも手がかりがあるかもしれねぇからな!!!」


「了解です兄さん!!」


その返答に彼は片手で反応しながら全力で走り続ける。

距離はおおよそ30m程。暗くて分かりづらいが、2人はいるように見えることが分かる。



「おいクソ待てッ!!」

「──はぁはぁ!!ちくしょう、足が速えッ!?」


その“奴ら”とルヴァン、共に足がかなり速い。

高崎も彼になんとか付いていくのが精一杯だ。


距離は少しずつ縮まってはいるが、殆ど平行線。

気がつけば先程の教育特区中心部から打って変わり、比較的郊外の方にまで来ていた。



「角で巻くつもりかッ!!?」


角を曲がった先には、平らな土地が広がっていた。

……即ち駐車場。奴らは置いてあった車に乗り込んでいた。



「──おい奴ら車に乗る気だぞ!!?」


「つーか敷地中に奴らの車があるのか? ……やっぱ“内側”にも内通者がいたってことかよッ!!?」



ルヴァンが迷わず一旦腰につけ直していた銃を取り出した。

……なるべく使いたくなったが、こうなったらやむを得ない。




──しかし。


「………くッ!? ありゃ防弾用のタイヤかッ!!?」


後ろからタイヤをパンクさせようと撃ったその弾は、車を止めることはなかったのだ。


そうこうしている内に、車にはエンジンがかかり進み始めてしまった。流石に、車vs走りでは勝てるわけがない。



「おいルヴァン!! どうする!?」


「簡単な話だ。目には目を、車には車だッ!!」


ルヴァンも焦りながら、横にあった車に目をつけた。

そしてすぐに窓ガラスをピストルで殴りつけて破壊する。



「──お、おいッッッ!!?」


「すまんねー何処かの誰かさん!! 軍の緊急時における権限で借りさせて貰うぜ!!」


割れた窓ガラスに手を突っ込み、彼はドアの鍵を開けた。

……そこからの作業は一瞬だった。USBみたいな機器を取り出しかと思うと、それを車のポットに刺した。

すると、すぐにエンジンがかかったのだ。



「これが軍人の非常特権ってヤツだな、……早く車に乗れッ!まだ間に合う!!」


その掛け声に、一瞬困惑していた高崎もすぐに乗り込む。

車はよくある5人乗りの一般車だったが前列に座る。



そして乗るや否や、すぐに車は動き出した。

アクセル全開、みるみるとその速度は上昇していく。

現在距離は100m近くは離されているか。もはや見えなくなりつつあった。


しかし、そのスピードは決して速くはない。どう見てもこちら側の一般車より性能の良い車種であるにも関わらず、だ。



「さっきの銃弾、やっぱり意味あったな。ありゃ所謂“ランフラットタイヤ”ってヤツだ。タイヤがパンクしても走行できるように設計されてるモンだが、それでもスピードが落ちちまう」




ルヴァンがそう言いながら、楽しそうに笑うのだった。



「さて、俺らから簡単に逃げられると思うなよ。楽しい楽しいカーチェイスの始まりだッッ!!!」










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