84.地方貴族として
「中央から伝通鳥が来たか!」
父上がジレイルを足蹴にした一件から七日目の昼前。中央政府から、マルシェル家、そして私に対する最初の反応を示す書簡が届いた。
「エヴァン様、こちらに」
マルスの手には精巧に鳥の姿に似せた伝通鳥があった。大きさはカラスくらいだろうか。通常の伝通鳥はせいぜい小鳥くらいなので、五倍くらいの大きさだ。
外装が全て金属で作られており、背の部分には帝国の紋章が彫り込まれている。この紋章が刻まれた物を盗んだり、故意に破損させると厳罰に処される。もちろん紋章の偽造も同様だ。
手渡された伝通鳥の胴体を開けて、中から丸められた書簡を取り出す。上等な羊皮紙に丁寧に封蝋まで施されている。
「マルス、父上とロベルトに知らせろ。私は応接室で待つ」
「すぐに内容を確かめなくても良いのですか?」
「マルシェル家全体の問題になるだろうからな。父上に開けていただくのが筋だろう」
本当は気になって仕方がないが、マルシェル家の当主に宛てられた書簡を私が開けるわけにもいかない。
父上は自分の畑で野良仕事をしているそうなので、さっそくマルスが呼び戻しに行った。こんな時でも普段と様子の変わらない父上。頼もしいというべきか迷うところだな。
応接室に私、父上、ロベルトそれにマルスとアンナの五人が揃ったのはそれから間もなくだった。
「それでは父上、書簡の開封をお願いします」
封蝋がされたままの羊皮紙を渡すと、父上は大きく溜息をついた。
「うーん、絶対ろくな内容じゃないんだろうなぁ。届かなかったことにしちゃダメかな?」
「返事を出さなければ同じ内容のものが続けて届くだけだと思いますよ、父上」
「それは分かってるんだけどね」
ぺりぺりとゆっくり封蝋を剥がし、黙って中を読み始める父上。誰も何も喋らずに読み終わるのを待つ。父上の硬い表情は最後まで変わらなかった。
「父上、中央は何と?」
父上は私の問いには答えず、黙ったまま持っていた書簡を渡してきた。
恐る恐る書かれた文章を読んでみると、そこに書かれていた内容は予想していたものとは違っていた。
いかにも官吏が書いた仰々しくも整然とした文章だが、要点はこうだ。
『今回の神託と称する一連の騒動は、魔術による精神干渉という結論に至った。内容から推察するとマルシェル家が怪しい。しかもマルシェル家はアルテス神教団の査察官であるジレイル高司祭に言いがかりをつけて暴行まで加えた。これは神の権威、ひいては帝国の権威に挑む行為であると言える。しかし、中央政府は、寛大にもマルシェル家に申し開きの機会を与えることにした。ひと月以内に当主および継承権を持つもの全員が帝都へ参じることを要請する』
完全に神託騒動の犯人としてマルシェル家を疑っていることを隠す気もない文章だ。
そして、やはり神教団の動きと連携しているらしい。恐らくジレイルが帝都の神教団本部で、あることないこと喋ったのだろうな。
「父上、中央は当家を例の神託騒動の犯人と決めつけにきましたね。思っていたよりも判断が過敏という気がしますが、どう思いますか?」
アンナ達にも書簡を読ませつつ、父上の意見を尋ねる。
父上は腕を組んで目を閉じたまま、渋い表情をしていた。
「高司祭を蹴り飛ばしたのは事実だから、そこを突かれるのは仕方ないとして、一家全員で帝都に来いってところが気になるね」
「そうですね。普通に事情聴取するなら当主である父上と、神託に直接名指しされた私が呼ばれそうなものです。これではまるで罪人扱いだ」
この神託騒動の話に、レイチェル姉上やティオも関わっていると思っているのか?
帝都についた途端に全員捕縛されるなんてことにならないだろうか。
「エヴァン様、もし帝都に行かなければどうなってしまうのでしょうか?」
書簡を読み終えたアンナから質問が来る。
「今回来たのはあくまでも帝都に来てくれという要請だ。適当に理由をつけて、延期する交渉はできるだろうな」
「しかし、時間を稼いでどうなりますかな?」
今度は執事長ロベルトが口を開く。
「確かにそうだ。時間をかけても事態が好転するようなことは考えにくい。しかし、言い訳の材料は作れるかもしれない。例えば、今マリクリア大学に頼んで、帝国中に特定の思念を伝えることができる魔法術式を考案してもらっている」
「ほう、ガドム老師ですか」
「ああ。もしあの神託が再現できるとすれば、マルシェル家以外の者でも神託騒動を起こせるということを証明できる。大規模な儀式魔法となれば、大貴族か冒険者ギルドのような大きな組織しか実行できないかもしれないが、それでもいくらか嫌疑は逸らせるかもしれない」
数十人、下手をすると百人規模で儀式魔法を使うとなれば、どうしても組織力が必要になる。だが、逆に言えば上級貴族であればできなくもない話なのだ。マルシェル子爵家は上級貴族というには組織力が足りないが、マリクリア大学の力を借りればどうにかなる。
「いっそ、マルシェル家にはそんな大がかりな儀式魔法は使えない、と言ってみては?」
ロベルトがそう提案してくるが、あまり真っ向から否定もできない理由がある。
「いや、そうなると『どうすればマルシェル家でも大規模な魔法を行使できるか』という話になってしまう可能性があってな……」
私が続きを言い淀んでいると、父上が横から話に割り込んできた。
「ああ、エヴァン。ロベルトには一等級魔石のことは話してあるよ。だから気にしなくていい」
「え、そうなのですか?」
「ええ、聞いておりますとも。できる事でしたらばエヴァン様の口から教えていただきたかったですな」
ロベルトの口調にはやや嫌味がこもっていた。まあ確かにロベルトには魔石のこともヴェスパ湖の神殿のことも話していなかったからな。
「悪かった。何というか、ロベルトに話すとどうしても説教されると思ってしまってな」
「別に説教好きというわけではありませんので、素直に相談していただければ、私も毎度毎度説教などいたしません。もちろん事の重大性を考えれば安易に言えないことも承知しております。しかし、子供の頃からエヴァン様の世話をしてきた身としては、実に悔しいですな」
説教好きではないと言いながら、流れるように説教を始めるロベルト。なんとか助け舟を出してもらえないかと思い、アンナの方を見てみた。
「……」
私と目が合ったアンナは、気まずそうにしたまま視線を斜め下に落とした。ダメか。
「執事長、私としましてはエヴァン様がお話にならない以上、勝手にお伝えするわけにはいかなかったという事情がありますので、汲んでいただきたいと思います」
マルスがこの場で初めて喋ったかと思ったら、見事に主を売りやがった。話の流れ的に、次は自分に類が及ぶと思ったのだろう。
「マルス、貴方はもう少し口を慎むことを覚えなさい。主人の責は己の責。そういう心構えがあればそんな軽口は叩けないはずです」
よし、矛先がマルスに向きそうだぞ。マルスが『言うんじゃなかった』とばかりに渋い顔をするのを見ると、なぜだかとても愉快な気分になれる。私の心の清涼剤だな。
だが、そんなことをしている場合でもない。
「ロベルト、話を戻すぞ。部下への説教はあとでゆっくり、たっぷりしてやってくれ」
マルスが『余計な事を!』とこちらを凝視してくるが、それはどうでもいい。
「つまり今回の神託騒動は、準備さえできる組織力や資金力があれば、マルシェル家でなくとも実行できるということにしたい。さもなくば、『儀式魔法で無理なら、この大規模な魔術の魔力源は何だ?』という問題になる」
「なるほど。そこで、先の国宝の魔石盗難事件に結び付けられてしまうかもしれないわけですね」
自分のあご髭を撫でつけながら、納得顔のロベルト。
「そうだ。時機としては辻褄が合ってしまうからな。国宝を盗んだ犯人にされてしまってはかなわない。それこそマルシェル家を取り潰すような話になりかねないということだ」
取り潰し、家の断絶。貴族にとっては最悪の末路だ。
「マルシェル家の立場を確認しておくぞ。例の神託騒動の犯人は知らない。少なくともマルシェル家の仕業ではない。それを裏打ちするため、マルシェル家でなくとも同じような現象を起せると証明する準備がある。あと、神教団の査察官を蹴り飛ばした件については、反省しているがこちらにも言い分はある。これで行こうと思う。よろしいですか、父上?」
ソファに深く腰掛けたまま動かず、あまり喋りもしない父上に確認を取るが、どうにも鈍い反応が返ってくる。
「ああ、うん、それでいいよ。そもそもあまり選択肢もないしね」
「父上、だいぶお疲れのようですが大丈夫ですか?」
生気が弱くなったような表情を見て、思わず尋ねてしまう。
父上は、ふぅと溜息をついた。
「やれやれ、やっぱりこういう謀り事や計画の話はエヴァンの方が得意だよね。私は相手の顔が見えない駆け引きは苦手だ。面と向かえば嘘も本当も見分ける自信はあるけど、中央の高官たちが考えることはよく分からないことが多いよ」
人の嘘を見破る達人である父上だが、帝国中央の社交界には全くといっていいほど顔を出さない。口が悪い者は、父上を指して引きこもり子爵などと呼んだりするらしい。本人は全く気にしていないが、貴族社会の中ではかなりの変わり者だろう。
父上がこんな貴族らしからぬ飄々とした人柄なのも、表面を取り繕って世辞を並べ立てる貴族社会に馴染めなかった結果なのかもしれない。
「エヴァンが不得意を補ってくれて本当に助かるよ。気が滅入ると畑仕事にも身が入らなくってね。秋の果物の出来が不安で仕方ない」
「お願いですから今はこちらの問題に集中してください。さらっと私に丸投げしようとしてませんか、父上」
「あはは、まあそんなのは半分冗談だけれども」
「半分は本気なんですね……」
父上の丸投げ気質は今に始まったことじゃないが、事は中央政府や神教団本部が絡む政治問題だ。さすがに私の独断で動くわけにはいかない。
「でもね、エヴァン。実際問題、エヴァン達が考えた案を追認するのが今の私にできる最善だと思うよ。エヴァンは賢い。それに実務はアンナやティオが支えてくれるし、実力が必要ならレイチェルや領兵団もいる。冒険者ギルドだってできる限りの支援をしてくれるだろうし、知識が必要なら大学の教授たちがきっと力になってくれる」
父上が真っ直ぐに私の目を見据えた。
「エヴァン、思うようにやってみたらいい。エヴァンと領民たちの結びつきは、もうすでに私よりも余程強い。二十年以上領主をやってきた私よりもね。みんなの助けを受けて、最善と思う手段を探すんだ。どんな結果になっても責任は私が取る。マルシェル家の当主である私がね」
「父上……」
「先ほどエヴァンが言ったマルシェル家の立場を、そのまま返書にして帝都に送り返す。そして帝都に参じることについては、まず一族郎党全員が行かなければならない理由を明確にするよう、これも返書で要求する。エヴァン、覚えておきなさい。地方貴族は中央政府の家来ではない。いうなれば我々は地方の小さな政府なんだ。反抗するのではなく、正当に権利と権限を主張すればいい」
そこまで言うと、父上は立ち上がり愛用の革の帽子をかぶった。
「楽観的にはなれないけど、少しでもいい結果を期待しようじゃあないか」
そう言って、応接室のドアを開けた。
「父上、どちらに行かれるのですか?」
「……書斎かな」
「そんな帽子をかぶってですか?」
「……そういう日もあるよね」
そして止める間もなく部屋から出ていった。
「ロベルト、あれは……」
「ええ、間違いなく御自分の畑に戻られましたね。しかし、今の旦那様から野良仕事を取り上げるのは少々気が引けますな」
畑の手入れが父上の心の清涼剤、か。
「なら仕方ないか。とにかく中央に返書を送る。アンナ、マルス、準備をしてくれ」
「はい、すぐに!」
「中央への返書となると色々と準備が要りますね。執事長、ありがたいお説教は後ほどということで」
「ろくに聞く気もないくせに、白々しい事を言うものではありませんよ」
皆にいつもの調子が戻ってきたな。
中央政府に宛てて、返書を載せた伝通鳥を飛ばしたのは、まだ夕方とは言えない時刻だった。
これで、いくらかでも時間を稼げれば、マルシェル家の立場を守るための方策も練ることができる。
まだ挽回はできるはずだ。
西に向かって飛び去る大型の伝通鳥を眺めながら、私は自分自身にそう言い聞かせた。
四日後。
再び中央政府からの書簡を届ける伝通鳥がやって来た。
そして今回の内容は、皇帝の名において発せられたマルシェル家全員の帝城出頭命令だった。




