9.会議は踊るものらしい
私からの『厄介事に巻き込む宣言』だったが、結果どうなったかというと。
「だから、どこを探検すればいいか早く教えなさい!」
「最初からできることは何でもやるって言ってるじゃねえか」
「どうせ自分に拒否権はないんすよね……」
「私は専属執事ですので、お助けするのは当然です。あとはお給金を弾んでいただければ」
「あの〜、わたしもその団に入っているんでしょうか?」
皆が、とても、快く、積極的に、引き受けてくれたようで助かった。これで共犯者、もとい協力者は確保できた。一人では何もできないからな。
「ありがとう。探すのは国宝級の魔石というとんでもない代物だが、よろしく頼む」
私は深く頭を下げた。平民に頭を下げることを忌み嫌う貴族は多いが、私は躊躇なく下げる。これで感謝の気持ちが多少でも伝わるのなら安いものだ。
「それで、自分たちは何をすればいいんすか?」
「グラントとリッツには、まず情報収集を頼みたい。万が一、伝説級のモンスターの発見情報があればすぐに向かわねばならんからな」
「え、ということは怪物と戦うつもりっすか?」
「最悪、そういうことになるかもしれんが、別に自分でモンスター退治をしなければならんということはないだろう? そこはギルドの冒険者たちに期待している」
「いくら金を積む気か知らないっすけど、好き好んでドラゴンやら海魔やらと戦うやつは少ないと思うっす」
命あっての物種。それはもちろんそのとおりだが、金に目が眩むのも冒険者の本能ではないかと思う。せいぜい勇猛な金の亡者が現れることを期待しよう。
「リッツには特にギルドとの連携や調整で動いてもらうことになると思う。面倒かけるがよろしくな」
「了解っす。きょーえつしごくでございまっす」
「お前、間違っても他の貴族にそんな態度取るなよ。首が飛ぶぞ」
いつものことだが、リッツのあまりにも砕けた態度が心配になる。
領都の副ギルド長ともなると、マルシェル家以外の貴族や中央の役人といった身分の高い者と接する機会があるはずだ。
「ちゃんと切り替えるから大丈夫っす。そもそも、坊っちゃんをあまり貴族と思ってないんで」
「なぜだ、領主代行として頑張っているつもりだが。冒険者ギルドとも上手くやってるだろ」
「そういうとこっす。普通のお貴族様は冒険者ギルドに近付かないっすからね。自分らは一歩間違えばただのゴロツキなんで、基本的に避けられるっす」
この領都マリクリアでは冒険者ギルドは正義の組織として人気があるが、他所の領地ではリッツの言う通りなのだろう。
そこらのゴロツキに日銭仕事をさせているだけ、か。彼らには彼らの信義なり誇りがあると思うんだが、ちょっと付き合ってみないとそのあたりは理解できないか。
「マルス、お前にも仕事を頼むことになる」
「心得ております。潜入や諜報はお任せください。ただし、私はあくまで執事なので、それ以外の仕事については……」
「成果次第で報奨金を出してやる。まったくお前は話が早くて助かる」
「これはお褒めに預かりまして」
「もちろん皮肉だからな、守銭奴執事め」
マルスは澄まし顔で会釈をする。
「エヴァン様、魔石の探索団でわたしは何をすればいいのでしょうか?」
遠慮がちにアンナが尋ねてくる。彼女からすれば魔石捜索などというものに関わるとは思わなかっただろう。
しかし、アンナは魔石捜索には必須だ。
「アンナにはとても重要な役目がある。他の者には任せられないことだ」
「ええ? そんな大役ですか?」
「そうだ、アンナには、私の代わりに領主代行をやってもらう」
この発言に、レイチェル姉上、グラント、リッツの三人が驚く。
「エヴァン、あなたメイドに何させるつもり?」
「坊主、それはいくらなんでも無茶だぜ」
「アンナさんの能力は知ってるっすけど、平民に領主は務まらないっすよ」
実にまともな反対意見が返ってきた。
ちなみにグラントとリッツはアンナが優れた実務能力を持っている事を知ったうえで言っているが、レイチェル姉上はそんな事は知らない。そもそもそんなことに興味がないからだ。アンナの事は弟と仲が良いメイドくらいにしか思っていないだろう。
「もちろん、正式に領主代行の地位につけるわけじゃない。陰で私の業務の肩代わりをしてもらうだけだ。そうでもしないと書類の確認と決済だけで一日が終わってしまうからな」
「つまりエヴァン様の大切な使命のお手伝いができるということですか?」
「その通りだアンナ。今まで以上に、な」
普段から助けてもらっているが、これから魔石捜索などという当てのない大仕事をやらなければならない。領主代行の業務で時間を取られていては身動きが取れなくなってしまう。
アンナにはかなりの負担をかけてしまうことになるが、彼女はこの頼みを断らないだろう。もちろん、そう思う根拠はある。
「やります。エヴァン様のお役に立ちます。頑張ります」
「アンナならそう言ってくれると思ったよ」
「すごくお役に立てたら、結婚してくださいますか?」
これがアンナが私の頼みを断らない理由だ。
なぜだかわからないが、アンナは私と結婚することを夢見ており、事あるごとに求婚してくる。
貴族の嫡子としてうかつな返事はできないので毎回はぐらかすのだが、普通のメイドなら雇い主の貴族に求婚などあり得ないし、そんな事をすれば即解雇か下手をすれば処罰される。
だが、マルシェル家に限って言えば、まったく問題視されない。
それは当主である父アラニア・マルシェルがアンナの事を面白がっているからだ。
そもそも、アンナは領都マリクリアのある仕立て屋の家に生まれた。
あまり大きな店ではなかったようだが、父親の仕立ての腕は中々評判が良かったらしい。
裕福な町人や、領地を持たない法衣貴族らが主な顧客だったことから、店の評判が我が父の耳に入り、自らお忍びで店を訪ねていったらしい。
通常は仕立て屋を屋敷に呼びつけるのが普通なのだが、父はよく屋敷を抜け出して町に出かけていたようだ。屋敷から脱走するのはマルシェル家の伝統なのかもしれない。
そして、訪ねた店で家業の手伝いをしていたのが、当時十歳に満たない頃のアンナだった。
家業の手伝いと言っても、看板代わりに店頭にいるだけだとか、小間使いをするといった程度ではなかった。代金の計算や仕入れの調整、帳簿付けや針子の女たちの勤怠管理までしていたという。
そんな大人顔負けのアンナの働きぶりに父アラニアが気付いた。そして、その場でマリクリア初等学校に入学することを勧めたそうだ。
マリクリア初等学校は、主に貴族や役人、富豪の子女が通う学校だ。
マリクリアには歴史の長い大学があるのだが、大学に入学する学生を養成するため初等学校が設立されたというのが、そのあらましだ
毎年、百名程の新入生を迎える初等学校だが、他領の貴族らの子女も多く迎えている。残念ながらこのアルバーナ神帝国において、初等学校から大学まで一貫して学べる領地は少ない。ましてや歴史が長いとはいえ、子爵にすぎない我がマルシェル領に大学があること自体が珍しい。
そんなわけで領外からも学生が集まる事になっている。
初等学校は十五歳まで、大学は本人の希望にもよるが二十歳まで学ぶことになる。
アンナは九歳で初等学校に入学し、優秀な成績を修め続けて十三歳で飛び級で大学入学。そして、またしても飛び級して十六歳で卒業というとんでもない才女だ。ちなみに私は大学卒業に規定通り五年かかったが、それはまあ、なんというか、学業の他に領主の仕事を学ぶ必要もあったし、色々と忙しかったから仕方がない。
そんな彼女が、マルシェル家のメイドをしている理由だが、本人曰く、『そこにエヴァン様がいるからです!』だそうだ。はっきり言って心当たりがないのだが、昔の私は彼女に何か大恩を売ったのだろうか……。
それにしても貴族に正面から求婚するメイドというのはどうなんだろうな。
「アンナ、いつも言っていることだが、貴族の婚姻というものは本人の意志で決めるのは難しくてな」
私の返答はいつも同じだ。肯定も否定もしない曖昧な返事をする。
事実、貴族の婚姻は本人の気持ちではどうにもならない、ということが多い。マルシェル家はかなり自由な家風ではあるが、それでも貴族勢力の都合や帝室の指図があれば無視するわけにもいかない。
何より明確にアンナを拒絶すれば、この実務能力を失うことになるかもしれない。それは非常に困る。
そんな卑怯な私の返答に対して、
「はい、承知しております。はっきりと拒まれないなら望みはありますから!」
アンナの反応はいつも通り前向きだ。にこにこと機嫌よさそうにしている。今はこれで勘弁してもらおう。
私ももう二十歳になろうかという年頃なので、そろそろ婚姻話の一つや二つありそうなものだが、今のところ父も積極的に動こうとはしていないようだ。
もっとも、順番でいえばレイチェル姉上が先なのだが本人があれではな……。なかなか難しいだろう。父上も無理に結婚させようとは思っていないようだし。
「それでは、親父さん、リッツ、マルス、アンナ。雲をつかむような話ですまないが、私に巻き込まれてくれ。よろしく頼む」
そういって私は再び彼らに頭を下げた。
「やめろよ坊主、貴族がそう何度も簡単に頭下げるもんじゃねぇ」
グラントはそういうが、簡単ではない頼み事をしてるのはこちらなのだ。誠意は尽くさなければならないと思う。
「エヴァン様、執事たる私にまで頭を下げることはありません。しかしどうしても頭を下げたいのなら、地面にこすりつける勢いで下げてもらっても構いませんよ。報酬は負かりませんけども」
「ええ……、この執事さん忠誠心とかないんすか……?」
マルスのあまりにもあまりな態度に呆れかえるリッツ。
すまないな、副ギルド長。そいつにあるのは損得勘定であって忠義とかそういうもんじゃないんだよ。
さて、皆に頼みたいことは伝えた。この後はとにかく情報収集を……、
「待ちなさい、エヴァン!」
「すいません、忘れてました姉上」
姉上のことをすっかり忘れていた。
「私にも頼み事しなさい! とりあえずダンジョンに潜って怪物を探せばいいの?」
そんな当てずっぽうで一等級魔石が見つかるなら冒険者は誰も苦労しない。そこらの野山やダンジョンをうろついているモンスターをいくら狩っても仕方ないのだ。
「待ってください、姉上。姉上にお願いしたいことは今は無いのです」
「無いの!?」
愕然とするレイチェル姉上。
「今は、です。姉上に期待するのはもちろん剣と魔法の腕前です」
私はまっすぐに姉上を見据えて話す。
「魔石探索にはどう考えても危険が付きまといます。一等級魔石を宿すようなモンスターは例外なく強大ですし、普通の人間では戦いにもならないうちに滅ぼされるでしょう。それに、高価な魔石を手に入れたとしても、今度は人間がそれを狙って来るでしょう。裏社会の者か、もしかすると他家の貴族などが奪いに来るかもしれません」
あえて他家の貴族などという言い方をするが、もちろんそこには帝室だったり帝都のアルテス神教団も含まれる。口に出さないだけで他の者も気付いているだろう。
「争い事が起こった時、姉上には常に最前線に立ってもらうことになります。相手は伝説に登場するような怪物かもしれませんし、貴族の私兵団かもしれません。生き延びることができるかどうかも分からない、そのようなもっとも危険な役目を姉上に押し付けてしまう愚弟をどうか、どうかお許しください」
台詞の後半から芝居がかった口調になる。人によっては馬鹿にされたと怒り出すような場面だが……、
「怪物や軍隊が相手……。そう……、危険なのね……」
おや、姉上が俯いてしまった。まさか怖気づいたわけじゃないよな?
「ふ……」
「ふ?」
「ふふ……、ふふふふふ」
「おいおい、どうしたお嬢ちゃん」
グラントが訝しげにしている。
「来たわ! ついに来たわ! 私の伝説の幕開けの時が! 強敵難敵を倒して幾多の死線を乗り越えて、帝国中に勇名を轟かせる冒険者レイチェルの物語が始まるのよ!」
まあ予想していた通り、いや予想以上の大喜びだ。いつになく語彙が強い。伝説の冒険者っていったい何だ。
冒険者というのはモンスターを狩って魔石を回収したり、秘境を探索したりする職業人だと思っていたが、姉上の認識は違うようだ。姉上の言いようだと破壊の悪魔のように聞こえる。
あと貴女は冒険者うんぬん以前に子爵令嬢です。そういうの忘れてるんだろうなあ。
「でかしたわね、エヴァン。私が伝説になったら、あなたは一番の家来にしてあげるわ」
「それはありがとうございます」
姉上が伝説になる頃には私はマルシェル子爵家の家督を継いでいるか、この世にいないかのどちらかだと思うが、それは言わない方がいいのだろうな。
「そうとなれば、訓練の時間を増やさないといけないわね。マルス! 舞踏と絵画とマナーと音曲の授業はすべて武術訓練に変更してちょうだい!」
「はっ、お嬢様。執事長ロベルトにしかと伝えおきます」
鮮やかに面倒事を上司に押し付ける我が専属執事。さすが見事だな。
「わははは、勢いが良いなお嬢ちゃん。鍛錬ついでにうちのギルドの新人どもに稽古つけてくれや」
貴族令嬢にとんでもないことを頼む冒険者ギルド長がいたかと思えば、
「もちろんいいわよ! 今から行く? それとも明日?」
二つ返事で引き受ける貴族令嬢もいたりする。仲が良くて何よりだ。
「エヴァン様、話がまとまったところで解決しなければならない問題が二つあります」
マルスが皆に聞こえるように話し始めた。
「問題? 問題は多いが、何の話をしている?」
「簡単な事です。まずは主であるアラニア・マルシェル様に了承を頂かなければなりません。さもなくばエヴァン様は魔石の探索どころか、屋敷の外に出るのも苦労しますので」
屋敷を抜け出すのはいつものことなので別に何も苦労しないのだが、マルスが言っているのはそういう事ではないだろう。
「それはもちろんだ。明日の朝に父上に時間を頂いているので説明に行く。マルスとアンナにも来てもらうぞ」
「左様でしたか。差し出がましい事を申しました」
「それで、もう一つの問題とはなんだ?」
私の問いにマルスが少し肩をすくめて言う。
「探索団の名前はいかがしましょうか?」




