第二話:ネタ帳
#第2話 ネタ帳
とある日の平日。緊迫した空気が走るテレビ局のスタジオ内、向かい合うようにセッティングされたソファたち。僕たちflowersの反対に座っているのは、今注目を浴びる人気作家の松本さんだった。
カメラが回る合図の後、僕はいつもの調子で”ロズ”として活動を開始する。
「今日はお忙しい中、ありがとうございます」
「いえいえ、僕としてもこういう場に出させていただけるのは光栄です」
人柄良く答えてくれる松本さんに僕も笑みを溢し、周りもそれぞれのキャラに応じて反応する。
今日は文芸番組の対談企画で、僕が読書好きということもあり、テレビからオファーをいただいたのが始まりだった。
話は始まり、早速松本さんの紹介に入る。松本さんは温厚そうな初老の男性で、今絶賛若者を中心に読書ブームを起こしている人気作家。中でも恋愛をテーマとした代表作の『夕暮れの約束』では直木賞を受賞したという、ただ流行に乗るだけでなく、実力も兼ね備えている奇策な方だ。僕も練習の合間に一度読んだことがあるけど、甘酸っぱい恋愛描写がとても綺麗に描かれていて、思わずキュンときてしまったな。
話が進む中、僕は自然と流れるように頭の傍に、ととさんの姿を思い浮かべてしまう。彼なら、恋愛をどんな風に書くんだろう?なんて、ととさんはミステリー作家なんだから松本さんみたいに甘酸っぱくはならないだろうに。っと、流石に意識を現実に戻さないと。なんとかプロとしての威勢を保ちつつ、絵になる会話を続けていると、企画はいよいよ本題の質問会に差し掛かる。
「松本さんの創作活動について、ぜひお聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」
好奇心旺盛のダリが身を乗り出すようにして質問をすると、松本さんは快く二つ返事でOKを出す。
「作家さんってネタ帳?とか持ってるんですよね?いつもどのようなものを使ってるんですか?」
ダリの質問に松本さんは「どんなものだと思いますか?」と少し意地悪に返す。これはもちろんエンタメで、台本には書かれていないがダリはふざけて「書道で使う紙!」と少し馬鹿っぽい回答をして見せる。するとツッコミとして、ヒマリが「書道の紙はメモにしては書きづらいだろ!」と、的確にバッサリ指摘した。これはいつものことで、ダリが基本的ボケやドジをして、そこにちゃんとバッサリ言えるヒマリがツッコミを入れる。そうすることで、バライティはもちろん、バディとしての注目も高くなるのだ。
案の定、スタジオには現場のやりとりに慣れているスタッフさんたちのくすくすとした控えめの笑い声が、ちらほら響く。
大体はその後に僕とカーネが流れを終わらせ、次に移るというのが一連の流れになっていて、今回もカーネが「まあまあ」と二人を納めた後、僕に目配りをした。その合図に僕はカーネの意図を汲み取り、「それで結局どのようなものを使っているんですか?」と、話を戻して質問の回答を促す。
「そうですね、僕以外でも作家ならネタ帳は欠かせないものです。僕は持ち運びしやすいこういう、ミニ手帳を持ってますよ」
そう言いながら、松本さんは胸ポケットから小さな黒い手帳を取り出しカメラに向けて見せる。僕たちも食いつくように見ると、表紙は使い込まれているのか少し擦れていて、普段から愛用している感じが伝わってきた。
「わあ、小さいですね!」
「どんなことを書いてるんですか?」
メンバーたちが興味深そうに質問を重ねる中、僕もしっかりとキャラに沿ってリアクションを取りながら話を聞いていく。完璧なリアクション、台本に書かれていないアドリブだって難なくこなす。それでも、収録が終わるまで、ずっと僕の心の中には一つの疑問が思い浮かんでいた。
「お疲れ様でしたー!」
そう言って後片付けをするスタッフさんたちを背に、僕たちは控え室に戻る。静かな室内の中、手に持っていた台本を机に置き、お茶の入ったペットボトルに手を伸ばす。収録はもう終わった、けれど、まだ疑問はずっと晴れないままでいる。
――ととさんはどんな手帳を使ってるんだろう。
椅子に腰掛けながら、一息ついて天井を見上げてはそんなことを考える。松本さんのように小さなミニ手帳なのか、それとも大きなノートタイプなのか。今時はデジタルも普及しているし、タブレットやスマホを使っているのかもしれない。アナログならどんなペンで書いているんだろう?どんなことを書き留めているんだろう?
もうとっくに収録自体は終わっているというのに、僕はそのことが頭から離れられずにいる。メンバーたちは次の予定についてすでに話を進めていたけど、僕だけが上の空だった。その様子に気づいたのか、カーネが一番に声をかけてくる。
「ロズ〜大丈夫?なんか今日ぼーっとしてない?」
僕ははっとして、咄嗟に「大丈夫」と返す。でも今までずっとこのメンバーだったんだ、今更この程度の隠し事は通用しない。横からひょっこり顔を出したダリはちょっかいをかける悪ガキのような笑みで、「また例の作家さん?」とニヨニヨしながら聞いてきた。でもここで流されてばかりではキャラとしても、リーダーとしても、僕自身の意地としても嫌だから無視しよう。そう決意したのも束の間、ヒマリは的確な言葉で僕の羞恥心を抉ってくる。
「あれだ、どうせ質問会に出てきたメモ帳で気になってんだろ。どんなの使ってるかなぁって?」
あまりにも的を得た言葉に、ぐぅの根も出ない。そうだよ、そうだけど、そうだけど!!!ダリもヒマリも、もうちょっと遠慮してくれてもいいんだよ?そのあとは結局カーネも続いて「あ〜あの質問かぁ。確かに推しの愛用品は知りたいよねぇ」と乗るものだから、いよいよリーダーとしての面がなくなっていく。
なんとか帰路に着けたものの、その夜、僕は家の中でもととさんのネタ帳について考え続けた。一回気になってしまったらもう無視などできないし、何よりカーネが「推しの愛用品」なんて言うから!!そんなのファンとして気になるに決まってるのに、どうしてわざわざ言うかなぁ。お陰ですっかりどうしても知りたくなって仕方がない。
一通りの生活習慣を終わらせ、業務連絡や何やらも終わらせてふかふかのベッドに身を投げる。このまま眠りに付きたくても、カーネの言葉が何度もループして眠れない。でも、直接聞ける機会なんてないし……それこそ、ファンだったらもっと気軽に、ん?待てよ、ファン……?
僕はその単語に、ピンと電球に光が点るように思いつき起き上がる。そうだ、ファンレターならいけるのでは!?ととさんはSNSこそほとんど反応がないけど、確かファンレターなら編集部越しに受け付けてたはず……!
善は急げと、僕は早速机に向かって匿名のファンレターを書くことにした。身分を明かすわけにはいかないし、でも匿名のファンレターに返事がつくなんてことないと思うけど……。
それでも、僕は少しの期待をのせ、ペンを取り、厚かましくならないよう慎重に文を綴る。
『いつも作品を楽しく拝読しております。質問なのですが、普段、先生はネタ帳はどのようなものを使っていらっしゃいますか?作家さんの創作の秘密に興味があります。一ファンより』
簡潔な内容かつ味気ない、普通のファンの文。それでも僕は何度も読み返して、変じゃないか、ちゃんと読んでくれるだろうか、なんて不安と期待とワクワク感でいっぱいだった。ファンレターをもらったことはたくさんあるけど、出す側になったのは初めてだ。いつも心から感謝して、ファンからの手紙を読んでいるつもりだったけど、書くのってこんなに緊張して、勇気があるものなんだ……。文字を綴るだけでこんなに胸がいっぱいになるなんて、思いに更けていたら夜はあっという間に濃くなっていく。
翌朝、まだ街中の騒音が静かな頃、僕は事務所に向かう途中で郵便ポストに手紙を入れた。行動はシンプル、差出人は書かず、編集部宛に送る。ただの一通のファンレター。でも今の僕には分かる。こんな単純な行動一つでも、鼓動は高くなって、憂鬱な通学、通勤の道も少し楽しくなるんだってこと。ととさんに出会ってから、ファンの皆さんがいつもどんな気持ちで生活してるのか、どんどん分かっていく。
仕事に向かう足が、都内に響く車の音や人々の足音、たまにくるそよ風さえ心地よく感じる。ネタ帳のことも知りたかったけど、なんだか今はもう、すごく満たされきった気分だった。むしろこれ以上望むのがおこがましいんじゃって、思うくらい。どの道ととさんほどの人気作家なら、毎日たくさんのファンレターが届くだろうし、その中の一通に、わざわざ返事をくれるなんて期待しちゃいけないか。
「でも、……なんだかあったかいや」
肩を落とすどころか、僕はいつもより軽い足取りで事務所へ向かうのだった。
※※※
数日後、事務所にあるスタジオにて、僕たちはダンスの練習に励んでいた。休憩時間になると、一通り振りをこなした後、それぞれが各自休みを取る。汗だくになりながらも、みんなでパフォーマンスを鍛えれるこの時間は何気にやりがいがある。僕はペットボトルを取り、水分補給をしながら座り込む。
「あーーー、疲れた!!!」
ヒマリが床に流れるように寝転がって言うと、カーネも同じように床に倒れ込み「疲れたぁ、動けな〜い」と溢す。ダリはまだ体力が余っているのか、寝転ぶ二人をおちょくって楽しんでいる。その様子を微笑ましく眺めながら、僕も疲労を感じつつ、習慣的にスマホを取り出しSNSをチェックし始める。まずは自分の公式アカウントから、いつも通りにファンの皆さんのツイートをざっと見通す。そして恐る恐る個人用垢に切り替え、ととさんのSNSを見ると――
「……え?」
ととさんのアカウントに新しい投稿がある。しかも、珍しく写真付きの。もしかして新刊?でも前回の投稿からほぼ間隔空いてないし、ちょっと早すぎる。なんかのコラボ?脳内で色んな予想が錯綜する中、投稿文を読むけど、あまりの衝撃にスマホが手から抜け落ち、カタンっと音を立てて落としてしまった。画面には紛れもなく、ととさんの投稿内容が、映し出されている。
『「ネタ帳はどんなものを使ってますか?」というご質問を頂いたので回答します。私はいつもこのネタ帳を愛用してますよ』
変わらない静かで控えめな文と共に添えられた、愛用しているであろうネタ帳の写真。おしゃれなカフェのテーブルの上に置かれた、茶色の革表紙のノート。そして何より、そのノートを持つ手——綺麗で骨ばった、細い指の手が写り込んでいる。ま、まさか回答してくれるなんて……しかも、手が。ととさん、顔出しはもちろんのこと、身体の一部さえ一切映さない人なのに。あまりの衝撃と情報過多で、落としたままのスマホに反応できず体が固まる。
「あ、え?、……え?」
「ロズ?どした?……わあ、」
メンバーたちは首を傾げて僕の方を見てから、落とされたスマホを覗き込んで察したようににんまりと笑みを浮かべた。けれど今はそんなメンバーの反応なんて気に留めてられない。ど、どうしよう、どうしよう!?
「あ、あ、これって、ととさんの……」
「手だな。”ととさんの”」
わざわざ復唱して答えるダリに、僕は素早く震える手でスマホを回収する。まさか、まさか僕のファンレターの質問に答えてくれた?いやいや、似たような質問なんて今までも来てただろうし、そんなことあるわけない。でも、タイミング的には、……いやでも!思い上がるのは良くないと分かっていても、期待を隠せない自分がいる。そして重要なのは、ととさんの手が写ってるということだ。紛れもない、実写の写真。こんなに近くにととさんを感じられるなんて、思いもしなかった。
さりげなく写真を保存しようとしていると、写真を見たカーネが思わぬことを呟く。
「あ、このカフェ僕知ってるかも〜、確かXX駅の近くで、雰囲気もいいんだよねぇ」
カーネがカフェについて語る声に、僕はスマホの画面にかけていた指をぴたりと止める。ととさんがいたであろうカフェ、僕はおずおずとカーネに向かって口を開く。
「知って、るんだ?」
うん!と元気よく答えるカーネに、聞いていたダリとヒマリも僕の肩を組み、「今度一緒に行っちゃう?」と誘われた僕は脳がいよいよ追いつかなくなり、パタリと天井を見上げて床に身を預けた。




