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20.歯牙にもかけない不躾さ

 ギルセアの宿で一夜を明かした我々は、いよいよゴルド山地に踏み入る事になった。


「バルコさんも、まさか昨日到着した貴族家の人が、今朝山に入るとは思わないっすよね」


 宿屋から通りに出たところで、リッツが可笑しそうに言う。

 昨日、冒険者ギルドを訪れた時には、のんびり準備をする、みたいなこと言っておいたが、実際にのんびりする気など最初から無い。

 機敏に動く為に領主代行の仕事を放り出したのだ。ここでもたもたしていてはアンナに叱られてしまう。アンナは笑顔で怒るから怖いんだよな。


「マルス、もう準備はいいのか?」


 朝早く、昨日立ち寄った道具屋で依頼していた品物を受け取る為に、マルスは出かけていた。

 しかし帰って来たマルスは、特に荷物が増えているわけでもなければ服装が変わっているわけでもなかった。

 一体何を買ったんだか……。


「はい、準備万端整っております」


 にこやかに答えるマルスは、屋敷にいる時と変わらないように見える。何を考えているのかイマイチ分からないが、それは今に始まったことではない。

 そして、マルスとは対照的に何を考えているのか手に取るようにわかる人物が、半分閉じた目をして宿から出てきた。あからさまに眠そうなレイチェル姉上が、朝日を顔に受けて眩しそうにしている。

 これはあれだ、いよいよドラゴンを探しに山に入るとなり、楽しみで夜眠れなかったのだろう。

 姉上は何か楽しみな事があるといつも寝不足になるからな。二年に一度、マルシェル領兵団の中で行われる剣術大会の前日も、毎回同じような寝ぼけまなこだ。


「おはようございます、姉上。あまりお休みになれませんでしたか?」

「私はいつでも大丈夫だからぁ。はやく山に行くわよぉ」

「そちらは反対方向です、姉上」


 ふらふらと街の中心部に向かって歩き出した姉上の両肩を掴んで、ぐるっと反対方向に向ける。姉上はそのまま、向けられた方向にふらふらと歩き出した。

 こんな様子だが、もしここに敵が現れて姉上に殺気を向けようものならば、その瞬間に姉上は覚醒して戦闘態勢に入る。

 実に頼もしい姉だ。貴族令嬢としてはどうかと思うが。


「タバル、本当にここで待つのか? 何日かかるか分からんぞ?」


 昨夜、夕食の席で、タバルには『一人でマリクリアに戻って良い』と告げたのだが、彼は頑として我々が帰ってくるのを待つ、と言った。


「多少帰るのが遅くなったってどうという事はありゃあしません。運び屋組合の仕事は、普段から半分うちのかかあが仕切ってるようなもんなんで。エヴァン様の無事を見届けにゃあ、帰ったって気掛かりで仕方ねぇってもんです」

「そうか、タバルがそんなに気にかけてくれていたとはな。義に篤い領民をもって私は幸せ者だな」

「タバルさん、本音はどうなんすか?」

「ギルセアの蒸留酒は最高なんで、エヴァン様の路銀でしばらく飲み放題なんて夢のようでさぁ」

「私の感動を返せ、今すぐに」


 やはり我が領民、強かだ。よりによって領主の子の前で言うか。

 とはいえ、心配してくれているのも本当だろう。タバルが私の路銀を飲みほしてしまう前に帰ってこなければな。



 ゴルド山地に入る登山口はいくつかあるらしいが、道は複雑に交差しており、どこから入っても奥地には行けるらしい。

 道が交差するところには番号が書かれた看板が立っており、迷ってしまっても五番から三番というように、とにかく若い番号に向かって進むと下山できるようになっているらしい。

 慣れた者ならば、この番号だけで山中の大まかな位置が分かるらしい。

 単純だがとても良い仕組みだ。安全が第一に考えられている。

 もちろん我々にとっては初めて入る山なので、昨日冒険者ギルドを出る時にリッツが抜け目なく概略図をもらっていた。やはり持つべきものは経験豊富な冒険者だ。


「ドラゴンらしきモンスターは、かなり山奥で飛んでいるところを発見されたのだったな」

「そうっすね、街から一番遠い登山口が近道みたいっすけど、そこから行きます?」


 リッツが山の概略図を指差しながら尋ねるが、私は首を横に振る。


「いや、そこまで大差ないようだし、一番近い登山口でいい。さっさと姿をくらまそう」


 ギルセアの冒険者ギルドに行動を悟られたくない。のんびりしようとか言ってた貴族が、急いで山に入って行ったらいかにも怪しい。何か特別な意図があると思われると後が面倒くさい。出来る事なら誰にも会わずに山に入りたい。

 そんなことを考えていたのだが……、


「おやおや、昨日ギルドで見かけた余所者たちじゃないか」


 登山口にいた冒険者と鉢合わせてしまった。いや、この時間に登山口に冒険者がいても何も不思議はないんだが、運悪く昨日我々がギルドに行ったときに居合わせた者達らしい。

「ああ、昨日あそこにいたっすか。自分たちはマリクリアから来たっすよ」

「そうらしいな、わざわざドラゴンを見に来た変わり者がいるってちょっと噂になってるぞ」


 パーティのリーダーらしき金属鎧の男が冷やかすように言う。


「伝説のモンスターに興味があってな。急いでやってきたんだ」

「ああ、あんたもしかして貴族か?」

「確かにそうだが、冒険者でもある。礼は不要だ」


 私がそういうと、男は後ろの仲間たちを振り返って肩をすくめた。


「それは助かるね。正直、貴族様への礼儀なんて分からないからな。それにしても、こんなパーティでゴルドの山に入るとはね」


 リーダーは我々を順に眺めて、ふっと笑う。

 あまり姉上の神経を逆撫でするような態度はやめてほしいんだがな。寝ぼけていても姉上だぞ。


「ギルセアは初心者には厳しいところだぜ? 街で大人しくしといた方が良いんじゃねぇか? 特にお嬢ちゃんなんか、魔物にしてみりゃ御馳走にしか見えねえぜ」


 だから姉上に絡むなって。お前らの心配してやってんだぞ。


「今日は少し山に入ってすぐ帰る予定だ。慣れない土地で無理をする気は無い」

「まあそれがいいさ。初心者込みの三人、いや四人パーティで来るところじゃねえよ」


 マルスが目に入ってなかったようだな。よくある事だ。


「御忠告どうもっす。無理はしないようにするっす。じゃあお互い頑張りましょう」


 リッツがやや強引に話を切り上げてさっさと登山道に入っていった。

 レイチェル姉上も黙ってリッツに付いていく。さっきからずいぶん大人しい。

 そのあとに私が続き、最後にマルスが冒険者たちに軽く礼をした。

 そこで初めて、マルスが執事服姿であることに気付いた冒険者たちは、目が点になっていた。そりゃこんな奴がモンスターが跋扈する山に入っていけば混乱もするだろう。

 なんだか逆に、悪いことをしてしまった気持ちだ。


「とりあえず、下見に来たという風に演じておいたが、問題はないだろうか?」


 登山道に入ってしばらく進んだところで、リッツに尋ねてみた。


「大丈夫だと思うっすよ。向こうもそんなに興味ないと思うっす。冒険者が興味あるのは基本的に金だけっすから」

「だといいがな。下手にギルドに報告されても面倒だ。うまく侮ってくれていればいいが」

「大丈夫です、エヴァン様。あのように簡単に私を見失うような者達ですから、こちらの実力に気付くことはありません」


 マルスが自信を持って断言する。やっぱり意図的に気配を消していたか。


「姉上もよく我慢してくれました」

「え、何が?」


 レイチェル姉上が、『何のことか分からない』という返事を返す。


「先ほどの者達の言い様に腹が立ったのでは?」

「んー、別に何も思わなかったわね」


 本当に何事もなかったかのような様子だ。意外だな。


「これはあれっすね、相手が大したことなくて興味がわかなかったってやつっすね」

「まあそうねぇ、あんなの束になっても負けないわ」


 どうしたことだ、レイチェル姉上がすごく大人に見える。貴族にはまったく見えないが。

 ともあれ我々は当初の予定通り、最短の行程でゴルド山地に入った。

 さあ、一体何が現れるか。

 ドラゴンか、ワイバーンか、それとも未知の幻獣か。




 現れたのは猪だった。立派な牙がある赤い毛皮の猪が二頭。レッドボアってやつだな。普通の猪の五割増しくらいの大きさだ。


「二頭か、番いかもな」

「それは今はどうでもいいっす。レイチェル様、右の方をお願いするっす」

「任せて、やっぱり魔物が来ると目が覚めるわね!」


 そんな物騒な目覚ましは御免だが、姉上はすでに抜刀して構えをとっていた。

 リッツもサーベルと小剣を抜いていた。

 レッドボアは人間に縄張りを荒らされたと思ったのか、ずいぶんと怒っているようだ。


「私はモンスターの相手は苦手なのでお任せしますね」

「まあ、お前には期待していない」


 私が長剣を構えながらマルスに言った時、一頭のレッドボアがレイチェル姉上に向かって突進した。


「そんな動きじゃ!」


 レイチェル姉上は、素早いステップで横にかわすと、左の前足に斬撃を見舞った。

 左前足はあっさりと斬り飛ばされ、レッドボアはつんのめって地面に顔面を強打する。

 しかし、戦意は失っていないようで、長く伸びた牙をレイチェル姉上に向かって振り回す。だがそこに姉上はもういなかった。振り回した牙は空を切り、標的を見失ってレッドボアは一瞬動きを止めた。

 その時、レイチェル姉上は空中にいた。瞬間的に魔法で身体強化して跳躍していたのだ。

 そして動きを止めたレッドボアの脳天に、真上から長剣を叩き込んだ。


「ギィァアア!」


 レッドボアの体格に見合わない甲高い断末魔の叫びが響く。

 すぐさま、剣を引き抜きもう一頭のレッドボアを睨むレイチェル姉上。

 リッツと相対していたレッドボアは、仲間が一瞬でやられたことを理解したのか、それともレイチェル姉上の殺気に怖気付いたのか、くるりと身をひるがえすと全力で逃げ出した。

 猪とはいえ、やはり魔物は頭が良い。


「逃げてくれるならその方がいいな」

「そうっすね、稼ぐのが目的じゃないっすからね」


 リッツがサーベルを収めながらレイチェル姉上が仕留めたレッドボアに近づく。


「大丈夫よ、もう死んでるから」

「それは分かってるっす。魔石だけ取っておくっす」


 そういうと、リッツはレッドボアの心臓あたりに小剣を刺すと、剣先で何かを探るような動きをした。


「この手のやつは大体この辺りに……、お、あった」


 リッツは器用に小剣でレッドボアの魔石を掻き出し、水で端切れを濡らして魔石を拭き上げる。

 すると黒みがかった小さな魔石は、日光を反射してキラリと光った。


「土属性の九等級ってとこっすかね」


 リッツは姉上ではなく、私に魔石を渡してきた。こういう戦利品は、パーティのリーダーが一旦預かっておいて、後で分配するものらしい。

 冒険者に憧れるレイチェル姉上も、もちろんその慣習は知っているだろうが特に何も言わない。

 一応、私がリーダーだと思ってくれているようだ。


「ああ、預かっておく」


 皆を巻き込んだ責任を感じつつ、魔石を皮袋に仕舞う。

 まだ探索は始まったばかりだ。急がねばならないが、同時に沈着であらねば。

 私は率いる者としての重圧を感じながら、「戦利品は山分けですよね?」とか抜かす専属執事を全力で無視した。


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