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098 弟も欲しかったんだよね

「これで王室の正当性が保たれたまま、禅譲が叶います」


ジョセフさんがそんなことを言った。


禅譲?

なんのことだ?


「今、勇者様は我が娘サリナルーシャを王妃に娶るとおっしゃられました。それは、勇者様が王室の正当性を保ったままこの国を継承なさると宣言されたようなもの。これでようやく勇者様にこの国をお返しできます」

「それが禅譲?」

「はい」


ちょっと待ってくれ!

何で俺がこの国の王にならなければならない?


いきなり国をお返しするだの、国王になれだの言われても困る。

第一、前世で国王は懲り懲りしている。公務は多忙を極めるし自由も無い。既得権益や非効率な前例に拘る守旧派貴族や官僚にもうんざりしていた。

まさにスローライフの対局にある地位と言える。


「サリナは貰うけど、国はいらないし、国王にもならないよ。だから、今まで通りジョセフさんが国家経営を続けて欲しい。ごめん。俺、国王に向いてない。前世でリザニア聖教国の国王やったけど上手く行かなかったんだよ。その結果、俺がどうなったかは知ってるよね? ジョセフさんは、また俺がそんな末路を送るのを望むのかな?」


卑怯な言い回しな事は解っている。

だが、人には向き不向きというものがある。

国王に不向きな者が行う国家経営など本人にとっても国民にとっても不幸以外の何物でもない。それに比べて、ジョセフさんのような人材が経営する国家はアナトリサ王国のように国民にとって幸せな国に成長する。だからこそ、ジョセフさんにこのまま国王を続けて欲しいのだ。

これは俺が面倒から逃げる為に考えついたものじゃない――――はずだ。

知らんけど。


「国王を引き受けては貰えないでしょうか?」

「絶対に嫌!」

「どうしても?」

「くどい! だいたい、ここに居る人達はジョセフさんを慕ってジョセフさんに忠誠を捧げた人達なんでしょう? そんな人達の思いを無視して王権を俺に丸投げなんて、無責任だとは思わないの?」

「それは……………………」


ジョセフさんの意思が揺らいでいる。


「あなたは善政を敷いて来た賢王だ。皆、それを認めている。でなければ1000年の間、国の平和と国民の幸せを守って来れたはずがない。そこんところ、もっと自覚を持って欲しいな。」


ジョセフさんは黙って訊いている。


「俺はあなただからこそ、この国を興すことを勧めたんだ」


よし、あと一押しだ。


「これからもこの国を治めていってくれるね?」


ジョセフさんに噛んで含めるように畳みかける。


「はい、わかりました。勇者様の意思に従います」

「それでいい」


そこで、ジョセフさんが、強い決意を込めた視線を俺に向けると、


「でも、いずれ必ず、この国をお返しします。それだけはお忘れなきよう」


今は一旦引くってことか。

まあ、ここらへんが妥協点だろう。


どうせ、人間の俺の方が先にくたばる。

それまで断り続ければいいだけだ。

まあ、あと70年くらいかな?

長命なエルフにとっては一瞬だ。


次にジョセフさんが言い出す頃には、俺はこの世にはいないだろうよ。

つまり、ジョセフさんの願いは達せられることはないということだ。



白亜やシルク、セリアやサリナを見ると、みんな『うんうん』と頷いている。

俺の気持ちを汲んでくれる、いい家族と仲間達だ。



そんな訳で、話が纏まったところでリーファを抱き上げる。

さあ、帰ろうか。




「騙されてはいけませんぞ! 父上!」


盛大な声が謁見の間に響き渡った。

声の主を見ると、肩まで伸びた金髪と右目が碧、左目が茶色のヘテロクロミアのハーフエルフだった。


「止めんか! エルネスト! 勇者様に無礼であろう!」


ジョセフさんが叱責する。


「誰?」


俺は横に居るシャルトリューズさんに尋ねる。


「第一王子殿下のエルネスト・アナトリア様です。白亜様に御前試合でコテンパンにノされた挙句、白亜様に求婚を迫っております」


余計な情報までくれた。

ノされて求婚?

第一王子はマゾなの?


「何が勇者なものか! その者は綺麗事を並べていますが、いずれこの国を乗っ取るつもりです。姉上を誑かしたのもその布石」


酷い謂われようだなあ。

俺、君に何かしたっけ?

初対面なんだけど?


「いい加減にしなさい!!」


サリナが切れた。


「イツキはカラトバを滅ぼす前代未聞の功績を上げ、この国を滅亡から救ってくれた! 我が国民を非道にも虐殺した実行犯も残らず捕えてくれた。にも拘わらず、その功績を誇ることすらせず、王権の継承も拒否して、ネヴィル村に引き上げようとしているのよ! 彼は表舞台に立とうとは微塵も考えていない! 彼が望んでいるのは王道でも覇道でもない! 市井の人々のように日々平穏に暮らすことなのよ! あなたにそんな高潔な行いができるの!?」


俺、別に高潔なんかじゃないよ。

ただ身勝手に田舎に引き籠もりたいだけなんだけどなあ。

みんなそうだけど、俺を高く評価し過ぎなんだよ。

俺が望むのは、今も昔も変わらない。

『かわいい奥さんに膝枕されながらの穏やかな時間』。


「なら、姉上は王位継承権を手放されるのですね?」

「そんなもの要らないわよ」


それを訊いたエルネストがジョセフさんに向かって言った。


「では、父上。いずれは私に譲位頂けるのですね?」

「おまえのような直情的な者には王の座は譲れぬ」


苦々しい表情で答えるジョセフさん。


もう、なんか面倒になってきた。


「ジョセフさん。俺、もう帰っていい?」

「お待ち下さい! 勇者様! まだ、報奨金のお渡しが――――」

「ああ、幾らか知らんけど、そうだね……………冒険者ギルドの俺の口座に振込んどいてくれたらいいよ」

「金額をお知らせさせて頂かないと――――」

「別にいいよ、金額なんて知らなくっても。本当はタダでもいいくらいだよ。国難を救うのは国民の務めだからね。大虐殺事件の実行犯の報奨金がたんまり入ったし、〖混沌の沼〗ダンジョン踏破の報奨金にもまだほとんど手を付けてないから、正直、金に困ってないんだよ。既に一生遊んで暮らしても余るくらいお金あるしね。まあ、全く受け取らないってんじゃ、他の功労者も報奨金を受け取り難いだろうから、気持ち程度は受け取っておくことにするよ。それじゃあね」


そのまま、白亜、シルク、セリアを伴って退出しようとする。

謁見の間の扉の前には既にロダンとシャルトリューズさんが待っている。


「待てっ! 誰が帰っていいと言った!?」


エルネストに退路を塞がれた。

おいおい、裏町のチンピラかよ。

因縁付けるのは勘弁して欲しいよ。


「おまえにはまだ話だ残っている!」

「俺はあんたと話すことなんかないんだけど。とりあえず退いてくれる? リーファが怖がるから」


エルネストが敵意剥き出しで俺に吠え掛かってくる。


「貴様っ!」

「だからリーファが怖がるから吠えるのを止めろ」

「わたしを犬扱いするか――――っ!」


突然、剣を抜いて切り掛かってきた。

リーファを抱えているから正面から受けられない。

俺は背中でエルネストの剣を受けた。


「勇者様っ!!!」


ジョセフさんの叫びが聞こえたか聞こえなかったかくらいのタイミングで俺の背中をエルネストの剣が薙いだ。


キンッ!


が、剣が撥ね返される。

俺の身体も衣装もまったくの無傷。

勇者の加護[絶対防御]のおかげだ。


「バカな! なぜ私の剣戟が通らない!」


だが、物理攻撃の痛みは軽減されない。

マジ痛い。


「痛ってえなあ。万が一、リーファに当たったらどうすんだよ!」


俺は振り向き様、エルネストに[グラビティ(5)]をお見舞いする。


次の瞬間、エルネストは轢かれたカエルのようにレッドカーペットの床に押し付けられた。


「グアアアアアアーーーーーーっ!!」


みっともない悲鳴をあげるエルネストを見下ろす。


「貴様さえいなければ、白亜をこの手に――――」


今、なんて言った?

『白亜をこの手に』?

そうか。

白亜を篭絡するには俺が邪魔だと?


白亜さんよ。

平安貴族のボンボンといい、このエルネストといい、マジ男運悪いよな。

呪われてんじゃねえのか?


俺、そのとばっちり受けてるんだよね。

そう考えたら無性に腹が立った。

とはいえ、こんなヤツでもサリナの義弟。

ガゼルみたいに半殺しにする訳にもいかない。


「グラビティ(10)(ペインニードル60)」


全体的に加重を倍加してやる。痛覚へのピンポイントの加重はその6倍。


倍の荷重で勘弁してやってるのはお情けだ。

まあ、それでも10Gだしな。

但し、痛みはガゼルに与えた痛みの倍。

死んだ方がマシなくらい痛いはずだ。


「き……………………さ……………………ま……………………」


さすがは剣聖。

意識も絶え絶えの中、敵意を向けてくる。


「白亜を手に入れたかったら、ホバートの冒険者ギルド副支部長のアイシャさんの『教育的指導』に耐え、ネヴィル村に居る俺を倒すことだ。その上で白亜に勝つことができたら、おまえの望みを叶えてやろう」


白亜を溺愛するアイシャさんには後で伝えておかないとな。


「そ…………の…………言葉…………二言…………は無…………い…………な?」

「ああ。約束しよう」


エルネストが絶えそうな意識をなんとか保ちながら、確認してきた。

すげえ気合だな。

こいつ、そんなに白亜が好きなのか?


直情的だが、ちょっと気に入ってしまった。

サリナの義弟だし。

俺、一人っ子だったから、弟も欲しかったんだよね。

一生懸命突っかかって来る弟。

揉みがいがあっていいじゃん。


「俺は逃げも隠れもしない。ネヴィル村で待っているから、手順を踏んで向かってこい」


そう言い残して、俺達は迎賓館に帰っていった。

帰路、白亜が俺の顔を見ながら複雑な表情をしていた。

まさに、百面相のように。




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