火送り(直前)
花祭り同様火祭りにも火送りと呼ばれる儀式が存在する。
伯爵家からそう遠くない深い森の中にある火の精霊の神殿にある大きな火に魔力を奉納しにいく儀式だ。暗い夜の森を随所に置いてあるランタンの火だけを頼りに一人で歩いていかなくてはならない。
夜の森にランタン置いて火事とか大丈夫?って思ったけどほんとのランタンの代わりに高価な魔道具を使うのでそこのとこは問題ないらしい。とは言え前日からランタンを置いたり、年毎に違う道順を決めたり直前になるとやっぱり忙しい。
「というお祭りがもうすぐあって、今はそれの準備期間なんです。」
「そうなんだ…。王都には、そういうお祭りはなかったから…」
俄かに忙しない空気に包まれた邸内の様子に怪訝そうにするマックス様に火祭りの説明をすると興味深げに頷いた。
どうやら王都には季節ごとのお祭りはないそうで、それこそ建国祭や生誕祭くらいしかお祝い事はない。あとは教会関連のお祭りだとか。
そう言えばこのお祭り、民族信仰が発端だったっけ。王都の方はその影響も薄いのだろう。
街のお祭りにはスケジュールの都合上行けなくなってしまったが、せっかくの機会だ。お母様にマックス様も火送りに招待する許可をもらっている。
「…火祭り、私も…参加していいの?」
「ええ、過去の記録でも伯爵家の客人が催しに参加した例がありますから。マックス様さえよろしければ、ですけど」
「…参加、したい…!…シャルルは?」
「僕も参加します!マックス様がいらっしゃるならその後ですね。帰り道に会えるかもしれません」
そうやって話していたのが5日前。準備期間は飛ぶようにすぎ、火祭りの当日がやってきた。
今年も大忙しだったけれど、マックス様の侍従が協力してくれたそうで…。マックス様に聞いたら勇気を出して一度「やめて欲しい」と伝えてから、以前のような態度を取られることも少なくなったそうな。
忙しい夏だったけれど、実りも多い日々だったなぁ…なんて。茜色に染まりつつある空を見上げて物思いに耽っていると、マックス様がおずおずと話しかけてきた。
「…シャルロット、嬢。」
「マックス様、どうなさいました?」
「…マリアンヌのこと…なんだけど…」
声を顰め、手で口元を隠して囁くマックス様。
しばし躊躇してから、ぎゅっと目を瞑って再び口を開いた。
「…秘密にしてて、くれない…?シャルルにも…」
「え?」
ビクッとマックス様の体が震える。あっ違うびっくりしただけです!
「あっごめんなさい。もちろん、いいですよ。サプライズなさると思っていたのでびっくりしただけで…!」
慌てて事情を説明するとほっとしたように表情を緩める。
「あ、…よかった…。…ありがとう」
そう言ったマックス様は少し考えて、これからもマリアンヌとしてシャルルに会いたいのだと言った。
「…私とは違う、…綺麗な女の子になれた…から。」
マックス様の輪郭が夕日に照らされて、表情がよく読めない。
だけど、私の想像が間違っているかもしれないけれど。
なんだか悲しげな表情に見えて。
思わず言ってしまったのだ。
「シャルルはマックス様のことが大好きだと思いますよ。今のままのマックス様のことを大事な友達だと言っていますし、一緒にいて楽しいって。」
「…っ、…」
「…ありのままのマックス様でいいと思います。ありのままのマックス様が好きなんだと思います」
マリアンヌ様はマックス様で、マックス様はマリアンヌ様だ。この世界の異性装はその外見に対する評価を180°変えてしまう。
新しい自分の姿が、もう一つの自分の姿を否定するものになるのは悲しい。どちらの姿も愛せるといい。
少なくともシャルルはマックス様のどちらの面も好きなのだと伝えたかった。
「…そっか、…ふふ、…うん、そうだね。…シャルルは私の顔も、好きだと言ってくれていたよ。」
「ふふ、そうでしょう」
「…うん、…思い出させてくれて、ありがと」
今度は逆光で見えなくてもどんな表情をしているか手に取るようにわかった。
きっとあの花が開くようなふわふわとした笑みを浮かべているのだろう。