永遠の誘惑
詩乃が亡くなってから、蒼の心は完全に二人の女性の影に囚われていた。
凛と詩乃。
二人の笑顔が、夢の中で手を差し伸べる。
「こっちに来て」
「もう、苦しまなくていいよ」
目覚めると、空っぽの部屋。
蒼は日々、後を追おうとする衝動に苛まれていた。
自殺未遂の後、一度は病院で治療を受け、カウンセリングにも通った。
医師は「生きる意志を、少しずつ取り戻しましょう」と言った。
でも、蒼の心はもう、生きる側に戻れなかった。
アパートに戻ってから、蒼は再び、薬を溜め込んだ。
刃物を引き出しに隠した。
高いビルの屋上を何度も訪れた。
毎回、縁に立ち、下を見下ろし、「今だ」と思う。
でも、体が震えて、一歩が踏み出せない。
「凛、詩乃、待っててくれ」
そう呟きながら、涙を流す。
後を追いたい。
二人のいる場所へ行きたい。
この苦しみから解放されたい。
愛した人を二度も失った罪で、生き続けるのが耐えられない。
蒼は日記に、遺書のようなものを書き続けた。
「俺は、愛せなかった。二人の命を守れなかった。だから、後を追う。
ごめん、みんな。もう、疲れた」
家族は蒼の異変に気づき、何度か訪ねてきた。
母親は泣きながら、「生きて」と懇願した。
でも、蒼は笑って「大丈夫」とだけ答えた。
心の中では、もう決まっていた。
後を追う。
二人のそばへ。
ある冬の夜。
蒼は再び、薬を掌に載せた。
今度は、誰も止められない。
瓶を空け、すべてを飲み込んだ。
写真を抱き、ベッドに横たわり、目を閉じた。
「凛……詩乃……今、俺もそっちに行くよ」
意識が遠のく。
痛みも、恐怖も、後悔も、すべてが溶けていく。
蒼は静かに微笑んだ。
ようやく、二人のいる場所へ。
後を追えた。
世界は、蒼を忘れた。
蒼は、ようやく苦しみから解放された。
でもそれは、永遠の孤独な闇への逃避だった。
蒼の衝動は叶った。
後を追うことが、彼にとって唯一の救いになった。
愛した人を失った罪で、生きることを拒絶したまま、蒼は消えていった。
それが、蒼の最も深い、最も絶望的な、自ら選んだ終わりだった。




