5話『開催前夜②』
深夜2時を回った街は、まるで時が止まったかのようである。
それは道路とて例外ではなく、閑散としていた。
……というか車は1つも通っていない。
何故かというと、勿論そこが教育特区内だからだ。
学校の街という特性上、車の通りは元より少ない。
しかし今日に限っては、2台の車が風を切り裂くようにしてその街を駆け抜けていた。
「いったい、アイツらはどうするつもりなんだ?」
後ろに座っている高崎が尋ねる。
「──ま、普通に考えれば敷地外に出ようとするだろうな。ここは奴らからすればもうあまりに危険すぎる」
ルヴァンがハンドルを握って前を向いたまま答える。
既にこの騒動のことは警報を通して全警備員に伝わっている。
よってこのまま中にいれば、他に追う者も出てくるだろう。
「なるほど……なぁッッゴバぁッ!!!?」
高崎が思わず右側の壁に頭をぶつけた。
──理由は勿論、急カーブのためである。
普通にダメージを喰らい頭を抑えて悶える。
「ちゃんと掴まってろよ。そりゃこのスピードでシートベルトもせずにぼーっとしてりゃそうなるだろ」
「──く、くぅ……。正論だな……」
頭を抱えたまま、高崎はそう言うしかなかった。
──そしてそうこうしていると、視線の先に5メートル弱ほどの門のようなモノが見えてきた。高速道路のETCの様だ。
「……あれが、敷地との境界線か?」
「そうだな。ま、やはり予想通りって訳だ」
ルヴァンが前を向きながらドヤ顔で答える。
そんな様子を見ながら高崎が首を傾げる。
「……でも警備があるだろ? 奴らはどう出るつもりなんだ?」
「そんなの、どうもこうも強行突破に決まってる。……たかが警備員にゃ全速力の車を止めるほどの装備も魔術も持ってないと踏んでなッ!!」
ルヴァンがまたさらに力強くアクセルを踏む。
先程まで塀が見える程度だったのが、すぐに近づいてきた。
勿論前には銃を持った警備員らがいるが、奴らの車は減速することを知らない。案の定ETCのようなモノを、置いてあった簡易バリケードを破壊して突き進んでいった。
「──なす術なしってトコだな」
「まぁ内側から堂々と全速力の車が突っ込んでくるなんて設計時に予想してなかったんだろ。だとしても、報告からの3分間くらいでなんとかしてほしかったがな」
半分呆れながらも、ルヴァン達は同じくその門を通り抜けた。
今は警備員とお話しする暇など持ち合わせてはいない。
「だがこっちとしても別にやり辛くなった訳じゃねぇ。こっからの高速は直線が多い」
確かに、そこを抜けた先はそのまま高速道路だ。
その幅が広く、夜中ということもあって通りもかなり少ない。
──すると、ルヴァンが突然運転席を弄り始めた。
「ちょっと運転変わってくれ、一旦攻撃をしかけてみる」
ルヴァンがそういうとすぐに、助手席側に移った。
……つまり、運転席は空席となる。
「──えっちょっ!!? ……ま、まってくれよ!!?」
突然のトンデモない出来事に高崎が困惑する。
「大丈夫、アクセルは固定しといたから減速はしねぇよ」
「いやそういう問題じゃなくて、俺こんな速度の車の運転とかしたことねーんだけどぉ!!?」
といつつも、高崎は運転席へと慌てて移る。
……ここで渋っていたらじきに大激突で死が待ってるだけだ。
その様子をみたルヴァンは、少し安心したように息を吐いて、助手席の窓から身を乗り出した。
「──間の距離、タイヤを撃ったってんのに、それでも最初から少し離されてるな……。やはり適当に選んだ一般車じゃかなり性能の差が出ちまうか」
そして腰から再び銃を取り出す。
ルヴァンはマガジンを寄越せと言わんばかりにこっちに手を差し出した。……高崎はそれに素直に従う。
「んで、どうするつもりだ?」
「至極単純な方法だ。奴のタイヤを全部破壊する。……まずは距離を近づけなきゃ話にならん」
その声と共に横で銃撃音が鳴り響いた。後ろ2つのタイヤを再び狙い撃った音だ。両者の距離はかなり離れているのだが、それでもピストルの弾をあっさり当てるのだから流石である。
「おい左右に動かしてくれ、これじゃあ前の部分が狙えねぇ」
「──初心者に期待はするなよッ!? ……おおお!?」
高崎が慎重に敵車との位置をずらしていく。彼の額には汗が流れる。もし車の通りが多ければどうなっていたことか。
「オーケー、そこだ」
パンッ!!
また乾いた音が鳴り響く。
すると、その車は一瞬蛇行したかと思えば少し減速した。
「──よし。やっぱりあのタイヤ、完全防弾って訳じゃねーな。なら話は早い」
そして、そこからは一瞬だった。
すぐに反対ののタイヤも破壊され、こちら側の速度の方が速くなっていた。その間の距離もどんどん縮まっていく。
そしてルヴァンが一旦銃撃を弱めたその時だった。
「──危ねぇッ!!!」
「っっッ!!?」
ルヴァンが高崎の頭を手で無理やり押し下げる。
……とほぼ同時のタイミングで、何かが大きな音と共にそのすぐ頭上を通り抜けていった。それは、光線か。
そしてその光は、後ろまで風穴を開けて突き抜けていく。
「………今、のは……?」
呆然とする中、再び彼は身を乗り出して撃っている。
今度はタイヤではなく敵への直接の牽制ではあるが。
「──威力的に考えれば、光線魔術ってとこか。腕前によっては生半可な銀行の金庫程度なら貫ける程のな」
「はぁ!? そんなんにエンジン狙われたらどうすんだ!?」
高崎が慌ててハンドルを右に切る。
するとその横を光線が突き抜けていった。そしてその光は瞬く間に、後ろにあった高速の壁が一瞬にして溶かされていた。
高崎の額に気味悪い汗が流れる。
「分かったぜ、そっちが魔術で勝負ってんなら上等だ。見せてやるよ、こっちの本物の魔術ってやつを」
そうキメ顔って言ってのけると、3発目が今度は車体の左側を擦って焦げ臭くなる中、ルヴァンは再び体を乗り出した。
彼は右手を前に突き出し、深呼吸する。
「ここまで近づけることが出来たんなら、もう終わりだ。───『メルギナの聖火(フィノルマーヨ=メルギナ)』!!!」
その詠唱と共に、一瞬で高崎の視界は炎となった。昼かのように辺りは明るくなり、まるで地獄のように燃え上がる。
それらは龍の様に炎を巻きながら、そのまま前方を走っていた車を包み込む。そして、そのまま爆発を起こした。
その爆風で周囲を走っていた無関係な車も慌てて止まる。
「──おい。や、やりすぎじゃねーのか?」
「いや、見た目は派手だがこれは制圧用の魔術だ。そりゃ多少の火傷はするだろうが、この派手な見た目は基本的に敵の戦意を削ぐためのものなんだ」
そんな事を言いながら、ルヴァンが車を寄せる合図をする。
高崎もそれに従い、燃え上がる車の前で止まった。
高速道路はすでに一種のパニック状態になっているが、広いためか意外と素通りしている車も多い。
「……………あ?」
止まるや否や、すぐに車の様子を見にいっていたルヴァンが立ち止まった。水魔術を使って鎮火をすると、中を漁る。
「──どうしたんだ?」
「………誰もいねぇ」
「え?」
高崎が固まった。ルヴァンも呆然とし立ち尽くしていた。
「いやいや、オカシイだろそんなの!? 確実に奴らが乗ってたし、降りた形跡なんてなんもなかった!!」
高崎も慌てて中を見に行くが、確かに誰もいなかった。
流石にあの時間で燃え尽きる訳もない。
「──異空間への移動か? ……いやあのスピードのままじゃ、今頃“そっち側”でミンチになっている筈だ……。しかし、どう考えても“突然消えた”としか考えれねぇ」
ルヴァンが下を向いてブツブツと呟く。頭をフル回転させて考えるが、どう考えても普通ならありえない。
──つまり。
「まさか、“テレポート”だってのか……?」
そう仮定をつけると、ルヴァンが振り返る。
「ユウヤ。お前が前言ってた“魔術聖典”とやらなら、こういう事ができるのか?」
「───いや、…………」
高崎がその言葉に、一旦黙り込んだ。
テレポート。それはこの世界の魔術には存在しない超能力だ。
異空間への転移なら可能ではあるものの、テレポートを行うほどの魔力の行使は現在不可能とされている。
しかし、高崎が“この世界に飛ばされた”のは事実だ。
「もし、奴らが“所有”してるならありえる話ではあるな……」
なるほど、とルヴァンが下を向きながら呟く。
そして暫しの間彼は黙り込むと、腕を組んで足をコツコツ鳴らしながら、悩ましそうに一声を絞り出した。
「こりゃ、俺たちはまたとんでもねぇ奴らと出会っちまったのかもしんねぇな─────」
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──そして、同刻。
敵が潜伏していたであろうあの場所で、テラが“あるモノ”を見つけていた。“それ”を手にして、彼は汗を流す。
唾を飲み込んで暫しの後、ようやく声が出た。
「………こ、これは。マズいですね、マズすぎます……」
──そして、今日から魔術遺産博覧会が始まる。
しかし、それが大きな大きな事件の始まりとなることを、テラは危惧せずにはいられなかった。
【プチ用語紹介】
・フィノルマーヨ=メルギナ(メルギナの聖火)
火を扱う魔術の1つ。その名前は、ベルナ教典にて『ソルネロ』という天使が起こした火に由来する。
効果としては見た目こそ派手だがあまり高くはない。その為しばしば民衆制圧用の技として、古くから王に仕える軍に使用されてきていた。




