19.備えよ、常に、できるだけ
「リッツ、つまり我々は勝手にやれという事か?」
「悪し様に仰いますが物は考えようでございますよ、エヴァン様。冒険者の調査隊に加われば無礼な者もおりましょうし、時には急かされたりもして不快な思いをされることもあるでしょう」
「私はッ……」
レイチェル姉上が何か言いだした瞬間、私はバルコやカリナ女史から見えないよう肘で姉上を突く。
姉上がキッと私を見る。というか睨む。
普段ならここで文句が飛んでくるところだが、私が一瞬姉上の目を見ると何も言わず黙ってくれた。どうやら意図が伝わったようだ。拳が飛んできたらどうしようかと思った。
「そうか、そういう考えもあるか。まあ姉上とリッツがいれば道中に危険があるとも思えんし、あまり急ぐのも優雅ではないな。乗っておくとしようか」
「ええ、このリッツにお任せください」
仰々しく礼をするリッツ。こいつ、慇懃な演技が楽しくなってきてるな。調子に乗って素が出なければいいが。
「そういうわけでバルコ殿、我々はこちらの三人の冒険者と調査に赴きますので、どうぞお気になさらず」
「承知した。それではエヴァン様、レイチェル様、くれぐれもご無理なさいませんように。ん? 三人?」
バルコが部屋の隅でじっと控えていたマルスに目をやった。
マルスはにこりと微笑んでお辞儀をする。
「エヴァン様の専属執事のマルスと申します。僭越ながら、わたくしも八等級冒険者でございます」
「執事が山でドラゴン調査……」
「まあ主が行くところに執事が付いていくのは当然ですから」
さも当然という顔で言っているが、そんな執事は帝国中探してもマルスだけだろうな。
なんだか複雑な顔をしているバルコだったが、何か思い出したように話題を変えた。
「リッツ殿。そちらの責任で、とは言ったものの山では何があるか分からん。なので、その」
「言いたいことは分かりますよ。誓約書でしょう?」
リッツがバルコが言いにくそうにしているところに言葉を足す。
正直、これは言われるだろうと想定していたことだ。
最悪、私やレイチェル姉上が山で死んでもギルセアの冒険者ギルドの責任は問わないという事を書類で残しておきたいのだろう。
もとより、ここの冒険者ギルドに迷惑をかけるつもりはなかったので、誓約書くらいで安心してもらえるなら安いものだ。
誓約書に署名することを了承すると、バルコはあからさまに安堵していた。やはり組織の長というのは気苦労も多いのだろうな。
先日まで領主代行をやっていた私としては、何となく察するものがあった。
バルコはカリナ女史に書類とペンを用意させた。
おそらく貴族が調査隊に参加したがっていると知った時から用意されていたのだろう。カリナ女史は羊皮紙と装飾付きの羽ペンを盆にのせてすぐに戻ってきた。
すでに誓約の文言は記入されている。あとは署名するだけの状態だ。用意がいいことだ。
内容の確認をしながら誓約書自体を調べたが、まったく普通の羊皮紙だ。
よかった、魔法契約の用紙を持ってこられたらどうしようかと思った。貴族相手に無断で魔法契約しようとするとただではすまないからな。やはり、いくら迷惑な道楽貴族が相手でもそこまではしないか。
ちなみに魔法契約は通常、国やそれぞれの貴族領の機関で行われる。契約書を作るにも効果を発揮させるにも高度な技術を持つ魔法使いが必要だからな。
しかし、冒険者の中には貴族顔負けの腕を持つ魔法使いもいるからな。書類に署名するときは慎重にならねばならない。何せ契約違反をすると命に関わることもあるからな。魔法契約とは、悪用されるととても恐ろしい強制力の高い法律行為と言える。だからこそ罰則も厳しいのだ。
「よし、署名したぞ。これでギルド長も安心だな」
「いやはや、恐縮でございます」
四人分の誓約書を受け取って満足げなバルコ。
だがこちらとしても、望む形で山に入れそうだ。
「では、今日のところは宿で疲れを癒しましょう。エヴァン様、レイチェル様、宿に御案内します。あ、バルコ殿、調査隊はいつ頃出発されるのです?」
「ああ、早ければ明後日に人員が揃うから、出発は三日後だな」
「左様ですか。では我々も慌てて準備せずとも大丈夫ですね」
リッツが引き上げ間際に、さらっと調査隊の状況を聞き出した。
「できることなら調査隊の者たちにも、会ってみたいものだな」
最後まで道楽者の貴族を装うため、心にも無いことを言って我々はギルド長の部屋を出たのだった。
冒険者ギルドの受付でリッツが何か話していたが、そのあとすぐに冒険者ギルドを出た。
しばらく無言で歩く四人。
そして、岩山内の区画から出たあたりで口を開いた。
「うまく行ったな」
「うまく行ったっすね」
「何よ、二人で内緒話して」
男二人がにやにやしてるのが姉上の気に触ったらしい。
「いえ、ギルドとうまく話がつけられたので安心しました」
「ずいぶん侮られたように見えたけど? 私は大人だから我慢したけど」
いや我慢できていませんでしたよ、という言葉を華麗に飲み込み、私はレイチェル姉上に訊いてみる。
「姉上、そもそも我々の目的はなんでしたっけ?」
「ドラゴンと戦いに来たんでしょ?」
うん、やっぱりそういう認識ですよね。
「それは手段です。目的は一等級魔石ですよ、姉上」
そういうと姉上は明らかに狼狽した表情をしたが、一瞬で取り繕い澄ました顔をした。
こういう所はさすが貴族令嬢といったところか。いや違うな、子供の頃から屋敷で散々いたずらをしては叱られてきた結果だな。自分が叱られる流れになった時、レイチェル姉上は妙に所作が貴族っぽくなる。
「もちろんわかっていたわよそんなことはだってわたしはしんたくのたんきゅうだんだし?」
「せっかく澄まし顔作ったのに話し方で台無しですよ、姉上」
そして、すぐにボロが出るところも子供の頃から変わらない。姉上は嘘を吐けない人だからな。
そして大抵、私は巻き込まれて一緒に叱られた。
「まず未知のモンスターがドラゴンとして、ですが」
パーティ内での認識の確認も兼ねて姉上に説明する。
「まず、どのようなドラゴンなのか確認します。空を飛んでいるところを発見されているので飛竜型なのは間違いないとして、それがどれくらいの年齢のドラゴンなのかを調べます」
モンスター全般に言えることだが、ドラゴンも古くから生きている個体ほど強力だと言われている。数千年生きているドラゴンもいるという伝説もある。いわゆるエンシェントドラゴンというやつだ。
実際、アルバーナ神帝国の宝物庫にも大昔の英雄がドラゴンを倒して入手したという魔石が収蔵されているらしい。等級は分からんがさぞかし巨大なものだろう。なんとか入手できないものだろうか。……ダメか、帝室に喧嘩を吹っ掛けるようなものだ。
「次に、魔石がドラゴンの体のどこにあるかを調べます。運が良ければ体表のどこかに魔石があらわれているかもしれません」
実は、魔石は必ずしもモンスターの体内にあるとは限らない。モンスターの体表部から魔石が露出している場合もある。珍しいところだと、モンスターの角が魔石化していたこともあるらしい。こういう魔石は等級が低くても珍品として高額で取引される事がある。
それに、あまり知られていないが魔石をとってもモンスターは死なない。魔石はモンスターの生存に必要な器官ではなく、人間でいう所の内臓の結石みたいなもの、という学説が主流だ。
「もし、ドラゴンの体表に魔石が露出していた場合は」
「どうするの? 削ぎ落す?」
「言い方が怖いですが、まあそういう事です。眠っているところに忍び込んで魔石を取って逃げます」
姑息だが、実際それが一番効率的だ。
問題はドラゴンが都合よく眠ってくれているかどうかだがな。
ドラゴンに関する文献を読んだことがあるが、それによるとドラゴンは何日も眠らずに行動が可能らしい。運悪く睡眠から覚めたばかりの時期にあたってしまうと、次に眠るまでかなりの日数を待たなくてはならなくなる。あまり時間をかけると、ギルセア支部の冒険者が調査どころか、凄腕の冒険者やら傭兵やらがドラゴン討伐に来てしまう。そうなるともう、我々が魔石を入手するのは困難だ。
「もし眠ってなかったらどうするっすか?」
「話が通じる相手であれば、交渉だな」
寿命の長いモンスターだけあって、実はドラゴンは高い知性を持っているらしい。確かに伝説などでもドラゴンと親交を深めて騎乗した騎士や、特別な力を授かったという賢者の話がある。ドラゴンに限らず知性を持つモンスターはいるしな。
「なんだかずいぶん遠回りねぇ」
「相手が相手ですから。なので、戦うときは基本的に逃げる事が前提となります」
しかし、もし知性が高く、睡眠も期待できないとなると、手詰まりに近くなる。
「奥の手はあるが、どうなるか……」
「えっ? 坊ちゃん、何か言ったっすか?」
私のつぶやきにリッツが反応するが、何でもないとはぐらかした。奥の手なんてものは使わないから良いのだ。
「それで坊ちゃん、あとは我々にドラゴンを探せるかどうかなんですが、魔道具があるんすよね?」
リッツが確認するように尋ねてくる。
「ああ、マリクリアの大学でガドム老師からいくつか魔道具を借りてきた。老師は寝ぼけていたような気もするが、ちゃんと断りを入れてきたから問題ない」
「おじいちゃん、またお昼寝してたのね」
マリクリア大学のガドム老師。正しい肩書はマリクリア大学終身名誉学長だ。
私も姉上も、子供の頃からガドム老師から魔法を教わった。先々代のマルシェル子爵に見いだされて、マリクリア大学の発展に長年尽力してきた大魔法使いだが、四年前についに終身名誉学長就任という事実上の引退状態になった。
たまに学生に講義もしているようだが、講義中に寝てしまう事が度々あることから、『就寝学長』などというあだ名が付いてしまった。
私たち姉弟は昔から本当に世話になり、特にレイチェル姉上はガドム老師を『おじいちゃん』と呼んで懐き、ガドム老師も本当の孫娘のように可愛がっている。
「で、これを借りてきた」
私は懐からごく小さいワンドを取り出した。長さは手首から肘くらいまでしかなく、装飾も少し飾り彫りがしてるくらいで魔石も付いていない、地味な杖だ。
「ずいぶん小さい杖っすね」
「こういうのは見た目じゃないからな。こいつがあればかなり広範囲で魔力を感知できる。もし相手がドラゴンなら発見は容易いはずだ」
「とはいえ油断なさいませんよう。山にはドラゴン以外の魔物も多いので」
後ろを歩いていたマルスが諫言する。たまには真っ当な事を言う専属執事である。
「マルスさんの言う事は正しいっすね。坊ちゃん、山に入る用意はある程度して来たっすけど、このギルセアには山に入って狩りをする冒険者も多いっす。道具屋で山用の装備を整えましょう」
異存はない。我々はリッツが冒険者ギルドで聞いたという評判の良い道具屋に向かった。
その店は岩山の内外のちょうど境くらいの場所にあった。冒険者ギルドから二百メトルも離れていない。
マリクリアの道具屋と違うのは、この店は店舗の奥が鍛冶場になっていることだろう。店主が自ら作った道具を売る店、という事らしい。農村などでは割と見かける形態だが、ギルセアのような街中では珍しいと言える。普通、道具屋と言えば店舗を構えて売るのが仕事で、商品は別に仕入れてくるものだからな。
そろそろ店じまいという時間にやって来たにもかかわらず、道具屋の店主は嫌な顔せず対応してくれた。冒険者の客が多いからだろうか、それともリッツやレイチェル姉上が等級を教えたからだろうか。
「やっぱり山の装備はギルセアが充実してるっすね」
「まあ、マリクリアの住民が登山することは稀だろうからな」
マリクリアに近くにも山はあるが、このゴルド山地ほど高くも険しくもない。そりゃ鍛冶屋達も売れない道具は作らない。
ゴルドの山に入るなら必需品だというので、ベルトでブーツに取り付けるスパイクや、登攀用のピッケルなんかを購入した。
おや、マルスが店主と何やら話し込んでいるな。
「マルスどうした? 問題があったか?」
「いえ、ちょっと装備についての相談です。エヴァン様達は先に宿に向かっていただければ」
暇があると自分の武器や道具の手入れをしているマルスのこと。何かこだわりでもあるのだろう。
私たちはマルスを道具屋に置いて、宿に向かう事にした。
宿に向かう途中、レイチェル姉上が屋台の食べ物の匂いに誘われてはぐれそうになったが、それは余談だ。
宿についたら食事ですからね、我慢してください、姉上。




