10.父よ、あなたは打たれ強かった
話し合いの場は、それはそれはもうとんでもなく紛糾した。
探索団の名前などという大して重要でもない議題を投げ入れられたせいで。
マルスが悪い。
不死鳥のなんたらとか、なんとかの騎士団だとか、主に姉上とグラント、意外なところではアンナも名付け合戦に参加している。
普段おとなしいアンナだが、自分も参加する組織の名前にはなにか思うところがあるのだろうか。
「エヴァン様が団長なのですから、後世に残るような素敵な名前にしませんと!」
どうやら私の為だったらしい。
ありがとうアンナ、気持ちだけもらっとくよ。今は黙っていてくれるともっと嬉しい。
そして、団の名称にこだわりたい派と、名前なぞどうでもいいが妙な名付けされても嫌だ派の間で話し合われた結果、団の名称は保留ということになった。
次回の会合に各自が案を持ち寄ることになったらしい。
ものすごく無駄な労力だと思うが、組織の運営とはかように面倒なものなのだ。
「それでは会議はここまでにしよう。マルス、アンナ、明日の朝一番に父上に事の次第を報告し承諾を得る。同席するように」
「わかりました! エヴァン様!」
アンナは元気よく返事をする。
「構いませんが、私が同席する必要がありますでしょうか?」
専属執事からはやる気が感じられないが、それはいつものことだ。
何かを決定する場にマルスを同席させて情報を共有しておけば、状況に応じて必要な連絡や準備を進めてくれるのでとても便利だ。
アンナもそういった後方支援的な仕事はできるのだが、彼女はどちらかといえば仕事を大きく丸投げしたほうが能力を発揮する。
領主代行という役職についてからというもの、うまく部下を使うことがいかに大切かわかった。
何より、皆に助けてもらわないことには屋敷を抜け出して、街に出かける事もできないのだ。まったく死活問題である。私の心の健康は誰が担保してくれるのだろうか。領主業にやりがいはあるが、他の生き方を選べないのは致し方ない事なんだよな。
そして翌日の朝食後、アラニア・マルシェル子爵こと我が父上と会談する時間になった。
まあ会談も何もさっきまで一緒に朝食を食べていたのだが、相談内容が重大な事なので一応父上の書斎で話すことになった。子爵家の館でもっとも遮音に優れた部屋なので、盗み聞かれる心配が無い。
この館の使用人に主人の話を盗み聞きしようとする者がいるとは思えないが、そこを用心するのは貴族の習性というものだ。多分、商人達も同じだろう。
「それで、相談というのは何かな?」
書斎に置かれた簡易な応接ソファに座った父上が、気負った風もなく私に尋ねた。
テーブルをはさんだ反対側に私が座り、その後ろにマルスとアンナが直立している。
父上の年齢は四十五だが、豊かな茶色の髪、皺が少ない顔から実年齢より若く見られることが多いらしい。
父アラニアは身内から見ても穏やかで性格に尖ったところが見られず、悪く言うと凡庸に見える。しかし、領民に慕われる子爵家という家風を先祖から受け継ぎ、今日まで維持し発展させてきたのは間違いなく父上だ。凡庸であるはずがない。
そして十九歳の息子に何とか子爵位を譲渡し、さっさと引退して趣味に生きようとする人でもある。仕事もせずに一日中趣味に明け暮れるなんてまったく羨ましい……もとい、けしからん話であるな。
「単刀直入に申しますと、私の領主代行の任を解いていただきたいという所ですね」
「うん、却下」
取り付く島もない。
「それってつまり次期領主の座から降りるってことだよね。そんな事できるわけないでしょ」
「仰るとおりです。なのでこれから理由を説明いたします」
こちらもそう簡単に許可されるなどとは思っていない。
だが、どこまで事情を説明するべきかは考慮しなければならない。
突然、夢で神託を受けました。そっちが大変なので領主の仕事辞めます、と言って納得されるものだろうか? それとも、心苦しいがもっともらしい嘘をついてこの場をしのぐべきか。
だが、父上に魔石探索団の件を相談し許可をもらうと決めた時から私は決めている。
「父上、私は神から神託を受けました。これを成就させるために一時、領主代行の任を返上致します」
父上には正直に、真正面から話す。
今後の活動に支障をきたさないために、これが最も良い選択であると思うし、何より父上に嘘を吐くのは避けたかった。
父上は真っ直ぐに私の目を見る。そのまま二呼吸の程の時間が流れ、そして父がふうと小さな溜息をつく。
「まいったな、嘘を吐いてる目じゃない。最悪だ」
「相変わらず話の真偽を見分けるのがお得意なようですね」
そう、父上は他人の嘘を見破るのがとても上手い。目の動きや表情、仕草から情報を集めて見破るのだそうだが、これは真似できる気がしない父上の特技だ。子供のころは私もレイチェル姉上も幾度となく父上に噓を見抜かれて罰を受けたものだ。
子供なりに考えぬいてついた嘘を一瞬で見破られ、私も意地になってしまったものだ。
それならばと証拠を隠滅し、証人を買収して偽証させ、美術商に頼んで偽の証拠まで用意したが、ほんの数分で看破された。そして、用意周到すぎるとお説教もされた。
あまりにも直感的に嘘を見破るので、父上は特殊な魔法を使っているのではないかと思ったほどだ。
逆に言えば、父上にはどんなに荒唐無稽な話でも真実を話していることが伝わるのだ。
さて、神託なんてものを受けたと主張する息子が嘘を吐いていないとわかった時、父上はどう出てくるか。
「神が仰るなら仕方ないね。エヴァンの好きにするといいよ」
父上は驚くほどあっさり折れた。
「よろしいのですか?」
「良いも悪いもないよ。エヴァンはアルテス神に選ばれたんだろう? とても名誉な事だし、マルシェル家を挙げて応援しなければいけない」
「先ほどは最悪だ、と仰っていましたが?」
「だってエヴァンに任せていた仕事がこちらに回ってくるんだろう? これを最悪を言わずして何というんだい?」
どうやら、父上個人にとって最悪だと言いたかったらしい。
この人は一体どこまで本気で領主をやっているんだろうか……。まったく我が父ながら捉えどころがない。
「そのことについて提案があります。私の仕事をアンナに引き継ぎたいのです。もちろん領主代行として私にしかできない業務以外は、ですが」
自分の名前が出て、直立していたアンナが緊張感を帯びた気配を感じた。
「ほほう? そんなことができると思ってるのかい?」
父上はこの案に否定的か? いや、これはこちらの考えを探っている感じだな。
「できます。というより、これしかないと思っております。まず、私が領主代行の職を辞するのは対外的に話が大きくなりすぎます。マルシェル家にお家騒動が勃発したと思われるでしょう」
「そうだろうね。みんな噂好きだから色んな尾ひれが付きそうだ」
「そこで対外的には私は領主代行のまま、内業をアンナに委任することで注目を避けます。実のところ大きく時間を取られるのは書類仕事なので、これで神託成就に向けて必要な時間を捻出します」
「そうすれば私の仕事量はあまり変わらないというわけだな。よし、採用」
自分の仕事が増えないと分った途端この調子だ。思い切りが良すぎるような気がするが、父上が良いというなら問題なしという事だ。
「しかし、アンナはそれでいいのかい? ずいぶんな重責を背負うことになるよ?」
父上がアンナに直接尋ねる。
父上にとってアンナは子供の頃から知る娘であり、自分自身の勧めでマリクリア初等学校に入学させた優秀な人材だ。分不相応な責任を与えて将来をつぶしてしまうようなことは避けたいだろう。
「はい! エヴァン様の為に精一杯頑張ります! 全力で!」
だが、当のアンナがこのやる気である。正直に言って頼もしい。
そんなアンナの様子を見て、父上が微笑んだ。
「ふふっ、まあアンナなら上手くやっちゃうだろうね。忙しくさせてしまうけども、よろしく頼むよ。それにしてもこんな大仕事を任されるからには、アンナには余程のご褒美が必要だね」
「それはエヴァン様からいただくので大丈夫です!」
アンナはどんなにマルシェル家に貢献しても、父上から褒美を受け取ろうとはしない。
どうやら幼少の自分を見出して高等な教育を施してくれた父上には、日々の仕事で恩返しをしているつもりらしい。殊勝すぎるような気もするが。
「そうか。そのご褒美はやっぱりアレかな?」
「はい、ソレです」
父上とアンナが言い合って笑う。
「これは大変だ、エヴァン。神託成就の暁にはいよいよ考えてやらないとな」
「エヴァン様、私は側室の末席のさらに末席で構いませんから!」
「父上が仰ると戯言では済まないので、発言は慎重にお願いします」
「なんだい、せっかく面白いことになりそうなのに」
面白いや面白くないで結婚相手を決められてはたまらない。
私は貴族の嫡子なのだから婚姻関係は政治の道具に他ならない。私の結婚が領民のためにならなければならないし、必要とあらば自分自身を高く売らなければならない。
私はそういう立場にいる人間なのだ。不本意と言わざるを得ないがな。
「ところで、エヴァン」
父上が改まった口調で話しかけてくる。
「なんでしょうか?」
「神託ってなにをするんだい?」
「そういえばまだ話してませんでしたね。と言いますか、よく内容を知らずに話を進めましたね」
「そこはまあ、息子への信頼だね」
「褒めていただいたと思っておきます」
私は昨日、グラントやリッツに話したように、事実を淡々と父上に話した。
その結果……、
「ヴェスパ湖に神殿を……。しかも一等級魔石……」
「を、三個です」
父上は、ふぅと息を吐くとソファの背もたれに体を預ける。
「神様はまったく厳しい試練を課すものだね」
「つくづく同感ですね。しかし、手助けをする気もあるらしいですよ」
そういって、マルスがカバンから取り出した例の一等級魔石を父上に見せた。
父上は目を見張ったが、ソファにもたれたままだ。そして、そのままの姿勢で呟く。
「それくらいはしてもらわないとやってられないな」
私に聞かせる気はなかったかもしれない小さな声だったが、妙にはっきり聞こえた。やり場のない怒りのようなものを感じた。
掴み所がない父上が滅多に見せない感情だ。しかし、父上はすぐにいつもの柔らかな雰囲気に戻った。
「エヴァン、このことについてこれ以上詳しくは聞かない。私は神の声などを聞いたことがないが、おまえが信じたのならきっと本物なんだろうと思うよ」
私は返事をせず、父上を見続けていた。何か言いたいことを飲み込んだであろう父上を。
「もはやおとぎ話だが、ご先祖さまの初代マルシェルもなにかの神託を受けたと言われているから、もしかしたら我が家はそういう体質なのかもしれないな」
「それは初耳ですが、まあ体質なら仕方ないですね」
全く納得はできていないが、今はこの理不尽な神託に少しでも理由がほしいところだ。
いや、でも神託を受ける体質ってなんだ。理不尽さが増したような気がする。
「さて、それじゃ一応、けじめだけはつけておこうか」
そういうと、父はソファから立ち上がり上着を直した。
私もソファから立ち上がり、絨毯の上に片膝をついた。アンナが慌てて私の横へやってきて同じ姿勢を取る。マルスは直立のままだ。
「エヴァン・マルシェル」
「はっ」
「マルシェル子爵の名において、領主代行の任を解き、神託成就の任を与える。ただし、領内に無用の混乱を与えぬよう、対外的には任を伏せる事とする」
「ははっ。謹んで拝命いたします」
形ばかりだが、これで魔石の探索はマルシェル子爵からの正式な任務となった。
「続いてアンナ」
「はいっ」
「正式にマルシェル子爵家の一等文官に任ずる。助役としてエヴァンの麾下に入れ」
「は、はいっ。謹んで、拝命いたします!」
そういって頭を下げるアンナに、父上はそっと肩に手を置いて、小さく『すまないね、アンナ』と言った。
アンナとしては、メイドのままでいたかったのではないかという事か。それはそうかも知れないな。
それから父は、マルスに向かって「頼むよ」とだけいうと書斎から出ていく。
マルスは黙って、父上が出ていった書斎の扉に向かって深く頭を下げていた。




