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<10>

 隣の家には、堺のオバサンとオジサンが住んでいる。

 この時間だとオジサンは仕事に行っているから、インターホンを押すとオバサンが出て来た。

 堺のオバサンは母さんみたいに酒臭くないし、父さんみたいに身勝手なわけでもない。僕に辛く当たることもないし、高慢な態度を取ることもない。ものすごく人当たりが良くて、とても親切だ。

 でも、何となく好きになれないんだ。


 「あら、ルイ君。どうしたの?」

 オバサンは柔らかい表情で言った。

 「これを届けに来たんです」

 そう言って僕は、回覧板を差し出した。

 「ああ、ありがとう。いつも届けてくれて、偉いわね」

 それって、言い方次第では不快に聞こえる言葉だけど、オバサンに嫌味っぽい部分は全く無い。ホントの心までは分からないけど、たぶんオバサンは、素直に僕を誉めているんだと思う。


 堺のオバサンは、ちょっとしたことで、すぐに誉めてくれるんだよね。会うと必ずと言っていいほど、何か誉め言葉を口にするんだ。

 昨日も誉められたよ。家の前の道路を掃除していた時だ。たまに、そういうことをやるんだ。母さんがあまり家事をやりたがらないから、僕が率先してやるようにしている。

 料理は毎日やってくれるから、下手だけどOKとしよう。でも、洗濯物は放っておいたら1週間ぐらい平気で放置するし、掃除は半年ぐらいやらなくても全く気にしない。だから、洗濯や掃除は僕がやるんだ。

 もう最近は慣れてしまったから、全く苦にならない。それが当たり前だと思ってるからね。


 それで、昨日は家の前の道路を、ホウキで掃いていたんだ。

 そしたら、オバサンが自宅から出て来て、僕を見つけた。そして、

 「まあ、掃除してくれているの。そんなこと、しなくてもいいのに」

 と驚いたように言った。

 「でも、たまにはキレイにしないと」

 僕が告げると、

 「通路を掃除するなんて、この辺りの大人でも滅多にやらないのに。ルイ君は本当に良く出来た子ねえ」

 と、オバサンは感心した様子を見せた。

 「いえ、それほどでも」

 僕は謙遜した。

 あまり誉められると、くすぐったい気分になってしまう。僕としては、玄関の掃除の延長といった感じで、ごく普通の作業としてやっていただけなのに。


 「そうだ、ちょっと待ってて」

 そう言うと、オバサンは家に引き返した。すぐに、手のひらサイズの箱を持って戻って来た。それはチョコレートの箱だった。

 「これ、良かったら食べて」

 オバサンが箱を差し出した。

 「いえ、いいですよ」

 僕は首を横に振った。それは当然のことだ。何もしていないのに、施しを受けるのはおかしい。

 「遠慮しなくていいのよ、どうせ貰い物だから」

 「でも、そんなの申し訳ないです」

 「むしろ、貰ってくれた方が有り難いのよ。何個も貰ったんだけど、ウチは夫と私だけだから、そんなに食べ切れなくて困ってるの。ね、ウチを助けると思って、貰ってちょうだい」

 オバサンは、穏やかに微笑した。

 そこまで言われると、貰わないわけにはいかない。元々、欲しくなかったわけじゃないしね。

 「それじゃあ、遠慮なく」

 僕はチョコレートを受け取った。

 だけど、母さんには見つからないように気を付けないといけないんだ。見つかったら、

 「私にもちょうだい」

 と言って、たぶん半分は無くなるだろうからね。

 お菓子なんてあまり食べないから、そんな時ぐらいは、全て僕の物にしたいんだよ。

 ウチでは基本的に、お菓子があったら、それは母さんの物だ。僕の分まで、母さんは用意してくれない。

 ちなみに、そのチョコレートは、まだ少ししか食べていない。残りは、勉強机の引き出しに隠してある。鍵の掛かる一番上の引き出しに入れてあるんだ。


 堺のオバサンはチョコレートを渡すと、

 「それじゃあね」

 と告げて、また家に引っ込んだ。

 その後、僕はオバサンの家の前の道路もホウキで掃いた。どうせ、ついでだからね。

 やっぱり物を貰ったんだから、何かお返しとして、やっておきたかったんだ。

 別に「貸しを作ったままでは嫌だ」とか、そんなみみっちい根性じゃないよ。


 そんな風に、堺のオバサンは人当たりがいいし、優しいんだけど、それでも好きだとは言えない。

 その理由は、僕に対して優しすぎるってことなんだ。

 何をワケの分からないことを言っているんだ、優しくしてくれるんだから嬉しいじゃないかと思うかもしれないけど、そこに異常なものを感じてしまうんだ。

 僕を見る目、僕に接する態度が、隣の子供に向けるレベルを超えているんだ。

 どうやらオバサンが優しいのは僕だけじゃなくて、近所の子供には総じて優しいみたいだけど、特に僕に対しては甘い気がする。

 いや、気がするっていうんじゃなくて、これは確かなことだ。だって、近所の子供には、そんなにしょっちゅうプレゼントを渡していないからね。

 僕なんて、誕生日のプレゼントまで貰ったんだよ。隣の子供に誕生日プレゼントなんて買うだろうか。まだ幼い時期ならともかく、もう中学生なんだよ。母さんだって、誕生日には千円をくれただけなのに。

 まあ、母さんは逆の意味で変だとは思うけどさ。誕生日プレゼントを金で解決するって、どんな親だよ。しかも、僕が堺のオバサンからプレゼントを貰ったのに、その礼もマトモに言わなかったんだから。


 僕が隣に住んでいるから近所の子供と比べても特別扱いなのか、それとも別の理由があって僕のことを気に入っているのか、その辺りは定かじゃない。

 とにかく、堺のオバサンにとって、僕は可愛がりたい対象になっている。

 どうもオバサンは、僕を自分の子供の代理のように考えている節が見受けられるんだよね。

 オバサンには事故や病気で息子を亡くしたとか、流産してしまったとか、そういう過去は無い。そうじゃなくて、オバサンは子供に恵まれなかったんだ。どうしても子供が欲しいから、不妊治療も長年に渡って受けていたらしいけど、それも上手くいかなかった。

 それで、自分に子供がいないから、僕を息子のように可愛がろうってことなんだろう。


 オバサンの気持ちを考えると、同情したくなる部分もある。

 だけど、冷たいかもしれないけど、それって迷惑なんだよね。

 だって僕は、オバサンの息子じゃないんだからさ。そんなに愛情を傾けられても、キツいものがあるよ。

 しかも、子供が出来なかった分、その愛情は実の息子に向けるより強くなっているんじゃないかな。


 オバサンは母さんがスナックで働いていることも、ずっと酒ばかり飲んでいることも知っていて、それで余計に、僕への思い入れが強くなっているような気がする。

 つまり、あんな母親の元では可哀想だから、自分が優しく包み込んでやろうっていう気持ちになっているんじゃないかな。

 そりゃあ物をくれるのは嬉しいけど、ある種のプレッシャーみたいなものも感じてしまうんだ。

 大体さ、どうしても子供が欲しいって思っているのなら、どうして養子を貰わないんだろうかって、そこを疑問に感じるんだよね。自分で子供が産めなくても、そういう方法だってあるんだよ。

 でも、それを選ばないってことは、自分の血、自分のDNAを引き継いでいない子供は、自分の子供として受け入れられないってことなんだろうか。


 そういう感覚って、僕には全く理解できないんだよね。まあ日本だと、まだまだ養子に対する偏見も多いだろうし、それが理由でイジメを受ける可能性だってあるけどさ。

 でも、たぶん、そういうことを心配して養子を貰わないんじゃないと思う。

 血の繋がりって、そんなに大事なのかな。

 そもそも家族という形態において、既に夫と妻の間で血の繋がりが無いんだから、そんなの、どうだっていい気がするんだけどね。

 心の繋がりが強ければ、血の繋がりなんて簡単に乗り越えられるよ。


 だからって、僕が堺のオバサンの息子になろうとは思わないけどね。それとこれとは別の問題だ。

 前にオバサンから、

 「ルイ君がウチの子だったら良かったのに」

 と冗談めかして言われたこともあるけど、そんなのは絶対に嫌だね。

 堺のオバサンは優しいし、オジサンも温厚で親切だけど、僕は息子になることを望まない。

 やっぱり、僕は母さんの子供なんだよね。

 どうしようもない酒飲みで、だらしなくて、世話の焼ける大人だけど、それでも僕は、母さんの息子であることを否定する気持ちにはなれないんだ。

 それもやっぱり、考え方が甘いのかもしれないけど。


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