マックス(アンリエット視点)
クリステル
シャルルとシャルロットの母親。アンリエットの親友
息子には、不遇な人生を送らせてきてしまった。生まれた時から忌子、暴君の生まれ変わりと蔑まれ、第一王子であると言うのに王宮の端へと追いやられた。
夫のオクタヴィアンとは恋愛結婚で、マックスを身籠った時には手を取り合って喜んだ。私たちの愛の結晶、私たちの宝物。…その言葉嘘だったのだろうか。
生まれてきたマックスを見て夫が真っ先に口にしたのは「この子は死んだことにしよう」というあまりにも残酷なセリフだった。
私は夫を軽蔑した。私の愛した人は自分と同じ血の流れる我が子に、こんな言葉を吐けるような冷血漢だったのかと。
けれど、息子が歳を重ねるごとに夫の言葉の真意が身に染みて感じられるようになった。
王宮はマックスのような醜い子供が生きるにはあまりにも厳しい環境だ。容姿至上主義の思想に取り憑かれたこの国の頂点である王宮には神殿と遜色無いほどの美男美女ばかりが集まる。加えて暴君リュシアンの存在だ。
リュシアンが行ったのは平等を理念に掲げた急進的な王宮制度改革。後ろ盾のいないリュシアンには当然、彼を縛り付ける利害関係もなかった。彼は改革を進めるため自分のもとに権力を集中させ、意を唱える者は次々と処罰を下した。
利権と縁故関係で固められた王宮と貴族たちにとってリュシアンは脅威に他ならなかった。結局、リュシアンの改革の支援をするものも意図的に流された悪評を疑うものもいないまま彼は反対派の貴族に暗殺されたと言う。
王宮に勤める人々のトラウマに残ったのは特に晩年のリュシアンの粛清だ。度重なる暗殺未遂に疑心暗鬼を深めた彼は少しでも不審な動きを見せた使用人を火魔法を使ってその場で火炙りにしただとか。今でも使用人の中には祖父、曽祖父がリュシアンに殺されたという者たちもいる。
リュシアンに瓜二つなマックスは当然、恐れられ排斥された。
目の前で第二王子が失神し、真っ青になって駆け寄ろうとするマックスを押し留めた時。
昼下がりの庭園で父王と手を繋ぎ、楽しそうに話しながら歩く第二王子を陰から見つめるマックスを目にした時。
マックスに忌子とはどう言う意味かと尋ねられた時。
私は幾度となく自分の選択を悔いた。もしあの時、夫の言葉に従ってマックスの存在を隠していれば。王都から遠く離れた孤児院にその身を預けていれば。マックスはもしかしたら、これほどの思いをしなくてよかったのかもしれない。
せめてもの思いで私は伝手をあたり、容姿に寛容な使用人を集めた。
高い給金を払い、通常より多くの権限を与えられた彼らはよく働き、マックスのことを恐れなかった。
マックスにも漸く居場所ができると安心した矢先、彼は突然部屋から出なくなった。
今まで熱心に勉強にも励んでいたのに、家庭教師の授業にすら出席しなくなってしまった。
私は何を間違ってしまったのだろう。
アンリエット様と私を呼ぶマックスの表情は他の10代の子供がするような無邪気なものとはかけ離れていた。
それでもマックスは優しい子だった。声を荒げたことも、私を詰ることも一度だってない。
どうにかして子供時代をとりもどしてほしい。実家への避暑もそれが目的だった。義妹であり親友のクリステルにも同じように部屋に篭ってしまった娘と醜いと噂される息子がいる。
彼らならもしかするとマックスの友達になってくれるかもしれない…!
クリステルの子供達は本当にいい子だった。
初めて会った時からマックスに好意的に接してくれて、温室やお忍びなどいろいろなところに連れ出してくれた。
叶うことなら娘のシャルロット嬢にはマックスのお嫁さんに来て欲しかったけれど…彼女の容姿ならきっと引く手数多だろう。
日に日にマックスの表情が明るくなり、よく喋るようになってくれた頃。
侍従たちがマックスの横暴に耐えかねていると言い出した。詳細を尋ねても暴言を吐かれた、睨まれた、暴力を振るわれた、ものを盗まれたなど人によって違う答えを返してくる。
こうなったら直接尋ねる他ないと訪れたマックスの部屋に、その少女はいた。彼女は絵画の中から現れたかのように幻想的で美しく、魅惑的だった。オニキスのように艶やかな黒髪と月明かりを映し取った白い肌。卵型の小さな頭にあどけない大きな銀の瞳と形のいいパーツが精巧に作られた人形のようだった。
けれど、私には直感めいた確信があった。この少女は、マックスであると。
ああ、誰が想像しただろうか。この美しいエプロンドレスが息子をこれほど美しく、自由にすることを。
マックスは自由になれる。この姿であれば誰も、私のように十何年も愛し見守ってきたものでなければわからない。あの重苦しい王宮から離れられる。
この容姿に産んでしまったことを何度も後悔した。せめて私だけは味方でいようと思っていた。けれど、息子は、マックスは友達を得て、自由に生きられる容姿もまた手に入れた。
この衣装を作ってくれたのはシャルロット嬢で、きっかけはシャルルだったそうな。
この二人がマックスを陽の元へ連れ出してくれたのだ。
ああ、なんと喜ばしいことか。
神様、ありがとうございます。この子の人生に祝福を、ロベール姉弟との出会いを与えてくださって。




