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<9>

 服を着替えてから、僕は出掛けることを母さんに告げた。

 すると母さんは、

 「ああ、ちょっと待って。それ、持って行って」

 と、顎をしゃくって棚の上を指し示した。そこには町内会の回覧板が置いてあった。

 ウチに回ってきたってことは、次は左隣の堺さんの家に届けることになる。

 そんなの、母さんにも簡単に出来ることなんだけど、大抵の場合、僕にやらせる。隣に行くのが億劫だって言うんだ。

 勝手な言い分だけど、僕が届けなかったら、そのまま母さんは回覧板を放置しちゃうからね。だから、僕が届ける以外に無い。

 どうせ出勤の時に外出するんだから、ついでに届ければいいだけなんだけど、母さんは隣へ行くのを避けたいんだね。隣だけじゃなくて、近所との付き合いに、あまり積極的じゃないんだ。

 いいことじゃないけど、仕方の無い部分もある。スナックをやっていることで、軽蔑の眼差しを向ける失礼な奴もいるから、そうなってしまうんだろう。


 「分かった」

 僕は回覧板を手に取り、家を出た。

 母さんは、僕がどこへ出掛けるのか、全く知りたがらない。誰と遊ぼうが、それも気にしない。マヌーを家に招いて遊ぶこともあるけど、それを煙たがることは無い。

 マヌーは外見が大人なんだし、妙な顔をされても仕方が無いと思っていたけど、そういう反応は見せなかった。

 最初に連れて行った時も、マヌーが挨拶すると、淡々とした態度で、

 「ああ、ルイの友達ね。まあ適当に遊んでやってよ」

 と言うだけだった。

 嫌悪感を示さない代わりに、おやつやジュースを出すような気配りも無いけど、それは別に構わない。

 マヌーとの関係を受け入れてくれたのが、僕は嬉しかった。受け入れたと言うより、関心が無いってだけなんだけど、それでもいいんだ。

 その辺りが、宮さんとは違うところだ。


 宮さんってのは、マヌーの家の近所に住んでいる主婦だ。

 口の中にセキセイインコを飼っていて、左手はハサミ、右手は爪切りになっている。どっちも錆付いているのに、全く手入れをせず、交換もせずに使い続けている。

 宮さんは町内の婦人会の会長を務めていて、表面的には世話好きで温厚な風に振舞っているけど、本当は強烈に嫌な性格の持ち主なんだ。親しくしているわけじゃないけど、腹黒さは良く知ってる。

 なぜって、僕とマヌーが一緒に遊んでいると、いつも白い目で見るんだ。普段は人当たりが良くても、僕とマヌーには侮蔑的な視線を向けるんだ。

 それは僕に対してじゃなくて、僕がマヌーと遊んでいるから、そういう感じになるんだろう。

 マヌーを嫌悪しているのか、マヌーと遊ぶ僕を嫌悪しているのか、どちらかは分からないけど、そんなのは関係ないんだ。

 どっちであろうと、宮さんが最低な奴だってことはハッキリしてる。ただ単に友達同士が遊んでいるだけなのに、そんな態度をするんだからね。


 でも、直接、僕らに文句を言ったり、そういうことは無いんだ。たぶん、陰口は叩いているんだろうけどね。

 陰口ってのは嫌だよね。言うなら、目の前で言うべきだよ。

 もちろん目の前で悪口を言われて、いい気はしないよ。でも、陰口よりは遥かにマシだ。

 宮さんが陰口を言っている証拠は無いけど、僕は確実だと思ってる。ああいう目をする奴は、陰口を叩くものなんだ。

 でも、宮さんがどう思おうと、どんな陰口を叩こうと、僕とマヌーの関係は変わらない。そんなことに影響されるような、ヤワな関係じゃないんだ。むしろ白い目で見られる方が、反発心が沸いて、もっと仲良くしようって思うよ。

 だから最近は、マヌーと一緒にいる時に宮さんと出会ったら、わざと声を大きめにして楽しそうに喋るんだ。マヌーと仲良くしている様子を、見せ付けてやるんだ。それで宮さんが不快そうな顔をしたら、ざまあみろって感じるんだよね。

 最近は宮さんの不愉快そうな態度が何となく気持ち良く思えてきちゃって、ちょっと妙な感覚だよ。


 宮さんとは全く異なるタイプで、つい最近、やっぱり僕とマヌーのことを言ってきた大人がいる。

 それは加瀬さんだ。外を歩いていたらバッタリ出くわしたんだ。

 加瀬さんは母さんのスナックの常連で、僕のことも知っている。この人は、自分は酔っ払ってハメを外すくせに、シラフの時は、やたらとクソ真面目なことを言いたがる悪い癖がある。

 その時も、とりとめもない会話の後で、

 「その、君の交友関係について、ちょっと気になることがあってね。それほど深刻には考えていなくて、少し気掛かりだというだけなんだが」

 と、奥歯に物が挟まったような言い方をした。

 「何でしょうか」

 言い回しが不愉快だったので、僕は少しトゲのある口調で尋ねた。

 「つまり、その、君の友達のことなんだがね」

 ためらいながら、加瀬さんは言った。

 「友達って、マヌーのことですか」

 「ああ、君は、そう呼んでいるんだったね」

 やっぱり、そのことかと僕は思った。

 交友関係というフレーズが出た時点で、もう何となく予感はしていたんだ。僕の交友関係なんて狭い範囲だし、それにマヌーのことを咎められるのは、これが初めてじゃないからね。決して望ましいことじゃないけど、ある意味、慣れっこになっているんだ。


 「いや、もちろん、誰がどんな人付き合いをするかなんて、それぞれ自由だよ。ただ、余計なお節介かもしれないけど、もっと普通の友達と付き合った方がいいと私は思うよ」

 そんなことを言うんだよ。

 でも自分でも認めている通り、そんなのは余計なお節介だ。回りくどい言い方をしているけど、ようするに加瀬さんは、僕がマヌーと仲良くしていることを快く思っていないってことだ。

 だったら、ストレートにそれを言えばいいのに、変に持って回った表現をするんだから嫌になるね。

 なぜ回りくどい言い方をするかっていうと、自分が嫌な奴、心の狭い奴に見られたくないからだ。嫌われたくないという感情が働いているんだ。

 加瀬さんは、そういう性格なんだ。とにかく、誰に対してでも、いい人に見られたいんだ。僕みたいな奴にでさえ、嫌われたくないらしい。

 馬鹿馬鹿しい話だよ。そんな努力をしても、僕には見事に嫌われてるわけだからね。むしろ、逆効果になっている。


 まあ、仮にストレートに言っていたら好感を持ったのかというと、それは無かっただろうけどね。

 だって、普通の友達と付き合うべきだなんて、あまりにも不条理な考え方だよ。

 まず、何が普通なのかって問題がある。加瀬さんは僕がマヌーと友達付き合いをすることを「異常」と感じたみたいだけど、それは加瀬さんの基準でしかない。僕にとっては、ごく普通の付き合いだ。

 ただし、それを普通じゃないと感じる気持ちも、分からなくは無いけどね。でも僕は、そういう風な言い回しが好きじゃないんだよ。

 加瀬さんは、

 「常識的に考えると」

 とか、

 「常識としては」

 とか、そういう表現も良く使うんだけどさ、常識や普通なんて、誰が決めたんだろう。

 大多数の人がそう思っていることが、「常識」や「普通」の基準だとしたら、そんなのはクソ食らえだね。

 だったら僕はマイノリティーで構わない。

 っていうか、たぶん僕はマイノリティーだと思うし、そのことに誇りを持っていたいね。


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