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090 全てを無にする暴虐

「じゃあ、俺はこれで。失礼しま~す」

「こらこらこらこらこら~っ! ちょっと待て~い!」


片手を上げて帰ろうとする俺は、おっさんに帰りを阻まれてしまった。

そのまま、気付かなければよかったのに。


「何? 俺になんか用?」

「おまえ、いったいなんなんだ!?」

「『なんなんだ』って、人間だけど、それが何か?」

「違う! おまえが誰かと訊いている!!」


面倒くさいな、このおっさん。


「人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るんだよ。お母さんに教えて貰わなかった?」


あ、なんか顔、真っ赤になってるよ。


俺に恋しちゃった?

困るよ。

おっさんは守備範囲外だし。


「ふざけてるのか!? 俺が何で男に恋すると思うんだよ!? 頭湧いてるのか!?」


あれ?

口に出てた?

まいったね。


「アハハ、なんでかわかんないんだけど、俺、モテるみたいなんで」


ヘラッと笑って答えたら、おっさんが更に逆上した。

火に油をしこたま注いでしまったらしい。


「殺す!! 貴様、絶対に殺す!!」

「まあまあ、それでおっさんは誰?」


おっさんが肩で息をしている。

なんかぶつぶつ言ってるぞ。


「落ち着け~~。俺は騎士王。やがてエーデルフェルトを統べる者…………」


よく訊こえなかったが、まあいい。

俺は心の広い男だ。

おっさんが落ち着くまで待ってやるか。


おっさんが落ち着きを取り戻して名乗った。


「俺の名はオストバルト・フェルナー。カラトバ騎士団領を統べる騎士王だ」

「俺の名は斎賀五月(サイガイツキ)。アナトリア王国で冒険者をやっている」


そうか。

このおっさんが騎士王オストバルト・フェルナーか。

司教帝が指名した勇者パーティーメンバー。

そして、人間至上主義の――――


斎賀五月(サイガイツキ)。そうか、おまえが勇者か。なら、おまえは俺の下に就け。悪いようにはせん」

「…………」

「それから、おまえのパーティーに所属する小娘を俺に寄こせ。妃に召し上げてやる」


こいつ今、白亜のことを『妃に召し上げてやる』って言ったか?


「ねえ、今、白亜を『妃に召し上げてやる』って言ったか?」

「ああ」

「それで白亜は?」

「『やなこった』と言われた。だが、問題無い。俺が女の喜びを教えてやれば、いずれ従順になる」

「ねえ、おっさん、いくつ?」

「48だが」


ロリコンじゃねえか!

白亜はまだ14だぞ。

養女というならまだわからないでもない。

親子くらいの年の差だからな。

だが、妃はダメだろう。


俺は額に手をやって、


「ああああっ。ダメだ。このおっさん。早くなんとかしなければ」


だが、俺は心の広い男。

おっさんが悔い改めるというのなら、見逃してやってもいい。


「ねえ、アナトリア王国への侵攻止めない?」

「何を言っている。亜人も魔族も人間の敵だ。ここエーデルフェルトに居てはならない存在だ。司教帝もそう言っている」

「セレスティアはそんなこと言ってない」

「なんでそんなことが解る?」

「セレスティアがそう言ってたからさ」

「女神様が!? ありえん! おまえは嘘を言っている! おまえは異端者だ!」

「「「「「「「「「「そうだ!!! 勇者は異端者だ!!!」」」」」」」」」」


周囲のカラトバ兵が叫ぶ。

やがて、叫び声が広がり、耳を覆いたくなるような怒号に変わる。

増え続ける狂気の叫び声と共に歪んだ妄執が広がっていく。


「うっ!」


(おぞ)ましい悪意の嵐に、吐き気を催しそうになる。


人は訊きたいことだけ訊き、見たいものだけ見る。

そして、間違った思想に染められた者達が作り出すもの。

狂信者集団。


元の世界にも居た。

魔女狩り。

民族浄化。

原理主義。

やつらは何の罪も無く平和に暮らす人々を不幸のどん底に突き落とし、迫害し、虐殺する。


それはエーデルフェルトでも変わらない。

それは人間の人間による人間のためだけの【暴虐】の発動。

その結果が、コナカ村の惨劇だ。


「そうやってコナカ村の人達も惨殺したのか?」

「コナカ村? ああ、ダークエルフの村か?」

「そうだよ」

「そう言えば、ダークエルフは全員処分したという報告を受けていたな」

「人間もか?」

「人間は我が国に連れて行き再教育する」

「だが、人間も全員殺されていたよ」

「それは命令していない。ふむ…………」


それを訊いた騎士王が考え込む。

予想外だったか?

少しは反省してくれるのだろうか?


「その人間どもは亜人の協力者だったのだろう。なら、処分も仕方なかろう」


反省どころか肯定しやがった。


「協力者だったかわからないじゃないか?」

「そこは現場判断だ」

「ふうん、そう言うこと言うんだな」

「当たり前だろう。亜人や魔族と仲良く暮らす人間など我が国、いや、この世界には不要だ」


騎士王はもうダメだ。

そして、カラトバの連中も。

エーデルフェルトに混乱と悲劇しか(もたら)さない。

それが、魔王の【暴虐】を引き起こすことが何でわからないんだ!?


【暴虐】に侵されて苦しむシルクの姿が目に浮かんだ。

ベヘモットさんやアップルジャックさんやシャルトリューズさんが【暴虐】に侵され狂っていく様が目に浮かんだ。

白亜やアインズさん、アイシャさん、十字星(クロスター)のみんなが【暴虐】の奔流に飲み込まれて次々に殺されていく姿が目に浮かんだ。

そして、それを為す術もなく見守るしかないセリアの憂いの表情も。


どれも俺が望むスローライフとは真逆のもの。




「もういいよ」




騎士王を含むカラトバ軍を巨大な結界に包み込む。


「貴様、いったいなにを!!!?」


目の前で結界の壁を叩く騎士王。


俺は[エリアデフィニッション]で結界内全域を目標に定める。


「ヌークレア・エクスプロージョン」


結界の中が眩い光に覆われ、結界内部の全てを素粒子レベルに分解していく。

結界の中で起きたのは特大の核爆発。

全てを無にする【暴虐】だ。

だが、特大の禁忌を行使した俺に後悔は無い。


俺の目の前で、結界の壁に張り付いた騎士王が呪いの言葉を吐こうとして叶わず消滅しようとしている。


そんな騎士王に目を合わせて言う。


「おまえの罪は3つある。1つ目は俺の理想とする多種族国家に手を出したこと。そして2つ目はリーファの心に消せないトラウマを植え付けたこと。最後の3つ目は俺から白亜を奪おうとしたことだ」


騎士王が輪郭だけになっていく。


「これは俺がお前に下す審判だ。ありがたく消えるがいい。騎士王」


騎士王が消滅した。

カラトバ兵100万も全て消えた。

これで西大陸から人間至上主義の芽は摘めたはずだ。


だが、俺にはやらなければならないことがまだ残っている。



◆ ◆ ◆


多目的巡航艦くらまのメインブリッジのモニターに映し出されているのは、平原に出現した巨大な光の柱。


「やれやれ、イツキさんには本当に驚かされてしまいますね」


その映像を見ながらクレハが溜息を零す。


コナカ村での埋葬作業を終えたくらまはコナカ村上空2500mに遊弋(ゆうよく)していた。

イツキを映す映像は偵察用ドローン、サイトイーグル1号の高解像度カメラからのものだ。


「本当に凄い方だったのですね?」

「ああ、そうだよ。彼は凄いんだよ。ワーリャにはそうは見えなかったのかい?」

「ええ、ただの心優しい少年にしか見えませんでした」


クレハの専属メイドのワーリャも目を見開いて映像を見ていた。



「本当にひとりで世直ししてしまうなんてね」


モニターに映るイツキを眩しそうに見つめるクレハに艦長が訊いてきた。


「彼は仲間に加わってくれるでしょうか?」

「ええ。彼なら絶対に我々の計画に賛同してくれるはずです。だが、今じゃない」


クレハは(きびす)を返してメインブリッジから出て行こうとする。


「ヒルダは?」

「医務室のカプセルの中に拘束しています」

「今暴れられても困りますからね。艦長、ナイス判断です」

「エンデ社長には申し訳ないことを強いているとは思っています」

「気にすることはありません。今のあれはヒルダではないのですから」


そう言うと今度こそクレハはメインブリッジを出て行った。


「もう時間が無い。早く調整体を仕上げなくては。ヒルダがヒルダでなくなってしまう」


クレハの呟きは慌ただしく働くメインブリッジのスタッフには訊こえなかった。




「帰投するぞ」


艦長がスタッフに命令する。


「航路は?」

「一旦東に向かい海岸に出る。その後は公海上空を通ってモラキア中央市の本社係留ドックに向かう」

「了解。進路を東に取ります」


多目的巡航艦くらまは方向転換すると、そのまま東の空に消えていった。



◆ ◆ ◆


同じ頃、モルタヴァ高原北部丘陵。

そこにいる人々が見下ろす平原には巨大な光の柱。


「「「「凄い! 凄すぎる!」」」」

「「「「騎士王もカラトバ軍100万も一撃で…………」」」」


近衛騎士団や親衛隊の面々が驚きの声を漏らす。


「これが勇者の力か!?」

「圧倒的じゃないか!」


アインズやサハニも呆然としている。


「ああ、これがボクらの勇者、斎賀五月の力だ」

「お師匠様。アナトリア王国はまた勇者様に救われたのですね?」


シルキーネとサリナルーシャが呟く。

白亜は黙って見守り、ロダンはただ頷いている。


「お嬢様――――」

「わかっただろう? ベヘモット。ボクが彼に固執する理由が」

「ええ、わかりますとも。このお方なら――――」

「1000年以上続いたこの状況を終わらせてくれる――――ボクの最高の伴侶だ」

「わたしの最高の親友でもあるんだけどね」


セレスティアが会話に割り込む。


やがて、光の柱が収束し、イツキが姿を消した。


「さあ、ボクらも王都に帰還しよう」

「お待ちなさい!」


[転移]の準備をしようとしたシルキーネをセレスティアが止める。


「あの場所の浄化が必要よ」


そう言って、セレスティアが魔法を発動した。


「ノーマライズ!」


セレスティアが行使したのは状態異常に陥った対象を正常化する魔法だ。

核爆発で汚染された土地が除染されていく。


「いいわよ。帰りましょう。シルク、補助頼むわよ」

「了解だ」


セレスティアが[転移]を発動する。

次の瞬間、モルタヴァ高原北部丘陵から人の気配が消えた。





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