ヴィカラーラ
予定が狂いまくりながらも、なんとか最後の主要人物が登場です。
しばらく、まどろんでいたらしい。
目を覚ますと、ヴィシュヌの右腕を枕に寝ていたカルラと目が合った。
照れて、お互いに恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「オレ、寝てた?」
「たぶん。私も少し寝てたようです」
「お腹減ったね」
「はい。すごく」
「あはは。カルラが、そんなに食欲があるなんて珍しい」
「だって・・・」
ぷぅって頬をふくらませるカルラ。彼女が、こんな表情をするなんて珍しい。
「下からいいニオイもしてきたし、食事に行こう」
カルラにキスすると、オレはベッドから抜け出した。
1階の食堂まで下りると、ちょうど夕食時になっていたらしく、10近くあるテーブルはほぼ埋まっていた。
席がいっぱいなら、出直すしかないが。
何か、食堂内の雰囲気がおかしかった。
客は多いのに、変に静かだ。微妙な緊張感が漂っている。
みんながチラチラと視線を送っている方向を見ると・・・。
「ずいぶん小さな子が1人でいるなぁ」
他のテーブルには数人ずつの客が着いているのに、そのテーブルには1人の客しかいなかった。それも、まだ小さな女の子だ。
後ろ姿しか見えないが、髪が白い。こんな場所に貴族の女の子か?
カルラみたいな例もあるが、彼女は貴族の地位を捨て、冒険者としてここにいる。
しかし、その女の子は、高価そうなゴシック風ドレスを着ていて、とても冒険者には見えない。
その後ろ姿を目にして、カルラが息を呑んだ。
「まさか・・・」
「ん?」
「ヴィカラーラ?」
カルラのつぶやきが聞こえたように、女の子が立ち上がり、振り向いた。
真っ白に輝く巻き毛を豊かに伸ばし、すみれ色の瞳をした美少女だ。
明らかに、こちらに視線を向けている。
もちろん、オレの知り合いではない。当然、カルラを見ているのだろう。
「お久しぶりです。お姉さま」
お姉さま!?
確かに、似てはいるが。
カルラが女の子に近づいていく。オレも3歩ほど遅れて、その後に続いた。貴族の姉妹の再会場面に、一介の冒険者でしかないオレは邪魔でしかないと思ったのだ。
「まさか1人なの、ヴィカ?」
「その通りですわ、シュリーお姉さま」
む?シュリー?
「ごめんなさい。家を出たときから、もうその名前ではなくなったの。今はカルラと名乗っています」
なるほど。カルラが自分の名字を語らないことは気づいていたけど、名前まで捨てていたとは。
「それで、どうやってこんな所まで来ましたの?」
「もちろん、自分の足を使ってですわ」
「そ、そんな簡単なことではないでしょう!?」
珍しく、カルラが慌てた声を出す。
そりゃ、こんな小さな女の子が1人で旅して来たと知ったら、慌てもするだろう。
「2ヶ月ほどかかりましたけど、大したことではありませんでしたわ。むしろ、楽しかったぐらいですよ」
こともなげに語る少女。
とても2ヶ月も1人旅していたようには見えない。服も身体も汚れていないし、飢えている様子もない。本当だったら、普通じゃないが。
「そんなことより」
少女が、真っ直ぐにオレを向いた。
「お前さんが、マツヤ坊やかい?」
「!!」
突然、少女が老婆に変じたような口調で言った。
それより、なぜその名前を知っている?
「な、何を・・・?」
「師匠の顔を忘れるとは、薄情な弟子だねぇ」
「師匠!?
てか、そんな顔は知らん!」
思わず、突っ込みを入れてしまう。
「まあ、あの頃よりは、ちょっと若くなっちまってるけどねぇ」
「ちょっとじゃないだろ!」
少女がニンマリと笑った。
「間違いない。やっぱりマツヤ坊やだ」
「師匠なんですか?まさか。ホントに?」
「ヴィシュヌ様、一体どういう・・・?」
オレは、信じられない思いながら、その言葉をしぼり出した。
「カルラ、キミの妹さんは、オレの師匠の生まれ変わりみたいだ」
正直、混乱していた。
目の前の、まだ10代前半と思しき美少女が、灰色の魔女と呼ばれた師匠の生まれ変わりだなんて、どうにもしっくり来ない。あまりにも、イメージが違いすぎる。
オレの記憶の中の師匠は、言い方は悪いが、年季の入った老婆であった。
それが、同じテーブルに着いて、何か楽しそうな表情でいるのは、若さに満ちあふれた美少女ときたもんだ。
「まさか、シュリー姉さまとマツヤ坊やが一緒にいるとは思いませんでしたわ」
「なんか言葉遣いがおかしいですよ?」
「それより、私は倒れそうです」
頭を抱えるカルラ。
自分の妹が、灰色の魔女メーヒラの生まれ変わりで、その記憶を持ったままだという事実は、インパクトが強すぎたようだ。その気持ちは、よく分かる。
それに、カルラが家を捨てて冒険者になったのは、家族の中で自分の魔法の素質だけが劣っているというコンプレックスからだった。と言うことは、その原因の一端は師匠にあるということじゃないか。
灰色の魔女という異名を持っていた魔法使いの記憶を持ったままの妹。そりゃ、相手が悪いとしか言いようがない。
それに、師匠がオレと同じケースの生まれ変わりなら、なおさら、その差は絶望的となるだろう。
「もしかして、師匠も別の世界にも生まれ変わったんですか?」
「ごめんなさい。言葉遣いを統一しましょう。
メーヒラの記憶があるとは言え、今の私の意識は、13歳のヴィカラーラ・サヤダニでしかありませんわ。
マツヤ・・・ヴィシュヌさんには、面白がってメーヒラみたいな口調で話してみましたが、これからは本来の話し方で通させていただきますね」
「あ、ああ、その方が助かるよ。じゃ、こちらもヴィカと呼べばいいのかな?」
「はい。それで、お願いしますわ」
オレだって、マツヤの記憶はあっても、マツヤとは別人格だ。ヴィカも同じことなのだろう。
「そして、先ほどの質問ですが、私は日本という国に一度生まれ変わり、20年近く生きた後に、またこの世界に生まれ変わってきました」
「やはり、日本なのか」
「メーヒラは、マツヤのために魂魄転生の魔法を作り出し、マツヤを別の世界に転生させると、自分にも同じ魔法を使ったのです。
おそらく、最初にマツヤが日本に転生したために、日本とこの世界の間につながりが出来たのでしょう。ですから、同じ魔法を使えば、高い確率で、また日本に生まれ変わることになると思われます」
「では、ヴィカもヴィシュヌ様と同じように、科学の知識を持ってるということなのですね?」
「そういうことですわ、お姉さま。ですから、お姉さまが私に劣等感を持たれる必要なんて、なかったのです」
「・・・・・・・・。最初から、そうと分かっていたら、良かったのですが」
「そうですね。誰にも信じてもらえる訳がないと思って、私は誰にも話しませんでしたから」
それは、オレも同じだ。
物の道理がよく分かっていなかった頃には、家族相手に色々と話してしまったこともあるが、それが普通の記憶でないと気づいてからは、誰にもそれを漏らしはしなかった。そう、先ほどカルラに話すまでは。
「でも、急にどうして、ここまでやって来たの?そもそも、用があったのは、お姉さんのカルラに?それとも、オレに?」
「それは、ヴィシュヌさんにです」
そこで、ヴィカは姿勢を改めた。
「どうか、私を助けて欲しいのです」
そうして、静かに頭を下げた。




